第121話 小さな王の物語(1)※
ルーシーの手の中で、聖剣フラガラッハが光を放ち、その場に居た全員を包み込んだ。
聖剣が放った光はとても優しく、暖かかった。そして、それに包まれた彼らは、とても不思議な体験を共有する事になった。
彼らが体験したのは……かつて、その剣を手にしていた男達の人生そのものであった。
*
「かみさまー! おきて、かみさま!」
「おきろー!」
男が目を覚ますと、彼の周りには耳元でわめいたり、無遠慮に体をペシペシと叩いている、蝶のような羽の生えた少女達の姿があった。その体躯は、男の掌に乗れる程に小さい。
彼女達は妖精だ。その妖精達が、眠っていた男を騒がしく起こそうとしていた。
「騒々しいぞ妖精共、一体何だ」
眠っていたところを無理矢理覚醒させられた男が、不機嫌そうな声を上げた。その切れ長の瞳は、眠気と機嫌の悪さによって細められている。
非常に整った、美しい顔をした男だ。長身で、金糸で刺繍がされた白い衣服を纏った体はよく鍛えられており、無駄の無い筋肉が全身に付いている。いわゆる細マッチョというやつだ。白銀色の髪の一部に青いメッシュが入っている。
男の名はマナナン=マク=リール。この世界に数多存在する神々のうちの一柱であり、大海原の中心に浮かぶ孤島エリュシオン島と、そこの奥地に存在する妖精郷を支配する神だ。
マナナンは、エリュシオン島に幾つか存在するお気に入りスポットで昼寝や釣りをして、のんびりと過ごすのが好きだ。今日も、そんなお気に入りの場所……大海を見渡せる岬の先で昼寝をしていたところを、妖精達によって叩き起こされたところだ。
「かみちゃま、あっちにへんなのがいるの」
「へんなのきたー」
妖精達が浜辺のほうを指差しながら騒いでいる。
「……それはどんな奴だ。具体的にどう変だというのだ」
「ちっちゃいにんげんさん」
「みみがとがってる」
「なんかさけんでて、うるさいの」
「何だそれは。まあ良い、見に行ってみるか……」
妖精達は一部の例外を除き、あまり知能が高くない為、彼女達から詳しい情報を得るのは難しいと判断したマナナンは、己の目で『変なの』の正体を見極めようと、浜辺へと足を向けた。すると、そこには浜辺に打ち上げられ、大破した小舟と、一人の男だった。
「あれは小人族か? 驚いたな、まさかこんな所まで来るとは……」
その男は小人族であった。エルフ程には目立たないが尖った耳を持ち、成人でも人間の子供程度の背丈しかなく、幼い顔立ちをしているのが特徴だ。それ以外にも、敏捷さや器用さは群を抜いて優れているが、力や体力は見た目通りに子供レベルである。
また、小人族は決まった住処を持たず、各地を放浪しながら生活をする習性を持っている事は、マナナンもよく知っていた。しかし、それにしてもまさか、こんな絶海の孤島にまで旅をしてくる者が居るとは、思いもよらなかった。
「ん? よう。あんた、この島の人かい?」
マナナンが海を眺めていたその小人族に近付くと、その足音を聞いて振り返った彼は、右手を挙げて気さくな挨拶をしてきた。
珍しい、漆黒の髪に真っ赤な目をした小人族だった。長旅のせいで襤褸切れのようになった旅装に、同じく擦り切れてぼろぼろになった、赤い
「俺の名はマナナン=マク=リール。この島を支配する神だ」
小人族の青年を見下ろして、マナナンは己の名を告げた。
「小人族の男よ、お前は……」
何用でこの島を訪れた? と、マナナンが問い質そうとした時、小人族の青年は食い気味に言った。
「おっ、神様が直々にお出迎えとは気が利いてるねぇ! いやぁ、何とか陸地に辿り着いたのは良いけど、船がオシャカになっちまって困ってたんだ! しばらくこの島に滞在するから、ひとつよろしく頼むぜぇ!」
あっけらかんとした明るい笑顔を浮かべながら、気安い態度で接してくる小人族を見て、マナナンは『こいつはアホだ』思った。
まあ、アホだが何か悪い事を企んでいる様子も無いし放置で構わんか……と考え、マナナンは口を開いた。
「島の住人に迷惑をかけなければ、滞在するのは構わん。好きにするといい」
「ありがとよ神様! あ、ついでに船を修理したいから、この島に生えてる木を伐採してもいいかい?」
「まあ、良かろう。しかしお前……まさかこんな小さな船で、この島を囲む嵐の結界を突破して来たのか?」
「ああ、あの嵐って結界だったのかい? 道理で何回来ても同じ場所で嵐が起きてると思ったよ。まあ、そのおかげで何度もチャレンジして抜け道を探す事が出来たんだけどな!」
「何度も来ていたのか……」
エリュシオン島を守護する嵐の結界は、強い風と荒れ狂う波によって島に近付く船を阻むが、特定の箇所にのみ、嵐が弱まる抜け道があった。
しかしそのルートを見つけたとしても、こんな小さな船で通過するのは無謀極まりない事だが……そんな無理を通して見せた者が、実際に目の前に居る。
馬鹿だが面白い奴だ、とマナナンは思った。これまで、この島を目指して無謀な挑戦を行なう者は何人も居たが、その全てが嵐の結界に阻まれて逃げ帰り、二度と来る事はなかったか、あるいは無謀にも嵐に立ち向かい、船ごと海の藻屑と化した。
何度失敗しても諦めずに挑戦し続け、突破したのはこの男が初めてである。
「お前は、何を考えて無謀な挑戦を繰り返したのだ? いったい、何を求めてこの島にやって来た? 教えてくれないか」
純粋に興味を惹かれて、マナナンは小人族の青年にそう訊ねた。すると、彼は真剣な顔つきになって、自らの動機を語り始めたのだった。
「俺はね、神様。同胞達に、帰る場所を作ってやりてえのさ」
「帰る場所……?」
「ああ。俺たち小人族は放浪種族だ。決まった住処を持たずに、旅をしながら一生を過ごす。そうしていつか、旅先で誰にも看取られる事なく一人で死んでいく。皆、それを当たり前だと思っているけど、俺はある時、それに疑問を抱いたんだ」
彼が生まれた大陸……この島より遥か北西に位置するルグニカ大陸には、小人族が多く生息しており、その全てが旅人として一生を終えるのだと語った。
「俺たち小人族は弱い種族なんだ。逃げ足だけは速いけど、魔物に襲われて体力が尽きて逃げきれなかったり、他種族の争いに巻き込まれて命を落とす奴もいっぱい居る。だからこそ俺たちも
そこで、青年は立ち上がって、拳を天に向かって突き上げた。
「俺は、同胞が平和に笑って暮らせるような、国を作りてえ! 小さくてもいい。あったかい、帰れる場所がある事の幸せを、同胞に教えてやりてえんだ! けど、俺の故郷は人間が作った馬鹿でっかい国が幅を利かせてて、それは出来そうになかった。だから、それが出来る場所を探して旅をして来たんだ!」
小人族の青年は、そんな荒唐無稽で大それた夢を、臆面もなく語るのだった。
(……全く、本当に変わった奴だ。まさか、そんな夢を見る小人族が居たとはな)
マナナンはそんな彼を、眩しい物を見るように、優しく目を細めて見るのだった。
「……そういえば、まだお前の名を聞いていなかったな。教えてくれないか?」
マナナンがそう問いかけると、彼は不敵な笑みを浮かべて答えた。
「おっと、名乗りが遅れて申し訳ねえ。俺の名はレグルス! いつか小人族の王になる男だ!」
「……
これは、
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