第148話 貴族とは※
王宮の貴賓室では、集まった貴族達が魔物に包囲されていた。
「や、やめろ! 来るな! わ、私を誰だと思っている!」
取り乱しながらそう叫ぶ中年男の姿を見て、これが有事の際には国と民を守護するべき貴族の姿かと失望を抱いたのは、この場に集まった貴族の一人。王国最北端を治める若き俊英、ケッヘル辺境伯だ。
魔物相手に言葉が、ましてや貴族の地位などというものが通用するとでも、本気で思っているのだろうか。
彼だけではなく、この場に集まった他の貴族達を見回してみれば、同じように怯えたり喚き散らしたりするばかりで、立ち向かおうとする気概のある者は、ごく一握りであった。
「嘆かわしい」
隣接する巨大な敵国、アクロニア帝国との休戦による平和が長く続いた弊害か。貴族の中には、いくさを知らぬ者や、地位に見合った気高さを持たぬ者が増えた。
しかし、だからといって彼らを見捨てるという選択肢は、辺境伯の中には無かった。むしろ、今こそ貴族としての矜持を示すべき時である。
飛び込んできた魔物を見た瞬間に、辺境伯は腰のベルトに吊るした革製のポーチ――当然、見た目の大きさ以上の容量を持つマジックアイテムだ――に手を突っ込み、その中から弓と矢筒を取り出していた。そして淀み無い動きで弓に矢を七本纏めて番えて、それらを次々と魔物に向かって放って、今まさに貴族達に襲いかかろうとしていた魔物の頭部を正確に射抜いたのだった。
それを目撃した魔物の一体、魔術師のようなローブを着たアンデッドモンスター『エルダーリッチ』が、辺境伯を指差して人間には聞き取れない言葉で何事かを叫んだ。恐らく、あいつを狙えとでも指示を出しているのだろう。それに従って、辺境伯にターゲットを変えた魔物達が襲い掛かってくる。だが、
「遅い!」
素早く後退しながら複数の矢を番え、即座に放つ。攻防一体の戦技『スウィフトアロー』によって、真っ先に殴りかかってきた
「父たる天空よ、母なる大海よ、我に力を! 大いなる嵐を我が矢に宿らせ給え!」
彼が祈りを捧げると、それに応えるように弦の中心に据えられた大粒の
『水』と『風』の二属性を合わせた、『嵐』の力が番えた矢へと宿り……それが放たれる。
解き放たれた矢は、真っ直ぐにエルダーリッチが咄嗟に展開した矢避けの結界を容易く貫通し、その頭に突き刺さる。
そしてその瞬間、矢に込められた魔力が解放されて暴れ狂う。まるで体内で暴風雨が発生したかのような感覚を味わいながら、エルダーリッチは木っ端微塵になって消滅した。
「おお! なんという威力!」
「流石は名高いケッヘル辺境伯! いやあ助かりましたぞ!」
自らの武勇と、それによって蹴散らされた魔物を見たことで安心した様子で、顔に笑みを浮かべて近付いてくる貴族達の姿を目にして、辺境伯は怒りに震えた。
「各々方、いったい何を安心しておられるのか! 王宮内に魔物が大量に侵入している事から分かるように、今この王都は未曽有の危機に陥っているのですぞ! このような時こそ、我ら貴族が国家と民を守護する為に動くべきでしょう! 戦いはまだ始まったばかりだという事をお忘れか!」
言われるまでもなく戦いに備えていた少数の者達と、辺境伯の叱咤によって気を引き締め直した者達は見込みがある。しかし、何故怒られているのか分かっていない者や、この期に及んでまだ狼狽えている者も少なくない。
そのような者達に向かって、辺境伯は鬼の形相で声を張り上げた。
「そもそも、貴族とは何か! 我ら貴族は作物を収穫する農民や、魚を捕る漁師、ものづくりをする職人のような者達と違って何も生み出さず、商人のように流通を担うわけでもない。そのようなごくつぶしが存在を許され、民に敬われて不自由ない暮らしをしていられるのは、いったい何故か? それは、我らが民にとって頼りになるリーダーであり、領地とそこに住まう民の暮らしと安全を保障する者、有事の際には矢面に立ち、彼らを護る為に働くからに他ならない!」
「その通りだ!」
「よく言った辺境伯!」
辺境伯の宣言に、良識ある貴族達が声を上げる。そんな彼らに向かって、辺境伯は問いを投げかけた。
「貴族が真の貴族たりえるには、ただ家柄や領地があれば良いものではないと、私は考える。大切なものは矜持であり、生き様である。それを示し、
その問いに、貴族達は大声で是であると答えた。辺境伯の大演説に感化され、怯えていた者、右往左往していた者も闘志を漲らせている。
「ならば共にゆくぞ! 城内には海神騎士団の精鋭達がいる。ゆえに、我らはこれより城外に打って出る! 王都の民を救い、貴族の生き様を見せる時は今ぞ!」
辺境伯を旗頭に、貴族とその護衛の兵達が出撃する。士気はきわめて高く、襲い掛かってくる魔物達を蹴散らしながら、彼らは城下町に向かって驀進した。
「素晴らしい、まさに貴族の鑑だ」
「うむ。私は彼に王の器を見た」
貴族達の中からは、辺境伯を称賛する声が上がる。
「辺境伯は側室がいらっしゃらないと聞く。是非うちの娘を側室に迎えて貰いたいものだ」
「おっと、抜け駆けは感心しませんな」
「ご令嬢の婚約相手は決まっておられるのだろうか……」
中には思わず、そんな思惑を口にする者もいた。また、若い令嬢や婦人の中には、辺境伯に熱っぽい視線を送っている者も多かった。
「そなた達、今はそのような事を考えている時ではないぞ! 後にせい!」
「失礼。そうでしたな。今は敵を討ち、平和を取り戻さなくては……」
こうしてケッヘル辺境伯が率いる貴族達は、王都の民や守備兵達と合流し、彼らを指揮して街を包囲する魔物と戦うのだった。
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