第140話 女神の鼓舞※
王都を訪れていた女神が王宮に招かれたという事で、王都の民はこれでますますこの国と女神の結びつきが強化されて、王国の未来は明るいと希望を抱いていた。
しかしその日、突如として現れた魔物の大群が王都へと侵攻を開始し、王都の四方を守護する関所は数の暴力によって、抵抗空しく陥落。数千、あるいは万にも届こうかという数の魔物が王都を包囲した。
それと同時に、王宮の方からは黒い煙が上がっており、建物が崩れるような轟音や激しい戦闘音が聞こえてくるではないか。
外は魔物の軍団に包囲され、いつ守りが突破されて魔物がなだれ込んでくるか分からない状態な上に、中は王宮で争いが起きている不穏な状況下にあって、王都の民は絶望に沈んでいた。それを表すように、天は黒い雲に覆われて、昼だというのに薄暗く、どんよりした空気が流れていた。
しかし、その時だった。突然、青空を覆い隠していた暗雲が消し飛ばされ、王都に光が射した。俯いていた民が顔を上げれば、そこには雲一つない美しい青空と、そこに浮かぶ女神の姿があった。
次の瞬間、王都全体に雨が降り始めた。静かに優しく降る水滴が身体に当たると、体の奥から活力がふつふつと湧き上がってくるのを感じる。また、魔物との戦いで傷を負っていた兵士達の傷が、みるみるうちに癒えていくではないか。瀕死の重傷を負っていた者ですら、立ち上がって戦えるようになっていた。
「奇跡だ……女神様が奇跡を起こして下さった!」
諦めかけていた兵達が奮い立つ。敵は恐るべき数の大軍だが、それに対する恐怖は彼らの中にはもはや存在しなかった。
上空から射出された高圧水流が数十匹の魔物を纏めて吹き飛ばし、そのまま戦列を薙ぎ払ったのを見た彼らの高揚は、そこで頂点に達した。
「おおっ、見ろ! 魔物の軍団が消し飛んだぞ!」
「我らも続くぞ! 矢を射掛けよ! 混乱している魔物どもに、大量の矢を馳走してやれ!」
にわかに活気づいた兵士達は、押し寄せる魔物を撃退する為に奮戦する。
それを見下ろしながら、アルティリアはアイテムバッグから、一本のマイクを取り出した。ガチャ産のアイテムで、アイドル衣装とセットになっている片手用装備だ。吟遊詩人が使う呪歌や、
「私の名はアルティリアだ。王都の民よ、私の声が聞こえるか」
アルティリアはマイクに口を近付け、声を張り上げた。手にしたマイクの効果で、その声は広範囲に拡張され、地上の者達の耳まで届く。
「皆、既に分かっていると思うが、王都は未曽有の危機に陥っている。外を包囲している魔物の大軍だけではなく、既に王宮も襲撃を受けており、国王も生きてはいるが、刺客の凶刃に斃れて意識不明だ。王宮内の敵は私の神殿騎士達が対応中だが、敵もなかなかの強敵のようで、苦戦しているようだな」
アルティリアが、現在の状況を王都の民や兵に説明する。その内容……とりわけ王が倒れたという情報に、彼らは衝撃を受けた。
「なかなかに絶望的な状況だな。この街が、国が滅びる瀬戸際というわけだ。このまま我々が手をこまねいていれば、邪悪な魔物どもの手によって街が破壊され、国が滅び、そこに住む民が蹂躙されてしまうだろう」
アルティリアは、あえて最悪の未来を語った。それを想像するだけで、胃がむかむかして反吐が出るほどの。
「お前達、それで良いのか?」
アルティリアの問いかけに、王都のそこらじゅうから否定の声が上がる。
「良いわけがあるかあああ!」
「冗談じゃない!」
「あんな奴らに好き勝手されてたまるか!」
彼らの声にアルティリアは頷いて、
「そうだ。そんな事が許されていい筈がない。だからこそ……」
大きく息を吸い、より一層声を張り上げて、叫ぶ。
「王都の兵よ、民よ、今こそ立ち上がれ! 絶望に立ち向かい、人間の底力を見せつけてやる時が来たのだ! 戦える者は武器を取り、大切な物を護る為に奮起せよ! また、戦えぬ者は己の出来る範囲で彼らを助けよ。物資を運ぶ、怪我人を搬送や治療をする、兵士達の為の食事を作る等、何でも良い。声援を送るだけでも、ただ信じて祈るだけでも良い。心を一つにして立ち向かうのだ!」
アルティリアの鼓舞によって、王都の民の顔に闘志が宿る。絶望に沈んでいた彼らは立ち上がって、己の成すべき事を成すために動きだした。
「私の力を皆に貸そう。代わりに、皆の力を私に貸してくれ。共にこの困難に立ち向かおう。この国の明日の為に!」
アルティリアがそう言ってマイクのスイッチを切ると、直後にそこに住む者達の声によって、王都が揺れた。
「戦うぞ皆、アルティリア様の為に!」
「行こう、この国の明日の為に!」
士気が最高潮に達した兵士たちが、王都を囲む魔物の大軍を押し返していった。冒険者や商人、市民達も一丸となって彼らに協力し、圧倒的不利だったはずの戦局を互角以上に押し戻していく。
しかし、まだ決して油断して良い状況ではない。アルティリアは引き続き、上空から彼らに支援・回復魔法をかけながら、敵陣に向かって範囲攻撃魔法を飛ばす。
「よし……これでこっちは何とかなりそうだが……」
気になるのは城内だ。アルティリアは神としての権能で、離れていても顔見知りの信者の状況を把握する事ができる。それによれば、海神騎士団のメンバーは全員、苦戦を強いられているようだった。
しかし今のアルティリアには、直接彼らを助けに行けるだけの時間が無い。彼らが自力で勝利し、生還できるように心の中で応援しながら、アルティリアは魔法の詠唱を続けるのだった。
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