第119話 暗殺拳の達人※
黒ローブのリーダーが、一瞬でロイドの懐へと入って拳を振るう。下から鳩尾に向かって突き上げるように繰り出されたその攻撃を、ロイドは刀の腹で受けながら、足払いで敵の体勢を崩そうと目論んだ。
しかし、最初に距離を詰めたのと同じような軽やかなステップで、襲撃者は一瞬にして元の場所へと戻り、回避した。そして両掌を手前に突き出した構えを取る。
(驚いた。単純な速さもそうだが、何より技の起こりが無いから動きが酷く読みにくい上に、足音が全くしない。恐らく
油断なく刀を構え直しながら、ロイドは胸中でそのような考察をした。彼の推測は正しく、襲撃者の職業構成は以下のようなものだ。
合計Lv:88
【メインクラス】
盗賊 Lv15/
【サブクラス】
格闘家 Lv10/
暗殺者 Lv10/
LAOのプレイヤーにも一定数存在する、アサ格シーフと呼ばれる定番の組み合わせだ。防御力に難はあるが、とにかく機動力と回避力に特化し、素早い動きで敵を翻弄しながら側面や背後からクリティカル攻撃を連打するタイプの
単純なレベルこそロイドのほうが上だが、特定分野に特化した相性の良い組み合わせは、カタに嵌まれば脅威である。決して油断できるものではない。
しかも、目の前の相手は体格からして、ほぼ間違いなく小人族だろう。筋力・耐久・魔力は全種族で最も低いが、その代わりに敏捷と技巧がダントツ1位という極端なパラメータを持つ彼らは、この構築に最も向いている種族である。
ロイドが戦っている相手以外の黒ローブも、大半は似たような職業構成の者達だ。他の者達もなかなか腕が立つようだが、最も強いリーダーはロイドが相手をしている為、他のメンバーはおおよそ互角以上に戦えているようだ。
そう考えたところで、見習い騎士のケイとイザークが、それぞれ相手をしていた黒ローブが放った飛び蹴りを食らって吹き飛ばされた。
(見習いには荷が重かったか。しかし……それにしても妙だな)
縦横無尽に動き回りながら上下左右から次々とコンビネーションブローを繰り出す、黒ローブの怒涛の連撃を受け流しながら、ロイドは違和感の正体を探る。
(あまりにも殺気が無さ過ぎる。気配を殺しているからとか、そういう話じゃない。こいつら、明らかに最初からこっちを倒すつもりが無いとしか思えん)
それに気が付いた事で、冷静になって周囲を観察してみれば、更に多くの事が、そして事の全貌が明らかになってくる。そうしながら、ロイドは矢継ぎ早に繰り出される鋭い突きを刀で弾き、直撃を許さない。
(連中、どういうつもりだ……? いや落ち着け、ならば奴等はそれとは別の目的で動いているという事だ。となれば……そうか。なるほど、そういう事だったか)
丁度その時、ロイドの背後に近付いてきて、話しかけてくる者がいた。海神騎士団の副団長、ルーシー=マーゼット。世にも珍しい、小人族の
「ロイドさん、あの者達ですが……」
「ああ、分かってる。彼らはルーシーの知り合いか?」
「お察しの通りです。身内がご迷惑をおかけして、大変申し訳ない」
その会話の内容が聞こえたのか、黒ローブの襲撃者達が一斉に戦いの手を止めて、距離を取った。ロイドが刀を鞘に納めると、彼と戦っていた黒ローブのリーダーの視線が交差する。
「ふむ……どうやら、ここまでのようじゃな」
黒ローブのリーダーが、そう言ってフードを脱いだ。すると、その下から現れたのは、白い髪と、同じく白い髭を長く伸ばした、小人族の老爺であった。
「実に良い目を持っておるな、お若いの。短時間で我らの狙いを見抜くばかりか、この儂の攻撃を全て見切るとは。実に大したものじゃ、いやはや恐れ入った」
「恐れ入った、ではないですよ長老! 突然訪ねて来たと思ったら、一体何のつもりですか!」
ルーシーが、長老と呼ばれた小人族の老爺に向かって叫ぶ。
「落ち着けルーシー。これはただの訓練だ。実戦形式のな」
「訓練……!?」
「ほっほっほ、やはり気が付いておったか。して、どうして分かった?」
顎に手をやって、興味深そうに訊ねる長老に対して、ロイドは右手の、親指を除いた四本の指を立ててみせた。
「理由は四つ。まず、貴方達の拳には殺気や敵意といった者が一切篭っていなかった。本気でこちらを倒そうという意志が全く見られなかった為、貴方達の行動には何か別の理由があるのではないか、と考えました」
「うむ。まあそれくらいは簡単に気付くであろうな。では、二つ目は?」
その質問に対して、ロイドは視線を広場のほうへと向けた。王都の中央広場は、夕方になってもいつも通りに人通りが多く、賑わっている。
そう、いつも通りだ。ついさっきまで、ここで大人数での戦闘があったというのにだ。
「戦闘が起こったというのに、住民や通行人に何の反応もない。それはつまり、事前にここで戦うという周知がされていたという事に他ならない。奇襲をする前にわざわざそんな事をする意味とは何だろう、と考えた結果です」
「なるほど。しかし、奇襲の際に騒ぎが起きないように、事前に根回しをしただけという事も考えられると思うが?」
「しかし、貴方達がそのような根回しをしたところで、果たして全員がそれを信じて、全く騒ぎが起きないという事があるでしょうか? そう考えれば、我々の側に貴方達に協力した方がいると考えるのが自然です。……そうですよね、アルティリア様?」
そう言ってロイドが視線を上に……少し前まで黒ローブの小人族たちが潜伏していた、詰所の屋根の上へと向けると、そこから飛び降りて地面に降り立った者がいた。アルティリアだ。着地の際に胸が大きくばるんっと揺れた。
「ばれたか。それにしても、よく私があそこに居ると分かったなロイド。けっこう頑張って気配を殺していたのだが、よく気が付いたと褒めておこう」
「光栄の極み」
恭しく頭を下げるロイドだったが、周りの騎士達はいきなり信奉する女神が目の前に現れた事で、慌てて跪こうとする。しかし、その前にアルティリアが彼らを止めた。
「ああ、楽にしてくれ。それで、私の存在に気付いていた事が三つ目の理由という事だな、ロイド?」
「その通りです。事前にアルティリア様に話を通しており、アルティリア様から住民への説明があったと考えれば、この平静さにも頷けるというもの」
「ふっ、正解だ。それじゃあ予想はつくが、四つ目の理由も聞かせてもらおうか?」
そう言ってアルティリアがニヤリと笑うと、長老や他の小人族たちも、フードの奥で楽しそうな笑みを浮かべた。海神騎士団の面々も、気が付いていた者は笑みを浮かべている。
するとロイドは黒ローブの小人族のうちの、ぴったりと横に並び立っている二人組へと歩み寄った。
「最後の理由は……お前らだ!」
ロイドがその二人が着ていたローブを掴んで脱がすと、その下から現れたのは二人の獣人族の子供……アレックスとニーナであった。
幼い子供である二人は、小人族の中に混ざっていても背丈がほぼ一緒なので、注意深く観察しなければ気付かなかっただろう。
「ばれたか」
「ばれちゃった」
二人は捕まえようとするロイドの手からするりと逃れると、アルティリアに駆け寄ってその後ろに隠れた。
ちなみに小人族に扮していたアレックスとニーナが戦っていたのは、見習い騎士のケイとイザークである。二人共、子供達が放ったライダーキックの直撃を受けてノックアウトされている。
「お、俺はあんなチビガキに負けたのか……馬鹿な……」
「あ、あんな小さな女の子に……ううっ……」
「まあ、そう落ち込むな。あいつら普通の子供じゃねえから」
二人の見習い騎士はショックを受けて崩れ落ち、先輩達に慰められている。それを横目で見つつ、ルーシーは長老に訊ねた。
「さて……長老、一族の皆を集めてまでここに来た理由は何でしょう?」
小人族は放浪種族であり、広範囲を旅する習性を持つ。決まった場所に定住する事は滅多に無く、子供も一定の年齢に達すると集団から離れて一人または少人数のグループで旅をする為、このように大人数が集まる事も滅多に無かった。
そんな中でルーシーだけは、神殿騎士になり以前は王都へ、そして今はグランディーノに定住しているが、これは非常に珍しい事だ。この大陸全土に散らばっている小人族の間で、彼女は変わり者として有名であった。
そんなルーシーの元に、長老が多くの一族の者を連れてやってきたのだ。これは只事ではないだろう。
「うむ……だが話せば長くなるゆえ、まずは落ち着いた場所で、改めて話すとしようではないか」
確かに、海神騎士団の者達は訓練を終えて帰ってきたばかりであり、そしてつい先程まで小人族達と戦闘を繰り広げていた為、疲労しており汗だくで、更に空腹だ。こんな状態で落ち着いて長話など、できよう筈もなかった。
「では皆、まずは風呂で汗を流し、体を清めて来るように。その間、小人族の方々には広間でお待ちください。私はその間に夕食の準備をしてきます」
アルティリアがそう指示をして、その場は一旦解散となった。
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