連載2周年記念短編

 2022年12月14日をもちまして、拙作「蒼海のアルティリア」が連載開始から丁度2年を迎えました。

 それを記念して、本編とは特に関係のない短編を一本書きあげました。

 今後も拙作をよろしくお願いいたします。


 以下、本文になります。

 ↓



 アクロニア帝国は、大陸の北側、その中央部分を支配する大国だ。皇帝が絶対的な権力を握る、強固な中央集権体制を敷いており、その軍事力・生産力は大陸でも最強を誇っている。

 もう一つの大国、東のローランド王国とは大昔からずっと敵対関係にあり、衝突と休戦を繰り返してきた。しかし、ここ数十年は休戦が続いていて、水面下での睨み合いは変わらずあるものの、両国の間では平和な時が流れていた。


 そんな帝国の片田舎、東の荒野にほど近い、小さな町では……


「人狩りの連中がこっちに向かっているぞ! 女、子供を早く隠すんだ! 男達は防衛の準備を急げ!」


 一人の男が発した言葉が引鉄になって、緊迫した空気が流れていた。


 人狩り。それは町や村を襲って、捕えた人々を奴隷にして売り捌くという、悪名高い奴隷商人集団の事だった。商人とは言うが、実態は盗賊団に限りなく近い。

 帝国の西側には強大な魔物が棲む、荒れ果てた土地……死の荒野が広がっており、時々、そこから出てくる魔物の襲撃や、そんな無法地帯を根城にする凶悪な犯罪者達による犯罪で、西部の治安は年々、悪化の一途を辿っている。

 人狩りと呼ばれる者達も、そんな死の荒野で暗躍する犯罪集団の一つである。


「遂にこの町にも来たか……」


「くそっ、ゴブリン共の対処だけで手一杯だってのに、なんでこんな事に……!」


「領主様は一体何をやってるんだ!」


「あんな豚に期待なんてするな! それより、人狩りの連中が来るまでに防衛の準備を……ん?」


 その時、町人の一人が何かに気が付いて、言葉を止めた。


「どうした?」


「誰か、こっちに歩いて来ている」


 彼の視線の先には、こちらに歩いてくる人物の姿があった。


「まさか人狩りか!? もう来たのか!?」


「いや待て、どうやら一人みたいだ。人狩りの連中はいつも集団で行動すると聞いている。もしかしたら、ただの旅人かもしれない……」


「だが荒野の方から来たぞ!? ただの旅人なんて事があるか? それに、こんな危険な場所をわざわざ旅する奴なんて、どうせ訳ありに決まってる!」


「と、とにかく話を聞いてみよう。こちらに敵対する様子は無さそうだし……」


 その人物が、街の入口に近付いてきた。町の男達が数人がかりで、彼の行く手を阻む。


「と、止まれ! あんたは何者だ!?」


 彼らが囲むその人物は、フード付きのローブを着ていて顔は見えないが、どうやら男のようだ。背は180センチ以上の長身で、ローブの隙間から覗く肉体は屈強で、体格も良さそうだ。


「冒険者だ」


 そう短く答えた声も、やや高いが男のものだった。


「ぼ、冒険者……。そ、それで何の用でこの町に!?」


「依頼の報告だ。冒険者組合の支部に用がある」


「冒険者組合ぃ……? そんな物、この町にあったか……?」


 男の一人が首を傾げるが、別の男がそれに答える。


「広場にある酒場の事だろ。このご時世、冒険者なんて滅多に訪れないから普通の酒場みたいになってるが、確かあそこは元々、冒険者組合だった筈だ」


「そ、そうか……。と、ところでアンタ。冒険者だって言ってたが、いったい何の依頼の報告で来たんだ……?」


 そう訊ねると、ローブの男は腰のベルトから下げた袋から、一枚の紙を取り出して、男達に見せた。そこに書いてあったのは……


「この町の近くにあるゴブリンの巣に、小鬼王ゴブリンロードが出たから討伐してくれという依頼だ」


 数ヶ月前からずっと、この町が悩まされてきた、ゴブリンの大規模な巣と、そこを支配する王の討伐依頼であった。


「あっ、あんた! 倒したっていうのか、あのゴブリンの王を!」


「ああ」


 男は短くそう答えると、道具袋から布に包まれた、小鬼王の頭部を取り出して見せた。


「こっ、これはまさしく小鬼王の首! 本物だ!」


「なんという……。たった一人で、あいつを討伐したっていうのか!」


「こ、この方ならもしかして、人狩りの連中も……!」


 そこで町の男達は、揃って頭を下げた。


「お願いします! どうかこの町を護っていただきたい!」



     ※



 それから、およそ一時間後。

 町へと辿り着いた人狩りの構成員……ガラの悪い、武装した男達は、町の入口に一人の男が立ち塞がっているのを見た。


「おうおうおう! 何だてめえは!」


「兄ちゃん、死にたくなけりゃあそこをどきな! それとも、てめえも奴隷になりたいか?」


 人狩りが男を囲み、威圧する。それに対し、男は答えた。


「奴隷になるのは御免だな」


 彼の答えに、人狩り達はゲラゲラと嗤った。


「そりゃあそうだ! なら、痛い目を見ないうちに大人しく失せな! それとも兄ちゃん、あんたも俺達の仲間に入りてぇのかい? 見たところ良いガタイしてるし、なかなか腕が立ちそうじゃねえの」


 先頭に立つ人狩りがそんな勧誘をかけると、男は呆れたように溜め息を吐いた。


「俺は奴隷も、人を奴隷にする奴も大嫌いだ。誰がお前らの仲間になんかなるか」


 そう吐き捨てて、男は拳をバキボキと鳴らした。


「ゴチャゴチャ言ってないで、さっさとかかって来い」


「野郎、なめやがって! やっちまえ!!」


 人狩りが、一斉に男に襲い掛かる。その数、総勢およそ三十名。

 多勢に無勢、普通なら、ここで成すすべ無く数の暴力にやられるところだが……


 次の瞬間、男が開いた右掌を、体の前に突き出した。そして、彼が突き出した手の前に、巨大な水の塊が現れ……


「水氣弾!」


 オーラによって凝縮され、撃ち出された水弾が人狩り達を、全員纏めて吹き飛ばした。


「「「「「うぎゃああああああ!!」」」」」


 そして人狩り全員を巻き込んで、水の氣弾が爆発する。後に残ったのは、ズタボロになって倒れる人狩り達と、一人無傷のまま立っている男だけであった。

 その男が頭に被っていたフードが、爆風によってめくれ上がり、頭から外れる。

 フードの下から現れたのは、褐色の肌と真っ赤な瞳。そして、頭の上に狼のような獣の耳が付いた、白い髪を持つ、まだ少年と言っていい若い男の顔だった。


「す、凄ぇっ! あの悪名高い人狩りの奴らを、たったの一撃で!」


「あ、あなたは一体、何者なのですか……!?」


 その質問に、獣人の少年は短く答えた。


「アレックス。ただの冒険者、アレックスだ」



     ※



 そして、一夜明けた次の日の朝。

 アレックスは、死の荒野と呼ばれる場所を訪れていた。

 目的は、これまで人狩りに誘拐され、奴隷にされた者達の救出と、人狩りの殲滅である。

 人狩りの集団を退治した後、あの町の住人達に歓待を受けたアレックスは、住民達が涙ながらに人狩りの悪行を語るのを聞いて、そうする事を決意した。

 アレックスは奴隷商人が嫌いだ。それは彼自身が幼い頃に奴隷だった事も無関係ではないが、何よりも他人の自由意志を踏みにじり、人間として扱わない、そんな奴らが大嫌いだからだ。


 優れた五感と、幼少の頃より冒険者として活動して鍛えた長年の勘を駆使して、程なくしてアレックスは、人狩りの拠点を発見した。


 見張りを叩きのめし、騒ぎを聞いて出てきた者達も片っ端から殴り倒して、アレックスは奴隷が大勢捕まっている施設へと足を踏み入れた。


「貴様かぁ! 命知らずの襲撃者は! ここを我ら人狩りのアジトと知っての事か!」


 そこでアレックスを迎え撃つのは、身長2メートルを超える、筋骨隆々の大男だった。巌のようないかつい顔で、頭部には髪の毛が一本も無い。体には黄色に黒の縞が入った、虎革の野性味溢れる服を着ている。


「当然だ。だから来た」


 淡々と答えるアレックスに、大男はニタリと嗤った。


「実に素晴らしい、良い度胸だ! ブッ殺してやる!」


 大男は棘付きの金棍棒を無造作に掴んで、その場で振り回し始めた。相当重いであろう金属製の巨大鈍器を片手で軽々と振り回すあたり、相当な腕力の持ち主である事は疑いようがない。


「ガッハッハ! この俺様の猛虎流棍棒術、とくと味わうがいいわ! ふん! ふん! ふんふんふんふんふん!」


 派手に金棍棒を振り回しながら、大男がアレックスに近付いていく。そして、いよいよ棍棒がアレックスの頭に向かって振り下ろされる。


「破ぁっ!」


 しかしアレックスはそれを避けようともせず、むしろ振り下ろされる棍棒に対して、自らの拳を叩き付けた。


「ふははは! 血迷ったか小僧ぉ! お前の拳なんぞで、俺様の棍棒を破壊できるものか! 一撃を防いだのは褒めてやるが、その拳は二度と使い物になるまい!」


「そう思うなら、お前の得物をよく見てみろ」


 勝ち誇る大男に対し、アレックスは彼が握る棍棒を指差した。すると、その棍棒にはアレックスが殴りつけた拳の痕が、はっきりと刻まれており、そこを中心に大きく亀裂が入っていた。


「なぁっ! ば、馬鹿な! 俺様の棍棒が、こ、こんな小僧にぃ……!」


「終わりだ」


「ええい認めん、認めんぞぉ! 貴様のようなガキに、俺が負けるなどと……」


 半壊した棍棒を振り上げ、再びアレックスに向かって叩き付けようとした時に、大男は見た。アレックスが足を曲げて姿勢を低くして、こちらを真っ直ぐに、射貫くような目で見ているのを。


「真……」


「認め……られるかぁぁぁぁぁぁぁ!」


「水 龍 天 昇 !!」


 アレックスが青い闘気を纏い、低い姿勢から一気に真上に向かって跳び上がりながら、右拳を突き上げる。

 その拳は大男が振るった棍棒を木っ端微塵に粉砕しながら、大男自身の顎を打ち砕いた。

 その様を目撃した者達は、蒼き水龍が天に昇る姿を幻視した。


「救世主様……」


「あの方こそ、我々を救う為にやって来てくれた救世主様だ!」


 絶望していた奴隷達は、その勇姿を見た事でにわかに沸き立ち、


「ひぃぃぃ! 何だこいつは! こんな奴に勝てるわけがねえ!」


「逃げろぉぉぉぉ!」


 逆に人狩りの構成員は、その強さに絶望を抱いて逃亡を始めようとする。

 しかし、その時だった。


「ふぁ~あ……なんだい、騒がしいねぇ」


 建物の奥から、欠伸をしながら一人の女が現れた。赤い髪で、豊満な肢体を露出度の高い衣服に包んだ、整った顔立ちの女だ。


「く、女王クイーン!」


 彼女の姿を見た人狩り達が、一斉に平伏する。

 どうやらこの女が、人狩り達のボスのようだ。


「おや、こいつは……。どうやらこの坊やがコレをやったみたいだね。こいつは半端者の未熟者だが、腕力だけは大したものだったが……まさか棍棒ごとブッ壊すとは、中々やるじゃあないか」


 人狩りの女王は妖艶な笑みを浮かべて、アレックスを見た。


「気に入ったよ、坊や。どうだい、あたしの下に付かないかい? そうすれば、このあたしの体を味わわせてやっても良いんだよ?」


 女王は豊満な胸の谷間を露わにすると、そう言ってアレックスを誘惑した。並の男であれば容易く篭絡される程の色気と美貌ではあったが……


「ざけんな」


 アレックスはそう言って、無慈悲な顔面パンチを女王に叩き付けた。


「女王ーーーー!?」


「いかん、完全にのびてる!」


「こ、こいつ女王の誘惑に欠片も動じてねぇぞ!? 一体どんな精神構造してんだこの小僧!?」


「しかも女の顔を全力で殴り抜きやがった! 女王の美しい顔がやべー事になってんぞ!」


「あ、悪魔だ……! 逃げろ、殺されるぞ!」


 人狩り達が、蜘蛛の子を散らすように逃走を図ろうとするが……


「逃がさん。海王螺旋脚!」


 アレックスがその場で跳躍しながら、空中で回転蹴りを放つ。すると巨大な水の竜巻が発生し、その場に居た人狩り達を飲み込んでいった。


「おおっ……! あの人狩り達が、あんなに呆気なく……!」


「それにしても、あの美女の誘惑にも全く動じないとは、なんという高潔な精神の持ち主なのだ……!」


「やはり、あの方こそ救世主……!」


 そして奴隷にされた者達は、ますます尊敬の目をアレックスに向けるのだった。



     ※



 それから数日後。

 アクロニア帝国の帝都にある冒険者組合を訪れたアレックスは、今回の顛末をギルドマスターに報告し、特別報奨金を受け取った。

 その後、組合内にある酒場のカウンターで一人、食事を取っていた。


「おい、あれ……」


「ああ。『神拳』アレックス。ソロのS級だ……」


「西部の無法地帯に行ったって聞いてたが、戻ってたのか……」


 そんな彼の後ろ姿を見て、冒険者達がひそひそと噂話をしている。そんな中で、一人の冒険者がアレックスに近付いていき、隣の席に座って話しかけた。


「よう、アレックス。ってお前、またアイスミルクかよ」


「未成年だからな」


「堅苦しい事言ってんなぁ。ところで聞いたぜ、また大暴れしてきたんだって?」


 軽薄そうな、大剣を背負った金髪の若い男だ。彼はこの帝都で活躍している、若きA級冒険者だった。アレックスも、何度かこの男と組んで仕事をした事がある。


「大した事はしてない」


「またまたぁ。救世主が現れたって噂になってるって聞いたぜぇ?」


 金髪の青年がそう言うと、アレックスは苦虫を噛み潰したような表情になって呟いた。


「母上の気持ちが、少しは分かった気がする……」


「ん? 何だって?」


「何でもない。あれは、あいつらが勝手に言ってるだけだ。俺は神でも救世主でもないさ」


 そう呟いて、アレックスは鶏もも肉の丸焼きにかぶりついた。


「あと、そういえばお前、えらい巨乳の美人に誘惑されたけど全く靡かなかったんだって? 娼館に誘っても全く来ないし、お前、女に興味とか無ぇの?」


「別に、無いことはないが」


 そう言って、アレックスはアイスミルクを飲み干し、


「巨乳と言われてもな……別に、あれよりデカいのを見慣れてるしな……」


 と、心底どうでも良さそうに言うのだった。


「マジで!? いったい誰だよその女、彼女?」


「……母親と妹だ」


「ほうほう。ところで妹さんいくつ? 美人?」


「殴るぞ」


 その後もしつこく絡んでくる金髪の青年を適当にあしらいながら、アレックスは席を立ち、宿へと戻った。

 ベッドに横になって、眠気が訪れるのを待ちながら考え事をする。


 今回の冒険は、想定外の事もあったが実りの多いものだった。

 次はどこに行って、何と出会う事ができるだろうか。


 次なる冒険について考えを巡らせていると、ふと脳裏に浮かぶ顔があった。


「……そうだな。そろそろ一度、グランディーノに帰るか」


 話題に上ったからだろうか。久しぶりに、母と妹に会いたくなった。


「家に帰るまでが冒険です……か。なら、俺は冒険者だから、ちゃんと最後までやらないとな……」


 昔、母親から教わった言葉を呟きながら、アレックスは眠りについた。


 そしてその夜、アレックスは夢を見た。


「我が弟子アレックスよ、なかなかの活躍ぶりだったな! そしてまたひとつレベルアップしたようで、キングは嬉しいぞ! よってお前に我が奥義、『氷凰天舞脚』を伝授しよう! さあ、構えるがいい!」


 やれやれ、また寝不足になりそうだ。

 そう思いながら、アレックスは拳を握り、構えを取るのだった。


 連載2周年記念短編 「神拳のアレックス」 おわり

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