第138話 王太子の矜持※

 一方、部屋を出たロイド達は、城内に入りこんだ敵を探して移動を開始したのだが、その直後。


「おい……アレックスとニーナはどうした?」


 違和感に気が付いたロイドがそう口にすると、その場に居た全員が驚いて辺りを見回した。


「なっ……い、居ない!?」


「あれっ!? いつの間に居なくなったんだ!?」


「まさか、俺達よりも先に部屋を脱け出してたのか?」


 そう……彼らがたった今気付いたように、アレックスとニーナの兄妹は、彼らが地獄の道化師と対峙している最中に、密かに部屋を脱出していたのだった。

 その理由は、二人が遠くから聞こえる戦いの音を聞き取ったからだ。彼ら兄妹の種族は獣人族であり、獣人は種族特性として、生まれながらにして他の種族よりも遥かに優れた五感や直感、すなわち『超感覚』を持っている。それによって他の者達には察知する事が出来なかった、城の各所で発生した戦闘を誰よりも早く知る事ができたのだった。

 その為、アレックスとニーナは襲われている人を助ける為に、密かに部屋を脱出して救援に向かっていた。


「二人の事は心配だが、今は城内の平和を取り戻す事が最優先だ。手分けして索敵をしよう」


 そう指示したところに、窓ガラスを突き破って、悪魔を象った石像のようなモンスター、ガーゴイル・ロードが突撃してきた。ロイドは振り向きざまに抜刀し、堅牢な岩の体を真っ二つに斬り捨てた。


「今のように、既に城内に入り込んでいる魔物の襲撃は確実にあるだろう。今の俺達には大した敵じゃあないが、もしかしたらボス級の奴も居るかもしれん。油断するなよ」


 そう言ったそばから、廊下の向こう側から複数の魔物が姿を現した。


「突破するぞ!」


 海神騎士団はロイドを先頭に、魔物の群れに突撃した。



     ※



 一方、城内の別の場所では、一人の男が魔物に包囲されていた。

 背が高い金髪碧眼の、二十代半ばほどの男性だ。柔和な整った顔立ちに、一目で高級なものだと分かる服装から、彼が高貴な身分である事が伺える。

 彼の名は、セシル=ド=ローランディア。ローランド王国の王太子である。

 彼は現在、地獄の道化師の複製体と、彼が率いる魔物達に包囲されていた。更に、セシル王子を守護する騎士達は、既に敵の苛烈な攻撃を受けて、半死半生の状態だ。

 セシル自身も業物の剣を手にして、近衛騎士たちと共に数倍の数の敵を相手によく戦い、多くの魔物を討ち取りはしたが、その命運は尽きつつあった。


「まだだ! まだ私は倒れるわけには……!」


 普段の温和な姿からは想像できない、闘志を燃やして絶望に立ち向かう主君の姿に、周りの騎士達も命懸けで彼を守護しようと、倒れそうになる体に喝を入れた。


「おやおや、実に頑張り屋さんですねェ。どうせ無駄なんだから、とっとと諦めればいいものを」


 そんな彼らの必死な姿を、地獄の道化師は嘲笑う。先程から彼は自ら手を下す事はなく、手下の魔物達に任せて高見の見物を決め込んでいる。まるで、いつでも殺せる弱者を嬲り者にするかのように。


「諦める? 諦めるだと……? ふざけるなよ悪魔め。私はこの国の王太子であり、この国の未来を背負う者! 諦める者がどうして民を、国家を導けようか。ゆえに私は死ぬまで、諦める事だけはせぬ!」


 セシルが言い放った言葉を聞いて、地獄の道化師は露骨につまらなそうな様子で吐き捨てる。


「やれやれ、無駄な事を。どうせこの国はもう終わりだというのに。どうせお前の親父も、とっくに殺されてるっていうのによぉ」


「何っ、父上が……!?」


 その衝撃的な発言に、セシルが思わず目を見開くと、地獄の道化師は一転して楽しそうに笑う。


「ええ、ええ。頼りになるワタクシのお友達が、貴方のパパをサクッとブチ殺しておりますとも。勿論、それだけではありません。集まった貴族の皆様も、ワタクシ達と仲良くしている、協力的な一部の方以外は、さっさとこの世からご退場していただきます」


 地獄の道化師は暗に、貴族の中に襲撃を手引きした者がいると告げていた。

 彼の言う事が事実であれば、この国はトップである王が殺され、更にそれを幇助した裏切者を内部に抱えた絶望的な状況下にある。


「それを聞いて、ますます諦めるわけにはいかなくなったな。ここで私が死ねば、誰がこの国を立て直すというのだ!」


 しかしそんな中でも、セシルは毅然とした態度を崩さなかった。地獄の道化師は舌打ちを一つして、


「あーツマラン。ここで絶望して惨めに泣き叫んでくれれば面白かったってのに。まあ良いでしょう、諦めなくても、どうせ君達は今からおっ死ぬんだから」


 今まで指示だけ出して見物に徹していた地獄の道化師は、自ら手を下そうと呪文を唱え、彼の周りに幾つもの火球が生み出された。

 それが放たれ、セシルとその周りに居る騎士達を纏めて焼き殺されようとした、その時だった。


「水竜破ーっ!」


 部屋のドアをぶち破りながら、ドラゴンの頭部を象った水属性の闘気が、地獄の道化師の背後から襲いかかった。


「なんとぉっ!?」


 突然の奇襲に、地獄の道化師は派手に吹き飛ばされて、ギャグ漫画のように壁にめり込んだ。

 その攻撃を放ったのは、頭頂部に狼の耳が生えた、白い髪の幼い少年……アレックスだった。その隣には、妹のニーナの姿もあった。


「ぐぬぬ……おのれジャリガキ、背後から奇襲とは卑怯なり! お前達、やっておしまい!」


 自分の所業を棚に上げてのたまいながら、地獄の道化師が配下の魔物達に攻撃を命令した。

 子供達に向かって、魔物達が一斉に襲い掛かる。しかしその時、ニーナが腰のポーチから何かを取り出した。

 彼女が取り出した物は、ソフトボールくらいの大きさの球体であった。横にラインが1本入っており、それを境に上下に赤と白の二色に分かれている。そして、中心にはボタンのような物があった。そして、何故かその球体には兎の耳のような物が生えている。

 ニーナがボタンを指で押して、ボールを投擲する。


「つなまよ、ゴー!」


 すると空中でボールが中心に入ったラインを境に二つに割れて……中から巨大な、赤いドラゴンが壁を破壊しながら姿を現した。


「GOAAAAAAAAAAA!!!」


 呼び出されたドラゴンが咆哮する。それだけで、大半の魔物は戦意を喪失した。中には恐怖に耐えて向かってくる個体もいるが、それもドラゴンが腕を一振りするだけで、あっさりと弾け飛ぶ。

 それと同時にアレックスが床を蹴り、天井付近まで跳躍する。そのまま天井を蹴って、反動で急降下しながら地獄の道化師の顔面にライダーキックを直撃させたのだった。

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