第123話 小さな王の物語(3)※

「そうか、発見したか」


 エリュシオン島にて、マナナンはレグルスから、遥か南に位置する大陸を発見したという報告を受けていた。

 この時、彼らが初めて会った時から既に、数年の年月が経過しており、エリュシオン島にはレグルスがルグニカ大陸から連れてきた、故郷を失った人間やエルフ、ドワーフ等の様々な亜人種が、少数だが住むようになっていた。

 居場所を失った彼らは藁にも縋る思いでレグルスについて海を渡り、絶海の孤島にて新たな生活をスタートした。果たしてそこは、外敵に晒される事もなく自然の恵みが豊かな、神が治める地であった。彼らにとって、そこはまさしく楽園であった。


 レグルス達小人族も、やろうと思えばエリュシオン島に留まり、定住する事も出来ただろう。少なくともマナナンは、彼らがそうしたいと望んだなら喜んで迎え入れるつもりだった。

 しかし小人族の血に刻まれた宿命か、彼らは歩みを止める事なく、自分達だけの国を求めて遠い地へと旅立っていった。


「ああ。人間も居たけど、ルグニカ大陸やハルモニア大陸と比べると原始的というか、まだ色んな技術や文化は未成熟みたいで、これなら俺達が開拓する余地も大いにあると思うんだ」


「うむ……お前達が辿り着いたのはルフェリア大陸と呼ばれる場所だ。北の二大陸に比べると人口は少なく、歴史も浅い。向こうに居る神も何柱かは居るが、やはり他の場所と比べると少ないようだな……」


「何だ、やっぱり神様は知ってたのか」


「当然だ。俺には千里眼があるからな。先に教えてほしかったか?」


「まさか。それじゃあ自分で探して見つけ出す楽しみが無くなっちまう。黙っててくれて大感謝さ」


「ああ。お前ならそう言うだろうと思って黙っていた」


 この場に居る小人族は、レグルス一人だった。彼の同胞達は、既にルフェリア大陸に活動拠点を作ったり、現地の人間との交流を試みたりと探索の準備を進めていた。


「……そういう訳でさ、お別れを言いにきたんだ。俺達はこれから新大陸を旅する事になるから、これからは簡単に会いにこれないと思う」


「ああ、そうだろうな。……しばらくはお前のやかましい声も聞けなくなるか」


「でも俺は心配だぜ。神様、俺が居なくなって寂しくなったりしないか?」


「ふん……お前が連れてきた者達も居るし、そんな気遣いは無用だ。そんな事より自分の心配をするのだな。分かっているとは思うが、見知らぬ地で国を作るなどというのは簡単な事ではないぞ」


「ああ。困難なのはわかってる。けど、俺は必ず成し遂げてみせるぜ!」


 拳を握り、力強く頷くレグルスの瞳は、出会った時と同じように一切の迷いも無く、まっすぐに前を見つめていた。


「レグルス、餞別だ。これを持っていけ。今のお前ならば使いこなせるだろう」


 そんな彼に、マナナンは一振りの剣を差し出した。柄に青い宝石が嵌め込まれた、幅広の長剣だ。


「神様、この剣は?」


「俺の持つ神器の内の一つ……フラガラッハだ。彼の地は人の住む領域が少なく、強力な魔物が棲む秘境が多く存在する。きっとお前の助けになる筈だ」


 差し出されたフラガラッハの柄を、レグルスはその小さな手で力強く握った。これまでに見たどんな名剣でも足元にも及ばない程の、凄まじい力と存在感が伝わってくる。


「ありがとう、神様。じゃあ、行ってくるぜ!」


「ああ。お前の旅路に幸運を」


 そして彼らは別れた。レグルスは再びルフェリア大陸へと渡って同胞と合流し、自分達の国を作る為の冒険を始めたのだった。


 彼らの旅は、決して順風満帆な物ではなかった。険しい旅路、行く手を阻む強大な魔物、現地人との衝突……数多くの障害やトラブルが彼らを襲った。しかし、それらに対して正面から向き合い、一つずつ解決していった。

 その歩みは遅くとも、確実に前へと進んでおり、数多の試練は彼らを大きく成長させた。

 そのまま進んでいけば、彼らはいつか必ず、宿願を果たす日を迎える事が出来ただろう。


 しかし、残念ながらそうはならなかった。

 遥か未来、アルティリア達の居る時代になっても、小人族は自らの国を持つ事なく、放浪の旅を続けていた。彼らに残されたのは担い手を失った聖剣と、長い時の流れの中に名前を置き忘れ去られた、小さな王の物語……その断片のみであった。


 なぜ、彼らの夢が果たされる事なく終わりを迎えたのか。

 それは、その冒険の途中で、ある事件が起こったからである。


 その日、突如として空が罅割れ、天空より72の光の柱が天より降り注いだ。

 罅割れた蒼天は鮮血のような赤色に染まり、大地が鳴動し、空と同じく赤く染まった海は荒れ狂った。


 後の世に魔神戦争と呼ばれる、神々と魔神将との全面戦争。

 神々の時代が終わる日が訪れたのだった。



 世界各地で、神々は己を信奉する者達と共に、世界を守護する為に戦った。

 魔神戦争は、その緒戦の戦況は神と信者達が有利であった。決して小さくない犠牲を出しながらも、生きとし生ける者全てがあらゆるしがらみを捨てて力を合わせ、万物の敵対者パブリック・エネミーに対して全力で抵抗し、彼らからもたらされる信仰の力をもって、神々は絶大な力を揮って魔神将と戦った。


 72体の魔神将のうち、およそ半数が封印、あるいは次元の狭間へと追い返され、戦況がいよいよ神々と人間達の勝勢へと傾きかけた、その時であった。

 魔神将の長、第一将バエルが満を持して放った呪いが、世界を覆い尽くした。


 その名は、『絆断ちの呪詛』。それまで共にあった神々と人々の絆を分かつ最悪の呪い。

 それによって人々は神の名を、姿を、共に過ごした思い出を忘れていき、神は人から信仰の力を得る事が出来なくなった。

 一部の強者達はある程度は抵抗する事が出来たが、それでも大切な記憶が少しずつ薄れてゆく事を止められはしなかった。そして、大多数の弱き者達は、自分達が忘れてしまった物が何なのかもわからないままに、それを奪い去られた。

 それでも、最後の力を振り絞って神々は抵抗を続けた。


 そんな中、エリュシオン島ではマナナンが魔神将の一体と激戦を繰り広げ、辛うじて勝利していた。

 彼が戦っていた相手は、第八将バルバトス。完全に滅する事は出来なかったが、妖精の王オベロン、女王ティターニアと力を合わせ、妖精郷の最奥へと封印する事に成功していた。

 この時に封印された魔神将バルバトスが討伐され、完全に消滅するのはずっと後。遥かな未来に、エリュシオン島を一人の旅人が訪れる日を待つ事になる。


「なんとか、封印できたか……」


 マナナンが大地に膝をつく。数日間にも及ぶ激戦によって疲労困憊といった様子で、その端正な顔からはいつもの余裕が失われて久しい。


「「マナナン様!!」」


 妖精王オベロンと妖精女王ティターニアが、その体を支える。彼らは低位の妖精達とは異なり、その体のサイズは人間と遜色ない大きさだ。


「大丈夫だ……。お前達も満身創痍だろう。今のうちに体を休めるといい」


「我らは大丈夫です!」


「マナナン様こそ、どうかお休みください! もうとっくに限界を超えている筈です!」


「良いのだ。それよりも、私は行かねばならぬ。懐かしい友が、訪ねてきたようなのでな……」


 マナナンは、静止する二人を振り切って、妖精郷を出た。妖精郷を出た先にあるのは、絶海に浮かぶ自然豊かな楽園、エリュシオン島だ。

 しかしその楽園も、今ではすっかりと荒れ果て、破壊されてしまっていた。島に居た住民達も、その多くが死んでしまった。

 マナナンは、友と初めて出会い、彼が訪れるたびに語らった砂浜へと足を進めた。すると、そこには懐かしい友の姿があった。


「……やあ、神様」


「……やあ、レグルス。……随分と老けたな」


「神様は、変わらないな。出会った時のままだ」


 彼らが最後に別れた日から、十年以上の月日が流れていた。

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