第107話 アルティリア様のおかげでこんな俺達も立派に更生しました!※

 アルティリアとロイドがザクソンの街を防衛、あるいは魔物の群れを相手に無双している時、イルスターの街では……


「……という訳で、アルティリア様とロイド団長が不在の為、今日はこの街で仕事をしますよ」


 残された海神騎士団のメンバーを前に、そう宣言したのは副団長のルーシー=マーゼットだ。彼女は小人族であり、その容姿は幼い少女そのものだが、神殿騎士としてのキャリアは団員の中で最も長い実力者である。


「承知いたしました。して、どのような仕事を?」


 団員の一人が発した質問に答えたのは、ルーシーではなくもう一人の副団長、司祭にして騎士団の参謀役、クリストフだった。


「こちらをご確認ください。領主官邸と、この街の冒険者組合から依頼を紹介されています」


 既に手回しを終えていたクリストフが、依頼内容が書かれた複数枚の紙を団員達に提示した。


「色々あるけど……一番緊急性が高いのは、これかな? 山賊退治。こっちの、謎の巨大モンスターの調査なんかも重要そうだけど」


 メンバーの中で最年少の魔術師の少女、リン=カーマインが、そう呟きながら一枚の紙を摘まみ上げた。それに書かれている内容によると、この街から少し離れた場所に山賊が出没し、街道を行き交う旅人や交易商人を襲い、通行料と称して金品を略奪しているらしい。ここ最近になって被害が急増しており、放置してはおけない話だ。


「では、まずはこの賊を捕え、奪われた物を取り返すとしましょう。出撃!」


 ルーシーがそう宣言すると、団員達は各々の得物を手に立ち上がり、素早く出撃の準備を整えた。

 そして街道を南へと進み、山賊の目撃情報があった箇所へと近付くと……


「居たぞ! ちょうど隊商が襲われている!」


 道の真ん中で、複数の馬車を取り囲んでいる山賊の群れと遭遇したのだった。見れば、商人の男が山賊達に囲まれて剣を突きつけられている。

 また、護衛と思われる武装した者達も居たようだが、数の暴力には勝てなかったようで、彼らは血を流して地面に倒れ伏していた。


「リン、魔法で狙えますか!?」


「当然! 束縛する水縄アクア・バインド!」


 リンが杖を掲げ、呪文を唱えると、山賊達の体に水で出来た縄が巻き付き、その体を拘束した。


「うげっ!? なんだ、動けねえぞ!?」


「なんだってんだこのロープは、水で出来てんのか!? くそっ、だめだ解けねえ!」


「何だこりゃ、どっから出てきやがった!」


 突然の事態に面食らって、商人を囲んでいた山賊達は混乱した。そこに神殿騎士達が一気呵成に襲い掛かった。


「覚悟しろ賊共! 貴様らを拘束する!」


「動くな、大人しくしろ!」


「もう大丈夫です、我々の後ろにお下がりください」


 騎士達は束縛された山賊達を地面に引き倒して武器を没収し、襲われていた商人達を安全な場所まで退避させた。

 それと同時に、クリストフが倒れていた護衛に対して範囲回復魔法『癒しの雨ヒールレイン』を使用して、彼らを回復させた。

 護衛達は倒れてはいたものの、幸いにして死んではいなかった為、回復魔法によって助かる事ができた。しかし、出血が激しかった為、戦線に復帰するのは難しいだろう。


「この方達も安全な場所へ!」


「了解!」


 護衛の者達も後方に退かせ、海神騎士団は残った山賊達に対峙した。


「やいやいてめえら、一体どこのモンだ! よくも俺らのシノギを邪魔してくれたな!」


「そんな少人数で俺達に勝てるとでも思ったか!? 田舎騎士は数も数えられねえようだな!」


「俺達、黒虎山賊団に楯突くたぁ良い度胸だ! ブッ殺してやる!」


 山賊達は、邪魔者に対してそのように口汚く罵声を浴びせたが、元海賊の神殿騎士達も負けじと言い返す。


「ほざけ山賊風情が! 貴様らごときに名乗るのは勿体ないが、我らは偉大なる女神アルティリア様に仕える海神騎士団! 義によって成敗いたす!」


「数の差など問題ではないな。ここに居る全員、貴様ら程度なら一人で片付けられるし四則計算はもちろん因数分解もできるんだが?」


「更にクリストフさんとリンちゃんは微分・積分も修めておられる。まあお前らとは頭の出来が違うってことだ」


「だいたい何が黒虎山賊団だ、海老みてぇな名前しやがって! フライにして食っちまうぞ!」


「よせよせ、あんな薄汚えのを食ったら腹を壊すぜ」


「違いねえ、ガッハッハ!」


 そのように煽られた山賊達は、顔を真っ赤にして怒りを露わにした。


「やっちまえ!!」


「「「「「うおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」」」


 いきり立った山賊達が、剣や斧を手に海神騎士団に向かって突撃を開始した。

 だが、その直後。山賊達は不可視の、透明な壁にぶつかったかのように弾き飛ばされ、一斉に地面に転がった。


「いてえ……一体何が……ッ!?」


 その時、山賊達は見た。自分達の前に立つ、一人の男の姿を。

 その者は真っ赤な全身鎧と兜を身に纏い、素人目にも一目で最上級の大業物だとわかる大剣を携えた巨漢であった。

 彼の名はスカーレット。かつては魔神将フラウロスに仕える魔物であったが、ロイド=アストレアとの一騎討ちに敗北した後に死亡し、その後、女神アルティリアに力を分け与えられた事で人として復活を遂げ、その後はアルティリアの忠実な僕として、また海神騎士団の主力メンバーとして、世の為人の為にその力を振るっている。

 山賊達が一斉に吹き飛ばされたのは、彼が生成した闘気の壁によるものだった。


「げぇっ!? なんだコイツは!?」


 赤い! デカい! ゴツい! あからさまにヤバい奴だこれ!

 さすがの命知らずの三下山賊にも恐怖を抱かせる程の威圧感に満ちた、威風堂々たるその姿。しかしそれを見てもなお、虚勢を張って挑もうとしてくる者達もいる。


「ええい、あんな奴、しょせんは虚仮威しだ! 一斉にかかれえええ!」


 筋骨隆々で髭面の、頭目と思わしき山賊がそう叫んで、真っ先にスカーレットに向かって斬りかかろうとした。

 だが、その瞬間。彼らは自分達に向かって迫り来る、炎を纏った斬撃を目の当たりにした。


「あ……? あれ、俺の首……まだ繋がってる……?」


 腰を抜かしながら、思わず首に手を当てて、山賊団の頭目は自分がまだ生きている事を確認した。その周りの部下達も、彼と同じ状態に陥っていた。

 彼らが目撃した炎の斬撃……それは、スカーレットが放った、闘気による幻影であった。実際にはスカーレットは、大剣を構えてすらいない。

 ただ剣気を発しただけで、彼は数十人もの山賊を制圧してのけたのだった。


「貴様らごときが我と戦えると思ったか。身の程を知るがいい」


 スカーレットは静かに、しかし威厳と重圧感に満ちた声でそう言い放った。


「降伏します」


 山賊達は一斉に武器を捨て、命乞いをした。

 こうして、捕縛した山賊達を連行して、街に戻ろうとした海神騎士団だったが……その時だった。

 彼らは突然、地鳴りのような轟音を上げながら、何かがこちらに向かって近付いてくるのを察知した。


「何だ、この音は……足音か!?」


「この気配……かなり強力な大型モンスターか!」


 騎士達は、すぐさま警戒態勢を取った。ほどなくして、そのモンスターが姿を現した。


「メエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!!」


 空気をびりびりと震わせて、そんな鳴き声を上げた魔物の正体は……


「羊!? いや、山羊か!」


「あんなデカい山羊がいてたまるか! 手配書にあった魔物だ!」


 出発前に見た、冒険者組合からの依頼の中にあった、正体不明の大型モンスターの調査および、可能ならば討伐の依頼書に書かれていた対象の魔物……それが目の前に居る、5メートル程もある巨大な山羊の姿をした魔物なのだろう。

 そいつが、運悪く逃げ遅れた山賊達を吹き飛ばしながら街道を全力疾走し、更に横転した交易商人の馬車をも、その力強い走りで木端微塵に粉砕した。

 更に、その後方からは小型の、しかし普通の山羊に比べればだいぶ大きな、同じく山羊型のモンスターが次々と姿を現した。


「ぎゃああああっ! いてえ、やめてくれぇ!」


「死にたくねえ! 助けてくれええっ!」


 それらが山賊達に襲いかかり、その体を食い尽くそうと大口を開ける。草食動物そっくりな見た目をしながら、人間を捕食しようとするおぞましい様を見て、山賊達は恐怖しながら死を悟った。

 しかし、彼らが覚悟した最期の瞬間は、来る事がなかった。


「海神騎士団、総員攻撃開始!」


 高く跳躍し、ボス山羊の顔面に強烈なシールドバッシュを叩きつけながらルーシーが叫ぶ。しかしそれを待つ事なく、騎士達はそれぞれ武器を手にして、大山羊の群れに対して攻撃を仕掛けていた。


「オラッ山賊共、ぼさっとしてんじゃねえ! 動ける奴は負傷した奴を助けて下がれ!」


「こいつらの相手は我々が引き受けた!」


 大山羊を殴り倒しながら、こちらに背を向けて叫ぶ神殿騎士達に、山賊団の頭目は驚きながら声をかける。


「あ、あんた達、俺達を助けようってのか……? なぜだ? 騎士ってのは、俺達みたいな山賊なんぞ、虫ケラみてえに死んで当然って思ってるんじゃあ……」


 少なくとも、過去に彼ら山賊達が出会った騎士や軍人はそうだった。しかし、その言葉に対する神殿騎士達の反応は、彼らが予想だにしない物だった。


「うるせえ! 死んでもいい奴なんぞこの世には居ねえ!」


「だいたい、それを言ったら俺らの大半は、元は人様に迷惑ばっかかけてた海賊、お前らの同類よ!」


「だがな、そんなどうしようもない俺達を救ってくれた女神様が居た! そして、アルティリア様のおかげで俺達は変わる事が出来た!」


「だから俺達も、誰も死なせねえし、誰も見捨てねえんだ! 分かったらさっさと下がりやがれ!」


 彼らが発した言葉に、頭目は衝撃を受けた。周りを見れば、俯いて涙を流していたり、歯を食いしばって拳を握りしめている部下の姿があった。


「変われるんだろうか……俺達も……。いや、違うな」


 変わるならば、今を置いて他になし。黒虎山賊団の頭目は、気合を入れて立ち上がると、喉が張り裂けんばかりに大声を上げた。


「野郎共おおおおおッ! 命を救われた挙げ句、こんなあったけえ言葉をかけていただいたからには、俺はこの人達の下に付く! 俺に賛同し、動ける奴は全員武器を取って立ちあがれぇッ!」


「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」」」


 山賊達が次々に立ち上がり、武器や拳を振り上げて鬨の声を上げ、海神騎士団に加勢して山羊達を攻撃し始め……彼らの協力もあって、巨大な山羊型モンスターの群れは全滅したのだった。


 その後、黒虎山賊団は解散。団員達は奪った金品を全て返却した上で領邦軍に自首をして、裁きを待つ事になった。

 それから彼らがどうなったかは、世間の人々は誰も知らない。だがもしかしたら、イルスターの街に戻ってきたエルフが彼らに課せられた懲罰金を全て建て替えた上で、


「人に迷惑かけたんなら、その倍の人を救え(意訳)」


 的な事を言って、彼らを解放した可能性もあるが、事実は不明のままである。

 ただ、丁度この少し後の時期に、グランディーノの街に新人冒険者や海上警備隊の新入団員、それから海神騎士団の見習い騎士が数十人単位で増えたりしたのだが、この件との関連性は不明である(大本営発表)。

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