第151話 兜の下の素顔※

「フェイト殿、何故ここに……」


 意識はまだ朦朧としているが、フェイトの回復魔法によって致命傷から脱したロイドが問いかける。


「アルティリア様に危機を伝え、助力する為に来た。だがその前に、ロイド殿の命が危険だったので急いで助けに入らせて貰った」


「お手を煩わせてしまい、申し訳ありません。して、その危機とは一体?」


「その話はまた後に。今は治療と、あの敵との戦いに集中するべきだ」


 そう告げるフェイトの視線の先では、彼の仲間の一人が首無し剣士と対峙していた。


「行くぜオラァ!」


 豪快にラブリュスと呼ばれる両刃の長柄斧を振り回し、頭部に二本の角が生えた大柄な青年、冥戒騎士アビスナイトアステリオスが首無し剣士に突撃する。

 それに対し、首無し剣士は轟音と共に衝撃波を放つ神速の剣技、鬼鳴剣で迎撃するが、しかし。


「しゃらくせえっ!」


 アステリオスはそれを、防御も回避もする素振りを見せず、真正面から受け止めた。強敵の必殺技をまともに食らって、決して小さくないダメージを受けて出血しているが、しかしアステリオスは全く怯んだ様子を見せず、突撃を続ける。

 彼の持ち味は、生まれ持った怪力と両手斧による破壊力と、天性の打たれ強さに任せたノーガード戦法だ。当然リスクは高いが、その攻撃に全振りしたスタイルは上手く嵌れば凄まじい爆発力を発揮し、格上の相手でも一方的に殴り倒してしまう事もある程だ。


「轟雷閃ッ!」


 アステリオスが雷を纏う斧を振り下ろし、床に叩き付ける。通路の床や壁を削り、焦がしながら、幾つもの雷撃が迸り、首無し剣士を襲う。

 だが、それが命中するかと思われた瞬間、首無し剣士の姿がぶれる。その場に残像を残しながら、首無し剣士は一瞬でアステリオスの左側面へと移動した。


「何ぃっ……!?」


 剣の振りだけでなく、移動速度や身のこなしも途轍もない速さだ。首無し剣士は斧を振り下ろした姿勢で、隙を見せているアステリオスの首筋に向かって、ロングサーベルを振るおうとしたが、その直前に身を翻し、素早く飛び退いた。

 直後、首無し剣士が立っていた場所を二発の銃弾が通過する。それを放ったのはフェイトだ。彼は回復魔法でロイドを治療しながら、二挺拳銃を構えて援護射撃を行なっていた。


「アステリオス、油断するな。あの敵はかなりの手練れだ」


「すまねぇ大将、助かったぜ」


「協力して当たるぞ。オルフェウス、いつも通りに援護を頼む」


「いいですとも」


 フェイトが大鎌を手に、アステリオスの隣に並ぶ。その後ろでは、冥戒騎士オルフェウスが竪琴を奏で始めた。


「これは呪歌か……! 演奏の技術もさる事ながら、なんという効果だ……!」


 思わず戦いの最中である事を忘れて聞き惚れそうになる程の甘美な音色と共に、全身に活力が漲り、限界を超えた力が湧き上がってくるのを感じ、ロイドは驚愕した。

 冒険者時代、歌や演奏によって様々な強化バフ弱体化デバフを引き起こす呪歌を得意とする吟遊詩人バードと組んだ経験はあり、その性能はよく知っているつもりではあったが、極めればこれほどの物になるとは……と感銘を受ける。


(流石はフェイト殿の仲間というだけはある……! 冥戒騎士の実力は底が知れぬ……。俺達も、もっと力を付けなければ……)


 同時に自分と彼らとの間にある実力差を肌で感じて、拳を血が出る程にきつく握る。しかしその悔しさをバネにして、もっと強くなる事を決意するのだった。


「ところでフェイト、いつもみてぇに首狩りは出来なさそうだが大丈夫か? 何せあの野郎、最初から頭と胴体が離れてやがる」


「問題ない。俺の鎌が真に断つのは肉体ではなく、生への未練と魂。首を断つ事自体は、さして重要じゃない」


 フェイトの回答にアステリオスは、じゃあ何でこいつは毎回毎回、不死者の首を鎌で斬り飛ばしてんだ? 趣味なのか? と、訝しむような目で見るのだった。


「何だ?」


「いや何でもねぇ。それより、捉えられそうか? 随分と速ぇが」


「問題ない。行くぞ!」


 黒いローブを翻し、フェイトが巨大な処刑鎌を手に躍り出る。対する首無し剣士は、鬼鳴剣をフェイトに向かって撃つが、それが相殺される。

 それをしたのはフェイト……ではなく、彼の仲間、オルフェウスだ。彼は首無し剣士が鬼鳴剣を放った瞬間に、竪琴を強くかき鳴らし、魔力を乗せた音を衝撃波として前方に放った。それを鬼鳴剣にぶつけて相殺したのだ。これには、流石の首無し剣士も驚いたようだ。


「まさかそのような方法で!」


「さあ、それじゃあお楽しみの、接近戦インファイトの時間だぜぇ!」


 アステリオスが、ラブリュスを横薙ぎに振るう。両手斧の豪快な一撃は、いかに業物とはいえ、サーベルでまともに受ければ腕ごと破壊されるだろう。首無し剣士は当然、回避を選択する。

 一瞬でアステリオスの背後に回り、回避と同時に背面攻撃バックアタックで反撃をしようと企む首無し剣士だが、その隙を与えずにフェイトが襲い掛かる。


「くっ!」


 それを見た首無し剣士は、反撃を諦めて大きく飛び退いた。フェイトが持つ処刑鎌『マリシャスセイヴァー』は、極めて高いアンデッドに対する種族特攻能力を持つ、不死者殺しの神器。不死者にとってはカスっただけでも大ダメージ、まともに食らえば一撃必殺もあり得る、相性最悪の特級危険物だ。一目見ただけで、首無し剣士はその危険性を見抜いていた。他の攻撃は兎も角、あれだけは受けてはならない。ゆえに退いた。


「分が悪いか……。仕方があるまい。不承不承ながら、ここは退かせて貰うとしよう」


 勝ち目が薄いと悟った首無し剣士は、冷静に撤退を決断した。そうと決めたら一切迷わずに、素早く逃げ帰ろうとしたが、しかし次の瞬間。


「逃がさん!」


 フェイトが左手で拳銃を抜き、早撃ちで首無し剣士に銃弾を放った。撤退しようとしていた首無し剣士の、意識の間隙を縫うように放たれた一発の弾丸が、命中する。

 その弾が撃ち抜いたのは……首無し剣士の、胴体から離れて左手に抱えられていた、兜に覆われた頭部であった。


 フェイトが放った銃弾によって兜が破壊され、その顔が露わになる。壊れた兜の下から現れたのは、三十歳前後の男性の顔だった。

 濃い茶髪の、端正な顔立ちの精悍な男前だが、その顔は……どういうわけか、ロイドとそっくりな見た目をしていた。

 そしてよく見れば、頭部の無い肉体のほうも背格好はロイドと似通っており、まるでロイドがもう少し経験を積んで、歳を重ねればこうなるであろうと思わせる程に、両者の容姿はよく似ていた。


「何だと?」


 流石のフェイトもそれを見て困惑する。ロイドと初対面のアステリオスやオルフェウスも、両者の顔を見比べて驚いた様子を見せている。


「馬鹿な……! そんな筈が無い……! 父上は二十年も前に死んだ筈だ!」


 そして、当事者であるロイドはそう叫んだ。

 首無し剣士の、兜の下から現れた顔……それはロイドの記憶にある亡き父、ジョシュア=ランチェスターの物だった。ロイドと似ているのも当然である。


「貴様は何者だ! 何故、俺の父と同じ顔をしている!?」


 そう問い詰めるロイドを前に、首無し剣士は……にやりと嗤った。


「知らんぷりはよせ、ロイドよ。お前はもう分かっている筈だ。……本来は明かすつもりは無かったが、見られてしまった以上は仕方あるまい。そう、私こそがジョシュア=ランチェスター。お前の父だ」

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