第83話 レイドボスと1隻で戦うとかいう暴挙

 あの亡霊戦艦は、LAOで言うところのレイドボスに相当する敵だ。

 レイドボスとは何十人、あるいは何百人ものプレイヤーが集団で戦う事を前提に設計された、非常に強力で高いHPを持ったボスモンスターの事である。

 LAOでは地上やダンジョンだけではなく、海にも何匹か存在していた。

 例えば島一つに匹敵するほどの巨大さを誇り、何十隻もの艦船の砲撃が無ければ倒せない『アイランド・タートル』や、中型以下の船なら体当たり一発で粉砕し、大津波でエリア全体を纏めて薙ぎ払うような化け物レベルのサイズと戦闘力を持つ古代魚『リヴァイアサン』といった連中だ。

 あれはその手の、大規模な艦隊で戦うべき相手である。流石にリヴァイアサンのような、うちのギルドメンバーが総出で戦わないと勝てないレベルのヤバいボスモンスターではないだろうが……それでもレイドボスに相当する相手である事は間違いない。


 そんな相手と船一隻で戦うのは、正直馬鹿げている。ここは撤退するのが定石ではあるのだが……問題は、それも難しいという事だ。

 亡霊戦艦の航行速度は俺の船に匹敵し、振り切るのは厳しそうだ。そしてゲームではプレイヤーが撤退すれば、ボスモンスターはエリア外まで追いかけてくる事はないのだが……敵は俺達が船に積んだ財宝に執着している様子なので、これを手放さない限り、どこまでも追いかけてきそうな雰囲気である。

 最悪の場合はグランディーノまで追いかけてきて、町が壊滅的な被害を受けるという事もあり得るだろう。


「なら、やるしかないって事か……!」


 俺は勝算の低い戦いはしたくない主義なのだが、何故かこっちに来てからそれを強いられる事が増えた気がする。

 そんな理不尽を嘆きつつも、何とか勝利を掴み取る方法を思考するが、敵はこちらが考えを纏めるのを待ってくれはしない。


 亡霊戦艦が、船体側面にズラリと並んだ大砲を一斉に放った。放たれたのは実弾ではなく、黒い霧が丸い塊と化した物だ。

 あれは恐らく怨念や悪意といった物が元になった、闇属性の魔力弾だ。

 魔力弾なので当然、物理的な装甲では防ぐ事が出来ず、実弾で相殺する事も不可能だ。なので対処としては回避するか、あるいはこちらも魔法で相殺する必要がある。


 俺は回避を選択し、船を一気に加速させて着弾予測地点から離れたのだが……


「チッ、やっぱり追尾弾か……!」


 放たれた闇の魔力弾は海に着弾する事なく、回避した俺の船を追いかけてくる。この自動追尾性能があるからこそ、敵は実弾ではなく魔力弾を選んだのだろう。

 しかしそれは予想の範囲内だ。


「全員、甲板に上がってあれを迎撃しなさい!」


 俺が船を操って魔力弾から逃げつつ、亡霊戦艦との距離を詰める。それと同時に甲板上に集まった他の者達が、追いかけてくる魔力弾に魔法をぶつけて相殺する方針を取った。


 敵の魔力弾は強力で、簡単には相殺できそうにないが、こちらにも百人を超える信者達が居る。全員が俺の与える加護によって魔力と水属性魔法に結構な補正をかけられている為、勝算はあると見た。

 加えて、ここは海上。水属性魔法を使う上で、わざわざ水を生成する必要はなく、エリア全体が強力な水属性を持っている為、とても相性がいい。


「『水属性強化領域ウォーターフィールド』!」


 更に俺は、範囲内の味方が使う水属性攻撃の威力を強化する支援魔法を発動させた。範囲はこの船全体をカバーする程度には広い為、これ一つで味方全員を支援できる。


 信者達が甲板から次々と魔法を放ち、魔力弾を撃ち落としていくのを見ながら、俺は亡霊戦艦に向かって、まっすぐに船を突っ込ませた。


 敵艦はサイズもさることながら、攻撃力・耐久力が俺のグレートエルフ号と比較して非常に高い。よって、俺の船単独で大砲の撃ち合いを挑んでも勝率は低いどころか、ほぼゼロに等しい。

 ならば、どうやって勝利するか。俺が導き出した答えは、懐に入り込んで敵艦に乗り込み、白兵戦で制圧するしかない……という物だった。


 敵艦に近付けば、それだけ被弾のリスクも高まる。普通の船が相手であれば、大砲が存在しない死角である船首や船尾側から近付けばそのリスクも減るのだが、相手は普通の船じゃない。

 いきなり何も無い場所に大砲を生やしたり、見当違いの場所に撃った魔力弾がこっちを追尾して戻ってきたりと、やりたい放題である。

 信者達も頑張ってくれてはいるが、それでも敵の魔力弾を完全に相殺する事はできず、俺の船が何発かの魔力弾を被弾し、そのたびに船が大きく揺れた。俺のおっぱいもばるんばるんと揺れた。


「全員無事ですか!?」


「大きい怪我を負った者はいません! しかし船が……!」


 どうやら、船体や帆が損傷したようだ。被弾した以上、それは当然の事だった。


「船は後から直せます。貴方達が無事ならば結構。自分達の身の安全を第一に考えなさい」


 愛用の船が傷ついたのは確かに悲しいが、船を使って戦うならば、それはどうやっても避けられない事だ。それよりも最重視するべきは人だ。そこの優先順位を履き違えてはならない。そう伝えたかったのだが……


「なんと慈悲深い……流石は女神様……!」


「皆、アルティリア様の為にこの戦い、必ず勝利しよう!」


「おう! だが全員、必ず生きて帰るぞ! いいな!」


 何故か士気と信仰心が爆上がりした。

 とにかく、被弾しながらも俺の船は亡霊戦艦の真横にぴったりと付いて、敵艦の甲板に縄梯子やフック付きのロープをかけ、それを使って次々と、我が船員達が敵艦へと乗り込んでいった。

 彼らの先頭に立つのは、ロイドと海神騎士団の面々だ。主要メンバーの大半が元海賊だけあって、非常に手慣れている。


「乗り込めえええええ! このまま敵艦を占拠する!」


「オノレッ! 迎エ撃テ!」


 互いに錨を下ろし、船を停泊させた状態で白兵戦へと移行する。そしてそれは、俺が船を操作する必要が無くなり、戦場に立てるという事だ。


 さて……よくも俺の船に向かって薄汚い魔力弾を好き勝手に撃ち込んでくれたな。褒美にもう1回ブチ殺してやる。

 俺は槍を片手に甲板に飛び出し、そのまま敵艦に向かって跳躍した。

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