第147話 雷光一閃※

「ふふふ……体が軽い。力が湧き上がる! 全盛期の……否! それを遥かに超える力だ! 素晴らしいぞ!」


 哄笑するテオドールだった存在へと、レオニダスは突撃槍を手に近付いた。


「何故だ、テオドール団長。どうしてそこまでして、力を求める!?」


 レオニダスの問いに、テオドールは笑うのを止めて、かつての弟子へと視線を向けた。


「若く才能のある貴様にはわかるまい……。長きに渡って積み上げてきた技が! たった一つの拠り所としていた力が! 己が存在価値そのものであった武が! それら全てが衰え、消えてゆく苦しみが! 貴様なんぞにわかるものかよッ!」


「その為に、全てを裏切ったというのですか……そんな事の為に、陛下や同胞達の信頼を裏切り、人である事すらも止めたと……!」


「それの何が悪い? お前とて、復讐の為の力を求めていたではないか……!」


 テオドールはレオニダスを指差し、嘲笑う。彼の放った言葉を聞いて、リンが疑問を口にする。


「復讐……?」


「ええ。たしかに俺は復讐と、それを成し遂げる為の力を求めていた……いえ、今も求めています。幼少の頃、家族と故郷を失ったあの日から……」


 その疑問に、レオニダス自身が答える。彼の言葉を引き継いで、テオドールが語り始めた。


「そう。こいつの故郷は帝国との国境付近に、かつて存在していた小さな村だった。今から二十年以上も前に、帝国軍が起こした侵攻に巻き込まれて無くなってしまったがな。こいつはその村の、ほんの僅かな生き残りの一人よ。そして、その戦いにおける帝国側の指揮官こそが……若き日のレイドリックであった」


「レイドリック……。帝国の不敗将軍と呼ばれている、あの……?」


「そう。アクロニア帝国が大将軍、不敗のレイドリック。それこそがこいつの仇の名よ。帝国……いや、この大陸でも最強レベルの武人を斃す為に、この男は力を求め続けた! 執念を燃やして血の滲むような修練を続け、十代の若さで史上最年少の近衛騎士となったのも! その地位をあっさりと投げ捨てて女神に尻尾を振ってついていったのも、全てはレイドリックに勝利する為の力を手に入れたいが為だ! 貴様が仕え、信奉しているのは王や女神などではなく、力そのもの! そんな貴様にわしを非難する資格があるとでも?」


 テオドールの誹りを正面から受け止めて、レオニダスは語る。


「……確かにあなたの言う通りだ。俺は海神騎士団の皆とは違い、アルティリア様への信仰など無い。俺はただ、あの方と槍を合わせ、その強さに憧れ、追いつきたいと思ったただけに過ぎない。もしかしたら、俺もあなたの同類に過ぎないのかもしれん。だが、それでも! 人として決して踏み超えてはいけない一線という物はある! 俺が欲しいのは、人としての強さだ!」


 レオニダスが吼え、突撃槍を構えてかつての師と相対する。奇しくも、両者の構えは同じ。姿勢を低くして、槍を持った右手を引き、左手を前に突き出した構えだ。

 戦いが始まるかと思われたその時、アンドリュー王子がレオニダスに声をかけた。


「おいレオニダス、奴と戦っていたのは俺様の筈だが? 第一王子たるこの俺を無視して割り込むとは無礼な奴め、死刑にするぞ」


「申し訳ありません王子、ここだけは譲れません。かつての師だからこそ、私の手で引導を渡さねばならないのです」


「……フン。まあいいだろう。貴様は堅物で無能揃いの近衛騎士にしては、まあまあ有能で話がわかるヤツだったからな。特・別・に! 頼みを聞いてやろうではないか。だがそこまで言って、つまらん戦いを見せたら貴様は死刑だ!」


「感謝いたします、王子」


 続いて、リンがレオニダスに声をかける。


「レオニダスさん。私はただの魔術師ですし、クリストフさんと違って信仰についてどうこう言えるような知識も経験もないですけど……アルティリア様はそんな事、全然気にしていないと思います! だから、あんな人の言う事なんか気にしないでください!」


「リン殿……ありがとうございます」


「それと、この戦いが終わったら皆で一緒にグランディーノに帰るんですから、死んだり大怪我したりしないでくださいね! 海が綺麗で、食べ物が美味しい良い街ですから!」


「ふっ……そうですね。楽しみにしておきます。ああ、グランディーノといえば海神騎士団の皆さんが、巨乳の美人が多いから楽しみにしておけよ、帰ったらオススメの娼館に連れてってやると言っていたのを思い出しました」


「あの人達は本当に……っ! 神殿騎士の自覚あるんですかね……!」


 珍しくレオニダスが冗談めかして言い、リンが突っ込みを入れる。弛緩した空気が流れるが、それも一瞬の事だ。


「お喋りは終わりか? 随分と余裕そうだな」


「ええ。負けられない理由が幾つもありますので」


「貴様は何もわかっておらん。戦いにおいてそのような物は、全く意味が無い。あるのはただ力のみ! 純粋な力だけが全てを決めるのだ!」


「かつての貴方ならば、そうは考えなかっただろうに……そこまで堕ちたか」


 老いと病、そしてそれによる武の衰えによって歪み、心身共に堕落しきってしまった師の姿を見て、レオニダスは決意する。


「ならばせめて、武人として葬ろう」


「ぬかせ! ならば見せてやろう、我が最大の奥義を!」


 テオドールの身体に闘気が漲り、手にした突撃槍が黒き稲妻を纏う。


「これを防ぐ事が出来たのは、たった三人のみ! 一人は帝国大将軍レイドリック、もう一人は南方の剣聖ゲンカイ! そして最後の一人はかつて我が国最強の戦士にして最優の軍人と言われた男、ジョシュア=ランチェスター! 貴様が奴等と並ぶ強者たりえるか、試してみるがいい!」


 テオドールが、黒雷を纏った神速の突きを放つ。それは、命中すれば一撃でレオニダスを絶命せしめるだけの威力と、防御も回避も不可能な程の速さを誇る究極の一撃であった。しかし。


「やはり、貴方は衰えた……」


 そう呟いて、レオニダスはそれを、必殺のカウンターで迎え撃った。


「かつての貴方であれば、敗北した事を嬉々として語るような事はしなかった!」


 テオドールの突きが放たれてから、後出しでそれを上回る高速の突きを、最速最短で突き入れる。カウンター、後の先の極致。アルティリアとの槍試合での敗北や、その後の海神騎士団との修練、そしてかつての師に引導を渡してやるという決意が彼の十八番、必殺のランス・カウンターを完成させたのだった。

 雷光の如き一閃が、テオドールが放った突きを弾き返しながら、一直線にテオドールの胸を突く。

 もしもアルティリアがこの場に居たら、目を瞠ったであろう。レオニダスが放った一撃は、彼女の友である極光の槍騎士のそれに迫るほどの完成度であった。


「さらばです。師匠」


「……ぐふっ! み、見事……! わ、わしの教えたカウンターが、これ程までに完璧に……! な、なんと力強く、美しい一撃か……!」


 甲冑ごと胸の真ん中を貫かれたテオドールが、手にした槍を取り落とした。もはや戦えるだけの力は残っていないのは明らかだ。


「嗚呼……お前の言う通りだ……。わ、わしは、弱くなった……。戦士としてのわしは、いつのまにか死んでいたのだと、今になってようやく気が付いた……。その事実から目を逸らし、闇の誘惑に負けた事が、過ちであった……」


 致命傷を負いながら、テオドールはそれを感じさせない安らかな笑みを浮かべる。


「だが、お前のどこまでも真っ直ぐな一撃が、わしの心を覆っていた闇を晴らしてくれた……。レオニダス……力を追い求めるのも、家族の仇に復讐するのも良い……だが、お前はどうか、わしのようにはならないでくれ……。お前が見せてくれた、人としての強さを……忘れる……な……」


 そう言い残して、テオドールの体は灰となって、跡形も無く消え去った。

 最期に正気に戻り、高潔な武人としての精神を取り戻しはしたが、魔に魅入られて心身共に悪魔へと堕ちた者の末路がこれだ。テオドールは身をもって、力だけに固執した者の末路をレオニダスに示したのだった。


「最後の教え、確かに受け取りました。師匠」


 テオドールが使っていた槍を拾い、レオニダスはその場を後にする。その後ろに、アンドリュー王子とリンが続いた。

 まだ城内には数多くの敵が残っている。彼らはそれを掃討する為に、城内探索を続けるのだった。

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