第82話 海戦勃発

 大量に作ったカレーは、冒険を終えて腹を空かした大勢の人間達によって全て食い尽くされ、完売御礼。片付けや洗い物も終わって一段落といったところだ。

 さて、後はのんびりとグランディーノに戻るだけになった。食後の休憩を終えたところで、俺は船内の人間達に出航を知らせた。

 そして舵を握って、錨を上げて出発し、進路を南、つまりグランディーノの方向へと向けて、十分ほど船を進めていた時だった。

 それまで快晴だった空模様が、突然暗雲に覆われたかと思ったら、瞬く間に凄まじい暴風雨へと変わっていったのだ。


 いったい何だろうな、これは。

 突然の嵐……というには、天候の変わり方が不自然かつ急激すぎる。明らかにこれは自然に起きる物ではない。という事で……


「警戒! 全員、至急戦闘配備につきなさい! 何か良くない事が起ころうとしています!」


 前兆を感じたら、事が起きる前に警戒態勢を整えるのが定石である。万が一杞憂に終わっても、楽観視して手遅れになるよりは万倍マシだ。

 俺の号令によって、船内の者達が速やかに戦闘準備を整えた。

 やがて暗雲が空を覆い尽くし、雷鳴が轟き、並の船であれば転覆しかねない程の嵐が俺の船を襲った時、どこからともなく響いてきたのはしわがれた低い声だった。声の主が放つのは、どこまでも暗い怨嗟の声。


「逃ガサン……逃ガサンゾ……! 俺ノ物ダ! 財宝ハ全テ、俺ノ物ダ! 渡シテ……ナルモノカアアアアア!」


 それは沈没船で倒した筈の、敵の親玉である海賊船長の声だった。その叫びと共に、俺の船のすぐ近くに、海底から何か巨大な物が飛び出してきた。

 その正体は……一隻の船であった。しかし、ただの船ではない。何百体もの死体の骨を繋ぎ合わせて作ったかのような、骨で出来た醜悪な船体。船長帽を被った髑髏マークの描かれた、ボロボロの帆。船の周りに漂う、幾つもの鬼火。

 それは、巨大な亡霊船だった。


「どうやら、これが本当のボス戦のようだな……」


 呟くと同時に、亡霊船がその側面をこちらに向けて、ずらりと並んだ大砲を一斉に発射し、砲弾が俺の船に向かって放たれる。だが……


「当たるかよ、そんな砲撃……!」


 俺は操船スキルを一定以上の数値まで上げる事で習得可能な技能アビリティ、『高速巡航』を発動させ、船の速度を一時的に大きく上昇させる事で、敵の砲撃を回避した。

 この技能は便利だがMP消費量がなかなか多い為、流石の俺でも考え無しに乱発する事は出来ない……とは言え、出し惜しみして船を沈められては本末転倒である。使うべき時を見極めながら戦う必要があるだろう。


「さて……こっちも反撃といこうか」


 俺は『高速巡航』によって上昇したスピードに乗って、敵船の背後を取った。そして俺はその勢いのまま、『急旋回』という技能を発動させた。それによって船がドリフトするように、減速しつつ方向転換する。

 それによって亡霊船のガラ空きの背中に向かって、俺の船が右側面を向けた。それを確認し、俺は艦内放送用のマイクを手にとって叫んだ。


「右舷斉射! 撃てぇーっ!」


 俺の号令の下、大砲が亡霊船に向かって一斉に放たれ、弾が船尾やマストに次々と砲弾が直撃した。大ダメージによって亡霊船がぐらりと傾き、そのまま海に沈んでゆく。


 他愛なし。やはり俺のグレートエルフ号は最強だぜ……と言いたいところだが、喜ぶのはまだ早い。むしろ、こんなにあっさりと終わる筈が無い。

 俺は警戒を解く事なく、船を高速で移動させた。同時に、船員となった信者達に注意喚起をしようとするが、


「次弾装填用意! いつでも撃てるようにしておけよ!」


「気を抜くなよ! まだ嵐が続いている。警戒を怠るな!」


「おうよ、当然だ! 見張り員は敵の増援や奇襲に気をつけろ!」


 どうやら、いらぬ心配だったようだ。彼らは現状の把握と適切な判断がしっかりと出来ている。うむ、彼らもちゃんと成長しているようで俺も嬉しい。


 そして俺と彼らの予想通り、まだ戦いは終わってなどいなかった。

 直前まで俺の船が居た場所に、亡霊船が物凄い勢いで海底から上がってきて、水面に向かって船首を突き上げ、まるでアッパーカットを放つように急浮上してきたのだ。

 よもやの真下からの衝角突撃ラムアタックという、普通の船には絶対に不可能な奇襲攻撃であった。もしも勝ったと判断を誤り、油断していたらその攻撃をまともに食らって、まずい事になっていたであろう事は想像に難くない。

 俺は素早く船を回頭させて、左舷を浮上してきた亡霊船に向けた。


「撃て!」


 再び砲弾をブチ当てて撃沈させるが、今度は数秒後にまた別の場所に浮かび上がってきた。それも、次は単体ではなく3隻同時にだ。


「きりが無いな。まるでモグラ叩きだ」


 どうにも手応えが無い。次々と浮かび上がってくる亡霊船を倒しても、敵に有効打を与えられている感じがしない。

 という事はつまり、本体は別の所に居て、安全な場所から遠隔操作であの亡霊船を操っているのだろうと考える。


水精霊ウンディーネ隊、水中を索敵!」


 ならばその場所はどこかと考えた時に、真っ先に思いつくのは海中だ。今、海面に出ている亡霊船もそこから出てきたしな。

 俺は使役している水精霊達に、そこを探すように命令した。それに従って水精霊達が、一斉に海に飛び込んでいった。

 そしてすぐに、水精霊達から報告が入る。


「海中に多数の亡霊船を発見しました!」


「ひとつ、凄く大きい亡霊船があります。恐らくあれが本体と思われます」


 やはり思った通り、船の上からは死角になる水中に隠れていたようだ。普通の船が相手ならば、なかなか良い作戦だと褒めてやりたいところだが……この俺とグレートエルフ号を相手にするには、あまりに浅はかであると言わざるをえない。

 LAO時代にも水中に潜って隠れたり、奇襲してくる敵を相手にした事は何度もあるのだ。対処は心得ている。

 俺は水精霊と視界を共有し、水中に隠れている亡霊船の位置を確認し……


「爆雷投下! 更に対潜魚雷発射!」


 俺に限らず、海洋民の船には大抵、兎工房ラビットファクトリー製の高性能な対潜魚雷や対空用の高射砲、ミサイルといった兵器が積んである。大砲だけじゃ空や水中の敵には対応出来ないので、当然の備えである。


 さて、対潜兵器の攻撃によってダメージを受けた敵の親玉、ひときわ大きな亡霊船の旗艦が海上にその姿を現した。

 あのまま潜っていても居場所がバレている以上、一方的に攻撃を受けるだけだと判断し、直接やり合おうという魂胆なのだろう。

 それはこちらも望むところだ。俺は顔を出した敵の旗艦に近付き、砲撃戦を挑もうとするが……


「海ニ眠る怨霊達ヨ……今コソ生者ヘノ復讐ノ時! 我ガ下ニ集エ!!」


 突然、海中から多数の亡霊船が飛び出すと、それらが砕け散って実体を失い、黒い霧のような物へと姿を変えた。そして、唯一元の形を保っている亡霊船の旗艦の下に集まっていき、吸収されていった。そして……


「おいおい……いくらなんでもデカ過ぎんだろ」


 他の亡霊船を次々と吸収していった結果、出来上がったのは……俺の船よりもずっと大きな、超弩級戦艦の如き巨大な亡霊船だった。

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