第124話 小さな王の物語(4)※

「全部、無くなってしまったよ。俺についてきてくれた仲間も、大勢死んだ」


 レグルスが、静かに語る。既に枯れ果てたのか、涙を流す事はなかった。


「ジゼルも、さ……。ようやく落ち着ける場所が出来て、俺との子供が産まれて、幸せそうに笑ってたのに、今は塞ぎ込んで、泣いてばかりいるんだ。あいつと子供の命は何とか守る事が出来たけど、それでもあいつの心は深く傷ついてしまった。いや、ジゼルだけじゃない。生き残った人達は、誰もが苦しんでいる」


 かつてその赤い瞳に宿っていた輝きは失われ、そこには暗い憤怒の炎が燃えていた。


「あちらの戦局は……どうやら落ち着いたようだな」


「ああ。なんとか敵を退ける事が出来たよ。向こうに居た神様達が、その身を削って俺達を護ってくれた」


 マナナンが千里眼でルフェリア大陸へと視線を飛ばすと、大地は荒れ果て、多くの者が傷ついているが、戦いは既に終わったようで、残された者達は立ち上がり、復興に力を入れているようだった。

 しかし、心身共に深く傷ついて、今も立ち上がれないでいる者も多い。レグルスの妻となったジゼルのように。


「こっちの戦いは終わったから、神様を助けようと思って来たんだけど……一足遅かったみたいだな」


「ああ、その通りだな。今更お前が来てもやる事など残っていない。まあ、折角来たのだ。今日はこの島に泊まって、体を休めていくと良い」


 マナナンは復興中の、島にある街へとレグルスを案内した。


「この街も、お前が去ってから随分と発展したのだがな……」


 魔神将や、その眷属との戦いで大部分が破壊した町は、立て直しに長い年月が必要になるだろう。崩れた街並みを悔しそうな目で見つめながら、二人は人々が寝泊まりしている仮設拠点へと足を進めた。


「これはマナナン様! それに貴方はレグルス様! お久しゅうございます!」


 二人の姿を見つけた、生き残りの住人達が駆け寄ってくる。


「楽にしてくれ。すまんが、こいつを泊めてやってくれるか?」


「ええ、勿論構いませんとも! まだ片付けが終わっていなくて、狭いところで申し訳ありませんが……」


「なら、俺も作業を手伝おう。世話になるんだ、遠慮なくこき使ってくれ」


 マナナンが腕まくりをして、瓦礫を片付けている者達を手伝おうと近付いていった。

 それを見送ると、マナナンはその場を後にした。そしてその足で海岸まで戻ると、彼は海に向かって足を踏み出した。

 その体は水に沈む事なく、地上に居る時と何ら変わらない様子で海の上に直立していた。そして水流を操る事で、その体は並の船など足下にも及ばないほどのスピードで、あっという間に島から遠ざかっていった。


 マナナンが向かったのは、南の方角。エリュシオン島とルフェリア大陸との間にある海域の一つであった。


「さて……ここまで離れれば十分だろう。わざわざ付いてきてくれた事だし、そろそろ始めようじゃあないか」


 マナナンが、彼が立つ大海原へと向かって声をかける。すると、


「よかろう……」


 女の声が響く。その源はマナナンの足元、すなわち海中だ。直後、マナナンが立つ海が爆ぜ、そこから何者かが姿を現した。

 それは、透明感のある青い肌に、同じく青い髪をした美しい女であった。しかし、明らかに人と異なる点がふたつあった。

 一つはその下半身だ。彼女の下半身は人のものではなく、表面に光る鱗がびっしりと生えた魚のものであった。

 そしてもう一つは、体のサイズである。巨人と呼ぶのも控えめな表現になるレベルの大きさだ。


「我が名は魔神将が第四十二将、ウェパルなり……! マナナン=マク=リール、その命を頂戴する!」


「ふん、水の魔神将か……。わざわざ大海の神である、この俺を狙ってくるとは大した自信だが……すぐに後悔する事になるだろう」


「ほざくがいい。その満身創痍の身体で何ができる? バルバトスを封印したのは大したものだが、既に力は使い果たしていよう。大海の神たる貴様を食らい、その力を吸収すれば、私は更なる強さと美しさを手にする事が出来るだろう」


 そう言って舌なめずりをして妖艶な笑みを浮かべる魔神将ウェパルに対し、マナナンは嘲笑を浮かべた。


「敵が弱ってなければ挑む気概もない臆病者の分際で、随分と勇ましい口をきく。ならば試してみるがいい。貴様のような性根の腐った女に出来るものならばな」


 そして両者が激突しようとした、その時であった。


「ちょっと待ったああああ! その戦い、俺も交ぜろアターック!」


 高速で迫ってきた船で、ウェパルに対して捨て身の体当たりをした者がいた。レグルスである。ウェパルの巨体に全速力でぶつかった事で玉砕し、バラバラになった船から飛び降りて、華麗に水上に降り立ったレグルスが、マナナンの隣に並び立つ。その手にはマナナンから授かった聖剣、フラガラッハが握られていた。


「レグルス!? 貴様、わざわざ巻き込まないように島から離れたというのに、どうして来たのだ!?」


「へっ、どうせそんな事だろうと思ったんでね。見つからないように、こっそり着いてきたって寸法さ。……そんな事より水臭いじゃねえか神様よ。友達が一人で死にに行こうとしてるのに、それを見逃せる訳ないだろう?」


「………………馬鹿者が。子供が産まれたばかりで、妻が苦しんでいると言っていたではないか。俺の事より、家族や同胞の事を考えてやらんか。小人族の国を作るという夢は……」


「確かに、まあ、それも大事なんだけどさ……。でもやっぱ、放っとけねえよ。神様、実はもう立ってるのもやっとの状態なんだろ? 俺は神様にも死んでほしくねえよ。俺の恩人で、何より大事な友達だから」


「……ッ! 馬鹿者が……」


 マナナンは、思わず目頭を手で覆った。それに気付かぬふりをしながら、レグルスは不敵な笑みを浮かべる。


「それに、あいつはどう見ても水属性。海の神様である神様の攻撃は効きにくいと見た。ここは頼れる前衛が必要なんじゃないかな?」


「ふっ……ならば援護に回る、前衛は任るぞ! そこまで大口を叩いたんだ、さっさと沈んだりしたら許さんからな!」


「おう、任されたぜ!」


 二人は並び立ち、構えを取った。その先には、怒りに顔を歪めた魔神将ウェパルの姿。


「痴れ者が……! 小さき定命の者ごときが割り込んで来たかと思ったら、男同士でイチャイチャと戯れおって、寒気がするわ! 小物はさっさと消え失せよ!」


 ウェパルが水を、太いビーム状にしてレグルスに向かって射出した。それはウェパルにとっては大した事のない、軽くひっぱたく程度のものであったが、熟練の戦士であろうと一撃で葬り去るだけの威力を秘めた恐るべき攻撃だ。

 しかしそれはレグルスに命中する事なく、彼に命中する寸前に軌道を変えて、逆に放った本人であるウェパルの顔面に向かって襲い掛かった。


「見たか、これが聖剣の力だ! そんな半端な攻撃が通じると思うなよ!」


 レグルスが構えていた聖剣フラガラッハが、ウェパルの放った激流をそのまま相手に跳ね返したのだった。

 フラガラッハに秘められた能力、その名を『応報者アンサラー』という。相手の攻撃を防ぎ、それを相手に跳ね返すカウンターに特化した神器。それがフラガラッハの正体だ。


「おのれええええっ! よくも、よくもこの私の顔に傷を! 許さんぞ、小人の分際で!」


「馬鹿め、相手を甘く見るからそうやって痛い目を見るのだ。それにこいつはただの小人族ではないぞ。おいレグルス、名乗ってやれ」


 ウェパルを嘲りながら、マナナンが水を向ける。それに頷きながら、レグルスは高らかに名乗りを上げるのだった。


「おう! 俺の名はレグルス、大海の神マナナン=マク=リールの親友にして、小人族の王である!」

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