第131話 お主も悪よのう

 兎先輩謹製のVR訓練マシンは、海神騎士団のメンバーにとって良い刺激になっているようだ。

 あるてま先生直々に設計した戦術ミッションの攻略や、廃人達のノウハウの結晶である必殺コンボの練習は、彼らに新しい戦法を与える事だろう。

 ……ただ、まあ。やはり廃人共との決闘デュエルに関しては流石に制限を設けざるを得なかったが。生半可な腕であいつらに挑んだら心が折れるか脳が破壊されかねないからな。

 現状では俺が認めた3名……ロイド、スカーレット、ルーシーにのみ、1日に1回だけ挑む事を許可している。

 丁度今も、ロイドが神足に挑んでいるのが外付けのモニターに映っているところだ。闘技場を縦横無尽に駆け回りながら、上下左右から次々と必殺の蹴りを繰り出す神足に対して、ロイドは守勢に回っているが、決して勝負になっていない訳ではない。


「……やはりロイドは目が良いな」


 彼の瞳は神足の動きをしっかりと捉えていた。彼女のスピードはLAOプレイヤーの中でも五指に入る程のものであり、それを目で追えるだけでも賞賛に値する。ちなみに世界最速は水中に居る時の俺だ。

 それにしても、電光石火の猛攻にしっかり対応するばかりか要所でしっかりと反撃を加えているあたり、ロイドも腕を上げたものだ。

 だが、しかし……残念ながら、まだ俺や廃人達には及ばないか。


「はああああっ! 四神八門蹴皇陣!」


 モニターに映る闘技場の中央で、神足が切り札を発動させた。神足の足元に東洋風のデザインの魔法陣が出現し、彼女の身体から黄金色の闘気が溢れ出す。

 次の瞬間、四体に分身した神足がロイドを四方から囲み、一斉に襲い掛かった。


「青龍嵐迅脚!」「朱雀炎舞脚!」「白虎轟雷脚!」「玄武絶凍脚!」


 四種類の奥義による同時攻撃。これがあるから、あいつと戦う時は長期戦は避けるべきなんだよなぁ。幸い防御は紙だから、俺がやったように一瞬の隙を突いて一気に削り切るのがベストである。蹴皇陣を発動できるまで闘気ゲージを貯めさせた時点で、ロイドの敗北は決定していた。


 しかし、ロイドは倒れる寸前だが、まだ立っている。食いしばり発動したか? あの四連撃を耐えるとは大したものだが、しかし……


「天 破 黄 龍 脚 !」


 分身が消え去ると同時に、上空から降ってきた神足(本体)が最終奥義を放った。


 ド派手なエフェクトと共に、画面にFATAL K.O.の文字が踊る。よく食い下がったが惜しくも敗北したロイドの姿を見て、海神騎士団のメンバーから悲鳴や残念そうな声が上がった。


「くっ、負けたか……! やはりまだ修行が足りん……!」


「いや惜しかったっすよ団長!」


「そうそう、ちゃんと対応できてました! 次は勝てますって!」


 意識が現実世界に戻ってきたロイドはVRヘッドギアを外して、今の戦いを振り返って反省する。そんな彼に、団員達が励ましの声をかける。


「いや、悔しいが今の俺では勝つ事は難しいだろう。だが良い経験になった。勝利以上に価値ある敗北だったと思う」


 しかしロイドは謙虚にもそう答えた。そんな彼に、俺はタオルを投げ渡しながら声をかけた。


「よく分かっているじゃないかロイド。自分より強い相手との戦いこそ最高の鍛錬だ。今後も驕る事なく精進するといい」


「アルティリア様、お恥ずかしいところをお見せいたしました」


「いや、彼女を相手に奥義を使わせるまで戦えただけでも大したものだ。胸を張るといい」


「はっ……! しかし善戦したとはいえ、負けは負けです。相手がいかなる強者であろうと、敗北して良い理由には……」


 成る程、確かにその通りだ。実戦では敗北=自分や仲間の死というシチュエーションなど腐る程ある。それを考えれば負けた事を誇る気になれないのも分かる、が。


「確かに実戦では負ける事が許されない事は多い。だがこれは負ける事が前提の訓練だ。その悔しさをばねにして、敗北から学べ」


 そうロイドに伝えていると、その間にスカーレットがVRヘッドギアを装着していた。彼はいつもフルフェイスヘルムを被っているが、素顔は濃い褐色肌の、いかにも武人といった感じの厳つい顔立ちだ。不細工という訳ではなく、むしろ顔立ち自体は男前なほうだと思うが、とにかくゴツい。

 そんな彼がVR空間にログインすると、モニターにはいつもの真っ赤なフルプレートアーマーを着用した姿が現れる。

 そして、その対戦相手は……


「体が巨体デカい! 武器が巨砲デカい! 態度が尊大デカあああああい! 海上最大最強のTHE BIG BOSS! 【赤き暴君レッド・タイラント】バルバロッサの登場だああああッ!」


 俺の友人であり、ギルドの同僚であるよく見知った顔、巨人族の重火器使い、バルバロッサである。

 画面内では赤くてデカくてゴツい二人の大男が向かい合っており、暑苦しい事この上ない。今は冬だというのに、見てるだけで室温が一気に上がったような錯覚を覚える。


「さて、それでは私は少し出かけてくる」


 正直ちょっと興味がある対戦カードだが、予定があるので試合を最後まで見る事なく、俺はそう言い残してその場を後にした。

 外に出ると、神殿の前には既に、迎えの馬車が待機していた。ケッヘル伯爵の家門が描かれた、彼の領地で使われている最新式の馬車である。


「どうぞお乗り下さい、アルティリア様」


「うむ。道中よろしく頼む」


 恭しく礼をして馬車の扉を開ける御者に従って、俺は馬車へと乗り込んだ。貴族が使う馬車だけあって、馬車の内部も華美でこそないが、シックで落ち着いた雰囲気の高級な内装だ。また、しっかりと清掃されており、中にはゴミは勿論、埃一つも落ちていない。俺の目から見ても合格を与えられるレベルだ。


 馬車は中央広場を出発して、大通りを北に進む。目的地は貴族が住むお屋敷が立ち並ぶ貴族街だ。地方領主が王都滞在時に利用する邸宅は勿論、法服貴族……領地を持たず、高官として国王の傍で働く貴族達の住居もここに集まっている為、かなりの規模を誇る区域である。

 俺が懇意にしている王国北東部を治める領主であり、共に王都を訪れたケッヘル伯爵の館もここにある。今日は彼に招かれて、ここに来た次第だ。

 グランディーノに居た頃から、月に一度か二度くらいのペースで伯爵に招待されて、タダ飯&酒をご馳走になりつつ、建築・治水・造船・農業……と、様々な分野に関する知識・技術を彼に伝えて、それらを編纂する作業を共に行なってきた。そういった知識・技術の中で、一般に公開しても構わないと両者が判断した物は、俺の名義で技術書として出版し、大衆向けに販売している。

 ちなみに政治の話は滅多にしない。地球における現代社会や、歴史上の国家の政治に関する多少の知識はあっても、俺は元々政治に関わる実務の経験など一切ない一般人だ。俺が出来るのは精々、少しばかり大衆目線での意見を伝える程度の物である。


 ケッヘル伯爵の館に到着すると、伯爵自身が玄関の外で俺を出迎えた。これもいつもの事だ。しかし今日は彼以外にももう一人、俺を待っていた者がいた。

 その法衣を着た初老の男性もまた、俺の知り合いだった。彼こそは王都の大神殿のトップ……すなわち大司教だ。細身で温和な顔立ちだが、立ち姿には一切のぶれが無く、高齢にもかかわらず、足腰も非常にしっかりとしている。見る者が見れば、長年修行を積んだベテランの風格が見てとれるだろう。

 彼とは、グランディーノに居た頃から何度も手紙や贈り物のやり取りをしていた仲である。実際に顔を合わせたのは王都に来てからだが、高い地位に居るのに堅苦しいところが無く、なかなか話がわかる爺さんだ。


「おや、これはこれは大司教様が地方領主とズブズブの関係だったとは驚きだ。これは何やら悪巧みの匂いがするのう」


「いえいえ、わたくしはただ、プライベートな友人の下を訪れていただけでございますとも。そういう女神様こそ、伯爵様とは随分と仲良くされているご様子で」


「ふっふっふ、言うではないか大司教……お主も悪よのう」


「ほっほっほ、アルティリア様には敵いませぬ」


 と、このように俺の冗談にもノリノリで付き合ってくれる。

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