第94話 お嬢様は冒険したい※
「ずるいですわ!」
立ち上がり、そう叫んだのは、白金色の長い髪をツインテールにして、白色をベースに赤の補色が入ったドレスを着た、幼い少女であった。
「お二人だけ冒険に行って、ずーるーいーですわああああ!」
そう叫んで、少女はベッドにその体を投げ出すと、じたばたと手足を動かした。
彼女の名はカレン=ケッヘル。レンハイムやグランディーノといった都市を含む、王国北東部の辺境を治めるケッヘル伯爵の一人娘だ。年齢は9歳。
そんな彼女の自室には、アレックスとニーナの兄妹が招かれていた。アルティリアが領主と会談を行なう為にレンハイムの街を訪れたのについて来たのだ。親同士が話し合いをしている間、子供達は子供同士で遊ぶべしと、こうして子供部屋へと送られたのだった。
親同士が懇意にしている為、アレックスとニーナは以前からカレンと交流があった為、こうして部屋に招かれるのは過去に何度もあった。
そこでアレックス達は、先日の大冒険……沈没船の探索と、亡霊戦艦との激闘の話をカレンに対してしてみせたのだが……その反応が、これであった。
「わたくしも冒険に行きたいですわっ!」
柔らかいベッドに埋めていた顔を上げて、カレンはそう叫ぶが、
「いや、むりだろ」
「うん。むりだとおもう」
「なんでですのっ!?」
兄妹に揃って即座に否定され、カレンは抗議の声を上げた。それに対し、アレックスはこう返した。
「おまえ、領主の娘だし……」
「それを言ったらあなた達だって女神様の息子と娘でしょう!?」
「それに、まだ
「うっ……! そ、それは……」
カレンはかつて、父と共にグランディーノを訪問した際に、道中で魔物に襲われた事があった。彼女を襲ったのは、
殺人蜂は巨大な蜂の姿をした魔物で、空中を素早く飛び回り、鋭い足や発達した顎による攻撃は脅威の一言だ。そして一番の脅威は、尻の毒針による一撃である。
カレンは、その殺人蜂の毒を受けた。不幸中の幸いで、すぐに冒険者達が救助に来てくれて、解毒薬を飲ませてくれた事で助かりはしたが、救助がもう少し遅ければ彼女は助からなかっただろう。
その時に受けた体の傷は癒えても、心の傷はまだ癒えきってはいなかった。
ちなみに、カレンの父であるケッヘル伯爵は、十代の頃は文武両道で鳴らした才子だったのだが、若くして伯爵家の家督を継いでからは政務で忙しい事もあり、すっかり武の道からは離れ、得意だった弓を手にする事もなくなっていた。
ところがそんな時に、先に述べた魔物の襲撃があり、自分と、そして愛娘が危機に陥った際に何も出来なかった事を、彼は大いに恥じた。
それ以降は政務の傍ら、時間を作って修練に励み、錆び付いた腕を鍛え直し……二ヶ月ほど前に魔物の大群がレンハイムの街を襲った時は、自ら弓を手に陣頭に立ち、兵を指揮しながら自らも弓術で多くの魔物を射殺して味方の士気を上げ、アルティリアと海神騎士団が援軍に来るまで、しっかりと街を護り抜いている。
今ではすっかり王国でも有数の弓使いとして、有事の際にはいつでも戦えるようにと修行を欠かしていない。最近では馬に乗って駆け回りながら弓を扱う修行をしているようだ。
さて、そんな伯爵の娘であるカレンは、かつて魔物に襲われた時のトラウマが蘇りながらも、ええいっと勢いをつけて立ち上がり、ベッドから飛び降りた。
「だからこそ、今こそその恐怖を克服しなければならないのですわ! わたくしとて伯爵家の……お父様の娘として、弓の修行は欠かしておりませんわ!」
カレンはそう叫び、壁に掛けてあった弓と矢筒を手に、部屋を出ようとしたのだが、それをアレックスが止めた。
「まてカレン」
「止める気ですの!? お二人が行かないと言うなら、わたくし一人でも……」
「ちがう。冒険するなら準備が大事だ。だいたい、そんな恰好で冒険する気かお前」
アレックスが指差したカレンの服は、見るからに高級そうな子供用のドレスだった。とても冒険に向いた格好ではない。
「まずは着替えて、それから準備だ。冒険者組合にいくぞ」
……それから、およそ30分後。
カレンは獣人の兄妹を伴って、レンハイムの街を真ん中から南北に分けるように引かれた大通りのそばにある、冒険者組合の支部へと足を運んでいた。
カレンの服装は、地味だが厚手の生地を使った頑丈な、それでいて動きやすい冒険者用のシャツとズボン、シャツの上に革のジャケットを着て、足には
「たのもー! ですわっ!」
バァンッ! と大きな音を立てて、勢いよく扉が開かれたかと思ったら領主の娘が乗り込んできたのを見て、建物内に居た冒険者達がぎょっとして目を見開いた。
「
カレンはずかずかと受付のカウンターに向かってまっすぐに進み、受付嬢に対して依頼の受注を宣言した。突然の事態に、薄茶色の長い髪に青い瞳の、組合の制服を着た若い受付嬢は困惑した。
「まてカレン、先に組合に登録してからだ」
「ではそれをお願いしますわ!」
アレックスに訂正されると素直にそれを受け入れ、冒険者組合への登録をする事になった。
「えぇ……ねぇ、ちょっとアレックス君……いいの……? この子、ケッヘル家のお嬢様よね……?」
受付嬢はアレックスに目配せして近くに来させると、カレンに聞こえないように小さな声でアレックスに話しかけた。
「登録させないとこいつ、勝手に行くぞ。簡単なクエストを紹介してやったほうが、安全だと思う」
「そ、そう……。それなら仕方ない……のかしら?」
何やら勢いで誤魔化された気がするが、カレンの冒険者登録は無事に受理された。これで彼女は最初のランクである、F級冒険者としてデビューする事になった。
ちなみにアレックスとニーナは既にグランディーノ支部で冒険者登録を行なっており、現在のランクはアレックスがC級、ニーナがD級である。先日、沈没船の発見や、そこでの冒険で活躍した功績が認められた事で昇級したばかりだ。
「何かおすすめの依頼はあれば、紹介してくれ」
アレックスが受付嬢に近付き、そう促す。そして小声で、
「初心者向けの、簡単なやつをたのむ」
と付け足した。
何て気遣いの出来る良い子なんでしょう、と受付嬢は感激した。しかし同時に、できればここに来る前に止めてやって欲しかった……とも思った。
ともあれ、こうなった以上は万が一にも領主の娘が怪我など負わないように、初心者向けの比較的安全な依頼を紹介しなければと、全神経を集中させてリストの中から最適な依頼を探し出そうとする。
やがて、彼女は一枚の依頼書を取り出して、受付のカウンターに置いた。
「では、こちらの依頼などはいかがでしょうか? 今朝届いたばかりの依頼です」
その紙に書かれていた内容は、以下の通りである。
『害獣の撃退』
クエストランク:F級
報酬:銀貨20枚+戦果に応じてボーナス
内容:
最近、また村の近くに獣系の魔物がよく現れるようになったんだ。
単体ではそれほど強くないが、なにしろ数が多くてな……
おまけに連中、畑を荒らして作物を奪っていこうとするんだ。
奴らを討伐するか、最低でも痛い目に遭わせて、襲ってこないようにしてほしい。
畑に深刻な被害が出る前に頼むぜ。
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