第150話 鬼の剣※

 貴族の夫人や娘達を救出したロイドは、彼女らと別れて王宮内を進んでいた。その彼の足が止まった。


(感じる。のがこの先に居る。そして、向こうも俺の事を認識している)


 強烈な重圧感プレッシャーと存在感。肌を突き刺し、自然と鳥肌が立ちそうになる濃厚な殺気。姿は見えずとも、強敵の存在をロイドは感じ取っていた。彼が足を止めたのは、それが理由だ。

 アルティリア。紅蓮の騎士スカーレット=ナイト地獄の道化師ヘルズ・クラウン。魔神将フラウロス。冥戒騎士フェイト。敵味方問わず、これまでにロイドが出会ってきた、人間離れした実力を持つ者だけが持つ特有の気配。今やロイド自身も身に纏うそれを、廊下の先からはっきりと感じる。


(近付いてくる)


 相手もロイドの事を認識し、向こう側からゆっくりと歩いてきている。その相手が敵であり、決して楽に勝つ事は出来ない強敵である事は疑いようがない。


(どうする。進むか、退くか)


 ロイドは選択を迫られる。

 これほどの存在感を放つ敵となれば、それは魔神将の眷属である可能性が高い。決して楽観視は出来ない相手だ。しかし、


(進もう)


 一瞬の逡巡の後、ロイドは進む事を選択した。

 己は誇り高き女神の騎士。戦略的撤退ならまだしも、強敵の気配に臆して退く事は、たとえ女神が赦しても己自身が赦せない。

 心を静めながら、ロイドは腰の刀に手をかけながら、静かな足取りで前へと進んだ。

 そして、通路の向こう側から歩いてきたその者の姿を、ロイドははっきりと目にした。


 それは、先程撃破した闇黒騎士ダークナイト達のような漆黒の金属鎧と、赤い外套を身に纏った人物であった。しかし言うまでもなく、この者とあの闇黒騎士達とでは、戦闘力は雲泥の差であろう。

 右手には抜き身の片刃剣サーベルを所持している。形状は反りが小さく、従来の物よりも長い。そしてロイド程の剣士であれば、一目見て大業物であると分かる逸品だ。

 そしてその者本人の見た目は、長身の男性のようだが……最大の特徴として、その男には頭部が存在しなかった。いや、正確には存在はしている。ただしそれは本来あるべき場所には無く、黒いフルフェイスヘルムで覆い隠された彼の頭部は、彼自身の左手によって抱えられていた。


不死者アンデッドか!?)


 頭部が首から切り離された状態で生きているような存在が、人間である筈がない。魔物、それも不死者であると、ロイドは当たりをつけた。


「止まれ! 貴様もこの城を襲ってきた魔物や、地獄の道化師の仲間だな!?」


「聞くまでもなかろうよ。道化や人魚とは、一時的な協力関係にあるだけで、仲間とは言えぬがな」


 ロイドの問いに、男は切り離された頭部より言葉を発して、そう答えた。


「……お前も魔神将の眷属とやらか」


「然り。名乗らせて貰おう。我が名は首無し剣士ヘッドレス・ソードマスター。魔神将ビフロンス様の眷属なり」


「俺はロイド=アストレア。女神アルティリア様に仕える神殿騎士だ。突然こんな大がかりな襲撃をして来て、貴様等は一体何を企んでいる!? もしやアルティリア様が狙いか!」


 名乗りを返した後に、ロイドは彼の目的を問い詰める。それに対する返答は、


「私は女神に用は無い。協力関係にある道化が彼女を狙っている故、女神がここに居るタイミングでの襲撃になりはしたが」


 というものだった。


「では、貴様の目的は何だ!」


「この国を滅ぼし、この国の人間を一人残らず殺し尽くす事だ」


 ロイドが重ねて訊ねると、首無し剣士は簡潔に答えた。


「この国を……!? そんな事が出来ると思っているのか!?」


「その為に策を練り、準備を進めてきた。既に計画は最終段階に入っている。最早誰にも止める事は出来ん」


「ならばその企て、貴様を斃して阻止させて貰う!」


「よかろう。出来るものならやってみるがいい」


 ロイドの右手が刀の柄を握る。神速の抜刀術により、刀を抜くと同時に先制攻撃を仕掛けようとするロイドだったが、しかし。


「――ッ!!」


 ぞわり、と背筋が凍りつくような、嫌な予感が全身を駆け巡る。直感に従い、ロイドは攻撃を中断して、咄嗟に真横に跳んだ。


 その直後、まるでジェット機が通過した時のような轟音と共に、不可視の攻撃がロイドが立っていた場所を襲った。


(今のは何だ!?)


 ロイドが視線を向けた先では、首無し剣士が剣を振り抜いた姿勢をしていた。

 即座に立ち上がりながら、ロイドは目を見開く。


「馬鹿な……! 全く見えなかった、だと……!?」


 動体視力や見切りの技術に関しては天賦の才を持ち、アルティリアの下で超一流の域にまで鍛えられたロイドの目を持ってしても、初見では目で追う事すら出来なかった、超高速の剣技。それによって放たれた衝撃波が、廊下の床を一直線に抉り取っていた。

 なんという剣速! そして威力! しかし、それに驚いている暇は無い。首無し剣士は間髪入れずに、第二撃を放とうとしている!


「無想水平斬!」


 当然、座してそれを待つロイドではない。抜刀と同時に、前方に向かって一直線に水の刃を放つ戦技で反撃する。


「――甘い」


 しかし首無し剣士が再び神速の剣を振るうと、空気が爆ぜる轟音と共に衝撃波がロイドを襲う。その威力は、ロイドが放った戦技を相殺しながら、ロイド自身を激しく後退ノックバックさせる程のものだった。


「ぐはっ……! つ、強い……! なんという剣の冴え……!」


 アルティリアやフェイト、それにVRシミュレータで対戦した英雄一級廃人達に匹敵する強さ。あるいは攻撃速度だけなら、彼らをも凌駕するか。


「だが、負けるわけにはいかん……!」


 ロイドは闘志を漲らせ、刀を正眼に構える。


「力の差を理解しても、まだ戦意は衰えぬか」


「当たり前だ! もう勝ったつもりか、勝負はまだこれからだ!」


「いいだろう。ならば我が奥義・鬼鳴剣……再び受けるがいい!」


 首無し剣士が再び、神速の剣技と共に衝撃波を放つ。ロイドは闘気を込めた刀で防御をするが、それでも完全に威力を殺しきる事は出来ず、派手に吹き飛ばされた。


「くっ……! 鬼鳴剣とはよく言ったものだ……。まるで鬼の鳴き声の如き、空を裂く巨大な音を伴う衝撃波! その原動力となっているのが、貴様の剣を振る速度か」


「その通りだ」


 ロイドの推察通り、トップスピードが音速マッハを超える程の、超高速の剣より放たれる闘気。それによって巻き起こされるソニックブーム現象こそが、首無し騎士が放った鬼鳴剣の正体だ。


「しかし原理が分かったとて、対応できなければ無意味だ」


 首無し剣士の言う通りだ。これはタネが割れれば対処が可能なトリックなどではなく、ただ単純に速く、単純に強い『技術』だ。


「それはどうかな……!」


 しかしロイドの目は、その超音速の剣技を捉えつつあった。幾度も衝撃波を受けて吹き飛ばされ、傷を負いながら果敢に立ち向かい、次第に吹き飛ばされる距離やダメージが少なくなっていく。


「――ここだ!」


 首無し剣士が放った、幾度めかの鬼鳴剣による衝撃波がロイドを襲う、その瞬間。完璧なタイミングでロイドが水の闘気を纏った刀を振るい、衝撃波を切り裂いた。

 まるで黒板を爪で思いっきり引っ掻いたような音と共に、ロイドの刀が鬼鳴剣を正面から弾き返した。


「螺旋……水撃ッ!!」


 ロイドの刀から、渦巻く激流が放たれて首無し騎士を襲う。剣で防御され、大したダメージを与える事は出来なかったが、しかし。

 ロイドの攻撃が、初めて首無し騎士にダメージを与え、その体を僅かではあるが後退させた瞬間であった。


「鬼鳴剣……見切ったぞ……!」


 それを成し遂げる為に、幾度も敵の奥義を受け続けたロイドは満身創痍で、出血も激しい。身に付けた鎧も耐久値が残り僅かで、壊れる寸前だ。

 しかし、そこまでしてでも彼が格上の強敵に一矢報いたのも、紛れもない事実。


「――見事だ。良い眼をしている」


 首無し騎士は、それを成し遂げたロイドを手放しに賞賛した。そして……一切の出し惜しみをしない事を決めたのだった。


「敵ながら実に惜しい男よ。しかし……だからこそ全力を揮う価値がある。受けるがいい……」


 首無し剣士が、ロングサーベルを両手持ちにして、大上段の構えを取った。


「秘剣・百鬼哭!!」


 鬼鳴剣を幾重にも重ねたような、凄まじい轟音を伴う衝撃波が次々とロイドに襲いかかる。

 廊下の壁や床、天井に罅が入り、窓は割れ、建物自体が崩壊しそうな程の、とんでもない威力の攻撃だ。

 当然、その真っ只中に居るロイドが無事に済む筈もなく……


「ぐっ……がはぁっ……!」


 崩壊しかけた床に膝を突き、倒れそうになる上半身を刀を床に突き刺して支え、どうにか意識を保ってはいるが、口から大量の血を吐き、目は虚ろだ。既にロイドは瀕死の状態であった。


「よもや、我が秘剣に初見で対応し、生き残るとは……つくづく惜しい。しかし……」


 首無し騎士が剣を振り上げる。振り下ろす先は当然、蹲るロイドの首だ。


「せめて苦しませず、一瞬で首を落とそう。それが強敵に対する礼だ」


 そしていよいよ、その剣がロイドの首を斬り落とそうとされた瞬間だった。


「――ぬぅっ!? 何者だ!?」


 突然、何者かが音も無く現れ、首無し騎士へと襲い掛かった。首無し騎士はその人物の攻撃を、ロイドの首を落とそうとしていた剣で咄嗟に受け止めるが、想定を超える攻撃の重さに、首無し騎士は吹き飛ばされた。

 すぐに立ち上がり、襲撃者の正体を確認する首無し騎士に対して、その人物はロイドに最上級治癒アーク・ヒーリングの魔法をかけながら名乗りを上げた。


冥戒騎士アビスナイトフェイト。主命により参上した」


 その人物は巨大な大鎌を手に持ち、黒いローブを着た薄い紫銀色の髪と赤い瞳の、少女と見紛うような小柄な少年だ。しかしその正体は、冥界を統治する大いなる神・冥王プルートの側近にして、配下の冥戒騎士を束ねる騎士団長。そして、かつて魔神将エリゴスを討ち滅ぼした英雄である。


 そして、この場に救援に来たのはフェイトだけではない。


「更に冥戒騎士アステリオス! 只今参上ォッ!」


「同じく冥戒騎士オルフェウス。お見知り置きを」


 巨大な両刃斧を持った、赤いメッシュが入った金髪の、頭部から二本の角が生えた大男と、竪琴を持った黒髪の、詩人風の物静かな優男。

 二人の仲間と共に、冥戒騎士フェイト、参戦。

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