第101話 家宝にするな。普通に使え

 交易所は馬車持ちの交易商人がよく利用する事もあって、駐車用の広いスペースが確保されているが、それでも俺達が5台(俺の乗る馬車の他に、騎士団員達が乗る馬車が4台だ)で乗り込んだ事で、多少の混雑が発生したのは正直すまないと思っている。


「やっぱり缶詰がいいか?」


 グランディーノで生産されているツナ缶やサバ缶のセットを手に、アレックスが呟いた。そこに、同じように品物を物色していた交易商人が声をかけてきた。


「おや坊ちゃん、交易は初めてかい? 確かに食料品……特に保存食の類は相場が大きく変動する事が少なく、安定して利益を出しやすいからな。悪くないと思うぜ。しかし逆に言えば、大きく稼いで一山当てるのには向いてないけどな」


 あっ、あれはチュートリアルおじさん!? プレイヤーが初めて挑戦するコンテンツの冒頭で、突然出てきて説明をしてくれるシリーズお馴染みのチュートリアルおじさんじゃないか! こっちにも居たのか!

 アレックスは、その男……チュートリアルおじさんに詳しい話を聞く事にしたようだ。ニーナや騎士団員達も耳をそばだてている。


「なるほど。詳しく聞かせてほしい」


「ああ、いいぜ。さっきも言ったが食料品や雑貨、衣類といった日用品は相場が大きく変動しにくく、安定した稼ぎが見込めるだろう。逆に場所によって相場が大きく変わるのは、武器や防具、銃器や火薬なんかだな。強力な魔物が出現する場所の近くや、隣国の帝国と緊張状態にある国境沿いの街なんかでは需要が多く、高く売れるぜ。また、工芸品や美術品、生地や高級衣装なんかは流行の影響を受けて、相場が大きく変動する事がある。下手をすれば赤字になるが、大きく儲けられる可能性もある。ハイリスク・ハイリターンな物品と言えるだろう」


 一同はチュートリアルおじさんの説明を聞きながら、要所要所を手元のメモに書き記していった。そして彼にお礼を言って、交易品の購入を行なった。

 ついでに俺も、ある品物を購入しておいた。


「何を買った?」


 俺は馬車に戻ってきた子供達に問いかけた。


「缶詰と塩」


 アレックスはド安定のチョイスだな。どちらもグランディーノでは安価に手に入るし、海産物の保存食品と塩は、内陸では重宝するだろう。


「かみー」


 ニーナが買ったのは神……ではなく、紙だ。グランディーノで作られている紙は品質が高く、俺も愛用している。

 俺は普段、信者向けに様々な技術書を書いて書店に卸しているので、紙はよく使うのだ。俺の書いた本はどれも、何度も重版がかけられているベストセラーではあるが、中でも一番よく売れているのは四則演算や図形の面積・体積の求め方について解説した、算数の教科書的なやつだな。

 この国では数学は貴族などの高等教育を受けられる者や、商人以外にとってはあまり縁が無い物のようだが、やはり簡単な計算くらいは出来ないと色々と不便なので、本を書いて勉強を推奨したらバカ売れした。

 信者達からの反応も、計算を覚えた事で悪どい商人に作物や魚を売る時に不当に買い叩かれる事が無くなった、帳簿を付けて収支の管理ができるようになって、家計が楽になった等と喜びの声が上がっている。


「ママは何買ったの?」


 ニーナが首を傾げながらそう訊ねてきた。その答えは……


「これだよ」


 俺が袋から取り出して見せたのは、毛糸の玉だった。色とりどりの毛糸の塊を大量に購入しておいたのだ。


「折角だから、道中で編み物でもしようと思ってね」


 俺は裁縫スキルもかなり高いので、編み物だってお手の物である。今は季節が冬だし、温暖な気候のグランディーノよりも、南のほうにある王都は結構寒いと聞く。

 ロイドが馬車を走らせている間、手持ち無沙汰になるので編み物をして暇を潰しつつ、向こうで着用するための防寒具を用意しようという魂胆であった。


 俺は馬車の中で、編み棒を巧みに操って毛糸を編んでいき……


「よし、出来た。二人にこれをあげましょう」


 アレックスには青と黒の、ニーナにはピンクと白の毛糸で編んだマフラーを手渡した。

 向こうで寒かったら首に巻くようにと言おうとしたが、二人が目を輝かせて早速マフラーを首に巻き始めたので、そのまま好きにさせる事にする。

 それと、ついでにロイドの分も編んでおいたので、御者台にいるロイドに向かって声をかけつつ手渡しておく。


「ロイド、貴方の分です。御者台は中より冷えるでしょうし、寒いと感じたら使いなさい」


「はっ、有難き幸せ! 家宝にいたします!」


 いや普通に使えや。確かに俺のスキル値による補正とか、中に仕込んだミスリル糸のおかげで防具としてもなかなか高水準な一品に仕上がってはいるが、言ってしまえば所詮はただのマフラーだからな。そんな大層な物ではない。


 それから、俺達一行はグランディーノから南西に進み、2時間程度でレンハイムの街へと辿り着いた。

 さっそく領主官邸へと向かい、領主と合流した俺は、彼にも手編みのマフラーを手渡しておいた。


「当家の家宝といたします」


 領主よお前もか……。

 後に騎士団の全員にも同じようにマフラーを手渡した時も、全員が同じような反応をしてきたのは一体何なのだろうか。

 ともあれ、領主と合流した俺達は、そのまま彼が乗る馬車と護衛の騎兵隊を伴って、南へと向かうのだった。


「今日の目的地は……イルスターの街か」


 地図を見ながら呟く。道中で小さな町を幾つか通過し、小休止や補給を挟みながらではあるが、今日はレンハイムからずっと南にあるその街まで進み、そこで一泊する予定だ。

 グランディーノやレンハイムに比べると規模は小さいが、それなりに大きくて賑わっている街だと聞く。イルスター周辺地域の特産品は葡萄と、それによって作られるワインだ。ローランド王国でも有数のワインの名産地として名が知られている。

 俺もこっちに来てから、イルスター産のワインを飲んだ事は何度かあるが、確かに言うだけあって悪くない味であった。

 領主はゴドリック子爵。内政手腕に優れた人物ではあるが、本人がかなりお年を召しており、後継ぎの息子を早くに亡くしている為、後継者が居ない事が気掛かりである。

 そんなゴドリック子爵領・イルスターの街にて、俺達はちょっとしたトラブルに巻き込まれるのだった。

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