王都編

第100話 わがまま女神様

 オーク達との出会いから一週間が経った。あれからオーク達は彼らが住んでいた森に村を作って、人間達と共存する為に動き始めている。

 俺は彼らに建築や木工、農業、料理などの知識・技術を伝え、彼らが文明的な生活を手に入れるのを手助けした。また、領主以下レンハイムの街の住人達も、彼らに協力する事を約束してくれたので心配はいらないだろう。

 俺も、向こうに行った時には顔を出して様子を見に行ってみようと思う。


 さて、そんなわけで早急に片付けるべき仕事も無く、暇になったので、俺はかねてより予定していた王都観光……もとい訪問を実行する事にした。


「そろそろ王都に出向こうと思います。完成したあちらの神殿も見に行きたいですしね」


 海神騎士団の面々に対してそう宣言した。


「かしこまりました。我らもお供いたします」


 ロイドが当然のようにそう言うと、続けてクリストフが進言する。


「丁度、領主様も国王陛下に呼び出されているとの事。そのタイミングで一緒に行くのがよろしいかと」


「よろしい。では各々、王都行きの準備をしておくように」


「「「「「ははっ!」」」」」


 そんなわけで出発の前夜、夕食を済ませた後に、


「アレックス、ニーナ。お母さん明日から王都に行って来るけど一緒に来るかい?」


 と、ショッピングモールに買い物に行くようなノリで子供達も一緒に誘ってみた。


「もちろん行くぞ」


「ニーナも行く!」


 子供達も即決で一緒に来ると言ってくれたので、二人も連れていく事になった。


「よし。じゃあ準備をするように。明日の朝に出発するよ」


 『神殿への帰還』を使えば、王都の神殿まで一瞬で転移する事は可能なのだが、それで移動できるのは俺一人である事、初めて行く場所なので折角だから最初は自分の足で訪れてみたい事、いきなり俺が転移したら向こうの人達が驚くであろう事などから、今回は陸路で王都に向かう予定だ。


 そして次の日、神殿の前には四頭立ての立派な馬車が停車していた。馬車を引く馬は、どれも選りすぐりの駿馬である。

 馬車も俺がもたらした新技術によって設計された最新型の高級馬車であり、領主をはじめとする近隣の貴族や大商人に対して販売され、好評を博している。

 ちなみに装飾が取り払われ、小型で実用性重視の廉価版は、交易商人の行商用や、この地方の街を行き交う定期運行馬車として重宝されている。

 今回用意されたのは、そんな新型馬車の中でも最高グレードの物だ。


「馬車をご用意いたしました。どうぞお乗りください」


 ロイドがそう言って、馬車の扉を開けようとする。


「ええ。なかなか良い馬車です」


 俺は鷹揚に頷いて、そのまま御者台に飛び乗った。

 おっと、ロイドがぎょっとした顔で俺を凝視しておる。


「あ、アルティリア様……なぜ御者台に……?」


「えっ」


「えっ」


「「………………」」


 沈黙がその場を支配したが、このままでは話が進まないので、


「私が運転したほうが早いでしょう?」


「アルティリア様、運転ならば私がやりますので馬車の方へ……」


 俺とロイドがほぼ同時に口を開き、それぞれ発言した。

 ちなみに俺は操船ほどじゃあないが、馬への騎乗や馬車の操縦も結構得意である。俺の華麗なドラテクを騎士団の皆や子供達に見せてやりたい気持ちもあるし、俺が馬車を運転したい理由はそれだけではない。


「いいですかロイド。ここから王都までは、それなりに長い道のりになるでしょう」


「はっ、その通りです。ですのでその間、アルティリア様にはできるだけ快適に過ごしていただきたく……」


「貴方の気持ちは有り難く受け取りましょう。ですが旅の途中で不測の事態に陥った時に、リーダーである私は周囲の状況を確認しやすく、すぐに動ける所に居るべきです」


「な、なるほど……それは確かにその通りかもしれません……」


「そして何よりも……」


「ま、まだ何か重要な理由が……?」


「初めての場所に行く時は、自分の力で行きたいじゃないですか。旅の間、馬車の中で座ったままというのも退屈ですしね」


 俺は自分で出来る事は自分でやりたいのだ。後部座席にふんぞり返ってくつろぐより、自分でハンドルを握ってアクセルをベタ踏みしたい派である。


「そのお気持ちはわかります。わかりますがご自身の立場という物をお考え下さい。女神様に自ら御者をさせたなどとあっては、我らが天下に恥を晒す事になります」


 ……まあ、言われて冷静に考えてみればそりゃそうだ。

 例えば国のトップである国王に置き換えてみれば、王様が自ら御者を努めたりなんかしていたら、それを見た者はどう思うだろうか。

 お前の国は御者を雇う金も無いの? つーか王様は余計な事で体力使ってんじゃねーよ、それお前の仕事じゃないだろ。馬鹿なの? 死ぬの? そもそも家臣は何やってんだよ止めろよカス共……と、恐らくそんな感想を抱くのではないだろうか。


 俺はそっと御者台から降りて、ロイドに頭を下げた。


「少し舞い上がっていたようです。ごめんなさい」


 俺が謝罪すると、ロイドは慌てて俺よりも更に低く頭を下げた。


「いえ、私のほうこそアルティリア様のご希望を叶えられず、大変申し訳なく……」


「いやいや私のほうこそ……」


 お互いに頭を下げ続ける謎の光景が繰り広げられた。このまま戦型は相土下座に移行するかと思われた時だった。


「ははうえ、ロイドを困らせたらいけない」


「ママ、めっ」


「はい、すいませんでした……」


 子供達に叱られたので、俺はしょんぼりしながら大人しく馬車の中に入るのだった。

 俺に続いてアレックスとニーナも乗り込み、席についた。ロイドが御者台に座り、馬車を出発させる。


「ロイド、街を出る前に交易所に寄りましょう」


 俺はロイドにそう指示を出した。ロイドはすぐに俺の意図を汲み取ってくれたようで、


「かしこまりました。」


 と返事をして、馬車を交易所に向かって走らせた。


「ははうえ、なんで交易所に向かうんだ?」


 向かい側に座るアレックスが、興味深そうな目で俺にそう質問してきた。


「せっかく遠出するのだから、交易をしようと思ってね。二人は交易がどういう物かは分かるかな?」


 俺が問題を出すと、二人はそれぞれ答えを出す。


「物を買って、それを別のところに運んで売るやつ」


「安く買って高く売るの」


 俺は二人の回答に頷いて、補足をする。


「そうだね。ではどうして遠くに運ぶと高く売る事が出来るのか。それは、それぞれの街で手に入れやすい物、手に入れにくい物が違うからなんだ。例えばグランディーノのような港町では、海の幸……魚や貝類は手に入れやすいけど、内陸にある王都では、それらは遠くから運ばなければ手に入らないんだ」


 俺の説明に二人は納得がいったようで、しきりに頷いている。


「他にも鉱山が近くにある町なら、鉱石や金属類が手に入りやすいだろう。穀倉地帯の街ならば、麦や野菜が他よりも安く買えそうだね。そういった各地域の特色の他にも、それぞれの街にある名物・名産品といった物を買う事ができれば、それを遠くに運ぶ事で大きな利益を得られるだろう」


 LAO時代、俺は交易をかなりやり込んでいた。俺が所属していたギルド『OceanRoad』は海洋ギルドであり、全員が高性能な大型船を所持していた事もあって、船での交易が主ではあったが……馬車を使っての陸路での交易にも、それなりの心得はある。

 以前より、我がギルドは週に一度は全員で集まって船団を組織し、限界まで交易品を積み込んだ船で大洋を渡り、大陸間貿易で莫大な利益を上げていた。

 比較的小規模で海洋民だらけの俺達が、他の戦闘民族だらけの大手ギルドと互角に渡り合えていたのは、そうした活動によって得た財力によるところが大きい。


 ちなみに名産品は、その地域で交易を繰り返し、地域の信頼度を稼ぎつつ交易スキルのレベルを一定以上まで上げる事で、新たに買えるようになる物だ。遠くの街に運んだ時の距離ボーナスが一般の交易品よりも高く設定されており、金策や交易スキル上げに便利だった。


「というわけで二人共、騎士団の皆と一緒に、何を王都に運んで売ったら利益が出るか考えながら買ってみようか」


 折角の馬車で遠出する機会なので、子供達や騎士団員の教育にも活用していこうという魂胆だ。

 金策の手段が大いに越したことはないし、いざという時にお金を多く持っていれば助かる事も多いからね。そして何より経済や流通について勉強する事は、将来の彼らにとっても役に立つだろう。

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