第130話 危険物封印

 付属の取扱説明書を読むと、どうやらこの兎耳付きヘッドギアはフルダイブ型VR装置らしい。地球でもまだ実現できていない物をあっさりと製品化する兎先輩の技術力には恐れ入るばかりだ。

 続きを読むと、これは仮想空間内でトレーニングをする為に作られた物のようだ。あくまで現実世界ではなく仮想空間内でのトレーニングなので、経験値の取得によるレベルアップやステータスの上昇は望めないものの、現実世界では実現が難しい特殊な条件下での訓練をする事でPスキルの向上が見込めるようだ。


「スペックは……なるほど、かなりやべーなコレ。地球に居た時に知ってたら兎先輩にPC作って貰いたかったが……ってこのマシン、電源どうしてんのかと思ったら動力にエレメンタルコア使ってんのかよ。兎先輩本気出し過ぎだろ……こっわ……」


 説明書を流し読みしてマシンの詳細について把握した俺は、早速それを使ってみる事にした。

 同封されていたあるてま先生からのメッセージによれば、どうやらうちの騎士団の連中向けに作ったそうだが、奴らに使わせる前に安全面をチェックする必要がある為、まずは俺が使ってみる事にする。

 兎先輩の仕事だし危険は無いと思うのだが、万が一に備えての事だ。

 俺はソファーに深く腰掛けた状態で兎耳付きヘッドギアを頭に被り、側面にあるスイッチを入れた。

 すると、すぐに視界が切り替わる。俺は何もない、白い空間に立っていた。


「訓練モードを選択して下さい」


 そして、そんな合成音声がどこからともなく聞こえてくる。直後、俺の目の前の空間にウィンドウが表示された。SF作品でよくある、空間に直接文字や枠が浮かんでいるやつだ。

 そこに表示されている、選択可能な項目は3つあった。


 一つ目は、『戦術踏破』。

 ただ敵を倒すのではなく、各ステージ毎に設定された戦術目標の達成を目指しながら、現れる敵を時間内に倒す必要があるようだ。

 例えば、背後からの攻撃を一定回数以上行なった上で敵を殲滅するとか、ボスの部位破壊を行なった状態で撃破するとか、フィールド上に多数の自動砲台やトラップが設置された状態で、被弾回数を一定回数以下に抑えたまま全ての敵を倒すとかだ。


 二つ目は『百錬闘舞』。

 こちらはコンボ練習用のモードで、訓練を受ける者が使う武器ごとにオススメのコンボが提示され、それを実践してしっかりとコンボを成立させられれば次のステージに進む事が出来る。ただし、先に進むごとにより複雑で高難易度のコンボを正確に実行する事が求められる。

 訓練の相手は攻撃してこない為、ひたすらコンボを練習するだけの安全なモードのように思えるのだが、一定回数を超えて失敗するとあるてま先生が出てきて、「これが手本だ、体で覚えろ」とばかりに正確無比な殺人コンボを叩き込まれる恐ろしいモードである。


 そして最後の三つ目は『英雄決闘』。

 こちらは強敵との1対1でのタイマンを行なえる単純明快なモードだ。対戦相手は訓練を受ける者の力量に合わせた候補の中から、ランダムで選ばれるようだ。


「……じゃ、これをやってみるか」


 俺は英雄決闘モードを選択した。

 こっちに来て以来、魔神将フラウロスみたいな例外を除けば同格や格上の相手と戦う機会が無くて、腕が鈍り気味だったからな。

 さて、どんな相手が出てくるのか。そう思いながらメニューをタップすると、周りの風景が殺風景な白い空間から、闘技場へと変化した。

 とても見覚えがある、ALOでプレイヤー同士が戦う為のPVPエリア、アリーナをそのまま再現したフィールドのようだ。


「いよいよ熱き決闘の幕が上がります。本日の対戦相手をご紹介しましょう!」


 闘技場内には燕尾服を着て、マイクを持った司会者が立っており、どうやら対戦前に彼が対戦相手の紹介を行なうようだ。無駄に手が込んでやがる。


「その姿、まさに疾風迅雷! 鍛えに鍛えた足技で全てを粉砕する蹴りの申し子、【天下一蹴撃】神足しんそくだぁーっ!」


 ふざけんな加減しろ馬鹿。確かに強敵を望みはしたが、いきなりこんなやべー奴を出すな。

 神足は、LAOの一級廃人の一人だ。俺個人はあまり交流は無かったが、確かキングやあるてまとは仲が良かった筈なので、顔見知りで友達の友達といった程度の距離感である。

 小人族の女で、その戦闘スタイルはスピードと蹴り技だけに特化しまくった格闘家だ。一芸に特化した相手で、何をして来るかが丸分かりなので対策も立てやすい……と言いたいところではあるが、こいつのレベルにまで一芸を極めまくった奴は、分かっていても対処が難しい。


「ちょわーっ!」


 変な掛け声と共に、チャイナドレスを着た金髪の小人族が飛び蹴りを放ってくる。ちなみに俺と神足の距離は10メートル以上離れていた筈だが、一瞬で目の前に現れた。このとんでもないスピードがあるから恐ろしいのだ。

 俺はサイドステップで神足の飛び蹴りを躱し、魔法の並列詠唱を開始する。


「ほあたーっ!」


 神足は最初の飛び蹴りを避けられても、着地と同時にすぐさま距離を詰めてきて、ロー→ミドル→ハイの神速三段蹴りを放ってきた。それを槍で受け流しつつ魔法で反撃する。使うのは鈍足効果付きの『粘液の散弾スライミー・ブラスト』だ。

 しかし神足は、蹴りを放ち終えると即座に大地を蹴って、一瞬で俺の視界から消え去った。足だけをひたすら鍛え抜いた事で得た物は蹴りの威力だけではなく、規格外の機動力と跳躍力。それによって、神足は一足跳びで闘技場の高い天井にまで到達していた。

 そして天井を蹴って、その反動で急降下しながらこちらを狙う神足に対し、俺は真上に向かって『激流衝アクア・ストリーム』をブッ放す。

 渦巻く激流が神足を襲うが、その瞬間に彼女の右足が黄金の輝きを放ち……俺が撃った『激流衝』を蹴り返してきた。

 『マジックシューター』。ごく一部の物を除いて、大抵の攻撃魔法を蹴り一発で跳ね返す事ができるという反則じみた性能の技だが、タイミングがシビアな上に、失敗すれば無防備な状態で直撃を受けるので使いにくいと言われている。だが彼女ほどの腕利きならば、当然百発百中で合わせてくるだろう。


「だが、隙ありだ」


 俺は跳ね返された『激流衝』をノーガードで受けるが、そもそも俺は水属性に対しては完全耐性を持っている為、防御をする必要がない。

 そして、マジックシューターを使った事で僅かながら隙が出来た神足に向かって、俺は跳躍しながら槍を振り上げる。

 『ライジングサン』。天高く跳躍しながら上空に居る敵に大ダメージを与えつつ、炎&光属性の追加ダメージを与える槍の必殺技を直撃させた。

 続けて空中で複数の技と魔法を連続で叩き込み、地面に向かって叩き付けてコンボを〆た。


「やれやれ、何とかなったか……」


 槍と魔法による間合いの広さを活かす事で、危うげなく勝利する事が出来た。幸いリーチの差で相性の良い相手ではあったが、それでも手数と機動力がとんでもない為、一手間違えればそこから一気に崩されて押し負けかねないので、決して油断は出来なかったが。


 うーむ、このモードは俺以外にやらせるにはまだ早いかもしれんなぁ。先に他の2つのモードをやらせてみて、そっちをクリア出来たら解禁してみるか。

 俺がそう考えて、訓練を終えようとした時。


「お見事! それでは次の対戦相手を紹介しましょう! 次の相手はこいつだ!」


 司会がそんな言葉を発し、次の対戦相手が闘技場へと現れた。おいふざけんな、これ勝ったら強制で連戦する仕様か。


「ネタ武器だと笑わば笑え、それでも俺が使う限り、こいつは地上で最強だ! 個性派武装集団ファンタスティック・アームズ筆頭、【飛棍無双】メランだぁーっ!」


 げっ、しかも相手ブーメランマスターかよ……。

 奴はネタ武器をこよなく愛する者のみが所属する変態ギルド、ファンタスティック・アームズの元締めであり、ドラゴンだろうと古代兵器だろうと、どんな強敵にもブーメラン縛りで挑んで勝ち続けてきた超一流の変態である。しかし、その腕前は驚異的の一言に尽きる。決して油断して良い相手ではない。


「君もブーメラン使いにならないか?」


「お断りだ、かかって来い変態!」


 数十個のブーメランが四方八方から息をつく暇もない程に次々と襲い掛かってくるのを片っ端から魔法や槍で撃ち落とす。

 ええい、こいつの手数マジでどうなってんだ。こいつと戦う時だけ弾幕シューティングみたいになるの、もはやバグだろ。修正されろ。


「爆熱ブーメラン! 雷撃ブーメラン! 竜巻ブーメラン! 暗黒ブーメラン!」


「うざってぇ……!」


 しかもなんか別々の属性乗せながらノータイムで放ってくるのでキリがない。しばらくは防御に徹しながら自己バフをかけて、中盤戦に向けた準備をしようと考える。

 しかし、その瞬間……


「俺がブーメランだあああああああああ!」


「なっ、何ぃぃぃぃぃぃ!?」


 体をブーメランのように「く」の字に折り曲げたメランが、自ら闘気を纏って高速回転しながら俺に向かって突っ込んできた。

 驚きながらも、咄嗟に槍を構えて受け止めるが、凄まじい威力で真正面から完全に受け切るのは無理だった。俺の体勢が大きく崩れ……そこに時間差で次々と飛来したブーメランの大群によって、俺のHPがゴリゴリと削られていった。


「決っっちゃあああああく! どうやら惜しくも挑戦者の敗北のようです。また次の挑戦に期待しましょう! それでは会場の皆さん、またお会いしましょう!」


「お前に、ブーメラン」


 司会とメランのそんな声を聞きながら、俺の視界がぼやけていく。そして次の瞬間には、俺は現実世界へと戻ってきていた。


「二度とやるかこんな物」


 俺は決闘モードは封印しようと固く決意した。

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