第132話 嵐の使者
ケッヘル伯爵の邸宅へと招かれた俺は、そこで伯爵と大司教の二人と共にテーブルを囲んでいる。
昼食にはまだ早い時間なので、お茶と一緒に俺が持ってきた菓子をつまみながら話をする。
最初に上がった話題は、ケッヘル伯爵が国王より辺境伯の地位を与えられたという報告だ。
辺境、という単語だけ見れば田舎の貧乏貴族のように思われるかもしれないが、情報伝達の技術が現代の地球よりも大幅に遅れているこの国では、辺境とはすなわち、首都より遠く王の目が行き届かない、交易や軍事における要所や他国との国境付近の事であり、信頼のおける者にしか任せられない重要な場所だ。それゆえ辺境伯とは、ノーマル伯爵とは一味違うエリート伯爵であるとも言える。むしろ侯爵に近く、場合によっては同列に扱われる事もある。
「実にめでたい事だ。しかし伯爵、いや辺境伯の功績を考えれば当然の事か」
「恐れ入ります。全てはアルティリア様のご加護があっての事です」
「いやいや、確かに私も色々と知恵を授けはしたが、それを成し遂げた者の功績を横からかっさらう気はないよ」
そこで俺は、道具袋からある物を取り出し、テーブルに置いた。
「そういう事なら丁度いい。元々渡そうと思って持ってきた物だが、祝いの品として受け取ってくれ」
「アルティリア様、これは?」
俺が取り出したのは、布に包まれた一張の弓だった。勿論、俺が自ら作った品であり……
「私が作った神器だ。銘は『ストームヘラルド』。水と風の二属性を宿し、矢を放てば嵐を巻き起こす。自信作だ」
「なんと……」
俺が手渡した弓を、辺境伯はしげしげと見つめ……その中心に嵌め込まれた、ある物を見つけて目を見開いた。
「こ、これは天空の
天空の翠玉は、深い
この宝石は、これまで数奇な運命を辿ってきた。まず最初に、辺境伯の先祖である当時のケッヘル家当主が帝国の英雄、アルフレッド=オリバー伯爵へと贈ったのが始まりだ。
その後、オリバー伯爵は王国から帝国に帰還する途中に、船ごと海へと沈んで帰らぬ人となった。
そして時は流れて現代。以前、俺達が沈没船を冒険した時に出会ったオリバー伯爵の幽霊から、俺はこの天空の翠玉を受け取った。そして当代のケッヘル家当主……つまり、辺境伯へと返還した。辺境伯はそれを、祖先の死の真相や遺言を記した手紙と共に、両家の友好の証として現在のオリバー家当主、スチュアート=オリバーへと改めて贈ったのだった。
ここまでは以前に語った通りだが、この話には続きがある。
レンハイムの街にあるケッヘル家へと訪れたスチュアート=オリバー……彼が訪れた時、俺もその場に立ち会っていたのだが、彼は帰り際に俺に話しかけてきて、この宝石を渡してきた。そして、俺に頼み事をするのだった。
「この宝石はただ美しいだけでなく、とてつもない力を秘めた宝物、強力無比な武具の素材となる品であるとお聞きしました。ならば私の下でただ飾られているよりも、彼の力となれるように、アルティリア様の手でふさわしい形にしていただきたいのです」
「良いのですか? それを知りながら、停戦中とはいえ敵国の貴族の手にそれを返す意味が、分からない筈はないでしょう?」
「構いません。彼ならばその力を、誤った使い方をしないと信じております。そうでなければ、どうしてこれを敵国の貴族であり、遠い昔に関係が途切れた当家に贈ったりするでしょうか。これは彼の誠意に対する礼であり、私が彼に示す事が出来る友情の証でございます。何卒、よろしくお願いいたします」
「良くわかりました。ならばそれを形にする役目は、私が果たしてみせましょう」
こうして俺は天空の翠玉を素材に、辺境伯に渡す為の神器制作に取り掛かった。しかし俺は剣や槍に比べると弓作りはそこまで得意ではないので、なかなか時間がかかってしまったが。おかしいな、エルフって種族特性で弓制作にプラス補正がある筈なんだが。
まあ、そんなわけで少しずつ制作を進めていき、先日ようやく完成したのがこの弓の神器、ストームヘラルドである。
神器というのは高品質で、なおかつ限界まで強化された装備品を核として様々な希少素材を加え、最後に神の力を注いで完成する。注がれたのがこの俺の力なので、当然のように属性は水となる。更にメインにした素材が強力な風属性を持つ天空の翠玉の為、水と風の二属性を高いレベルで併せ持つ、嵐の弓が完成したというわけだ。
正直、制作に時間がかかった最大の理由はそれである。二つの属性のバランスを取りつつ高いレベルで共存させるのは物凄く難しいのだ。火と水、光と闇みたいな反属性じゃないだけ、まだだいぶマシではあったが。『光と影の剣』みたいな超高レベルの反属性神器を作った大昔の神様、マジでパネェわ。
ところで、そのストームヘラルドを受け取って、俺の話を聞いた辺境伯は猛烈に感動していた。
「この力、必ず正しき戦の為に使うと、オリバー伯爵とアルティリア様に誓います」
そう宣誓した彼は、後に魔神将陣営との戦いでも軍勢を率いて、自ら最前線で弓を手に奮戦し、大いに活躍し……後の世に『王国一の弓取り』『嵐の大公』といった二つ名呼ばれる事になるのだった。
その後は再び、和やかに茶会を再開したのだが……
「そろそろ本題に入りましょう。王宮より、準備が整ったので近い内にアルティリア様をお招きしたいという連絡がありました」
本日のメインの用件はそれだったらしい。
これまでは辺境伯を中心に近隣の貴族と個人的な付き合いがある程度だったが、本格的に社交界デビューする羽目になりそうだ。面倒な事この上ない。
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