クリスマス特別短編

「皆、よく集まってくれた」


 街の広場に集う、大勢の冒険者たちを前に、俺はマイクを片手に演説を行なっていた。


「俺が今回の作戦の指揮を担当するアルティリアだ。よろしく頼む」


 俺が自己紹介をすると、その場に居た冒険者……LAOプレイヤー達から、チャットで次々と野次が飛んでくる。


「このドスケベエルフが指揮官で大丈夫か?」


「こいつは(基本的には)優秀な指揮官だ。(時々出る大ガバが無ければ)大丈夫だ、問題ない」


「でもこいつ頭オーシャンロードだぞ?」


「本当に大丈夫か? あるてま先生と代わって貰ったほうが良いんじゃないか?」


 そんな心ない野次を受けて、黙ってられるほど俺は人間が出来ていない。即座にマイクを握りしめて反論する。


「うるさいぞカスども。誰が頭オーシャンロードか。人を変態海洋民の代表みたいに言うんじゃない」


「何も間違ってないが?」


「お前その変態海洋民ギルドのサブマスだろ……」


 しかし彼らは俺に対して、そんなひどい事を言ってきた。イラッとしたが話が進まないので、俺は彼らを無視して続ける。


「それと残念だが、あるてま先生……いや、あるてまのクソ野郎は今回、敵の指揮官だ。つまり俺達は、あの裏切り者を血祭りに上げなければならない」


 俺の言葉を聞いたプレイヤー達が、にわかに騒がしくなり、怒りや憎しみ、嘆きの声がそこらじゅうから上がった。


「静粛に。確かに奴を筆頭に、敵陣営には強力なプレイヤーが多い。しかし、俺は君達ならば、必ずや勝利して我らの悲願を達成できるものと信じている」


 俺は彼らの動揺を鎮め、鼓舞する為に演説を続ける。


「諸君らが溜め込んだ怒りと悲しみを、今こそ解き放ち、奴らにぶつける時が来たのだ。そう……今こそ、クリスマスを爆破し、リア充どもに鉄槌を下す時である!」


 俺が拳を振り上げて叫ぶと、集まった者達もまた拳を天高く突き上げた。


「カップルは!?」


「「「殺せっ! 殺せっ! 殺せっ!」」」


「リア充は!?」


「「「殺せっ! 殺せっ! 殺せっ!」」」


「今年のクリスマスは!?」


「「「中止っ! 中止っ! 中止っ!」」」


「よっしゃあ! 行くぞ陰キャ共、俺に続け! クリスマス爆破作戦、開始!」


「「「うおおおおおおおおおおおお!!!」」」


 俺達は運営から配布された頭部装備『嫉妬の覆面エンヴィー・マスク』を装着し、走り出した。目の周りに炎の模様と、血の涙が描かれた頭部全体を覆い隠す覆面である。


 ところで俺達は、何もただの酔狂でこんな事をしている訳ではない。

 現在はクリスマスを間近に控えた12月中旬であり、本日から新しい期間限定イベントが開始されたのだが、その内容というのが、プレイヤーが二つの陣営に分かれて対決するという内容の、PVP系のイベントであった。

 その二つの陣営とは、すなわち……王都ルグニカの中央広場に設置された巨大なクリスマスツリーを飾り付け、豪華な料理やプレゼントを用意して、クリスマスの準備をするリア充陣営と、それを邪魔してクリスマスツリーを爆破し、クリスマス中止を狙う嫉妬に狂った非リア充陣営である。

 俺はその後者に所属しており、その総司令官を任される事になった。


「C隊、D隊はクリスマスプレゼントの箱を運搬してるプレイヤーを襲って、強奪して来るんだ! E隊は料理会場に侵入して毒を撒けぃ! A隊、B隊は俺と一緒に、広場のクリスマスツリーに突撃じゃあ!」


 イベント期間終了までに広場の防衛網を突破し、ツリーに爆弾を仕掛けて爆破する事が出来れば俺達の完全勝利である。

 そう簡単に突破する事は出来ないだろうが、まずはひと当て、威力偵察を行なおうと広場に吶喊する。

 しかし、クリスマスツリーがある広場へと続く大通りには、既に厳重な防衛網が敷かれていた。幾重にも設置されたバリケードの周辺には、既に防衛担当のプレイヤーが待ち構えている。

 そして、その先頭に立っているのは……


「やあ。残念ながら、ここは通行止めだよ。先輩はクリスマスを楽しみにしている後輩たちの味方だからね」


 そう言って武術の構えを取るのは、「先」「輩」のホログラム文字が描かれた機械球体を顔の横に浮かべた……二足歩行するトナカイの着ぐるみであった。


「あっ、あれはトナカイ先輩!?」


「12月限定で姿を現すという、兎先輩のサブキャラだ!」


「だ、だが所詮はサブキャラ、兎先輩ほどの戦力は無いはず……!」


「あっ、馬鹿! 無闇に突っ込むんじゃあない! キャラスペックは劣っていても、Pスキルはそのままなんだぞ!」


 先走った一人のプレイヤーが、トナカイ先輩のショートアッパーで動きを止め、そもまま浮かされて空中で無数の拳によるラッシュを受ける。


「トナカイ百裂拳!」


「あべしっ!」


 それを横目で見ながら、俺は敵軍の後衛を範囲魔法で吹っ飛ばしつつ、三叉槍を振り回してバリケードを粉砕した。


「いちいち先輩の相手をするな、お前らが勝てる相手じゃない! それよりも、ここを突破する事を優先するんだ!」


 幸いトナカイ先輩以外は大した相手じゃないので、鈍足や凍結付きの範囲魔法をバラ撒きつつ、動きが止まった防御の薄い後衛を味方の射手に狙わせる。それと同時に兎……もといトナカイ先輩を牽制して、大技の発動を阻止しなければならないので、とにかくやる事が多い。


「よし、突破したぞ!」


「でかした!」


 多少の犠牲は出たが、俺達は大通りを突破する事に成功した。そしてそのままの勢いで、俺達は広場へと雪崩れ込んだ。

 その先で、俺達が見た物は……


「クリスマスツリーが……無い……だと!?」


 そこは確かに、見慣れた王都の広場であった。しかしそこにはクリスマスのイルミネーションも、目標の巨大クリスマスツリーも存在していなかった。

 それどころか、いつも広場にいるNPCの姿も、露店を出しているプレイヤーの姿も見当たらない。


「いかん、今すぐ撤退しろ!」


 明らかな異常事態に、俺はすぐさま撤退を指示する。そのまま反転して、元きた道を戻ったのだが……次の瞬間、俺は別の場所に強制的に転移させられていた。

 今度は、周りの風景が殺風景な瓦礫の山へと変わっている。ここも見覚えがある。王都から遠く離れた、山奥の遺跡ダンジョンだ。

 そして、そこで一人の男が俺を待ち構えていた。青い衣を身にまとった、長身痩躯の青年だ。プレイヤー名は、あるてま。クリスマス防衛隊の指揮官にして、LAOプレイヤーの中でも指折りの実力者だ。


「まんまと罠に引っ掛かってしまったという事か。ちなみに、どういう仕掛けなのか教えて貰う事は……?」


 俺が駄目元でそう訊ねると、あるてまはあっさりと答えを教えてくれた。


「俺が持つ神器『山河社稷図』の効果だ。指定した場所を踏んだ者を異空間に隔離する事ができる。お前達が見た無人の広場は本物ではなく、俺が神器で作った異空間というわけだ。そして動揺したお前が撤退を選び、指示したタイミングで一瞬の隙を突いて奇襲し、『強制連行テイク・アウェイ』でお前だけをここに連れてきたというわけだ」


「……そんな神器持ってるとか、聞いた事ないんだが?」


「ほぼ対人専用の神器だからな。実戦で使うのは今回が初めてだ。当然、他のプレイヤーに明かしたのもだ」


 しれっと初見殺しを仕掛けてきやがったよこの野郎。


「してやられたという事か」


「情報戦はPVPの基本だろう?」


「そうだな……。だがまあ、敵の総大将がわざわざタイマンの状況を作り出してくれたんだ。確かにピンチではあるが、この状況は一発逆転の大チャンスでもあるな?」


「ふむ、確かにその通りだ。それが不可能だという事以外はな」


「ほほーう? そりゃ確かにアンタは強敵だし、タイマンの決闘じゃだいぶ負け越してはいるがね、絶対に勝てるって言うのは流石に調子に乗りすぎじゃねぇの? あるてま先生よ」


 俺とあるてまの決闘での対戦成績は、およそ7:3で俺が負け越しているが、それでも10回やれば3回は勝てている計算だ。その3割の勝機を逃さず掴み取る事ができれば、俺達の勝利である。


「……いつから俺の仕掛けが『山河社稷図』だけだと思っていた?」


 しかし、あるてまは俺に対して、そんな無慈悲な宣告をした。そして、懐から巻物のようなアイテムを取り出した。


「このアイテムは『太極図』と言ってな。一定範囲内のフィールドの属性値を自由に操作する事ができるブッ壊れ神器だ。勿論、使用コストもそれ相応に高く、CTクールタイムもかなり長い等、制約も多いがな。そしてその効果によって、既にここら一帯の属性値を水属性-100、雷属性+100に変更してある」


「ざけんな」


 完全に俺をメタってんじゃねえかこの野郎。しかもこっちの神器も初めて見たぞ。


「ああ、それと事前に罠をいくつか仕掛けさせて貰った。言わなくても分かってると思うが、一つでも引っ掛かって動きが止まったら、そのまま永パに移行するぞ」


「ぐっ……がっ……この野郎……! ここまでやるか普通……!? こんなネタイベントなんぞの為に初見殺しのガンメタ仕込んで来やがって……! こういうのは普通もっとこう、重要な拠点戦とかでやるだろ……!」


「ふふふ、そう考えるだろうと思っていたよ。だからこそ、今やったのだ」


「こいつ……!」


 そして俺は怒りに任せて、ワンチャン狙いで槍を構えて、あるてまに向かって突撃し……当然のようにボロ負けした。

 また、別動隊も敵にそれなりの損害を与えながらも撤退に追い込まれ、期待した程の戦果を上げる事は出来なかったようだ。


 そして劣勢のままイベント期間が終了し、クリスマス爆破隊の敗北が告げられ、この年のクリスマスは無事に開催されたのであった。


「畜生……来年こそは見てろよ……」


 クリスマス・イブの夜。イルミネーションに彩られた街を見下ろしながら、罰ゲームとして広場の巨大クリスマスツリーのてっぺんに吊るされたドスケベミニスカサンタエルフはそう呟いて、リベンジに燃えていた。


 まあ、その後どういうわけか異世界に転移して女神になったおかげで、次の機会は結局訪れなかったのだが……いずれあの男に対する復讐はしなければなるまい。

 クリスマスの夜に子供達と一緒に手作りのケーキを食べながら、俺はかつての敗北の記憶を思い出して、そう決意するのだった。

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