第146話 全部だ※

 王宮の北東・北西・南東・南西にある、高く伸びた4本の塔はそれぞれ近衛騎士団の詰所になっており、常に大勢の近衛騎士たちが常駐している。近衛騎士団の団長であるテオドールの部屋は、北西側の塔の最上階にあった。

 レオニダスとリン、そして第一王子アンドリューは道中で魔物を掃討しながら、そこを目指した。出てくるのは魔物だけで、近衛騎士の姿は無い。


「他の近衛騎士共も全員裏切ったのか、あるいは消されたか……フン、どちらにしても役に立たん奴らだ」


 襲ってきた魔物を斬り捨てながら、アンドリュー王子が吐き捨てる。


「ちょっと! そういう言い方は酷くないですか!?」


 その言い様に反感を抱いたリンが食ってかかると、アンドリュー王子はあからさまに馬鹿にしたような表情を浮かべた。


「何が酷い? 奴等はこの王宮や俺様たち王族を護る為に存在し、その為に高い給金を貰い、様々な特権を与えられておるのだ。だというのにその役目も果たせない無能共なんぞ、存在する価値もなかろう。この下らん騒動が終わったら、全員クビにしてくれるわ。裏切った奴等は死刑だ!」


 そう言い捨てて、アンドリュー王子は無人の野を行くように、廊下を進んでいった。

 やはりこの男は好きになれないと思いながら、リンは憮然とした表情を浮かべながらその後ろに続いた。周囲を警戒しながら、レオニダスが最後尾につく。

 そうして幾度かの襲撃を退けながら、彼らは北西の塔の最上階へと辿り着き、団長の部屋の扉をアンドリュー王子が乱暴に蹴り開けた。


「来たか……。ふむ、そうか。お前が来たか、レオニダス」


「テオドール団長……」


 そこに居たのは、近衛騎士団の制式甲冑を身に付けた、白く染まった髪と、同じく白く長い髭が特徴的な老人だった。深い皺が刻まれた顔と鋭い眼光は、その者が歴戦の武人である事を、百の言葉よりも雄弁に語っていた。

 彼こそが、近衛騎士団の団長を長年務め続けた老練の騎士、テオドールだ。


「それと王子も一緒でしたか……。あやつらは、やはり失敗したか」


「フン、当然だ。あんな雑魚共が俺様に勝てぬ事など、わからぬ貴様ではあるまい。最初から俺様を誘き寄せるつもりだったのだろうが」


「お気づきでしたか。流石ですな。しかし、あやつらには少しは期待していたのですが……力を与えられたとはいえ、元が未熟者ではやはり駄目ですな」


「力……? 何の事だ?」


 アンドリュー王子が疑問を口にすると、テオドールは懐から、ある物を取り出して、掌に乗せて見せてきた。

 その、彼の掌に乗っていた物は、水晶玉のような球体だった。しかしその色は漆黒であり、見るからに邪悪な気配を漂わせながら不気味に輝いている。


「それは一体……!?」


「気を付けてください! あれから非常に強い、闇属性の魔力を感じます!」


 明らかに異質なそれを見て、レオニダスとリンが警戒する。彼らの様子をちらりと見た後に、テオドールはアンドリュー王子に向かって、その球体を差し出した。


「これこそが、さる偉大なる御方に与えられた、所有者に大いなる力を授ける宝珠でございます。アンドリュー殿下、貴方もこの力が欲しくはありませんか? お望みならば、貴方にもこの力を分け与えてさしあげますが」


 そんなテオドールの誘惑に対して、アンドリュー王子は……ニヤリと愉しそうな笑みを浮かべた。


「ほーう? そんな便利な物を隠し持っていたのか。だが、俺を襲ってきた無能カス共は、その力を与えられた割に大した事がなかったが?」


「それは彼らが元々弱者だった故、強すぎる力に肉体と精神が耐えられず、最低限の力しか与えられなかったからでしょう。しかし殿下ほどの武才の持ち主であれば、より巨大な力を引き出す事ができるでしょう。それこそ、己の武力のみで玉座につける程の」


「ほう、そうかそうか。俺様が玉座に、か。それはなかなか興味深いな」


「いけません王子! あれは危険です!」


 レオニダスが制止するが、アンドリュー王子はそれに構う様子もなく、テオドールに対してこう言った。


「よし。じゃあテオドール、それを俺様によこせ」


「………………は?」


「そんなにも素晴らしい力なら、この俺様が有効活用してやろうではないか。だからさっさとそれを献上せよと言っている。貴様はもう用済みだが、そうすれば命だけは助けてやろうではないか」


 自分と手を組めば世界の半分をお前にやろうという質問に、やかましい全部渡してお前は死ねと要求するような、清々しいほどの図々しさ! あまりに傍若無人かつ尊大な態度で、そのような要求を突きつけるアンドリュー王子に、テオドールは激怒した。


「この……身の程知らずの若造がッ!」


「うおっ!? なんだこいつ急にキレやがったぞ!?」


 黒い球体を懐に戻しながら、すぐ隣に立てかけてあった突撃槍ランスを手にして、テオドールがアンドリュー王子に突きを放つ。アンドリュー王子は二本のブロードソードを交差させて、寸前で穂先を弾いて防御に成功した。


「まさかここまで愚かだったとは。馬鹿に話が通じると思っていた、わしが間違っておったわ」


「何ぃぃぃ! 話の途中でいきなりキレ始めた上に俺様を馬鹿呼ばわりするとは、どういう事だこの無礼者め! 貴様は死刑だ!」


 アンドリュー王子がブロードソードの二刀流で斬りかかる。それに対し、テオドールは姿勢を低くして突撃槍を構えた。


「王子! カウンターを狙われています! 注意を!」


 レオニダスがアンドリュー王子に向かって叫ぶ。テオドールが取った構えは、レオニダスがよく知る、突撃槍による一点突破のカウンターの構えであった。

 このランス・カウンターは、レオニダスの十八番でもある。それをテオドールが使う理由……それは、このテオドールこそ、レオニダスの槍術の師だからだ。


 アンドリュー王子が射程内に入った瞬間、テオドールが稲妻のように速く、鋭い突きを放った。それはアンドリュー王子の眉間へと、吸い込まれるように突き刺さる。


「ふんッ!」


 そう思われた瞬間、アンドリュー王子が上体を大きく逸らし、紙一重でそれを回避した。テオドールが放った一撃必殺のカウンター突きは、アンドリュー王子の前髪を何本か切り飛ばしながら空振った。


「甘いわボケがああああああ!!」


 そしてカウンターを空振りし、無防備になったテオドールの隙を見逃さず、アンドリューが二刀を振るった。テオドールの胴体に、×の字に深く斬られた。


「ば、馬鹿な……」


「フン! どうだ見たか、所詮貴様のような凡人では、天才! かつ、王族! であるこの俺に勝つ事など不可能! どれだけ怪しげな力を与えられようが、カスは所詮カスに過ぎんのだァーッ!」


 まるで悪役のような台詞を吐いて勝ち誇るアンドリュー王子に反して、レオニダスは苦い顔をしていた。


「テオドール団長……そこまで衰えておられたか……」


 レオニダスは、槍術の師であるテオドールの槍捌きをよく知っていた。だからこそ、テオドールが突きを放った瞬間に、彼はアンドリュー王子の死を覚悟した。全盛期の彼が放つ突きは、速さ、鋭さ、タイミング……その全てが非の打ち所が無い、芸術的とも言える至高のカウンターと言えるものだった。

 しかし、高齢のテオドールは体力も、技のキレも年々衰えており、数年前には弟子のレオニダスとの模擬戦でも後れを取るようになっていた。尤も、それは決してテオドールの衰えだけではなく、レオニダスの才能と努力の成果でもあるのだが。


「ぬぅぅ……まだじゃ、まだわしは死なんぞ……!」


 致命傷を負った筈のテオドールの身体が、邪悪な黒いオーラに包まれて活力を取り戻す。


「ふふふ……やはり宝珠の力を使っても、老いと病には勝てぬか……。これでも宝珠を与えられる前に比べれば、随分と回復したのだがな……。これが人の身の限界というものか……。ならばわしは……人の身など捨ててくれるわ!」


 再び黒い球体を取り出したテオドールは、それを握りしめて高々と掲げる。


闇黒宝珠ダークオーブよ! 全ての力を解放し、わしに与えよォッ!」


 その言葉に反応し、宝珠が夜の闇よりもなお暗い、ドス黒い光を放ち、テオドールの身体を侵食し始めた。


「うおおおおッ! 今こそわしは、人間を超越するぞおおおッ!」


 そしてテオドールは、二十代前半ほどの若々しい青年の姿へと変化した。ただし、その姿は明らかに人間のものではない。頭部からはねじれた二本の角が生え、背中からは蝙蝠のような翼が広がっている。更にその身に纏う甲冑や、手にした突撃槍もまた、黒く濁った色で悪魔的なデザインの物へと変化していた。

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