第103話 ジョシュア=ランチェスター
突然、ロイドをジョシュア=ランチェスターという謎の人物の名で呼びながら詰め寄ったゴドリック子爵を止めたのは、彼の後ろに控えていた執事だった。
「お止めください旦那様! この方はジョシュア様ではございません! あの方はとうにお亡くなりになっております!」
「黙れ! ではこやつは何じゃ!? 生前のあの男に瓜二つではないか!」
「そ、それは確かによく似ておりますが……しかし別人に決まっております! 落ち着いて下さいませ!」
執事が主を羽交い絞めにして必死に止めようとしているが、ゴドリック子爵は完全に冷静さを失っているようで、拘束を振りほどこうと暴れている。
どうやら、彼らが知るジョシュアという男は故人であり、ロイドにそっくりな見た目の男らしいのだが、果たしてその人物の正体は何だろうな?
まあ俺の勘では、恐らくその男はロイドの……
「ええい離さんか! おのれジョシュアめ、覚悟せよ!」
どこにそんな力があったのか、ゴドリック子爵はついに執事を振りほどき、ロイドに向かって駆け寄り、拳を振るった。
その、顔面に向かって突き出された拳は……ロイドの掌によって受け止められていた。
「ぐっ……き、貴様……!」
ゴドリック子爵はロイドを睨みつけるが、ロイドはその視線を正面から受け止めながら、口を開いた。
「改めて名乗らせていただきます。海神騎士団団長、神殿騎士ロイド=アストレアと申します。そして……元王国貴族、ジョシュア=ランチェスターの息子です」
ロイドの名乗りに、ゴドリック子爵とその執事、それからケッヘル伯爵までもが驚きに目を見開いていた。
「なっ……あやつの息子……だと……!? うぐっ……!」
わなわなと震えるゴドリック子爵だったが、彼は突然うずくまって、苦しげな表情で胸を押さえた。
「ああっ、旦那様、しっかり!」
執事が駆け寄って彼の身体を支える。
「病か?」
「はっ、はい……旦那様は近年、時おり胸の痛みや呼吸困難を訴えるようになり……」
執事に対して問うと、彼は頷いてそう答えた。
「わかりました。私に任せなさい」
俺はゴドリック子爵に近付き、『
するとゴドリック子爵は先程までとはうってかわって、安らかな表情で眠りについた。
「うむ。ひとまずはこれで良いでしょう」
「おおっ……! ありがとうございます! 何とお礼を申し上げてよいか……」
「構いません、この程度は造作もない事です。それよりも彼を寝室に運んでさしあげなさい」
「ははぁっ!」
執事と他の使用人達が子爵を寝室へと運び、そして数分後に戻ってきた。そして執事は、戻ってくるなり床に頭をこすりつけて土下座をした。
「旦那様をお救いくださり、感謝の言葉もございませぬ。そしてお招きしておきながら大変なご無礼を働き、大変申し訳ございませんでした! しかしながら旦那様は病床の身です故、何卒寛大なご処置を! ここはどうか私の首でご容赦を願いまする!」
まあ確かに、何か複雑な事情があったにせよ、招いた客の従者を罵倒して暴力を振るおうとしたのは、ブッ殺されても文句を言えないレベルの無礼ではあったが……
「主の為に自らの首を躊躇わずに差し出す、貴方のその忠義に免じて許します。伯爵、ロイド、貴方達はどうか」
「はっ……貴族としての立場で申せば何らかの処分は必要と思いますが、アルティリア様がそうおっしゃるのであれば、できるだけ寛大な処置を致そうかと」
「私も異論はありません。しかし、我が父との因縁については、話を聞かせていただきたく思います」
確かに、ロイドの父親であるジョシュアという男を、何故あれほど憎んでいるのかは俺も気になっていたところだ。
「事情を話してくれますか? ゴドリック子爵と、ロイドの父の関係について」
「かしこまりました……では、私の口からお話しいたします……」
執事は、ジョシュアについてぽつりぽつりと語り始めた。
ジョシュア=ランチェスターは、かつてこのローランド王国で伯爵の地位にあった男だった。
容姿は今のロイドによく似た、長身で精悍な男前。武芸に秀でており、若くして戦場で武功を立てるなど、将来を嘱望されていたそうだ。
しかし彼は、今から20年くらい前……ロイドが6歳の時に、罪に問われて失脚。ランチェスター伯爵家は没落し、ジョシュアはそのまま処刑台に送られた。
「ふむ……彼が犯した罪とは?」
「アクロニア帝国への内通や、かの国への資金の横流しと聞いております」
まあ、貴族が一発で死刑になるような罪といったら、そこらへんの敵国への内通や、国家に対する謀反レベルの重罪だよな……。
ちなみに罪が露見し、拘束される少し前に、ロイドは母親や弟妹と共に逃がされたらしい。
彼がなぜ、そのような犯罪に手を染めたのかは執事も知らなかった。ロイドは当時まだ6歳で、父親の陰謀など知るよしもなかっただろうし……
「伯爵は何か知っていますか?」
「私も存じ上げませんな……。彼が処刑された当時は、私もまだ8歳の子供でございましたし、当家は国王派、ランチェスター伯爵家は貴族派ということで、家同士の付き合いもほぼ皆無でしたので……」
ふむ……まあジョシュアがどういう立場の人間だったかは把握した。では次に、一番気になっていた事を聞こうか。
「では、いよいよ本題……ゴドリック子爵とジョシュア=ランチェスターの関係について聞きましょうか。あの憎みようは尋常ではありませんでした。いったい何があったのですか?」
俺の質問に、執事は目を伏せて逡巡する。どうやらかなり言いにくい事情があるようだが、ここに至っては言わぬ訳にもいかぬと決意を固め、顔を上げて口を開いた。
「では、お話しいたします……。ジョシュア殿は、旦那様にとっては娘婿にあたる方でございました。かつて帝国との紛争にて、ジョシュア殿が縦横無尽に軍勢を巧みに操り、自らも陣頭で勇猛果敢に戦う勇姿を近くで目にした旦那様は、ジョシュア殿を大層見込まれ、一人娘であるエレナ様を嫁がせたのでございます……」
執事の言葉を聞き、ロイドが思わず椅子から立ち上がった。
「ま、待ってくれ! ではあの方、ゴドリック子爵は……」
「はい……。ロイド様、旦那様は貴方様の、母方の祖父にあたります。そしてロイド様、貴方様も過去に一度だけ、この館を訪れた事があるのですよ……。ジョシュア殿が処刑された少し後に、お嬢様……エレナ様と共に」
ジョシュアが処刑された後、ロイドの母親は子供達を連れて、実家を頼ってきたそうなのだが……
「しかし、それを受け入れる事は出来ませんでした……。大罪を犯したジョシュア殿の妻子である皆様を匿えば、当家にも累が及ぶ可能性が高く、最悪の場合はゴドリック子爵家までもが取り潰される恐れも……。どうにか、王国の目が届きにくい辺境へと皆様を逃がすのが精一杯でございました」
それから、ロイド達は王国南部へと逃れ、しばらくは街を転々としながら過ごしていたらしい。
一方、ゴドリック子爵はジョシュアの内応については当家は無関係であると主張するために様々な交渉・政治工作を行ない、ゴドリック子爵家とその娘であるエレナ、そしてロイド達兄弟の無罪を認めさせる事ができた。
そして、ようやく娘や孫を大手を振って迎え入れる事ができると喜んでいた矢先に、跡取りである息子を病で亡くしたのだった。
後継ぎが居なくなり、失意も冷めやらぬ中で領地の統治で多忙を極め、それによって身を隠しているジョシュアの妻子達を探す余裕も無くなった。
ゴドリック子爵は嘆き悲しみ、その悲しみはやがて、全ての原因となった男……ジョシュア=ランチェスターへの怒りと憎しみへと変わっていったという。
「私は南方に居た時に、あちらの知人からある日突然、自分達の無罪が認められたと聞かされたのですが、そうですか……子爵が手を回してくれていたのですね」
「旦那様はよく、寝室にて一人で酒を飲みながらお嬢様に詫びておりました……。エレナよ済まぬ。わしがあんな男にお前を嫁がせなければ……と。エレナ様は旦那様に残された最後の家族でございましたゆえ、何としても命をお救いしたかったのでございましょう。ロイド様、誤解からあのような事になってしまいましたが、どうか旦那様が貴方達の事を案じていた事だけは、信じていただきたいのです……!」
「顔を上げて下さい。疑うはずもありません。私もお爺様の苦しみや、母への想いを知る事が出来ました」
そう告げるロイドの顔には、ゴドリック子爵を案じる翳りがあった。あの子爵は随分と歳を取っているし、長年そんなストレスと戦い続けていた事もあって、心身共に随分と弱っているようだったから、心配なのはわかる。
そこで、俺はロイドに提案する事にした。
「ロイド、貴方の家族はまだ南方にいるのですか?」
「アルティリア様……。はっ、今も南部の街で暮らしており、定期的に手紙でやり取りをしております」
「よろしい。では迎えに行きますよ」
「はい。………………えっ!?」
「子爵に会わせてあげれば全部解決するんだから、連れてくれば良いのです。そうと決まればさっさと行きますよ」
俺はロイドの手を掴んで、外へと連れ出した。ついでに去り際にケッヘル伯爵に声をかけておく。
「そういうわけで伯爵、少し別行動を取るのですみませんが、先に戻っていてください。それとアレックスとニーナに帰りが遅くなると伝えておいてください」
「かしこまりました、アルティリア様。お早いお帰りをお待ちしております」
伯爵は柔和な笑顔を浮かべて頷いた。それを見て頷き、俺はロイドを連れて屋敷の外へと出た。
「
屋敷の外に出た俺は、最上位水精霊を召喚する。普通の水精霊はやや幼い,
「何やら不埒な思考を感じましたが、ご命令に応じて参上いたしました」
「ご苦労。ちょっと急用が出来たので
「承知いたしました」
ちなみに最上位水精霊を呼んだのは、普通の水精霊だとロイドと二人乗りをするのが難しいからだ。
俺は大きな天馬の形をとった最上位水精霊の背に乗って、ロイドに声をかける。
「ロイド、私の後ろに乗りなさい」
「えっ!? いや、しかし……」
「いいから早く乗りなさいな。場所を知ってるのは貴方だけなのだから、案内して貰わないと」
「わ、わかりました……! では失礼いたします!」
ロイドが後ろに乗ったのを確認して、俺は天馬形態になった最上位水精霊を発進させた。
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