第118話 固有技能:調合時、完成した薬品の効能×1.5倍 ただし味は最悪※

「皆、ご苦労だった。各自休憩を取ってくれ……と言いたいところだが、その前に渡す物がある。まずは上位入賞者には、アルティリア様謹製のレシピで作られた最高級のプロテインと栄養ドリンクだ。これを飲んでより力を付けてくれ」


 王都からレア湖までの長距離マラソンを終えて、全員を集めたロイドが宣言して、まずは上位入賞者への賞品を一人一人に手渡していった。

 ちなみに一着でゴールしたのは海神騎士団の副団長、ルーシー=マーゼットである。小人族は生まれつき素早く、そして滅多に定住する事が無く、各地を放浪する性質を持つ種族である為、長距離移動はお手の物だ。また、彼女本人もよく鍛えられた精鋭の神殿騎士である事も、優勝の原動力となった事は言うまでもない。

 それからロイド自身や海神騎士団の主要メンバーも、しっかり上位入賞を果たしていた。


「残念ながら入賞できなかった皆には、グランディーノで市販されてる普通のプロテインと栄養ドリンクを」


 一般向けの市販品とはいえ、女神のお膝元であるグランディーノで作られた品は、他の地域に住む者から見ればかなりの高級品である。


「すまないロイド殿、このプロテイン……? とかいう粉末は何なのだ?」


 王都の神殿騎士が、初めて見るそれに対してロイドに質問する。ロイドはそれに対して、淀みなく答えた。


「はい、それはタンパク質という、筋肉を作るのに必要不可欠な栄養素を抽出し、粉末にした物です。運動の直後にプロテインを摂取する事で、不足したタンパク質を効率よく吸収し、体がより強靭な筋肉を作るのを助ける事ができます」


「なんと! そのような物があったとは……」


「栄養とな……。強い身体を作るには、口に入れる物にも気を配らねばならぬという事か……?」


「はい、その通りです。今渡したプロテインや栄養ドリンクは、体に必要な栄養素を効率よく補給する為の物ですが、我々が日々口にする食事も勿論重要です。我々の肉体は食事によって得られる様々な栄養によって維持・成長をするのだから、強く健康である為には良い食事をする事は不可欠です。また、美味い物を食べればストレスが減り、士気も上がるでしょう? 強くなりたければ良い物を食べろというのが、アルティリア様の教えです」


「なるほど……言われてみれば成る程、全くもってその通りだ」


「我らは食事に関しては軽視しがちだったが、考えを改める必要がありそうだな」


 話が纏まった所で、ロイドは最後にある物を取り出して、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。


「さて、話が逸れたが改めて……ぶっちぎり最下位の見習い騎士イザーク! 並びに見習い騎士ケイ! お前達には別の物をプレゼントしようと思う」


 序盤に猛スパートをかけて競り合った挙句に二人仲良く体力切れでブッ倒れ、救助された後はヘロヘロになりながら何とかゴールした二人の少年が、その声を聞いて顔を引き攣らせた。


「我が海神騎士団が誇る魔術師、リン=カーマイン特製の、クッッッッッソマズい代わりに効果は最高レベルの、特製プロテインと栄養ドリンクだ!」


 ロイドがそれらを掲げると、海神騎士団の古参メンバーから爆笑と共に拍手が巻き起こった。


「うわ、出やがった!」


「ヒューッ! 喜べお前ら、効能は俺達、上位入賞者が貰った奴よりも上だぞ!」


「代わりに死ぬほど不味いけどな!」


「つーか、リンちゃんの調合した薬って何でもクソ不味い代わりに効果はやたら高くなるんだよな……ある意味稀有な才能だぜ……」


 イザークとケイ、二人の見習い騎士はそれを聞いて、青ざめた顔でそれを調合したという魔術師の少女に視線を送った。騎士団には珍しい後衛職であり、二人と同じくまだ十代半ばのその少女は、長距離を走り終えたばかりだというのに大して疲れた様子もない。

 二人の視線を受けたリンは、彼らの方へと顔を向けると、


「(*^ー゚)b」


 凄く良い笑顔でウィンクしながら親指を立てた。

 体には良いから頑張って飲め、という事だろうか。二人は手渡されたプロテインと栄養ドリンクを手に、ごくりと生唾を飲んだ。

 彼らが言うクソ不味い代物とは、一体どれほどの物かと恐怖を感じるが、しかし、


(ええいビビるな俺ッ! 俺はイザーク、強い男だ! この程度の事で尻込みして、立派な騎士になんてなれるもんかよ!)


(行くんだ……! 変わるって決めたんだろう! ここで逃げたら、僕はいつまでたっても弱虫ケイのままだ! アルティリア様、僕に試練に立ち向かう勇気を!)


 二人は同時に、プロテインを溶かした水の入ったコップをがっしりと右手で掴み、


「「ド根性おおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」


 中身を一気に喉に流し込み、更に間髪入れずに左手に持った栄養ドリンクの瓶を口へと運び、それも一気に飲み干して……あまりの不味さに、二人同時にブッ倒れたのだった。



 それから数時間後。

 レア湖の湖畔で昼食を取った後に、巨大な湖を泳いで横断する訓練を行なって、クタクタになった状態で騎士達は王都へと帰還した。帰りは流石に走る体力が残っていなかった為、神官達が使う『集団転移テレポート・オール』での帰還だ。

 海神騎士団のメンバーは王都の神殿騎士達と別れ、詰所に帰還した。彼らの詰所は王都の中央広場にある、アルティリアの神殿のすぐ隣だ。


「ふー、今日も良い訓練が出来たな! それじゃあ風呂で汗を流した後に、夕食の準備をするぞ」


 ロイドがそう言って、扉の鍵を開けようとした時だった。彼の顔が、一瞬で険しい物へと変わった。


「……! 全員静かに!」


 小声で、しかし強い口調でロイドが言う。彼の左手は、腰に差した刀の柄へと伸びていた。

 一瞬で緊張が走り、全員が口を噤みながら、音を立てないように武器を握り、いつ戦闘が始まってもすぐに動けるように準備をする。


 ロイドの隣に立っていた神官の青年、クリストフがハンドサインで「何があった?」と訊ねると、ロイドはそれに「扉の鍵が開いている」と、同じくハンドサインで返事をした。


 扉の鍵は、出る時にしっかりと施錠した事を全員が確認している。では、何故それが帰った時には開いているのか?

 決まっている。何者かがこの扉の鍵を開けて、中に侵入したからに違いない。


(王都のド真ん中で、しかもアルティリア様がいらっしゃる時にわざわざ俺達の拠点に空き巣だと……? ふざけやがって……!!)


 怒り狂いそうになりながらも、必死に冷静さを保ちながら、ロイドは後ろ手にハンドサインで仲間達に幾つかの指示を出した。

 全員がそれに頷いたのを確認した後に、ロイドは口を開いた。


「これより1班は中に突入し、内部を確認する。2班は建物の周りを包囲せよ! 怪しい者を見つけたらひっ捕らえろ!」


 そう叫びながら、ロイドは扉を開けようと手を伸ばし……扉に触れる直前で、その手を止めて、


「今だ!」


 彼がそう叫んだ瞬間、海神騎士団のメンバーが一斉に、真上に向かって魔法を放った。

 その直後に、複数の人影が彼らを包囲するように着地したが、中にはダメージを受けて膝をついている者が何人か見られた。

 その謎の集団は、全員が身体をすっぽりと覆い隠す黒いフード付きのローブを身に纏っており、正体は不明である。判明しているのは彼ら全員が全く同じ服装をしている事と、身長が130cm前後と幼い子供程度しかない事、そして彼らが海神騎士団の敵であるという事のみだ。


「気付かれていたか。見事」


 その内の一人が、フードの奥からくぐもった声でそんな言葉を発した。


 ロイドが先程、ハンドサインで出した指示は三つ。


「扉に罠が仕掛けられている」

「敵は外に潜んでいる」

「この後口に出す指示はフェイク」


 である。

 敵の狙いは、鍵が開けられた扉をこれ見よがしに放置し、こちらにわざとそれを気付かせる事で、建物の中へと注意を引き付ける事にあった。

 そして、扉および建物の中へと注意を向けさせた上で、敵はその意識の外……すなわち、屋根の上へと身を潜めていたのだった。

 もしも、それに気付かずにロイド達がそのまま中に入ろうとしたならば、扉を開けた瞬間に罠が発動し、同時に真上からの奇襲によって大打撃を受けていただろう。

 ゆえに、ロイドはあえて気付いていないフリをして敵の奇襲を誘い、寸前で逆撃を仕掛けたのだった。


「何者かは知らんが、敵である事は疑いようがない。海神騎士団、戦闘開始! 奴らを一人残らず捕えるのだ!」


 夕暮れの王都の中心で、突如として謎の集団との戦闘が開始された。

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