第139話 俺は大洋の子※

 スカーレットは苦境に立たされていた。

 目の前の敵、地獄の道化師666号は既に人の姿を留めていない、異形の怪物と化しており、その肉体は神器をもってしても簡単には刃が通らないほどの強靭さで、スカーレットが操る炎も殆ど効き目がない。

 また、敵は力自慢の重騎士であるスカーレットをも上回るほどの怪力の持ち主で、更に魔法や腐食粘液による遠距離攻撃まで仕掛けてくる難敵だ。


「ぬぅんっ!」


 スカーレットが、彼が操る火属性の闘気オーラ、爆炎闘気を全身から放つ。並の相手であれば、その熱量と重圧によって近付く事さえ出来なくなる巨大な闘気を身に纏うが、しかし地獄の道化師666号は気にも留めていない様子だ。


「またそれですか。馬鹿の一つ覚えが!」


 スカーレットの大剣と地獄の道化師666号の剛腕が、幾度もぶつかり合う。業火を纏う大剣の連撃を素手で弾き返しながら、地獄の道化師は嗤った。


「無駄無駄無駄ァーッ! この完全・完璧な肉体の前に炎など無意味!」


 背中から生えた幾つもの触手が、スカーレットを殴りつける。それらの幾つかを切り飛ばしたものの、即座に再生した触手の群れに派手に吹き飛ばされ、壁に叩き付けられたスカーレットは、決して小さくないダメージを受けながら、闘志は些かも衰えていない様子で再び立ち上がり、大剣を構えた。


「……やはり、力ではどうにもならぬか」


「今更お気づきですかァ~? どうやら脳ミソまで筋肉で出来ているご様子!」


 醜悪極まる異形の怪物と化してはいるが、それを代償に得た凄まじい身体能力や再生力は脅威の一言だ。正面から殴り合っては勝ち目が無い。

 ならば、とスカーレットは戦い方を変えた。


 思い出されるのは好敵手ともの言葉。


「戦いは闇雲に火力を上げれば良いというものではない」


 そして、仕える女神の教え。


「力に対して力で立ち向かえば、勝ったとしても必要以上に傷を負い、負けた場合はただでは済まない。躱して、受け流す為の戦い方も身につけておくといい」


 スカーレットの闘気の質が変化する。それは先程までの、燃え盛る炎のようなそれではなく、静かなる水のようなものへと変わっていた。

 地獄の道化師666号の猛攻を、スカーレットは最小限の動きで受け流していった。これは本来の彼の戦い方ではなく、むしろ彼の好敵手であるロイドの戦い方そのものだった。

 ロイドと毎日のように剣を交わした結果、スカーレットは彼の戦い方を、かなりのレベルで再現できるようになっていたのだ。


「ええい猪口才な! ビビって守りに入りやがりましたね! だがそんな弱腰では、僕ちんに勝つなど夢のまた夢!」


「そうだな。今の我では貴様を倒すのは無理のようだ。ならば、せいぜい時間稼ぎに付き合って貰おうか」


「無駄なあがきを! そのような付け焼き刃で対抗しようという浅知恵なんぞ、この圧倒的パワーで叩き潰してくれましょう!」



     ※



「アルティリア様、現在、王宮の各地で魔物の襲撃が発生しており、海神騎士団の皆様が分散して対処しております。また、同時に王都に魔物の大群が襲来。四方の関所は既に突破され、王国軍と騎士団が王都周辺にて共同で防衛戦を行なっています」


「ロイド様とケッヘル辺境伯は貴族の皆様を襲っていた魔物を殲滅し、辺境伯が彼らを避難させています。アレックス様とニーナ様は第三王子を救出し、敵と交戦中。リン様とレオニダス様は第一王子の、ルーシー様、クリストフ様は第二王子の執務室へと向かいました。それと……スカーレット様が敵の最大戦力と交戦中で、窮地に立たされています」


 俺の命令で王宮内の状況を探らせ、伝令をさせていた水精霊たちが戻ってきて、そのような報告をしてくる。


「ご苦労。引き続き彼らのサポートを行なってくれ」


 俺は紺碧の女王と戦いながら、彼女達に命令を下した。直後、紺碧の女王が魚の下半身をしならせて、鞭のように横薙ぎに叩き付けてくる。


「戦闘中にお話とは、随分と余裕そうですわね」


「そうでもないさ。実際どう攻めたものかと悩んでいたところだ」


 俺はそれをジャンプ回避しながら突きを放つ。喉元を狙った俺の突きは、紺碧の女王の槍で防がれ、同時に放った魔法も同じ魔法で相殺された。


 実際、攻めあぐねているのは確かである。

 この女は俺と同じ戦闘スタイル……槍使いで、水属性に特化した魔法戦士で、そして有利な状況を作りながらジワジワと攻める、長期戦が得意なタイプだ。

 このタイプのミラーマッチは、お互い決め手に欠けて、とにかく戦いが長引きやすい。地力や装備の性能では俺のほうが上回っている為、戦況は有利に傾いてはいるが……敵が防御主体の戦い方をしており、またボスモンスター特有の高いHPを持ち、回復魔法まで使うので、これを削り切るのは骨が折れそうだ。


「まさかな。国王暗殺が陽動とは恐れ入った」


 こいつの狙いは最初から、俺をこの場所に留めておく事だった。俺さえいなければ、他の魔物が城を制圧できると考えたのだろうか?

 とはいえロイド達海神騎士団も、今や軽視できない戦力となっている。今の彼らであれば、並の魔物なら軽々と蹴散らせるだろう。彼らを相手にしても勝てる見込みがあった?

 それとも他に何か、隠された別の目的でもあるのか?


 敵の狙いが何にせよ、敵の軍勢が大規模であり、少なくない被害が出ている以上、俺がいつまでもここに留まっている訳にもいくまい。


「なあ紺碧の女王、そろそろ退くつもりはないか? 今なら五体満足で帰してやるが」


「あら、敗北宣言ギブアップですの?」


「いいや最後通牒さ。これ以上やるつもりなら本気を出す。命の保証は出来んっていうな」


「なるほど。出来るものならどうぞ?」


「いいだろう。なら見せてやる。……変身!」


 俺は昭和最後の仮面ライダーっぽい芸術的な変身ポーズを決めながら跳躍し、奇跡の力を解放し、女神形態ゴッデスフォームに変身した。

 この形態になった俺は身長が伸び、体つきはより豊満に、そして背中からは光り輝く翼が生え、親友達が愛用している神器を使用可能になる。

 それを見て、紺碧の女王はやばい物を見たような表情を浮かべるが、もはや手遅れだ。


「行け、ブリューナク!」


 右手に握ったクロノの愛槍、ブリューナクを投げ放つ。純白の槍は空中で雷光そのものへと姿を変え、防御をすり抜けて紺碧の女王へと突き刺さった。

 ブリューナクの神器専用技の一つ『雷光飛槍ライトニング・シュート』。投げられた槍が実態を持たない雷光と化して敵を貫く、自動追尾&ガード不可のチートじみた技である。


「もう一丁!」


 続けて、俺は自分の三叉槍も同様に投擲した。雷光飛槍の直撃によって硬直状態にある紺碧の女王に直撃した俺の槍は、突き刺さると同時に彼女を氷漬けにした。


「まだ生きてるか。だが、当分は動けんだろう」


 俺は槍を引き抜いて、そのまま窓から城の外へと飛び出した。

 背中の翼によって自由に空を飛ぶ事が出来る為、上空から王都全体を観察する為……それから、広範囲に魔法をかける為だ。


 王都は既に魔物の群れに包囲されており、防衛線が突破されるのも時間の問題だろう。城内はロイド達が上手く対応してくれているようだが、もし王都の中に魔物の侵入を許してしまえば、多くの無力な市民が犠牲になる。それは何としても防がなければならない。


「『海の女神の聖域サンクチュアリ・オブ・アルティリア』!」


 女神形態時のみ使用可能な魔法を発動させる。その効果は、超広範囲の持続回復&強化バフで、俺に対する信仰心が強いほど効果が高まる。


 俺が魔法を発動させると、王都の上空を覆っていた暗雲が消し飛び、雲一つない青空が現れた。その空から、癒しと強化効果を持つ水が天気雨のように、大地に降り注いだ。


 続けて、俺は上空から王都を包囲している魔物の群れに向かって高圧水流をビームのように放って、敵を殲滅するのだった。

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