第115話 大海の覇者曰く「あいつは頭は回る癖に、時々とんでもないドジを踏む」

「強ぉぉぉぉぉいッ! 強すぎるぞ謎の女騎士! ここまで全戦全勝、しかもその全てが初撃での決着だ! まさに鎧袖一触! 彼女に敵う者はいないのか!?」


 初戦を終えた後も俺は順調に勝ち進み、本戦の準々決勝まで駒を進めていた。ここまで来ると見習いや従騎士スクワイアではなく、正規の騎士団員や高位の冒険者といった腕利きの者達を相手にするようになったが、まあ俺の敵ではない。だってこいつら俺の知ってる廃人共と違って俺の突きを見てから馬をサイドステップさせて回避したり、騎馬突撃を連続ジャストパリィしてからその場で急旋回して背後に回りながらカウンター入れてきたりしないし。


「ええい、情けない連中だ! だが次はこの王国騎士団第四大隊の隊長、ガーランドが相手だ! これまでの相手と同じと思うな!」


 準々決勝では、第三騎士団の隊長を名乗るおっさんが俺の相手になるようだ。なるほど、これまで倒してきた者達に比べれば少しはマシなようだが、しかし……


「ぐわあああああーっ!」


「あーっとガーランド選手が派手に吹き飛ばされた! なんと、あの第四大隊隊長ガーランドをも一撃で仕留めたぁーっ! やはり彼女の強さは本物だ!」


「ふふふ、ガーランドがやられたようだな……」


「くっくっく、奴は我ら四大隊長の中でも槍試合においては最強の男……」


「もうだめだぁ……おしまいだぁ……」


 これでベスト4に進出し、お次は準決勝である。

 その相手は騎士団に所属する騎士ではなく、俺と同じ外部からの参加者のようだった。


「それでは準決勝第二試合を始めます! 注目を集める謎の女騎士の次なる相手は、王都最強と噂されるA級冒険者、ウェインであります! 槍にかけては右に出る者が無い実力者の上に魔法も使えるA級の名に恥じない実力者、ルックスもイケメンだ!」


 そんな紹介を受けて登場したのは、二十代半ば程の長身の男だった。なるほど確かに槍を振るう姿は中々サマになっている。


「キャーッ! ウェイン様ぁーっ!」


 実力・容姿共に優れているだけあって、観客席の女性客からは、彼に向かって黄色い声援が飛んでいた。なかなかおモテになるようだ。


「よう、見てたぜ今までの試合。是非あんたのような強者と戦いたいと思ってたんだ。それと、できれば試合が終わった後にもお付き合いして貰いたいね。その鎧の下の姿を、俺だけに見せてほしいんだ」


 その優男は俺のほうに近付いてくると、ニヤケ面でそんな誘い文句を口にした。なかなかに軽薄そうな印象を受ける。


「よかろう。万が一、私に勝てたら一晩中でも付き合ってやるさ」


「ヒューッ、そう来なくっちゃな。こりゃあ益々負けられなくなったぜ。やる気がギンギンに漲ってきた。おっといけねえ、俺様自慢の下半身の長槍も一緒にギンギンになっちまうところだった」


「そっちの短槍は仕舞っておけ……」


 そんな下品な軽口を叩きながら、この男は微塵も油断した様子が無く、むしろこちらの隙を虎視眈々と伺っているようだ。

 あの軽薄そうな様子も半分はポーズであり、俺を精神的に揺さぶるつもりで仕掛けてきたのだろうが、その程度の揺さぶりで俺の精神は揺れたりしないし、おっぱいも今はコルセットと金属鎧でしっかりと抑え込まれているので揺れない。

 である以上、俺の勝ちもまた揺るがないのである。


「……遅い!」


「あじゃぱぁーっ!」


「おーっと! ウェインの突きが当たるかと思われた瞬間、女騎士の華麗なカウンターが直撃したぁーっ! ウェインが錐揉み回転しながら派手に吹っ飛んだ! どうやら起き上がれない様子! 黄色い声援を送っていた観客席のファンも呆然としております! 王都最強のA級冒険者をも難なく一蹴だ! 強すぎるぞ謎の女騎士!」


 試合開始直後に先制で放たれた彼の突きを弾き、そのままカウンターを入れて俺の勝利である。


「王都最強といってもこんなものか。グランディーノではせいぜい中堅といったところだな」


 まあ、今のグランディーノで中堅クラスという事は、なかなか良い腕をしてはいるのだが。今回は相手が悪かったので腐らずに精進するといい。


 そして、次はいよいよ決勝戦だが……そこで出てきた騎士は、俺の目から見ても、「おっ?」と瞠目せざるを得ない、それは見事な鎧を身に付けていた。それを纏う本人も、鎧に着られているような不格好さは無く、むしろしっかりと着こなしている。


「初参加にして破竹の勢いで決勝へと駒を進めた謎の女騎士だが、快進撃もここまでか!? 最後の相手はこの男、近衛騎士団の若きエース、レオニダスだぁーっ!」


 なるほど、あの男は近衛騎士団の者だったか。

 近衛騎士団はその名の通り、国王や王族のすぐ側に控え、その身を守護する存在だ。国家元首の直属の部下であり、非常事態が起こった時には身命を賭して主君の身を護る最後の砦である為、精鋭中の精鋭のみが在籍する事を許される、騎士の最高位の一つだ。

 若くしてその地位にいるだけあって、相当な実力者である事は疑いようがない。というわけで、『敵情報解析アナライズ』発動だ。

 ふむふむ、メインクラスは騎士ナイトLv15、守護騎士ガーディアンLv15、守護神ロイヤルガードLv5か。しっかり最上級職まで到達してるのは流石といったところか。

 サブクラスは上級騎兵ハイライダー剣闘士グラディエーター槍聖ランスマスター等、バリバリの前衛系だな。合計レベルはもうちょっとで100に届く程度か。


 中々やるじゃない。少しは楽しめそうな相手が出てきたな。


「我が名は近衛騎士レオニダス! いざ尋常に勝負!」


「故あって名乗れぬが、通りすがりの謎の女騎士だ。かかって来るがいい!」


 俺とレオニダスは闘技場の中心に向かって騎馬突進し……俺は、あえて攻撃をしない事を選択した。

 これまでの試合は全て、先制の一突きで勝負を決めていたが、この相手はそれで落馬させられるほど、ぬるい相手ではないと判断したからだ。

 俺が考える最適な間合いとタイミングで、近衛騎士レオニダスが突きを繰り出す。良い判断力と、それを実行に移すだけの実力を兼ね備えているようだ。こいつならば、それが出来るだろうとは思っていた。


「だから完璧に読み通りだ」


 来るのが分かっていれば、迎撃するのは容易い。

 元々、俺の槍術は魔法の補助や、接近戦を仕掛けられた時の護身用の物だ。自分から攻撃するより、広い間合いを活かしたディフェンシブな戦い方のほうが得意である。

 俺は右手に持った突撃槍で、レオニダスが突き出した突撃槍を下から上に向かって弾き、軌道を逸らした。

 未熟者ならば、そのまま槍を弾き飛ばされて武器を失う事になるだろうが、目の前の騎士はそのような失態を犯す事は当然なかった。

 しかし、攻撃中に槍をかち上げられた事で胴体がガラ空き、カウンターを決める大チャンス到来だ。

 俺は素早く、コンパクトな動きでレオニダスの胴体に向かって突きを放った。これで決着かと思われたが……


「まだだ!」


 なんとレオニダスは左手で握っていた手綱を手放すと、馬上で上半身を仰向けに寝転がるように馬の背中へ向かって倒し、俺の突きをブリッジ回避したのだった!

 この手の変態回避は騎兵系の廃人共の中には使い手もいる為、初見ではないが……まさかこんな所に使い手がいるとは、流石の俺も驚きである。

 レオニダスはそんな不安定な状態で俺の攻撃を避けながら、落馬するどころか馬をしっかりと制御して、すぐさま体勢を立て直していた。

 しかし、流石に馬のスピードは鈍ったようだ。ならば、ここは追撃のチャンス。


「はっ!」


 一度目のぶつかり合いを終えて、俺達はすれ違いながら闘技場の端に向かって馬を走らせる。

 そして、設置された柵をUターンして反対側のコースへと入り、再び闘技場の中心へと向かうのだが……そこで、俺は連続で技能アビリティを発動させた。


 まず『急旋回』。騎乗動物にドリフト走行をさせ、減速しつつ大きく旋回して、向きを素早く変える為の技能だ。

 続いて『瞬間加速』。その名の通り、騎乗動物を一瞬で急加速させて速度をトップスピードまで持ってくる技能である。

 この急旋回と瞬間加速のコンボ、通称ドリ瞬によって、すれ違いざまに180°旋回した後に一気に加速して突進を行なうのは、騎兵ライダー系の職業に就いている者を中心に、ある程度騎乗戦闘の心得があるプレイヤーにとっては常套手段だ。

 ごくありふれた、陳腐な戦術ではあるが……メジャーな戦法というのは、それが優れているからこそ、多く用いられるのだ。

 対戦相手のレオニダスもこれくらいの芸当は当然出来るだろうし、俺が使ってくる事も予測できるだろうが……対応できるかは、また別の話だ。

 一度態勢を崩し、速度を落としたレオニダスに対して、悠々とトップスピードに乗って突撃を仕掛ける俺のほうが有利なのは明らかだ。


「……来い!」


 それはレオニダスにとっても承知の上。ゆえに、奴は待ちの構えを取り、カウンターで一発逆転を狙う腹づもりのようだ。


「その意気や良し。勝負!」


 俺は最大加速する馬の勢いを乗せた全力突きをレオニダスの胸に向かって放ち、同時にレオニダスも、狙いすましたカウンターを放った。その結果は……


「決ッッッッ……ちゃぁ~~~~く!! 最後はレオニダスのカウンターが一瞬速くヒットするかと思われたが、紙一重でそれを躱しつつ女騎士の必殺の一撃が、レオニダスを吹き飛ばしたぁーっ!」


 正直危なかった。レオニダスが最後に放った渾身の突きは、速さ、鋭さ、そして放つタイミングが全て神懸かっていた。

 地力では俺のほうが上だが、あの一瞬だけは、奴は俺を僅かに上回っていただろう。

 俺が奴の突きを躱す事が出来たのは、慣れによる部分が大きい。レオニダス程の実力者ならば、格上を相手に対人戦をする機会はあまり多くなかっただろう。それ程に、彼と他の参加者の実力差は大きかった。

 対して、俺はクロノを筆頭に、一瞬でも隙を見せたら瞬殺されるようなヤバい連中と頻繁に対人戦を行なってきたガチ勢である。その結果が明暗を分けた。


 頭部を狙って放たれたレオニダスの上段突きは、咄嗟に回避した事で俺の兜の側面を掠めるに留まっていた。

 いや、しかし危なかったな。俺が着ている甲冑一式……ホーリーナイトシリーズは、あくまで見た目を変える為のアバター装備であり、防御性能など皆無だからな。試合用の槍とはいえ、そんなハリボテ装備を着てトップスピードに乗った状態で彼のような実力者が放つ全力のカウンターを脳天に食らえば、流石の俺でもかなり痛かっただろう。


 ホッと一息を吐くところだが、俺はひとつ失念していた事があった。

 ゲームとしてLAOを遊んでいた時には、アバター装備はアバタースロットという、ステータスに反映されずに見た目を変更するだけの装備欄にセットする物であり、耐久度などは設定されていなかった。

 だから、どれだけそれを着て戦闘を行なっても、破損したり壊れたりする事は無かったのである。

 だが、ゲームが現実になった今では、アバター装備は実際に存在する物として実体化されており、実体化されているという事は当然、他の装備品と同じように破損する事もあるという事だ。

 そして、前述の通りアバター装備は見た目を変える為のおしゃれ用品であり、まともな防御力など持たない。


 ここで問題だ。そんなハリボテ装備が、俺でもかなり痛いレベルのダメージを受けると、果たしてどうなるでしょうか。

 その答えは……


「あっ……」


 レオニダスが放った突きは、兜の留め具を易々と吹っ飛ばし、兜の側頭部やフェイスガードに罅を入れていた。それによって俺が装備していたアバター装備、ホーリーナイトヘルムが俺の頭から外れ、地面に落下した。


 謎の女騎士(笑)の素顔が衆目に晒された。

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