第95話 クエスト中に条件を満たしたので派生ルートに突入します※

 クエストを受けて冒険者組合の支部を出たカレン、アレックス、ニーナの三人は、そのまま依頼の場所……レンハイムから西北西の方向にある農村へと向かった。

 移動手段は徒歩でも、馬や馬車のような通常の乗り物でもない。飛竜ドラゴンだ。

 このドラゴンは今から半年くらい前にアルティリアが倒した時にその軍門に下り、その後、ニーナがアルティリアの養女になって以降は彼女が世話をしている。野生だった頃の凶暴さはすっかり消えてなくなり、今では様々な動物型モンスターからなるニーナ親衛隊のボスを務めている。名前はツナマヨで、名付け親はニーナだ。

 ツナマヨは三人の子供をその背中に乗せても全く苦にせず、悠々と大空を飛んで、あっという間に農村へと到着した。


 村人達はいきなりドラゴンが村の近くに降り立ったのを見てビビった。

 グランディーノやレンハイムの街では既に見慣れた存在であり、子供達の送迎担当として親しまれているツナマヨではあるが、見慣れていなければこんなのが突然出てきたらそりゃビビる。

 よく見ればドラゴンは鞍や鐙といった騎乗道具を身につけており、人に飼われているのだとわかるが、その背中から降りてきたのが幼い子供達だった事で、村人は再び混乱した。


 その子供達が、自分達は冒険者組合から依頼を仲介されて、魔物退治に来たと言った時は何の冗談かと思ったが、彼らが提示したカード状の、冒険者組合の登録証(通称・冒険者カード)は本物であり、その内の一人はC級冒険者であった事、また、ドラゴンを連れている事から、


「幼く見えるが、この子供達は実は凄腕の冒険者なのでは……?」


 と考え、正式に魔物退治を依頼する事にした。

 ちなみに、彼らはカレンが領主の娘である事には気が付かなかったようだ。彼らが都市部から離れた農村に住んでいる事や、服装を地味な物に変えている事が主な原因だろう。

 そして、子供達が村を訪れてから、数十分が経過した頃に、魔物が現れた。


「ガルル……」

「グルルル……」


 唸り声を上げながら鋭い目つきでこちらを睥睨するのは、灰色狼グレイ・ウルフの群れだった。


「な、なんで狼が!?」


 その姿を見て、村人達が驚いた様子を見せた。


「む……? 村を襲ってきてたのは、こいつらじゃないのか?」


「あ、ああ……一昨日、畑を荒らしにきたのは大きいイノシシで、その前は鹿みたいな奴だった……そいつらは、俺達でも何とか追い払えたんだが……あ、あんなデカい狼が出るなんて……」


 アレックスが口にした疑問に答えながら、村人が指差したのは群れの最後尾に居る、他の狼よりも二回りくらい大きな、黒い狼だった。それは、ダイアウルフというモンスターだ。

 ダイアウルフは群れのリーダーであり、通常の狼よりも高いレベルとステータスを持つだけでなく、群れ全体に対して命令を下し、統率する事で手下を強化する指揮能力も持っている。

 そんなリーダーに率いられた狼の群れは、一般人にとっては恐ろしい敵だ。


「き、君達、逃げるんだ……! 子供をあんなのと戦わせるわけにはいかない……!」


 恐怖に震えながらも、村人は子供達を逃がそうと勇気を振り絞り、狼に立ち向かおうと武器を取った。

 しかし、ここに居る子供達は、普通とはだいぶかけ離れている。


「大丈夫だ。おれたちに任せろ」


 アレックスを先頭に、子供達は狼達に向かって踏み出し、そして戦いが始まる。

 その直後の事であった。


「めっ! おとなしくしなさーい!」


 ニーナが狼達を叱りつけながら、鞭で地面を叩いた。すると狼達は一瞬にして戦意を失い、その場で土下座でもするかのように身を伏せて、微動だにしなくなった。


「ガウッ!? ギャウッ、バウッ!」


 突然、配下の狼達が自分の支配下から外れ、戦意を失った事に驚いたダイアウルフは、「おい何をしている、攻撃しろ!」とでも言いたそうに、狼達に向かって吼えた。しかし、狼達は動かない。

 業を煮やして、ダイアウルフは自ら敵に向かって飛びかかった。狙うのは、手下を無力化した小娘である。その細い首に向かって牙を突き立てようと、地面を蹴って真っ直ぐにニーナに向かって突撃する、その寸前に。

 妹の前に立ち塞がり、きつく握った右拳に水の闘気を纏わせているアレックスと、その後方で弓を引き絞って矢をこちらに向けているカレンと、炎の吐息ファイアブレスをいつでも発射できる状態で見下ろしているツナマヨの姿を目にした。


「……クゥーン」


 ダイアウルフは腹を見せて情けない鳴き声を上げ、降伏した。

 狼軍団がニーナ親衛隊に加わった。



     *



 狼達を無力化した後に、アレックスは村周辺の見回りを行ない、他に魔物の気配や痕跡を探し、問題が無い事を確認した。

 その間、ニーナは狼達に躾を行ない、カレンは村人達が農作業をする様子を興味深そうに観察していた。


「むむむ……完全勝利できたのはよかったですが、戦う機会が無かったのは少々物足りませんわね……」


 カレンがぼやいていると、やがてアレックスが見回りから戻ってきて、最後にニーナが狼達を引き連れて合流した。


「お兄ちゃん、カレンちゃん、狼さん達だけど、森に変なのが出てきたから、逃げてきたって言ってる」


 ニーナが狼達から聞き出した話によると、少し前から、森にそれまで居なかった魔物が現れて、元々そこにいた動物型の魔物達は縄張り争いに負けて、森から追い出されてしまったらしい。

 まず草食系の動物達が森から追われ、食物を求めて畑を荒らすようになったが、彼らは村人に追い払われて、食べ物がろくに手に入らなくて弱っていたところを、この狼達のような肉食獣に捕食されたようだ。

 そして狼達も、周りに餌となる草食動物が居なくなった事で飢えて、仕方がないので村を襲いにきたのだそうだ。


「と言う事は、森に出たっていう魔物がそもそもの原因なのか」


「でしたら、そちらも退治するべきですわ!」


「いや、まずは敵がどんなやつで、どれくらい居るのか調査してからだ。俺達でやれそうならやる。無理なら組合に報告だ」


「……わかりましたわ。確かに、敵の正体や規模も不明のまま、相手の縄張りに突撃するのは得策ではありませんわね」


 こうして子供達は、まずは敵情視察をする為に、村から西の方角にある森へと足を踏み入れるのだった。


「ところでニーナ、狼達は敵がどんな奴だって言ってた? 何か特徴とかがあれば、敵の正体を推理できるかもしれない」


 道すがら、アレックスはニーナにそう訊ねるが……


「わかんない。なんか大きくて、うるさくて、凄く変な奴らだったって言ってる」


 ニーナを通して得られた狼達からの回答は、そのような不明瞭なものだった。

 果たして、森に現れた魔物の正体とは一体、どのようなものなのだろうか……?

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