第84話 甲板戦※
「ロイド=アストレア一番乗りぃッ!」
敵艦に引っ掛けたフック付きロープを器用に伝って甲板によじ登り、ロイドは高らかに名乗りを上げた。
濡れ衣を着せられて王国軍を追放された後、まともな職に就けずに海賊に身を堕とした事は、今のロイドにとっては恥ずべき過去である。しかし、
「当時の経験が思わぬところで役に立った……なっ!」
そう言いながら勢いのままに、ロイドは抜刀しながら近くに居た骸骨兵を二体纏めて真っ二つにした。数ヶ月間、強敵を相手に刀を振り続けたおかげで、彼の抜刀術は相当上達した様子であり、生半可な敵が相手ならばこのように、出会い頭にあっさりと斬り伏せる事が出来る。
「うおおおお! 団長に続けぇ!」
ロイドに続いて、海賊時代からの部下である海神騎士団の団員達が次々と甲板に上がってきた。その更に後に、冒険者や海上警備隊の者達が続く。彼らは無事に、敵艦への乗り込みに成功した。
「このまま敵艦を制圧するぞ!」
いかに巨大で、圧倒的な火力と堅牢な装甲を誇る巨大戦艦といえど、船内に乗りこまれて船員を無力化され、中枢部を制圧されてしまえば無力な物である。
逆に言えば、そうでもしなければ勝ち目がない敵ではあるのだが……兎にも角にも、彼らはその唯一の勝ち筋を通すために、最善を尽くしていた。
だがしかし、敵もそれを簡単に許しはしない。敵からすれば、こちらの僅かな勝ち目を潰しにかかるのは当然の事だ。ゆえに、阻止しにかかる。
「オノレ人間共! 者ドモ、奴等ヲ排除シロ!」
甲板上に居た骸骨兵に加え、新たに船室内から現れた増援までもが弓矢を構え、一斉に矢を放つ。矢の雨が人間達に降り注いだ。
「ぐわっ! しまった!」
「くそっ……気をつけろ! 奴等、沈没船に居たのよりも、だいぶ強化されているぞ!」
大量の矢を避けきれず、受けた数人の冒険者が負傷する。それを見て骸骨船長が高笑いを上げた。
「ガハハ! イイゾ、コノママ奴等ヲ針鼠ノヨウニシテヤレ!」
「くそっ、そうはさせるかよっ!」
こちらにも遠距離武器を扱う者は居るが、とにかく敵の数が多く、矢がひっきりなしに飛んでくる。その状況を打破しようと、一人の冒険者が剣を手に、敵群に向かって突進する。
「フン……馬鹿メ、カカッタナ!」
「なっ……しまった!?」
弓兵は剣士に対して、遠距離から一方的に攻撃できれば有利に立てるが、逆に懐に入られてしまえば弱いというのが一般的な常識である。中には普通に接近戦で剣士を圧倒するような変態も存在するが、そういうのは極僅かな例外なので、ここでは考えない事にする。
……さて、それを踏まえた上で問題だ。果たして弓兵は、そんなわかりやすい弱点を、弱点のまま放置するだろうか?
答えはノーだ。その対策方法としては色々な物があるが、最もメジャーな物といえば、やはり罠や消耗品アイテムだろう。
飛び出した冒険者に対して、待ってましたと言わんばかりに骸骨兵たちが爆弾を取り出し、一斉に放り投げた。しかも爆弾を投げた後、すぐに矢を番えている。爆弾で敵を吹き飛ばし、弓矢で追撃をする隙の無い構えだ。
もはや万事休すかと思われた、その時だった。
「させない!」
素早く彼の前に出て、盾を構えた者が居た。海神騎士団の副団長、神殿騎士ルーシー=マーゼットだ。彼女は小人族であり、その名の通り幼い少女のような容姿をしているが、海神騎士団のメンバーに神殿騎士としての振る舞い、戦闘技術、集団戦術などを叩き込んだ教官であり、実力は確かだ。
「破ァッ!」
ルーシーは縦に長い形をした、重厚なカイトシールドを体の正面に構えると、その盾を中心に、前方に
「盾持ちは前へ! このように防いで仲間を護りなさい!」
「「「イエス・マム!」」」
彼女の檄を受け、
「回復・支援はお任せを。さて……魔術師の皆さんはあちらの敵集団へ攻撃を。戦士系の方々は、合図をしたら右サイドから回り込んで下さい」
そんな彼らを回復魔法で癒しつつ、司祭のクリストフが戦況を分析しつつ、仲間達に
「やるなぁ、流石はルーシー教官だ」
ルーシーの防御技術と指揮能力に感心しながら、ロイドが水の刃を飛ばして飛来する矢諸共、骸骨兵を斬り捨てた。
「うむ……彼女の護りの技には、我も一目置いている」
彼のすぐ近くで大剣を振るい、炎でアンデッドモンスターの群れを纏めて焼き払った巨漢の騎士、スカーレットもそのように、ルーシーを称賛した。そして、
「ふむ……こうか?」
彼の代名詞でもある爆炎闘気、その身を包む炎のオーラを前面に展開し、ルーシーがやったように盾の形を持たせようとする。
しかし、その結果出来上がったのは、燃え盛る炎の壁であった。
「これは違うか。制御が難しいな」
「あの盾型の闘気、何気に高等技術だからな。しかし、お前のそれはそれで悪くないんじゃないか?」
「うむ……」
スカーレットは前方に展開した炎の壁を、より前へと押し出し、敵にぶつけた。その結果起こったのは、壁状のオーラに圧し潰されながら炎で焼かれるという、アンデッドモンスターからすれば堪ったものではない現象だった。
「確かに悪くない」
「だろう?」
「あ、スカーレットさん! それ、もうちょっと後ろのほうまで押してから、そのまま固定してください!」
後方で杖を両手で持ちながら、呪文を詠唱していた魔術師の少女、リンが叫んだ。スカーレットが彼女の言う通りにすると、数秒後に炎の壁で圧迫されていた敵群の真上に、巨大な氷の塊が落下した。言うまでもなく、リンの魔法によるものだ。
氷塊は落下の衝撃で砕け散ると共に、スカーレットが出していた炎の高熱によって一瞬で蒸発し、水蒸気と化し……爆発する。
「おーい、範囲気を付けろよー! 味方を巻き込まないようにな!」
「すみません! でも良い火力が出ました! スカーレットさん、ナイスアシスト!」
想像以上の威力と範囲が出た事に驚きつつも、喜びを隠せないリンに対し、スカーレットは頷いた。
「うむ……良き火力だ」
「おいスカーレット、あまりこいつを甘やかすなよ。すぐ調子に乗るからな」
「あっ、ロイドさんったらひっどーい!」
余裕が出てきた彼らが和やかな空気になりかけるが、そこに水を差すのは敵の首魁、骸骨船長だった。
「エエイ、ヤハリコノ程度デハ相手ニナランカ! 流石ダナ人間共! 褒美ニ死ヲクレテヤル!」
砕け散った骸骨兵の残骸が実体を失い、黒い霧と化す。それが骸骨船長のもとに集まって、吸収されていった。
力尽きた配下を吸収する事で、更にパワーアップした骸骨船長が跳躍し、空中でサーベルを鞘から抜き放つ。柄に豪華な装飾がされた業物だ。
「お前ら下がれ! こいつは俺が相手をする!」
沈没船で戦った時とは、明らかにレベルが違う。危険を察知したロイドは仲間達に後退を指示しながら、敵の攻撃を迎え撃とうと刀を構えた。
だが、その時だった。
「いえ、ここは私に任せなさい」
「……! アルティリア様!」
甲板に降り立ち、アルティリアが戦闘に割り込んだ。彼女は骸骨船長が振り下ろした業物のサーベルを、その手に携えた三叉槍の穂先で弾き返し、
「遅い!」
神速の三段突きで骸骨船長の喉元、鳩尾、下腹部を一息で突き刺した後に、槍から手を放して柄を蹴り、車輪のように高速回転させて、それに巻き込む事で連続でダメージを与えた。
そして最後に再び槍を掴むと、横一文字に薙ぎ払って吹き飛ばした。
「まだまだぁ!」
直後、アルティリアは空いた左手に、水で出来た槍を出現させた。それを一回転させた後に、まっすぐに投擲して……
水槍が、骸骨船長の頭部を貫いた。
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