第120話 その剣の名は
小人族の集団が俺の神殿を訪ねてきたのは、正午を少し過ぎた頃だった。彼らはどうやら同胞であり、俺の神殿に所属する神殿騎士であるルーシー=マーゼットに用がある様子だった。それと、俺にも話したい事があったようだ。
しかし海神騎士団のメンバーは訓練に出ており、戻るのは夕方になる為、また後で来るかしばらく待つようにと伝えたところ、
「ところで、ルーシーは女神様のお役に立てておりますか?」
と、一人の黒髪の小人族の男が聞いてきた。彼はルーシーの兄であるという。
「あの娘は昔から変わった子で、旅を止めて神殿に仕えると聞いた時は皆が驚きました。しかし、ご存知の通り我ら小人族は素早さと器用さこそ優れておりますが、力が弱く、魔力も低い。それが不向きな神殿騎士になった事で苦労をしたり、周りの足を引っ張るような事が無ければいいのですが……」
「ふっ……お前は彼女の事を分かっておらんな。ルーシーは我が騎士達の中で、誰よりも努力し、工夫をしている。己の強みも弱みも理解した上で、自分だけのスタイルをしっかりと確立しつつある、我が自慢の騎士だ。返せと言われても返さんぞ」
「そうでしたか……。それを聞いて安心しました」
俺は、彼の不安が杞憂であると一笑に付した。
実際、彼女が元々持っていた防御技術に加えて、俺が教えた素早い動きと小さい身体を活かして敵の攻撃範囲から外れる回避移動のテクニックや、複数の武器を使い分けて的確に相手の弱点を突く戦術、要所要所で盾を使って攻撃を防ぎつつカウンターを入れる技術が合わさって、相手に合わせて柔軟に立ち回る変幻自在の動きと鉄壁の守りが組み合わさった一風変わったタンクが完成しつつある。
普通、タンク職って防御型と回避型(無敵時間を活かした無敵型もここに含む)で分かれているものだが、ルーシーの場合は両方やるしカウンターも入れる。更にその上、副団長として分隊の指揮やサブヒーラーまでやれる多芸っぷりだ。
うちの連中は前衛組はロイドが指揮官兼回避クリティカルアタッカー、スカーレットが脳筋アタッカー兼タンク、期待の新人レオニダスがカウンターランサー、後衛組はリンが魔法特化の大砲、クリストフがヒーラー兼バッファー兼軍師役と、やれる事がはっきりしてる連中が多い為、ルーシーのような個々の得意分野では他より一歩劣るが、色々やれて穴埋めができる器用な人材はとても貴重なのだ。
MMORPGでも、この手の器用万能タイプはパーティーに一人居ると助かる場合が多いぞ。それぞれの分野に特化したメンバーでパーティーを組んで、それがガッチリ組み合わさったパーティーは確かに強いが、誰か一人が崩れて欠けた瞬間に、そこから一気に全体が崩壊するリスクがあるからな。そういう時に色んな事がやれる奴が一人居るだけで、立て直しが非常にスムーズにやれるようになる。
小人族達はそんな俺のルーシーに対する高評価を聞いて、彼女の成長を是非、その目で見てみたいと発言した。
俺はそれならば、と彼らに一つの提案をした。
それは、訓練から帰ってきた彼らに対する待ち伏せだ。罠を仕掛け、奇襲する事で彼らの対応をテストする。
長老やルーシーの兄弟はレベル80前後の実力者であり、他の小人族もなかなかの腕前だ。とはいえ海神騎士団は主要メンバーが軒並みレベル100オーバー、他の古参メンバーもレベル90台という精鋭揃いの為、単純な実力では彼らに劣っている。
しかし、罠や奇襲、戦術が上手く嵌れば、その程度の差など簡単にひっくり返るのが実戦というものだ。
はてさて、結果はどうなる事か……と、俺は小人族達と共に準備を終えると、騎士団詰所の屋根の上に登って、海神騎士団の帰りを待ち構えた。アレックスとニーナも小人族から借りた黒いローブを着用して、彼らに扮してやる気満々だ。背丈が成人の小人族より少し小さい程度なので、混ざっていても違和感がない。
その後、予定通りに戻ってきた海神騎士団に対する小人族の襲撃は、我が騎士達に見事に防がれて失敗に終わった。
ううむ、しかしロイドの奴め。俺が潜伏して見張っていた事や、アレックスとニーナが小人族の中に紛れ込んでいる事までも見抜くとは、中々やるようになった。
万が一にも罠や奇襲を見抜けず惨敗するようなら、足手纏いにしかならんので気合を入れ直す為に全員グランディーノまで走って帰らせるつもりだったが、予想以上の成長っぷりで満足である。
その後、海神騎士団は身を清める為に風呂へと向かい、その間に俺は訪ねてきた小人族を歓迎する為の晩餐会の準備を進める事にした。
「今日の夕飯はピザとアメリカンクラブハウスサンドだ。勿論フライドチキンとポテトもあるぞ」
昼過ぎから仕込んでいたピザを大窯に入れて焼きつつ、鶏肉や芋を上質な油で揚げる。手伝っている子供達も尻尾をぶんぶん振り回して大興奮だ。
小人族はコース料理みたいな畏まった物より、こういった皆でワイワイ騒ぎながら手軽に食べられる物を好む。ゆえにこのチョイスだ。勿論、俺や子供達も大好きだ。
「アルティリア様、お待たせしました。俺もお手伝いを……」
「む、良いところに来たなロイド。ではお前に重要な役割を与える。ビールサーバーとコーラの瓶を大広間に運び、円卓の準備をしてくれ」
「それは非常に責任重大な任務ですな。かしこまりました、すぐに取り掛かります」
身なりを整えて手伝いに来たロイドに最重要任務を言い渡す。この食事のメニューでビールやコーラが用意していない等とほざけば軍法会議ものだ。失敗は許されない。
その後、無事に調理を終えた俺は、それを子供達や騎士団の皆と一緒に大広間へと運んだ。大広間には、既に小人族が全員集まっていた。
「それでは、小人族の方々との出会いを祝して……乾杯!」
「「「「「乾杯ッ!!」」」」」
俺の音頭に合わせて、グラスが打ち鳴らされる。
さっそく料理に手を伸ばした小人族達からは、歓喜と驚きの声が上がっていた。
「このピザっちゅうのは美味いのう! この溶けたチーズがアツアツの肉や野菜に絡んで、こりゃあたまらん!」
「なるほど、パンのように丸く膨らませるのではなく、薄く伸ばした小麦粉の生地の上に、様々な具とソースを乗せて焼いているのか……この発想は新しい……!」
「揚げて塩を振っただけの芋がこんなにも美味いだと!? じゃあ俺が今まで食ってきた物は何だ!?」
「ビールうめぇ!」
「この薄切りのパンに肉と野菜を挟んだやつは、携帯食にも良さそうだな!」
こうして和気藹々とした食事が終わり、一通り片付けを終えた後に、俺は改めて小人族の長老へと訊ねた。
「さて、それではそろそろ本題に入ろうか。ルーシーに用という事だったが、私達もこの場に立ち会って良かったのか?」
「ええ、構いませぬ。むしろその方が都合がよろしいかと。さて……ルーシーよ、こちらへ」
長老に呼ばれたルーシーが、彼の前にやってくる。
「我らがおぬしの元へとやってきたのは、この剣に導かれたからじゃ」
そう言って、長老は布に包まれた、一振りの長剣らしき物を荷物から取り出した。その布が彼の手で取り払われ、剣の正体が露わになる。
それは刀身が鞘に納められ、その上から鎖が巻かれた長剣だ。刀身はやや幅広で、柄には青い宝石を中心に、その周りに見事な金の装飾がされている。
「そ、それは初代様の剣!」
「うむ……。まさしく、これこそは我らの遠いご先祖様……遥か異郷の地よりこの大陸を訪れた、偉大なる小人族の長が使っていたとされる剣じゃ。代々の部族長達がこの剣を受け継いできたが、誰一人としてこの剣を鞘から抜く事は出来なかった。それは、お主もよく知っていよう」
「勿論です。しかし、剣に導かれたとはいったい……」
「うむ、あれは半月ほど前の事じゃった。突然、この剣が何かに反応するように眩い蒼光を放ち、自ら鞘から抜け出そうと動き始めたのじゃ。しばらくしてその動きは止まったが、これは何かの予兆かと、わしは大陸中に散らばる皆に呼びかけ、集まる事にした。そして、各々が剣を鞘から抜く事ができるか試してみたのじゃが、やはり誰も抜く事は出来なかった……。しかしその日の夜、わしの夢の中に初代様が現れ、こう言った」
長老曰く、夢の中に現れた小人族は、漆黒の髪に真っ赤な瞳の、小人族の男であったという。赤い
……それにしても、その初代様とやら、なんだか凄く見覚えのある特徴をしてるな?
さて、その初代様が長老へと伝えた言葉とは、
「『海の女神の下へと向かえ。彼女に仕える同胞こそが新たな担い手である。相応しい担い手が手に取り、我が剣の名を唱えよ。さすれば剣は長き眠りから目覚めるだろう』。これが初代様がわしに伝えたお言葉じゃ。その言葉に従い、わしらはお主を訪ねてきたというわけじゃ」
「初代様がそのような事を……」
「思えば、お主は小さい時から初代様の伝説を聞くのが好きじゃったなぁ。神様からこの剣を授かり、共に巨大な悪と戦った初代様への憧れがあったから、お主は神殿の扉を叩いたのじゃろう? いつかあの方のように、心から信じられる神と出会い、共に戦いたいと」
「や、やめて下さい長老! 改まってそう言われると凄く恥ずかしいです!」
ルーシーが赤面し、焦った様子を見せる。まあ、志望動機が幼い頃に憧れたヒーローだというのを同僚や家族の前でバラされるのは、そりゃあ恥ずかしいだろうな。
見れば、海神騎士団のメンバーや小人族の者達が、ルーシーに向かって微笑ましい物を見るような、優しげな視線を向けている。
「しかし、そんなお主の夢は叶った。どうやら出会えたようじゃな、お主の神様に」
「はい。私は心から信じられる女神様と、かけがえのない仲間に出会う事ができました。私はそれを誇りに思います」
「そんなお主だからこそ、この剣に選ばれたのじゃろう。さあ、手に取るといい」
ルーシーが、差し出された剣の柄を握る。
「しかし、初代様は剣の名を唱えよとおっしゃいましたが、私はこの剣の名を知りません。長老はご存知なのですか?」
「いいや……それはわしも知らぬ。初代様が亡くなられた後、その奥方の元に届けられたのは、今のように封印された状態の剣だけで、名は伝えられておらぬそうじゃ」
「では、どうすれば……」
「案ずるな。その剣の名ならば、私が知っている」
困惑する彼らに向かって、俺は口を開いた。
「おお、アルティリア様!」
「なんとっ! 流石は女神様じゃあ!」
沈んでいた彼らの顔が、朗報がもたらされた事で明るくなる。
そう、俺はその剣の名前を知っていた。何故ならこの剣、ロストアルカディアシリーズの第2作目、『ロストアルカディアⅡ 妖精郷の勇者』にバッチリ登場しており、その作品の主人公が使っていた剣だからだ。
とはいえ、LAⅡの主人公が終盤で入手するそれは、妖精郷の王と女王、それから大精霊達が力を合わせて再現した物、つまり性能はオリジナルと遜色無いとはいえ、
しかし目の前にあるこの剣は、神と共に戦ったという初代様が使っていた物だ。つまり神代には既に存在していた。という事は……オリジナルの神器である可能性が極めて高い。
オリジナルの神器は、流石の俺も自分が作った物と、実際に会った事がある神ネプチューンの槍、フェイトが持っていた大鎌物以外では初めて見た。それくらいの超絶レアアイテムである。
俺は、その剣の名前を口に出した。
「その剣の名は、フラガラッハ。かつて大海の神にして妖精郷の主……我が友、マナナン=マク=リールが作ったとされる聖剣だ。恐らく、奴がお前達の先祖に与えたのだろう」
俺がそう伝えると、小人族達は感涙に咽び泣いていた。
「初代様が仕えていた神様の……ご友人!」
「マナナン様とおっしゃるのか、初代様の神様は……。ああ、ようやくその名を知る事が出来た……」
「伝説は真実だったんだ……」
小人族達から信仰力がブワァーッと流れ込んできた。あと、半分くらいはキングの方に向かっていってる気がする。
「フラガ……ラッハ……」
そんな中、ルーシーが涙を流しながら、その名を告げた。すると、鞘に巻かれていた鎖が砕け散って、柄に嵌められていた宝石が眩い光を放ったのだった。
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