第104話 信頼度が上がると対応が雑になる系女神

 俺は天馬形態ペガサスフォームになった最上位水精霊アーク・ウンディーネの背に乗り、ロイドと共に空の上の人になっていた。

 地球と違って地上の灯りは極端に少ないが、日本に比べると空気が澄んでいる為か、夜空に浮かぶ月や星は明るく、綺麗に見える。あと俺は暗視技能もしっかり持っている為、暗闇でも問題なく活動可能である。


「ロイド、寒くはないですか?」


「問題ありません。アルティリア様は?」


「私は平気です。水使いは寒さに強いですから」


 子爵邸に招かれた時のドレス姿のまま出発した為、いつも着ている高温・低温に対する耐性完備の神器『水精霊の羽衣』は着ていないが、素の状態でも俺の冷気に対する耐性は初期装備で雪山に篭れるくらいには高いので全く問題ないのである。


「それよりも、もう少ししっかり掴まりなさい。万が一この高さから落ちたら助かりませんよ」


 上空をそれなりの高さで飛行している為、振り落とされて地上に落下でもしたら落下ダメージが非常にやばい事になるのは確定的に明らかである。クロノでも即死するレベルのダメージが発生して確実に死ぬ。

 ロイドは俺に遠慮して、あまり体に触れないようにしているようだが、俺は別に多少体が触れ合う程度は気にしないし(勿論相手にもよるが)、それよりも落下のリスクを回避する事を優先するべきだ。


「ロイド様、アルティリア様もこう言っておりますしチャンスです。後ろから胸を鷲掴みにするべきかと。大きいので掴みやすくて安定感バツグンです。いえ、しかしとても掌に収まりきれないサイズなので、逆に不安定なのでしょうか」


「うるさいぞ水精霊。妙な茶々を入れてないで飛ぶのに集中しろ」


 俺が水精霊の頭に軽くチョップを落とすと、背後でロイドが小さく吹き出した声が聞こえた。


「ロイド」


「失礼いたしました。しかしアルティリア様は、そっちが素の口調でしたか。いつもより自然な印象を受けます」


「……まあ、そうだな。普段は女神らしさを出すために女らしい丁寧な口調を心がけているが、いつもそうだと疲れるのでな。気心の知れている相手や、こいつらの前ではこんなものだ。幻滅したか?」


「いえ、むしろ……こう言っては失礼かもしれませんが、今の口調の方が親しみを覚えます」


「そうか。なら今後は遠慮せずに素の口調でビシビシ言ってやるから覚悟するがいい。それとお前達も、私に対して遠慮は要らんぞ? あまり畏まられれるのは慣れていないんでな。もっと気安く接してくれていい」


「わかりました。ではお言葉に甘えます」


 そう言うとロイドは、俺の腰に手を回してしがみつくのだった。まだ遠慮がちだが、少し壁が無くなった気がする。

 こうやって改めて話す機会があまり無かった……というより、俺が作ろうとしなかったので、ロイド達海神騎士団の面々とはお互いに遠慮して距離があったように感じるが、それが少しだけ取り払われた気がする。

 もっと早く、こうやって話をしていれば良かったのだろうが……今にして思えば、俺は無意識の内に、彼らや他の人々と深く繋がる事を避けていたのかもしれない。

 今はもう、未練は完全に振り切ったつもりだが、キングにクロノ、バルバロッサ達……OceanRoadの仲間達との別離は、俺の心にけっこう深い傷として刻まれていたようだ。グランディーノに来たばかりの頃は、今ほど割り切れていなかったし……つまり壁を作っていたのは俺の方で、その理由はまた仲良くなって別れるのが怖かったから……と、つまりはそういう事なのだろう。

 ……うむ。俺もまだまだ青いな。己の若さゆえの未熟さというのは、なかなか認めたくないものである。


 まあ、それはそれとして、一つ言っておかねばならぬ事がある。


「ロイド、お前いま私の腰に手を回した時に少し驚いた様子を見せたな? その理由を速やかに答えなさい」


 俺の詰問に、ロイドはビクッと体を震わせた。だが彼が口を開く前に、最上位水精霊が声を上げた。


「乳や尻の印象が強すぎて腰が思ったより細い事に驚いたのでは?」


「なるほど。そうなのか?」


「………………黙秘権を行使いたします」


 ちょっとだけイラッとしたので急加速をかけた。



 そんな風に異世界の夜空を天馬でカッ飛ばして1~2時間。俺達は目的地である王国南部の小さな街、ザクソンへと辿り着いた。

 街のすぐ近くに降り立った俺達は、そのまま徒歩で街へと足を踏み入れた。大きな街と違って町を囲う壁や検問は無い。

 しかし着いた時には既に時刻は深夜であり、見張りどころか人通りも皆無であった。

 グランディーノでは商店街や歓楽街、冒険者組合の周辺は夜遅くまで賑わっているが、地方の小さな街ではこれが当たり前の光景なのだろう。まばらに立った僅かな街灯の光が、無音の夜の街を照らしていた。


「まあ、誰もいないなら面倒が無くて好都合。ロイド、貴方の家族はどちらに?」


「街外れの赤い屋根の家です。案内いたします」


 ロイドの案内で、俺達は無人の街を進む。道中、ロイドは懐かしむように街の建物に視線を送っていた。


「やはり、故郷ふるさとというのは懐かしいものか」


 俺がそう話しかけると、ロイドは少し悩むような仕草をした。


「故郷……と呼んでいいのでしょうか? 私はここで生まれた訳ではないので……」


「人生で一番長く過ごした場所なのだろう? それで久しぶりに帰ってきた時に懐かしく思えるなら、そう呼んでも良いんじゃあないか?」


「そう……ですね。ええ、ここが私の故郷、ザクソンの街です。何にもない寂れた田舎街ですが、久々に目にすると懐かしさや愛おしさを感じます」


「そうか。なら、その気持ちは大事にするといい」


 俺はそう言って話を締め括るが、そこでロイドが逆に質問をしてきた。


「アルティリア様の故郷は……と、お聞きしてもよろしいでしょうか」


「私のか? ……そうだな」


 俺の記憶には、故郷と呼べる物は二つある。プレイヤーである『俺』の生まれ育った都市である東京と、『アルティリア』の記憶にある精霊の森だ。

 前者はこの世界から見れば異世界であり、普通の手段ではどうやっても辿り着けそうにない場所であり、また俺自身にろくな思い出が無く、帰るつもりも最早ない為、話すのには適さないだろう。

 というわけで必然的に、この世界にあるアルティリアの故郷……精霊の森にあるエルフ村の話をする事になるのだが。


「ここを遥かに超えるレベルの田舎だぞ。何しろ森の中にある小さな村だ。面白い物なんて何一つ無い。おまけに住民は排他的で頭の固いエルフ共だけの限界集落だ」


「エルフ……というのは、アルティリア様のような?」


「そういえば、話した事は無かったか。エルフというのは私の種族で、見た目は人間に似ているが、このように耳が尖っているのと、寿命がやたらと長く……他には人間と比べると力や体力は劣るが、器用さや魔力に優れるのが特徴だ。それゆえ弓使いや魔法使いが多い。あと自分で言うのもなんだが美男美女が多い」


 種族としての特徴はそんな所だが、種族特性とは別に彼らには少々困ったところがあった。


「ただ長寿ゆえか出生率が低く、全体数が少ないのが問題でな。少数で森の中に引き篭っているせいで、外の世界の出来事や常識を知らない者が多いんだ。そのくせ他の種族を見下して排斥しようとする、自分が頭が良いと思い込んでるアホが多い」


 昔に比べると多少マシになったとはいえ、エルフの頑迷さはなぁ……。

 過去作のロストアルカディアⅢのヒロインがエルフで、彼女はそんな排他的で退屈なエルフの村を飛び出して、主人公と出会って世界を救う冒険の旅に出た。そんな彼らのおかげで少しは外の世界を受け入れるようになったんだがなぁ。

 それから少しばかり時間が経ち、俺のように外の世界に憧れて旅に出る若いエルフも増えてきたが、恐らく彼ら彼女らは大半が『俺』のようなプレイヤーによって生まれた存在なのだろう。


「ここまで聞いて既に分かっていると思うが、私はエルフの中でも相当な変わり者でな。胸が大きすぎて弦が引けないから弓なんて一度も使った事が無いし、なんなら森の中より海のほうが落ち着くくらいだ。向こうの友人には海産ドスケベエルフだの、エルフの皮を被った魚人マーメイドだのと好き勝手言われたもんだ」


 そんな笑い話で締める俺に対して、ロイドは言った。


「アルティリア様がそのような方だからこそ我々はあなたに出会う事ができ、救われました」


 真面目か。笑い飛ばすような話に対してマジレスすんな。逆に恥ずかしくなるわ!

 思わず先を歩くロイドのケツにタイキックを入れてしまったが、俺は悪くない。

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