第137話 魔神将の遺訓※

「フッフッフ、さあ、どこからでもかかって来なさい。面倒ですし、全員まとめて相手をしてさしあげましょう」


 そのように勝ち誇る地獄の道化師666号の前に、立ち塞がったのは赤い鎧を纏い大剣を持った重騎士、スカーレットだった。


「スカーレット、派手に吹き飛ばされていたが大丈夫か?」


 ロイドが彼にそう声をかけると、スカーレットは心外だというように、不機嫌そうな声色で答えた。


「大した事はない。それよりもロイド、この者の相手は我に任せ、貴様らは先に行くがいい」


「何だと? どういう事だ!?」


 この強敵を一人で相手にするという宣言に、ロイドは疑問を抱いた。その時、団員の一人が口を開く。


「いや、スカーレットならば奴に対抗できるかもしれん! 何故なら奴は……海神騎士団の中で一番……チンコがでかい!」


「ハッ、確かに! 前に大浴場で見た時はマジでビビったからな……非戦闘モードの状態であのサイズとは……と」


「なるほど、あのナチュラルボーン・馬並み・チンチンならば対抗できる、あるいは勝てるかもしれん……! 所詮こいつの馬のチンチンは後付け品よ……!」


「そういう事ではない……」


 にわかに沸き立つ神殿騎士達に、スカーレットは冷静にツッコミを入れた。同時に数少ない女性団員達が彼らにゴミを見るような視線を送る。


「いや待て、そういう事か……。お前達、冷静になって考えてみろ、こいつは自身の複製体を作り出す能力を持っている。目の前のこれもその内の一体だ。なのに、この場に居るのはこいつ一体だけだ。なら、他の奴はどうしていると思う?」


 ロイドがそう言うと、その隣でクリストフがそれを引き継いで団員達に説明をする。


「そもそも、我々を襲うのが目的ならば、わざわざ王城を訪れた時に行なう必要など無いのですよ。では何故今、このタイミングで? そう考えると、色々と見えてくるのではないですか?」


 それを聞いて、団員達の顔にも理解の色が浮かんだ。


「こいつの目的は俺達の足止めか!」


「真の狙いは王族や、今日のパーティーの為に集まった貴族! そういう事か!」


「という事は、国王陛下のもとに向かったアルティリア様も襲われているに違いない!」


 彼らの言葉を聞いた地獄の道化師666号が、鱗がびっしりと生えた異形の腕を大袈裟に動かして拍手を鳴らした。


「ご名答。一部を除いて気付くのが遅かったのは残念ですが、正解でございます。さて、随分と時間をロスしてしまいましたが、間に合うといいですねェ?」


「ちぃっ……! スカーレット、勝算は!?」


「愚問だな。勝算など無くとも、やると決めた以上は身命を賭して戦うだけだ」


 猛々しく口にするスカーレットだったが、それはつまり、勝算は無いに等しいと言っているようなものだった。

 しかし、だからといってこの男は決して退く事はないだろう。そう長くない付き合いではあるが、過去二度に渡って命懸けの死闘を繰り広げ、その後は仲間でありライバルとして鎬を削ってきたロイドには、痛いほどよく分かっていた。


「……ここは任せた! 死ぬなよ!」


「任せろ」


 部屋を出ていくロイド達に背を向け、スカーレットは大剣を地獄の道化師666号へと向けた。

 そんな彼に、地獄の道化師666号は嘲笑を向けた。


「ンッフッフ、実に愚かですねェ……。全員でかかれば勝算もあったでしょうに、わざわざ負けて死ぬとわかっている戦いに挑むとは。まったく騎士というのは、どうしてこうも、お馬鹿さんなんでしょうかねェ」


「貴様のような下衆には分からぬだろうが、男には死ぬと分かっていても、戦わねばならん時があるのだ。そして騎士は戦いに臨むにあたって、常にそう心掛けるべきだと思っている。我はただそれを実践にしているに過ぎない。分かったら、下らんお喋りは終わりにしろ。貴様の声を聞いているだけで耳が汚れる」


「ククク……ヒッヒッヒ……ハハハハハハハハ! ああ下らねぇつまらねぇ気に入らねぇ! 主を失って、魔物ですらなくなった敗北者の裏切り者ごときがでけえ口叩きやがって! 楽に死ねると思うんじゃねえぞ!」


 地獄の道化師はスカーレットの言葉を聞き、腹を抱えて大笑いしたかと思えば、一転して凄味のある憤怒の表情を浮かべ、粗野な口調で罵詈雑言を放った。


「裏切りだと? 下らぬ戯言を。我は何も裏切ってなどいない」


「あぁーん!? テメー自分が元々魔神将の手下で、人間を数えきれないくらい殺してきた事をお忘れですかぁ!? それが今や女神の飼い犬になって、人間を護る為に戦ってやがる、それのどこが裏切りじゃないんですかねェ!? 僕ちんにも分かるように教えて貰えますかァ!?」


「知れた事。我が忠誠を誓ったのは、魔物でも他の魔神将でもない、創造主たるフラウロス様ただ一人のみ。そのフラウロス様が我に望んだものは、ただ二つ」


 スカーレットは、かつて紅蓮の騎士という名の魔物だった頃の、魔神将フラウロスと交わした会話を回想する。

 普段は主の命令を受けて、それを果たすだけで会話らしい会話などは無かったが、ほんの数回だけ、主の機嫌が良い時に話をする機会があった。


「我らの眷属は、基本的に主の性質を色濃く受け継いで生まれるものだが……それにしては貴様は随分と、正々堂々とした戦いに拘るな。騎士道とかいったか? 我には理解できんな」


 ある時、フラウロスはそんな疑問を口にした。


「ご不満でしょうか」


「いいや構わん。ただ少し疑問に思っただけの事よ。いったい貴様は我のどこに似たのであろうか、とな」


 そう告げるフラウロスに、紅蓮の騎士は訊ねてみた。


「フラウロス様にとって、戦とはいかなるものでしょうか」


「ふん……決まっておる。戦いとは、ただ己の望むままに力を振るい、破壊し、蹂躙する……それだけの事よ。ただ一つ、付け加えるなら……」


「付け加えるなら?」


「この我が全力で攻撃しても、なお壊れず、倒れず、恐れずに立ち向かってくるような……そのような強者を前に、思う存分に力をふるって戦う事が出来たなら、それはこの上ない歓びであろうな……。やはり力だ。力こそがこの世で最も尊きものだ」


 もっとも今の世に、そのような強者など殆ど残ってはおらぬだろうがな……と、フラウロスは残念そうに付け加えた。


「紅蓮の騎士よ……」


「はっ」


「貴様が戦い方に拘ろうが、騎士道とやらを大事にしようが、そんな事はどうでもよい。我が貴様に望む事は二つ。たった二つだ」


「それは一体?」


「強くあれ。そして我が儘であれ」


「我が儘……でございますか」


「そうだ。強者は我が儘であるべきだ。力がありながら他者に気を遣い、阿るような真似はするな。力とは、強さとは、つまるところ我を通す為のもの。ゆえに強者たらんとするならば、いかなる時でも己を曲げるな。弱者の戯言に耳を貸すな。他人の意見なんぞ全て、クソ食らえだと突っぱねろ」


 我の眷属ならば、貴様も当然そうあるべきだ……と、フラウロスは告げるのだった。


「我は今も、フラウロス様の教えを守り続けている。誰よりも強くあらんとし、折れず、曲がらず、己の信じる騎士道を歩み続けている。それはアルティリア様に仕え、人として生きようと、何も変わらぬ!」


 そう力強く宣言したスカーレットに対して、地獄の道化師は嫌悪感を露わにした。


「チッ、あーハイハイもういいですよ、相っ変わらずの暑苦しい騎士道バカ! あー気持ち悪い! おまけに今は新しい主に仲間も出来て、高潔な騎士様らしく人間共を護って正々堂々と戦え、リアルが充実しているようで何よりですなぁ! 全く、おかげでタダでさえキモかったのが、キモさ倍増でキモ of the キモイスト(最上級)!」


 吐き捨てるように言った地獄の道化師の体が、ボコボコと沸き立つような音や、肉が千切れ、骨が折れるような音を立てながら変形していく。

 肩からは更に二本の腕が生え、体中に角のような突起が皮膚を突き破って現れ、下半身からは蛸のような、うねうねした吸盤付きの触手が何本も生える。また、体色も毒々しい汚れた緑色へと変色していき、更に体の裂け目からは紫色の体液が滴り落ちて、鼻を突き刺すような凄まじい悪臭を放ちはじめた。

 地獄の道化師はもはや、人の形すら留めていない醜悪な化け物へと変わっていた。


「げひゃひゃひゃひゃ! 前々からずぅーっと、お前の事は気に入らなかったんだよォ! いつかブッ殺してやろうと思ってたから丁度いいぜェ! この究極! 完全! 最強ォ! の肉体が持つ力で、てめえを粗挽き肉団子にしてくれるぜぇぇぇッ!」


「珍しく気が合うな。我も貴様を、初対面の時からずっと嫌悪していた」


 スカーレットはそう言い捨てると、真っ赤な刀身を持つ大剣『スカーレットレオパルド』を大上段に構えた。

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