第102話 いや、誰だよそいつは
道中の馬車内で、子供達と騎士団員の全員分のマフラーや手袋を作り終えた俺は、余った毛糸で編みぐるみを編んでいた。
「出来たぞー」
俺は完成したばかりの、全長およそ20cmの兎先輩を模した編みぐるみをニーナに差し出した。我ながら、なかなかの完成度である。
「
完成した瞬間、手元の兎先輩が七色に光りながらそんな声を発したが、気のせいだという事にする。ニーナが嬉しそうに抱いている兎先輩から目を逸らしつつ、俺は馬車のカーテンを開けた。すると、山の向こうに沈んでゆく夕日が見えた。
「アルティリア様、まもなくイルスターの街に到着いたします」
ロイドがそう声をかけてくる。どうやら、目的地が近いようだ。彼も長い事馬車を運転して疲れただろうし、今日はゆっくり休んでほしい。
そして、ロイドがその言葉を発してから十分も経たずに、馬車が停車する。どうやら街の入口に到着したようだ。
「海神騎士団の方ですね? 話は聞いております。イルスターへようこそ。どうぞお通り下さい」
「ご苦労様です。馬車はどちらに停めれば?」
「すぐ近くに停留所がございます。私が案内しましょう」
それから、馬車はゆっくりとした速度で街の中へと入り、入口からすぐ近くにあった停留所で止まった。
「アルティリア様、到着いたしました」
ロイドが馬車の扉を開ける。俺は座りっぱなしで固くなった体を立ち上がって伸ばし、子供達を伴って馬車から出て、自らの足でイルスターの街へと降り立った。
「人が集まっていますね」
「アルティリア様の御姿を一目でも見ようと、住民達が集まっているようです」
なるほど。じゃあ少しくらいはファンサービスでもしておくかと微笑を浮かべて軽く手を振ってみると、彼らは平伏した。いや誰もそこまでしろとは言ってないんだが……。
しかしグランディーノに来たばかりの時も、最初は皆こんな反応だったなぁと少々懐かしくはある。俺が初めてグランディーノで人々の前に姿を現してから、もう半年以上も経っている。月日が経つのは早いものだ。
それから俺達は、街で一番高級な宿屋へと案内された。俺が泊まる部屋は最上階のスイートルームで、子供達も俺と同じ部屋に泊まる。
案内された部屋には、俺と子供達が一緒に寝てもまだ余裕がありそうな、キングサイズのベッドが置かれていた。
その他の家具も、なかなか豪華な物が揃っているが……俺の目から見れば悪くはないが、品質的にちょっと物足りないところがある。
「確かに装飾は豪華だが、肝心の造りが少々甘いな……」
まあ一般人からすれば十分以上にしっかり造られているとは思うが、俺の評価では甘めに採点してもせいぜい60点といったところである。造船をやってる関係で木工に関してはガチ勢なので、見る目が厳しくなるのは仕方がない。
しかし、こっちの世界に来てからはレンハイムの領主官邸に泊まる事は時々あったが、宿に泊まるのは初めてなので少々ワクワクしている俺が居るのだった。
「二人共、お腹は空いてないかな?」
子供達にそう訊ねると、空腹だという返事が返ってきたので、食事に行く事にする。ホテルの中にレストランがあるようなので、俺達はそこに行く事にした。
「その前に着替えようか」
長距離の旅をするために動きやすい服装――俺は膝丈くらいまでのワンピースの上に水精霊王の羽衣を羽織っており、アレックスとニーナは獣耳型のフード付きパーカーと革ズボンを着ている――をしていたが、高級ホテルに行くとなれば、それなりのフォーマルな服装をする必要がある。
俺はこっちに来る前から持っていた、青いカクテルドレスを。アレックスとニーナには、それぞれ子供用のタキシードと薄いピンク色のドレスを着せた。
テーブルマナーに関しても、二人に基本的な事は教えてあるので問題はない筈だ。
さて……ここのレストランの味はどんなものか、お手並み拝見といこうじゃないか。
俺は二人を伴い、部屋を出ようとするのだが、その直前に……
「アルティリア様、失礼いたします。たった今、この街の領主より使いの者が来まして、ぜひアルティリア様と伯爵をご招待したいと申し上げているのですが……いかがいたしますか?」
ノックと共に、ロイドがそんな事を言ってきた。
実にタイミングが悪い……が、立場上、無視する訳にもいかんよなぁ。
俺は溜め息をひとつ吐いて、ロイドに返事をする。
「わかりました、会いましょう。ロイド、貴方も同行するように。それとクリストフに、子供達をレストランに連れて行くように伝えなさい」
「かしこまりました」
「……というわけで、すまないが私はやる事ができたから、一緒に行けなくなった。一緒に食事に行くのは、また今度な」
俺は子供達にそう謝ったのだが、
「ははうえといっしょに飯食うのは、いつもやってるから別にいい」
などと息子が可愛くない事をぬかしおる。
「こやつめ、ハハハ」
なので抱き上げて、顔をおっぱいに押し当てて抱き締めながらわしゃわしゃと頭を撫でてやった。
「ママ、いってらっしゃい。はやくかえってきてね?」
ニーナは俺を見上げながら素直にそう言ってきたので、任せろと返事をして髪を優しく撫でた。
それから俺はケッヘル伯爵とロイド、それからこの街の領主であるゴドリック子爵の部下の男性2名を伴って、領主官邸へと向かった。
レストランに行く為にドレスに着替えたのは、ある意味丁度良かったかもしれないな。この服装なら貴族の館に招待されるのに不足は無いだろう。
宿の前には馬車が手配されており、それに乗って領主の館に行く事になった。ドレス姿だと目立つし、ヒール付きの靴は歩きにくいので馬車を用意してくれるのは正直助かる。
十分弱くらいの間、馬車に揺られていると、やがて領主の館に到着したようで、馬車から降りた俺達は中に通され、応接間へと案内された。
そこで数分ほど待っていると、やがて一人の人物が部屋に入ってきた。
入ってきたのは、一人の年老いた男だった。背はそこそこ高いが、年齢のせいか痩せ細っており、腰が少し曲がっていて杖をついているせいか、長身というよりもむしろ一見、小柄に見える。それでも目つきは鋭く、弱々しい印象は受けなかった。
「この地の領主、エーギル=ゴドリックと申します。女神アルティリア様、お目にかかる事ができ、光栄でございます。それからケッヘル伯爵も、ご無沙汰しております。本来ならば私から挨拶に参り、跪いて祈りを捧げるところですが……生憎、数年前より脚を悪くしておりましてな……。どうか、ご容赦願いたく」
そう言って頭を下げるゴドリック子爵に対して、俺と伯爵もそれぞれ挨拶を返した。
顔を上げたゴドリック子爵は俺の、続いて伯爵の顔を見て、最後にロイドを見て……その動きが止まった。そして、まるでそこにあってはならない物を見たような、驚愕に満ちた表情を浮かべるのだった。
「なっ……! き、貴様は……っ!?」
そして次の瞬間には、ロイドを指差して怒りに染まった顔でゴドリック子爵は、
「おのれジョシュア=ランチェスター! 化けて出おったかぁ!?」
と、謎の人物の名を叫んだのだった。
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