第106話 俺は2秒で十分だがな
俺達が今いるザクソンの街を出て、南におよそ5~6キロほどの場所には森があった。森の大きさは、この街が2つ入るくらいの結構な広さだ。
森は魔物の巣窟と化しており、住民達は誰も近付こうとはしない。時々、冒険者が素材を求めてやってきて、魔物を討伐してくれる事もあるが、田舎ゆえに訪れる冒険者は少なく、稀なケースだ。
そんなわけでザクソンを含むこの地域の住民は、この森から外に出てきては人を襲う魔物の存在に、昔から悩まされていた。
とは言え、魔物の襲撃は散発的な物であり、一度に襲ってくる数はそう多くはなく、また魔物の質もそこまで高いものではなかったという。そうでなければ、今頃この街は魔物によって滅ぼされているだろう。
……しかし、だとしても魔物の棲息地が近くにあるのだから、もうちょっと襲撃に対するしっかりした備えとか、しておくべきだと思うんだが。予算とか無いんだろうか?
ちなみに俺の本拠地であるグランディーノは凄いぞ。お隣のアクロニア帝国の海軍が全軍で襲ってきても海上警備隊の戦闘艦と、住民や冒険者達が持ってる民間船だけで返り討ちにできるくらいの海上戦力を持ち、陸上戦でも数ヶ月は籠城戦が出来るくらいの備蓄と防御設備が揃っている。
まあ、うちの場合は仮想敵が魔神将だからな。普通の敵を相手にするには戦力過剰気味であり、実際に王都から来た役人からそれをツッコまれたりはしている。
実際、国王の目が届きにくい辺境の地で、こんな大量の戦力を集めていたら、普通は反乱か独立運動でも始める気かこいつら、と疑われそうなものだが、
「魔神将対策だから! 実際に1回襲われてるから!」
と、領主・町長・海上警備隊隊長・冒険者組合長・商業組合長・港湾管理組合長・そして俺が口を揃えて言い、しかもそれが嘘偽りない事実である為、なら仕方ないと黙認されている状態である。
話を戻して、そんな大して防衛力の無いザクソンの街に、大量の魔物が接近中との報を受けて、住民達はパニックに陥っていた。それは、街を守るべき自警団員たちも例外ではなかった。
無理もないだろう。自警団は軍人のように専門的な訓練を受けた訳でもなく、想定している相手は小規模な盗賊や魔物だ。このような事態に相対し、解決する能力は最初から求められていない。
とはいえ、実際にそれが起きてからオタオタと慌てふためくようでは、この先が不安である。ここはひとつ、気合を入れてやる必要があるだろう。
「ロイド、やりなさい」
「はっ」
ロイドは俺の端的な命令に、迷う事なく頷き、そして……
「うろたえるな未熟者共!」
「「「「「!?」」」」」
ロイド一喝し、魔法で生成した大量の水を彼らの頭上に降らせた。そして続けざまに言う。
「頭は冷えたか? このような事態の時こそ冷静かつ迅速に人々を守るべき者達が、そのようなザマで何とするか! すぐに装備を整え、事態の解決に当たれ! ……返事はどうしたぁッ! まだ冷やし足りないなら、強めにもう一発かましてやろうか!?」
「「「「「い、イエッサー!!!」」」」」
「よし! では全員、一分以内に装備を整えて出撃! 街の南で迎え撃つぞ!」
「「「「「サー! イエッサー!!!」」」」」
指示に従い、自警団員達は慌ただしく準備を始めた。
「パーフェクトだ、ロイド」
「お褒めにあずかり光栄の至り」
俺は満足げに頷き、ロイドと自警団を引き連れて町の南へと向かった。その途中で、ロイドの妹が駆け寄ってきて、
「ロイド兄さん、森から凄い数の魔物が! 早く逃げないと!」
と訴えてきたが、
「わかってる。兄ちゃんに任せろ」
そう言って、ロイドは余裕の笑みを浮かべて妹の頭を乱暴に撫でたのだった。
そして町の南にある平原にて、俺達は魔物の群れを待ち構える。既に魔物の姿は見えており、粗末な武器や防具で武装した
おっと、最後尾には
ただ、まあ……俺は勿論、今のロイドならば、あの程度の相手は……
「三分あればいけるか?」
「二分で十分でございます、アルティリア様」
「よろしい。ではやってみせなさい」
「仰せのままに」
うやうやしく礼をして、ロイドは迫り来る魔物の大群に向かって一歩を踏み出した。
何も知らぬ余人が見れば、無謀としか言えないその行動を見て、自警団員達がロイドを止めようとするが、その心配は無用である。
「水平斬!」
居合一閃、目にも止まらぬ速度で抜き放たれた刀から、横に大きく伸びた一筋の水の刃がまっすぐに放たれ、魔物の先頭集団を十二匹ほど纏めて真っ二つにした。
更にロイドは、振り抜いた刀の柄を両手で持ち、刀を肩で担ぐように構え、
「飛水六連!」
ほぼ同時に放たれた六発の斬撃と共に、水の刃を飛ばして空中の敵を次々と撃ち落とした。
「エエイッ、何ヲヤッテイル! 相手ハ所詮ヒトリダ! 一斉ニカカレ!」
次々とやられていく味方を見て、ロイドを脅威に感じたようで、指揮官の骸骨術師がロイドを指差して、魔物達に命令を飛ばしている。
魔物達も味方の死体を踏み潰しながら、必死そうな表情を浮かべてロイドに向かって殺到した。
「遅い!
しかし、ロイドに向かって襲い掛かった魔物達は、彼が自身の周囲に幾重にも円を描くように放った、冷気を纏った斬撃によって凍結しながらバラバラに切り刻まれた。
そして、更にその後ろに続く魔物達も……
「まだだ! くらえ、螺旋水撃ッ!」
刀身に纏った、渦巻く水が螺旋となって襲いかかり、魔物の大群を纏めて吹き飛ばす。
その光景を目撃した魔物達が恐慌状態に陥り、攻撃の手が緩んだ。ロイドはその隙を見逃さず、両手で握った刀を、大上段に構える。その刀身から大量の水が噴き出し、巨大な水の刃を形成した。
それと同時に、ロイド自身も清流のように静かな、しかし力強さを感じる闘気を全身に纏う。
「貴様ラ逃ゲルナ! 進メ! 戦エ!」
骸骨術師が、士気が崩壊した魔物達に向かって命令を飛ばすが、それに従う者はごく僅かだった。
「これで終わらせる! 奥義……!」
「調子ニ乗ルナアアア!
半ば破れかぶれで、骸骨術師が黒い炎をロイドに向かって放つ。流石に敵の指揮官だけあって、まともに受ければ、それなりに手痛いダメージを負うだろうが……
「海破斬!!」
ロイドがまっすぐに振り下ろした刀から放たれた、極大の水の斬撃は、拡散する事なく、その巨大なエネルギーを一点に集中させていた。
過去にロイドが使っていた似たような技とは違い、力を一切の無駄なく一直線に放っている為、横方向の攻撃範囲は狭くなっている……が、代わりに、縦方向の範囲の長さと威力が大幅に上がっていた。
見れば、ロイドの足元から数百メートル先まで、地面に長い直線状の切断痕が出来上がっており、そこから水が噴き出しているではないか。
それほどの現象を引き起こした、ロイドの放った技……『海破斬』は、骸骨術師を彼が放った地獄の炎や、周りに居た護衛の魔物ごと、跡形もなく消し飛ばしていた。
「ご命令を完遂いたしました、アルティリア様」
生き残った僅かな魔物達も尻尾を巻いて逃げ去り、脅威は完全に消え去った。彼がそれを成し遂げたのにかかった時間は、僅か1分48秒。
「大変よくできました」
俺の見立てではもう少しかかると思っていたが……ロイドめ、俺が思っていた以上に腕を上げていたようだ。
さて……ロイドが俺の想像を超えて頑張ってくれたので、次は俺が腕を振るう番だな。
そう考えて視線を前方に向けると、森の奥から更なる魔物の大群が出てくるのが見えた。敵の増援部隊……WAVE2ってところか。こうやって次々に敵の増援が出てきて波状攻撃を仕掛けてくるミッションは、LAOでもお馴染みの物だった。
「しかし、これだけの数の魔物が出てくるという事は、自然発生した物とは考えにくい」
「では、召喚している者がいると?」
ロイドの相槌に、俺は確信を持って頷いた。
「あの森の奥で、今も頑張って呼び出し中でしょうね。第一陣が速攻で全滅させられたせいで、今頃焦ってるんじゃない?」
「なるほど。では、更に敵の心胆を寒からしめる必要がありますな」
「話が早くて大変結構。という訳で、ここは私に任せなさい」
俺は槍を手にとり、再び襲い掛かってきた魔物達に対峙した。
「皆、注目! これよりアルティリア様が敵群を掃討なされるぞ! 決して見逃すでないぞ!」
ロイドがそう言って自警団員達の期待を煽ると、視線が俺の背中に集まるのを感じた。
じゃあ、その期待に応える為にも一発、派手にかましてやりますかね。
「『
安定と信頼の開幕上級範囲魔法ぶっぱじゃい! 死ねぇ!
渦巻く水が激流となって魔物の群れを飲み込み、視界内の全ての敵を纏めて葬り去った。
見たか。ロイドが2分なら、俺は2秒で十分である(謎の対抗心)
「見ろ! アルティリア様が一瞬で敵を蹴散らした! 今こそ好機、敵陣に斬り込み、敵将の首級を上げるぞ! 全員、俺に続けぇッ!」
「「「「「おおおおおおおおおッ!!!」」」」」
そして、直後にロイドを先頭に、自警団員達が森に向かって突撃を開始した。その勢いに、先陣を立て続けに全滅させられて、混乱&士気低下した敵に対抗する術は無く……敵のボスはロイドによってあっさりと討ち取られ、残った敵も自警団員達が始末した。
ちなみに敵のボスは、
こうして、俺達さえ居なければ滅ぶ筈だったザクソンの街は、怪我人の一人も出す事なく、魔物の襲撃を退けたのだった。
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