第79話 レスト・イン・ピース

「うん……上出来だ」


 最後のモンスターが消滅するのを見届け、俺は懐中時計の蓋を閉じた。

 彼らがボス部屋内のモンスターを全滅させるのにかかった時間は3分34秒。制限時間の5分に対して、余裕を残しての達成である。

 よくやった。やっぱりやれば出来るじゃないか君達。

 俺は氷の玉座から立ち上がり、彼らを労おうとしたが、その時だった。


「ありがとう、勇敢な戦士達よ……よくぞこの船に巣食った悪霊達を退けてくれた……」


 突然、広いボス部屋の中央に現れてそう告げたのは、豊かな髭を蓄えた初老の紳士だった。着ている服や立ち居振る舞いからして、高い地位と教養を持つ高貴な身分の者である事は間違いない。

 ただしその男は、体が半透明で実体を持たず、宙に浮かんでいた。彼が生者ではなく、幽霊である事は明らかだ。

 しかし今まで倒してきたアンデッドモンスターとは異なり、こちらに対する敵意は見られず、むしろ好意的だ。

 俺は彼の正体に心当たりがあった。


「アルフレッド=オリバー伯爵とお見受けします。私の名はアルティリア、お目にかかれて光栄です」


 あの航海日誌に書かれていた、かつてこの船と共に海に散った帝国貴族。それが彼の正体と見て間違いないだろう。


「いかにも私めがアルフレッド=オリバーでございます、女神様。此度の事、何とお礼を申し上げてよいか……」


「頭をお上げください。我々は偶々、この地に眠る財宝を求めて訪れただけで、むしろ貴方の遺品を奪いに来たのですから」


「だとしても、長らくこの船に囚われていた我らの魂が救われたのは紛れもない事実。感謝の言葉もありませぬ。それに財宝も、この場所で人知れず眠りにつくよりも、貴女様方が有意義に使われたほうが喜ぶでしょう。どうかお持ち帰り下さい」


 オリバー伯爵の、幽霊になっても健在な良い人&大物オーラのおかげで、いつになく丁寧な口調で遣り取りをする事になった。これがカリスマって奴か。

 ともあれ、意図せぬ事とはいえ俺達の行動によって、彼らの魂が解き放たれたのはめでたい事だ。


「わかりました。ではこの財宝は有難くいただいて行きます。貴方が生前に願った通りに世の為、民衆の為に役立てると約束します」


「感謝いたします、女神よ。ああ……それと最後に一つ、私の願いを聞いていただけますか?」


「私に出来る事であれば、何なりと」


「では、こちらを……」


 オリバー伯爵が俺のほうに向かって右手を掲げると、俺の手元に一つのアイテムが出現した。

 それは、曇り一つない、緑色に輝く大粒の宝石だった。


「これは……ッ!」


 俺はそれに見覚えがあった。LAOにも存在した、神器作成の素材にもなる、非常に入手困難な激レアアイテムにして、宝石系アイテムの中でも最高位の物の一つ。


「やはり、天空の翠玉……」


 非常に強力かつ純粋な風属性を宿した、大きなエメラルドであり、俺が知っている限り手に入れた人間は一級廃人の中でもほんの一握り。

 『グングニル』や『ストームブリンガー』、『天空の心テンペストハート』といった風属性神器を作るのに必須の素材である為、求める者は多かった。何故、そんな代物がここに……!?


「ご存知でしたか……流石の慧眼でございます。それは、かつて私が、当時のケッヘル伯爵より贈られた物なのです」


 それは、彼が存命だった頃の話だ。

 ローランド王国とアクロニア帝国は、過去に何度も干戈を交え……その戦の中には、大海原にて船団同士の海戦もあったという。

 王国最大級の港であるグランディーノを治める当時のケッヘル伯爵――現領主のご先祖様だ――は、その海戦でも主力として活躍したが、あるとき帝国の海軍を率いるオリバー伯爵、つまり今、俺の目の前にいる男の巧みな指揮によって戦に敗れ、撤退する事になった。

 その際、戦に勝利したオリバー伯爵は、追撃よりも敵である王国軍の者達を、沈んでゆく船から可能な限り救出する事を優先し、捕虜に対しても決して酷い扱いをする事はなかった。

 その事に感激したケッヘル伯爵は、敵軍の将でありながらオリバー伯爵を、貴族の鑑であり最高の将軍であると褒め称え、尊敬するようになったという。

 それから、彼らは敵国の貴族同士でありながら交流を始め、友となった。

 そして最終的に、飢えに苦しむ民の為に自ら敵地へと足を運び、食糧を売ってくれたオリバー伯爵への尊敬と感謝の意を込めて、友情の証として……ケッヘル伯爵は彼の家に代々伝わる家宝である、この天空の翠玉をオリバー伯爵へと贈ったのだった。


「どうかこれを、彼の子孫へと返却していただきたいのです。そしてお伝えください。私は海に散る事になって、彼も既に生きてはいないでしょうが……それでも我らの友情は不変であると」


 俺は手の中にある天空の翠玉を握りしめて、しっかりと頷いた。


「その願い、我が名にかけて必ず果たしましょう。安心して冥府に旅立ちなさい」


「感謝いたします、女神よ……」


 オリバー伯爵は跪き、俺に向かって祈りを捧げた。すると彼の身体が光に包まれ、だんだんとその姿が消えていく。

 それと共に、彼の周りには幾つもの光の玉……彼と共にこの船に乗っていた者達の魂が集まってきて、一緒に天に向かって昇っていった。


「全員、オリバー伯爵と、この地に散った者達の魂に……黙祷!」


 俺の命令に従い、その場の全員が跪き、彼らの魂の安らぎを願って祈りを捧げた。


 その後、俺達はボス部屋の奥にあった倉庫に眠る、大量の財宝を持って沈没船を脱出し、グレートエルフ号へと帰還したのだった。

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