第149話 騎士よ、弱き者の庇護者たれ※

「どけぇっ!」


 叫びながら刀を一閃し、行く手を遮る魔物達を鮮やかに両断しながら長い廊下を駆け抜けるのは、女神アルティリアが一の騎士にして、海神騎士団の団長を務めるロイド=アストレアだ。


「ロイド様、アレックス様とニーナ様が第三王子の救出に成功しました。また、レオニダス様が裏切っていた近衛騎士団長を撃破。辺境伯は貴族の方々を率いて城外に向かいました。スカーレット様も勝利しましたが、かなり深手を負って消耗している模様です」


「わかった。無理をさせてすまないが、ここが正念場だ。スカーレットには回復し次第合流するように伝えてくれ」


 追走してきた伝令役の水精霊ウンディーネにそう伝えながら、ロイドは襲ってくる魔物を次々に斬り伏せていった。

 その時だった。ロイドの耳に複数の、女の悲鳴が届く。


「くっ、まだ魔物に襲われている人がいたか……!」


 音を頼りにロイドが現場に駆け付けると、そこにあった光景は、魔物に襲われている人々……ではなかった。

 室内に捕らえられているのは、年若い貴族の令嬢や、その母親らしき夫人や、彼女らに仕えるメイド達だった。この部屋に集められているのは、どうやら女達だけのようだ。

 この部屋は、本日開催される予定であったパーティーの参加者の内、男性の当主が都合により欠席で、夫人やその娘が代理として出席する予定の家の、女達が控えていたサロンであった。

 集まった女性達は、パーティーが始まるまで優雅に茶会を楽しんでいたのだが、突然の襲撃によってこの部屋に監禁されてしまった。彼女らは貴族の妻や娘であり、武器を持った経験など一切無い者も多い。当然、抵抗する事も出来ず、成すすべなく囚われの身となったのであった。

 そして、そんな彼女達を監禁していたのは、魔物ではなかった。

 より正確に言えば、魔物も交じってはいる。しかし、主体となっているのは甲冑を着た、複数人の人間の男性だ。

 ロイドが駆けつけた時に目にしたのはそのような、下卑た笑いを浮かべながら女達を囲む、魔物を従えた男達の姿であった。


「貴様ら、何をしている!」


 扉を豪快に開け放ち、室内に足を踏み入れながらそう詰問するロイドに男達と、囚われの身の女達の視線が集中する。

 見れば、その男達は今まさに、若い貴族の娘を押し倒し、その衣服に手をかけようとしていたところであった。


「あぁん? 見てわかんねえか? これからこの女達を使って楽しもうって所に邪魔しに来やがって。おい魔物共! 奴を排除しろ!」


 犯人の一人が魔物に命じると、その言葉に従って室内の魔物がロイドに向かって一斉に襲い掛かってきた。


「遅い――無想水平斬ッ!」


 しかし次の瞬間、ロイドが鞘から抜き放った刀を一閃させると、その刀身から放たれた水の刃が、一撃で魔物達の首を刎ね飛ばした。


「ば、馬鹿な! あの強力な魔物達が、たったの一撃で!?」


「み、見えなかった……! 気付いた時には、魔物の首が飛ばされてたぞ……!」


 ロイドの恐るべき剣技を目の当たりにした男達が恐れを抱き、後退する。彼らに捕まっていた貴族の娘が、床にへたり込みながら、助けを求めるような目でロイドを見上げた。

 高級なドレスは乱暴に破られ、豊かな胸元を覆う下着が見えてしまっており、可憐な顔は涙に濡れ、そして髪は乱れ、頬は赤く腫れてしまっている。


「貴様ら……この娘を殴ったのか」


 ロイドは静かに、しかし威圧感のある声で男達を問い詰めた。


「う、うるせえ! この女が無駄に反抗的な態度をとって、抵抗するのが悪ぶべぇっ!」


 開き直って自分の行為を正当化しようとした男は、台詞の途中でロイドに殴られ、床に転がった。顔面は無惨に陥没して鼻から血を噴き出し、前歯が何本も折れてしまっている。


「貴様らのその装備は、この国の騎士か。騎士たる者が国の大事だというのに、この蛮行は一体どういうつもりだ! 答えろ!」


 ロイドが言った通り、犯人の男達は全て、裏切った近衛騎士であった。団長のテオドールが率先して王国を、そして人間を裏切った事で、近衛騎士団の約半数は裏切り者となった。

 そして、裏切らなかった残りの半分もまた、裏切り者達の謀略や襲撃によって無力化され、近衛騎士団は壊滅状態になったのだった。

 この場で女達を襲っていたのは、裏切った者達の中でも特に救いようのない……己の欲望を満たす事を優先した下衆共であった。


「黙れ黙れ! 何が騎士だ、くだらねぇ! 我々は大いなる御方に力を授かった、選ばれた存在だぞ! もはや騎士としての地位なんぞ、どうでもいいわ!」


「ああ、その通りだ! 近衛騎士の堅苦しい規範なんかウンザリだぜ! これからはこの力を使って、好き勝手に暴れてやる! その手始めに、高慢ちきな貴族の女共をブチ犯してやるんだよ!」


「だがその前に、邪魔なてめえをブッ殺してやるぜぇぇ!」


 そして彼らは、懐から邪悪な気配を纏う、黒い宝珠を取り出して掲げた。


「「「闇黒宝珠ダークオーブよ、力を解放せよぉッ!」」」


 暗黒宝珠が黒い光を放ち、堕落した近衛騎士達は悪魔へと転生し、黒い全身甲冑フルプレートメイルに身を包んだ闇黒騎士ダークナイトへと姿を変えた。


「ははははは! 素晴らしいぞ、この力ぁっ!」


「お前はもうお終いだぁ!」


 闇の力がもたらす全能感に酔いしれる闇黒騎士達に対して、ロイドの視線は冷ややかだ。違和感を覚えるほど静かで、落ち着いた様子だ。


「騎士の誇りを失い、護るべき弱者を手にかけるか……。ましてや女を……ッ!」


 しかし、穏やかな水面のようだった彼の様子が、一瞬で荒れ狂う嵐の海のように変わり、その怒りを爆発させる。


「万死に値する。貴様らだけは絶対に赦さんッ!!」


 鬼の形相で、ロイドが刀を振るう。無数の斬撃が奔り、暗黒騎士の一人が甲冑ごと細切れになって絶命した。


「て、てめぇっ!」


 仲間が殺されて激昂した別の闇黒騎士がロイドに斬りかかる。しかしロイドは雑なその斬撃を、最小限の力で受け流しながら、返す刀でがら空きになった首を刎ねた。

 続いて襲い掛かる闇黒騎士や配下の魔物も、ロイドの剣技によって一撃で敗れ去り、その命を落とした。


「ひぃっ! な、何故だ! 俺達は最強の闇の力を手に入れたんだぞ! なのに、何でそれが通用しないんだ!」


「誇りを失った者の剣など、所詮こんな物だ。さあ観念しろ、残りは貴様一人だ……!」


「何なんだ貴様は……! 何なんだ、貴様はああああ!」


 最後に一人だけ残った闇黒騎士は、恐慌状態に陥り、破れかぶれでロイドに向かって突撃する。しかしそのような精神状態で行なった、魂の篭もっていない攻撃が今のロイドに通用する筈もなく。

 武器ごと体を真っ二つにされて、闇黒騎士の最後の一人は恐怖に歪んだ表情を浮かべながら、死んだ。

 それを見届けて、ロイドは愛刀を鞘へと納める。


「わ、私達、助かったの……?」


 目の前で繰り広げられた英雄と人外の者達の戦いに、目を白黒させていた女達だったが、やがて自分達が絶体絶命の危機から助かったという事実を認識した。彼女らの反応は、喜びを爆発させる者や、緊張が解けた事で泣き出してしまう者、母親や娘の身体を抱きしめてその身を案じる者と様々だ。


 ロイドは、襲われていた令嬢のもとに近付くと、自分が羽織っていたサーコートを彼女の肩にかけて、露わになった胸元を隠すように促した。

 そして彼女の頬にそっと手を添えると、回復魔法で犯人に殴られて腫れた頬を治癒するのだった。


「もう大丈夫です。よく頑張りましたね」


 彼女が感じた恐怖は、一体どれほどのものであろう。男であり、戦う者であるロイドには想像もつかない程のものに違いないだろう。

 しかしその令嬢は、目に涙を浮かべながらも、気丈に泣き出すのを堪えていた。そんな彼女に敬意を抱きながら、男である自分がずっと近くにいては彼女が心に負った傷を刺激するだろうと、ロイドは彼女から距離を取って、背を向けた。


「皆様、現在この王宮は危機に陥っています。しかしご安心ください。我々が必ずや脅威を排除し、平和を取り戻して参ります。それまで、もうしばらくお待ちください。……精霊様、いらっしゃいますか?」


「はい、ここに」


 ロイドの呼びかけに応えて、水精霊が姿を現した。


「彼女達を安全な場所に避難させたいのですが、私にはまだ戦いが残っていますし、男達に酷い目に遭わされた彼女達をエスコートするのは女性の方にお願いしたいのです。頼めますか?」


「かしこまりました。その任務、アルティリア様の名にかけて必ずや果たしてみせましょう」


「よろしくお願いします」


 囚われていた女達の避難と、道中の護衛を水精霊に任せて、ロイドはその場を後にしようとするが、その背中に声をかける者がいた。先程、ロイドに介抱された貴族の令嬢だった。


「お、お待ちください! どうか、貴方様のお名前を聞かせてくださいまし!」


「申し遅れました。私は女神アルティリア様に仕える神殿騎士、ロイド=アストレアと申します。私が信奉する女神の名において、必ずやこの国に平和を取り戻す事を誓います。それでは、まだ戦いが残っておりますので失礼いたします」


 振り返ったロイドは、恭しく礼をして名乗りを上げた。彼の態度は、貴族の目から見ても堂に入った、見事なものであった。それを見る令嬢たちの視線に熱が篭る。


「ロイド様……♥」


 特に、彼に介抱された令嬢は完全に恋する乙女の顔をしている。また、彼女らの母である夫人達は、懐かしむような目をしていた。


「あの方がジョシュア様の遺児……かつてのジョシュア様に瓜二つですわね……」


「ええ。容姿もさる事ながら、あの高潔な振る舞いといい、戦鬼と呼ばれた程の剣の冴えと、鬼気迫る戦いぶりといい……まるで生き写しのようですわぁ」


「懐かしいですわねぇ……わたくし、幼い頃はあの方に憧れておりましたの」


「あら、貴女も?」


 夫人たちはロイドの姿に彼の父、ジョシュア=ランチェスターを重ね、若き日の淡い恋の思い出話に花を咲かせるのだった。


「ところであの方……ロイド様は独身でいらっしゃるのかしら」


「もしもそうなら、是非とも当家にご招待しなければいけませんわね。娘もあの方に助けられたお礼をしたい様子ですし、是非ともうちの娘となっていただきたいですわぁ」


「あらあらあら。抜け駆けは感心しませんわよ」


 その一方で、優良物件を巡った水面下での争いも勃発しつつあるのだった。



     ※



 そして、同時刻。


「ふんッ!!」


 上空で戦場全体を俯瞰しながら、魔法による攻撃と支援を状況に応じて使い分けていたアルティリアが、突然魔物に向かって急降下しながら二本の槍を豪快に振り回し、魔物の群れを力任せに薙ぎ倒した。


「オラァ!」


 いきなり敵陣のド真ん中に降下して暴れ回り、無双ゲームのように敵を蹴散らすアルティリアの勇姿を見て、王都を護る兵士達の士気も鰻上りだ。


「おおっ! 女神様が敵陣に斬り込んだぞ! 見よ、魔物達が空を舞っておるわ!」


「女神様が目に物見せたぞ! 我らも奮起せねばな!」


 結果的に士気が向上して戦況は有利になったが、いきなり後方支援から単騎突撃へと作戦を切り替えたアルティリアに、彼女に付いていた水精霊が近付いて苦言を呈する。


「アルティリア様、急に突撃かましたりして一体どうしたのですか?」


 その質問に、アルティリアは槍で魔物を数匹纏めて城外ホームランしながら答える。


「いや……その、何故かは知らんが急にイラッと来たから、魔物をブン殴ってストレス解消をだな。大丈夫だ、もうちょっとやって気が済んだら戻る」

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