第114話 通りすがりの正義の騎士ムーブをする女神(笑)

 それから数十分後。俺は闘技場内で馬の背に跨り、突撃槍ランスを手にしていた。

 どうしてそんな事になっているのかというと、闘技場内に入った俺は、槍試合を見物して行こうと思って観客席に向かって歩いていたのだが、その時にちょっとしたトラブルに巻き込まれたのである。


 まず歩いている途中に通路の隅で、膝を抱えて座っている人物を見つけた。見たところ十代半ばくらいの、背が低く痩せた体型の少年だ。くすんだ金髪に灰色の瞳をしたその顔は、今にも死にそうなくらいに沈みきっている。


「君、大丈夫か?」


 どうも酷く落ち込んでいる様子だったので、お節介かもしれないと思いつつも、ついそう話しかけてしまった。困っている様子の人に話しかけるとクエストフラグが立つ事がよくある為、これは冒険者としての癖のようなものだ。


「えっ? あ、あなたは……?」


 気が弱そうな印象を受ける顔を上げて、少年は俺が何者かと問いかけてきた。


「ただの通りすがりだ。名乗る程の者ではないさ。そんな事よりも少年、見たところ随分と落ち込んでいる様子だが、何かお困りかね?」


 俺がそう問いかけると、少年は悩む様子を見せた。困っている事はあるにはあるが、それを俺に打ち明けるべきか迷っている……といったところだろうか。

 彼はしばらくそうしていたが、やがて口を開き、少しずつ自分の事を語り始めた。


「僕は、落ちこぼれなんです」


 ケイと名乗ったその少年は、悔しそうにそう呟いた。

 彼は王都にある騎士学校の生徒であり、見習いとして未来の騎士を目指して修行に励んでいるのだという。騎士学校の生徒は卒業後に従騎士スクワイアとして先輩の騎士の付き人のような仕事を数年間こなした後に、正式な騎士として叙任される。

 王都に住む平民出身のケイ少年は幼い頃に見た騎士の姿に憧れ、数年前に騎士学校の門を叩いた。それから騎士を目指して修行を続けていたが……残念ながら、なかなか芽が出ない日々が続いていたようだ。


「座学の成績は、何とか上位をキープ出来ています。剣術や槍術、馬術の訓練も、成績はあまり良くはないですけど、何とかついていけてはいるんです。だけど試合の本番ではいつもあがってしまって、何もできずに負けてしまって……。今だって、自分の出番が近付くのが怖くなって、こうして逃げ出してきたんです」


 彼や他の騎士学校の生徒達も、希望すれば馬上槍試合トーナメントに参加する事は出来る。腕試しや修行の為、あるいは活躍する事で先輩騎士や見物人の貴族の目に留まる事を目当てに、毎回何人もの騎士見習いが参加しているらしい。


「僕も、気弱な自分を変えたくて、思い切ってエントリーしてみたんです。それなのに、いざ本番を迎えようって時になって、急に怖くなってしまい……控室から逃げ出して、なのに出ていく勇気も無くて、こうやって通路に座り込んでいました……」


 俯いて、悔しそうな声色でそう溢す彼の身体は、小さく震えていた。その震えの原因は恐怖か、それとも不甲斐ない自分に対する憤りか。

 そんな彼に向かって、俺が声をかけようとした時だった。


「おっ、ケイの野郎、こんな所に居やがったぜ!」


 笑い声と共に、三人の男がこちらに近付いてきた。全員が十代の少年であり、同じデザインの鎖鎧チェインメイルを身に付けている。

 どうやら、彼らもケイ少年と同じ騎士学校の生徒のようだが……


「あっ……い、イザーク君……」


 ケイが残りの二人を引き連れて、先頭に立っていた少年の名を呼んだ。イザークと呼ばれた大柄で筋肉質、緑色の短く刈り上げ、逆立った髪に、同じく緑色の瞳をした厳つい見た目の少年は、ケイを見下ろして嘲りの笑みを浮かべた。


「よう、弱虫ケイ。珍しく馬上槍試合にエントリーしてるから様子でも見てやろうと思ったら、ビビリ癖は相変わらずみてえだな。いったい何しに来たのか分かんねえが、お前みたいな雑魚が対戦相手に決まったのはラッキーだったぜ。ああ、言っとくけど棄権なんかするんじゃねえぞ? お前には俺の引き立て役……いや、踏み台になって貰わなきゃあならねえからな」


「そ、そんな……」


「お? なんか文句あんのか弱虫ケイの癖に!」


「イザークさん、コイツやっちまいましょうぜ!」


 イザークの後ろにくっついていた二人の少年が、そう言って囃し立てる。ガキ大将とその取り巻きって感じだな。

 しかしまあ、こういった虐めを見てるのも気分が悪いので、割って入る事にする。


「おい、そこらへんにしておけよ小僧共。騎士を目指す者が、大勢で寄ってたかって弱い物いじめをするのか?」


「何ぃ!?」


 上手い具合に悪ガキ三人組のヘイトがこっちに向いた。リーダーの少年、イザークが代表して俺に向かってくる。


「てめえ、いったい何者だ?」


「はぁ……誰だって良いだろう。ただの通りすがりだ。そんな事より己の行為が恥ずかしいとは思わんのかね、君達は」


「なっ……! う、うるせえ! 関係ねえ奴は引っ込んでろ!」


 イザークは俺に向かって啖呵を切るが、後ろの二人は慌てた様子で彼を止めた。


「ま、まずいっすよ兄貴! この女の鎧、正騎士ナイトか、もしかしたら聖騎士パラディンの可能性も……! 喧嘩売るのはやばすぎますって!」


「そ、そうっすよイザークさん! ここは引き下がったほうが!」


 手下の二人は小物だが、保身には長けているようだ。彼らに言われて、イザークは初めて気が付いたかのように俺の姿を凝視して、一瞬だけ『しまった』とでも言いたそうな表情を浮かべたが……引っ込みがつかなくなったのか、


「う、うるせえ! 女なんぞに嘗められて引き下がれるか!」


 と言って、俺に向かってガン飛ばしをしてきた。


「女なんぞと来たか。ふん、そう言うお前は騎士どころか男ですらないがな」


「なっ、何ぃぃぃ!? 男ではない……だとぉ! き、貴様! その暴言、どういうつもりだ!?」


「分からないなら、頭を冷やして己の言動をよく省みてみるがいい。お前の愚かな言動の、一体どこに騎士の誉れや男らしさがあるというのだ?」


「てめえ……ッ! そこまで言ったからには許さねえ! この俺と勝負しろ!」


「貴様ごときがこの私に挑むだと? 身の程を弁えよ」


「黙れ! 考えてみれば、弱虫ケイなんかに勝っても何の自慢にもならねえ! お前がこいつの代わりに試合に出やがれ! お前を倒して名を上げてやるぜ!」


「私は一向に構わんがね。ケイ君、君はそれで良いかな? 君の出番を奪ってしまう形になるが……」


 俺の質問に、ケイ少年は少しばかり迷う様子を見せたが、やがてしっかりと頷いた。


「はい、構いません。情けないですが、今の僕には彼に勝つには実力も、勇気も足りていません。ですが、会ったばかりの僕の為に本気で怒ってくれた貴女になら、託す事ができます」


「良いだろう。では、私の戦いをしっかりと見て学ぶがいい」


「話は纏まったようだな! それじゃ、試合を楽しみにしてるぜ!」


 そう捨て台詞を残して、イザークと取り巻きの二人は去っていった。


「しかし、イザーク君は素行は悪いですが、槍術の成績は学校でも一番で、この馬上槍試合でも過去に従騎士の先輩に勝利する程の実力者です。気をつけて下さい!」


 俺を心配するケイ少年に、俺は力強く頷いて答えた。


「安心したまえ。この世界広しと言えど、槍で私に勝てる者など精々………………両手の指で数えられる程度しかおらんよ」


 脳内で該当する人間廃人共を思い浮かべてみたら、意外と多く居た。

 槍って剣に比べるといまいち人気が無いような印象を受けるが、他の近接武器に比べて射程が長めな上に、騎乗戦闘への適正や防御貫通率が高いので、上級者の中には愛用してる奴も多いんだよな。扱いやすさや攻撃速度、技の多彩さでは剣に、破壊力では鈍器や斧に劣るものの、その攻撃範囲の広さと貫通力は根強い人気を誇っている。

 そんな槍使いの中には、クロノを筆頭に超反応持ちや半永久コンボ持ちが結構な割合で存在しており、決して油断できない相手ばかりである。

 というか一級廃人共は大半が超反応によるカウンター・無限コンボ・ワンパン即死技のいずれかを所持している為、PVPでは何か一発でも先に刺されば、そこから一気に勝負が決まる光景がよく見られる。酷いレベルで逆にバランスが取れていた。


 そんなわけで俺はケイ少年の代理として出場する手続きを済ませ、馬と馬具一式、それから突撃槍をレンタルした。突撃槍は先端が丸めてあり、落馬の際によほど打ち所が悪かったりしない限り、怪我をさせる心配は無い。

 そして数十分後、俺は武装した馬に騎乗して、闘技場で観衆の視線を集めていた。


「さあ、いよいよ予選第一試合も最後の試合となりました。それでは、これより戦う二名の選手を紹介させていただきましょう。まずは東の方角より現れましたのは新進気鋭の騎士見習いイザーク! 騎士学校の生徒の中でも槍術の成績は主席! 過去の大会でも卒業した先輩を相手に金星を収めるなど活躍しております。その戦いぶりに期待しましょう」


 司会者の紹介に、馬上のイザークが突撃槍を掲げて観客にアピールをした。


「続きましては、その対戦相手となる選手をご紹介しましょう。西の方角より現れたるは、正体不明の女騎士! 本来の登録選手である、ケイ選手の代理として急遽参戦が決定いたしました。果たしてその実力の程はいかに!? そして、その豪奢な甲冑の下の素顔は!? 気になり過ぎて目が離せません。要注目の選手であります!」


 そんな紹介を受けた俺は、馬上で突撃槍を派手に振り回して演武を行なった。それを見た観客が、俺に向かって声援を送る。

 また、俺に注目しているのは観客だけではなかった。


「女の騎士だと? なんとも珍しいな……」


「しかし、初めて見る者だな。我が騎士団の者ではないようだが……」


「しかし見てみろ、あれほどの見事な甲冑を身につけ、槍捌きも見事なものだ。相当な実力を持つ、高位の騎士である事は疑いようがない」


「うむ……ぜひとも我が隊に迎え入れたいほどの逸材だな……」


「イザークも逸材ではあるが……あれを目にした後では、どうしても見劣りするな」


 闘技場の反対側にいるイザークは、俺を今にも飛びかかってきそうな、忌々しそうな目で見つめていた。


「それでは予選第一回戦・最終試合……始め!」


 その声と共に、俺とイザークは同時に馬を闘技場の中心に向かって走らせる。

 闘技場には柵が東西にまっすぐ伸びるように設けられており、その柵を挟んですれ違うように馬を走らせ、交差する瞬間に突撃槍で相手を攻撃させ、落馬させれば勝利となる。

 一度の激突で勝敗がつかなかった場合は、柵の終点で馬をUターンさせて、再び突撃。それを勝敗がつくまで繰り返すのだ。

 そして、俺達の試合はどうなったかというと……


「決っ……ちゃああああく! なんと最初の一撃で勝負が決まってしまった! 女騎士が放った目にも止まらぬ神速の突きによって、イザーク選手が落馬! あっという間の決着となってしまいました第一回戦最終試合!」


 まあ、当然の結果である。

 さて、折角だからこのまま優勝をかっさらって来るか。

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