第117話 がんばれ新入団員※

 ロイド=アストレアが率いる海神騎士団は、女神アルティリアに仕える神殿騎士の集団だ。およそ30人の神殿騎士の他に、見習い団員や非戦闘員の職員が合わせて50名ほど。正規の団員は全員、アルティリアと共に王都を訪問し、現在は王都の中心にそびえ立つ神殿の隣にある、騎士団詰所に滞在していた。

 神殿騎士たちの朝は早い。日の出と共に起床した彼らはまず、風呂で身を清めて身なりを整えた後に敬愛する女神に祈りを捧げる。しかる後に、朝食の準備に取り掛かった。

 今日のゴキゲンな朝食は山盛りのご飯に海苔の佃煮、目玉焼き、千切りキャベツとキュウリのサラダ、オニオンスープ、そしてチキンステーキだ。彼らは朝からよく食べる。

 人によってはそれを見て、神官や神殿騎士は清貧を旨とするんじゃなかったのか、教えはどうなってんだ教えは……などと口にするかもしれないが、何でも好き嫌いせずにいっぱい食べて元気に働けというのが、彼らの信じる女神の教えである。

 清貧なんぞクソ食らえだ、朝っぱらから腹いっぱい肉食って気合入れようぜぇ! というのが海神騎士団の、いつものノリだ。


 朝食を終えた団員達は、装備の点検と昼に食べる弁当の用意を済ませると、詰所を出立した。

 彼らがグランディーノに居た頃は、そのまま戦闘訓練や魔物退治を行なっていたが、王都に来てからは、その前にとある場所へと向かう事になっていた。


 神殿騎士たちが向かった先は、王都の北東側にある大神殿の、すぐ隣にある神殿騎士団の詰所であった。

 アルティリア直属の軍団であり、独立勢力の海神騎士団と違って、こちらの神殿騎士団は王都大神殿に属している。海神騎士団の副団長であるルーシー=マーゼットは、元々はこちらに所属していた。


 王都に滞在する間は、こちらの神殿騎士団と合同で訓練を行なう予定が組まれている。

 アルティリアの指揮の下、およそ半年間に渡って強敵との激戦や厳しい訓練を繰り返してきた海神騎士団は精鋭揃いではあるが、神殿騎士としてのキャリアはまだまだ浅く、その実力に反して知識や経験が不足しているという弱点があった。

 それを解消するのが合同訓練の主な目的であり、また王都の神殿騎士団と交流を深め、連携しやすくする為……という側面もあった。


「よーし、それじゃあ今日の訓練は、甲冑を着たままレア湖まで走って競争だ! 上位入賞者には賞品が、最下位には罰ゲームがあるぞ!」


 レア湖は王都を出て、街道沿いに東南東に進むと見える巨大な湖で、旅人や王都周辺に住む釣り人に人気のスポットだ。

 王都からの距離は、およそ6~70km程度といったところか。歩いて行くには中々遠い場所にあり、朝早くから鎧を着て走るには辛い距離である。しかしその程度で弱音を吐く人間は、この場には居なかった。


「スタート!」


 ロイドの合図で、神殿騎士達が走り出す。それなりに重い甲冑を着ているとは思えないような、軽やかな足取りで街道を駆けていく彼らは、甲冑を着たまま長距離を走る事を全く苦にしていないように見える。

 ただし、それは海神騎士団の古参メンバーや、王都の神殿騎士団達に限った話だ。王都に来てから入団する事になった、海神騎士団の見習い団員達は、最初のうちはついて行けていたものの、次第にスピードが鈍ってくる。


「ぜぇぜぇ……やべぇ、最初は気にならなかった鎧の重さが、だんだんキツくなってきやがった……」


「重さもそうだが、暑さもやばいな……今は冬だってのに汗が止まらん」


「水分補給はしっかりしないとな……ただし必要以上に飲みすぎるなよ、腹がきつくなるぞ」


 そんな苦しそうな様子の見習い団員達の中で、平気そうなのは古参メンバーに交じって先頭集団を走る元近衛騎士・レオニダスだった。


「あいつ、やるな。体幹が全くぶれていない」


「流石は元近衛騎士ってところか。体力だけじゃなく、槍の腕前もアルティリア様が認めたほどらしいからな」


「スカーレットの時といい、うちには定期的にとんでもない大型新人が入ってくるな。だが先輩として、そう簡単に負けちゃあ面子が立たねえ」


「だな。気合入れるとすっか!」


 そんな彼の存在は、古参メンバーにも良い刺激になっているようだ。

 そこで再び、最後尾を走る見習い達に視線を戻すと、息も絶え絶えの彼らの中に、一人だけ気を吐いている男がいた。


「うおおおお! まだまだ、これからだぁ! ド根性ぉぉぉっ!」


 最後尾を走る集団から脱け出し、中団との距離を詰めようとしているのは、まだ十代ながら恵まれた体格と武の才能を持つ少年だった。

 彼の名はイザーク。先日、馬上槍試合トーナメントの一回戦においてアルティリアと戦い、手も足も出ずに完敗した少年だ。

 彼は、同じ見習い騎士であり、元々1回戦対戦予定だったケイという少年に対して暴言を吐いて侮辱していたのを、その時はまだ正体を隠していたアルティリアに咎められた。そしてその結果、アルティリアがケイの代わりに試合に出場する事になった。

 イザークはアルティリアに対しても同様に大口を叩いて暴言を撒き散らし……そして、一突きであっさりと落馬させられた。ぐうの音も出ないほどのボロ負けである。


 その後、アルティリアの正体が判明した後に必死に頭を下げて、赦されはしたが……イザークにとっては、そのまま終わらせてしまうのは気が済まなかった。


「クソッ、慢心した挙げ句にこのザマとは、自分で自分が情けねぇっ! 女神様に誓ったように、心を入れ替えてイチから鍛え直さなきゃならねえ!」


 そう考えていたところで、彼はこれまで臆病者と呼んで馬鹿にしていた、アルティリアに助けられた少年……ケイが騎士学校を辞めて、王都に来ている海神騎士団の門を叩いたという事を、学友に知らされた。


「ちぃっ、ケイの野郎、抜け駆けか! こうしちゃいられねえ、俺も学校を辞めるぞぉぉぉぉぉぉっ!」


「まずいっすよイザークさん!」


「落ち着いて下さい! まずは冷静になりましょう!」


 止めようとする取り巻き達を振り切って、イザークは教官に退学届を叩き付けると、その足で海神騎士団の詰所を訪れて、入団の希望を伝えたのだった。


 それから数日、見習いとして訓練に参加しているが、これがまたキツい内容で、騎士学校で受けていた訓練が子供のお遊戯に思えるレベルの密度であった。

 しかし見習いにも給料が出るし、飯は腹いっぱい食えるし驚くほど美味い。古参メンバーはどいつもこいつも、明らかに腕利きと分かる面子だし、幹部共に至っては英雄の領域に片足突っ込んでる。


(来てよかったぜ……。俺はここで成り上がり、立派な神殿騎士になってみせる!)


 その為には、他の見習い達より一歩先んじて、訓練で目立った結果を出す必要がある。そう考えて、イザークは張り切ってペースを上げたのだった。


 しかし、そう考えていたのは彼一人だけではなかった。彼のすぐ後ろに、同じような考えを抱いて中団を目指し、疾駆する者が居た。


「僕だって……!」


 彼こそが、ケイという名の見習い騎士だった。真面目で勤勉ではあるが小柄で気が弱く、とてもじゃないが騎士には向かない少年だったが、アルティリアに助けられ、励まされた事でケイはなけなしの勇気を振り絞って一念発起した。


(いつまでも弱虫のままじゃいられない! 僕は変わるんだ……! いつか一人前の騎士になって、アルティリア様に恩返しをするんだ!)


 顔だけで振り返り、追走してくるケイの姿を認めたイザークは、小さく舌打ちをした。


「チッ、ケイの野郎、柄にもなく張り切りやがって。だがてめえにだけは負けられねえ!」


 イザークは更にスピードを上げて、ケイを突き放す。体格や単純な身体能力では、ケイはイザークに比べればかなり劣っている。狙い通りに、イザークはケイを置き去りにして、ぐんぐんと前方の集団に迫っていった。


「へっ、勝ったな」


 そう、思った時であった。


「負けるもんかあああああああ!」


 何と、後方からケイが猛追してきたではないか。身体能力で劣るならば気合と根性で補うと言わんばかりに、必死の形相でイザークを追いかけてくるではないか。


「てめっ……! 鬱陶しいんだよこの野郎! これで終わりだああああ!」


「あああああああああああああああああ!」


「うぜぇっつってんだろうが! 良い加減にしやがれ! だったらこれでどうだ!」


「あああああああああああああああああああああああ!」


 それを見たイザークは対抗心を剥き出しにして、更にペースを上げて引き離そうとする。しかしケイもまた、言葉を失って叫ぶ事しかできないほど余裕を無くしながらも、絶対に逃がさないと決死の追跡を仕掛けていき……


 結果、二人だけで地獄のデッドヒートが繰り広げられた。


「ああああああああああああああああ!」


「あああああああああああああああああああああああ!」


「あああああああああああああああああああああああああああ!!!」


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 獣のような雄叫びを上げながら、肉体の限界を超えた走りで中団どころか先頭集団をも纏めてブチ抜いて暴走する二人は、やがて当然のように道半ばで力尽きた。


「なーにやってんだあいつら……」


 ロイドは呆れながら、生命力と活力を回復させる為の上級スタミナライフポーションを鞄から取り出し、彼らを救助する為に駆け寄っていくのだった。

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