第80話 グランディーノ印度化計画

 グレートエルフ号へと戻った俺達は、船内の倉庫に沈没船から運び出した財宝を移した後に、各自休憩を取った。

 表情に出さないようにしているが、全員ダンジョン探索で疲れているようだし、休息は必要だろう。

 丁度、時刻は正午を少し過ぎたくらいになっているし、帰る前に昼休みといこうじゃないか。


 昼休みとなれば当然、必要なのは昼食だ。

 ダンジョンを攻略して消耗した彼らの心と体を癒すべく、栄養があって美味い昼飯を食わせてやらなければならないだろう。


「というわけで、貴方達にはもうひと働きしてもらいます」


 俺は船内のキッチンに、海神騎士団のメンバーを集めて宣言した。

 ちなみに、見習い団員である子供達は船室で休ませている。流石に初めてのダンジョン探索で疲れていたようだったからな。


(アルティリア様、アレックス様が部屋から脱け出して海に飛び込みました)


 と思ったら水精霊ウンディーネから念話でそんな報告が入った。

 うちの息子ちょっと元気すぎん? あいつの体力どうなってんだ。

 とりあえず、水精霊には着いて行って見守るように指示しておいた。


 気を取り直して、今は料理だ。

 キッチンには大量の肉や野菜が並べられており、大人数の食事を一度に作る為の、業務用の大型鍋も用意してある。

 そして、作る料理も決まっている。船で出す料理といえば、やはりアレだ。


「今日の昼食はカレーライスです。各自、速やかに食材の下拵えと炊飯をするように」


 カレーライス。言わずと知れた日本人にとっては誰もが知るソウルフードだ。その起源はインドの料理だが、イギリスを経由して、良い物は何でも自分達の文化に取り込んで、お好みに魔改造するのがお家芸の日本人に伝わった結果、元の姿とはだいぶ違う代物になった。

 そんな日本のカレーは日本人のみならず、外国人の間でも人気の料理だった。


 ところで、海上自衛隊には毎週決まった曜日にカレーを作って食べる習慣があったり、艦や部隊ごとに独自のカレーのレシピが伝統として伝わっていたりと、やたらカレーに対するこだわりが強いイメージがある。

 横須賀なんかを中心に、港町にはカレーが名物の町が多かったりするし、そんな訳で俺の中では船で出す料理というと、真っ先に思い浮かぶのがカレーであった。


 ちなみにカレーは海神騎士団のメンバーには、何度か振る舞った事があって好評だった。しかしカレーを作る為のスパイスの類が、一般庶民にとっては入手困難な物が結構ある為、カレーのレシピは一般公開してはいない。

 他の、手軽に作れる家庭料理のメニューは結構公開してるんだけどな。


 そんな訳で、領主とその家族やミュロンド商会の会長なんかの例外を除けば、今日がカレーを外部の人間に食わせる最初の日になる。

 それに踏み切った理由だが、ある物が完成したというのが大きい。

 俺は、道具袋からそのアイテムを取り出した。それは、瓶に入った濃い黄色の粉であった。


 そう、カレー粉だ。俺が研究したレシピをミュロンド商会の会長に伝え、商品化させた物だ。もうすぐ、これが一般に流通するようになる。一般庶民にとっては少々高価な買い物かもしれないが、グランディーノの町とその周辺地域はどんどん発展して豊かになり、人々の所得も上がっているので、恐らく問題なく売れる。

 だが、買ってもらう為にはカレーという料理と、その魅力を知って貰う必要がある。その為の宣伝も兼ねてカレーライスを振る舞うのだ。


 騎士団員たちが手際よく野菜の洗浄や皮剥きを行なっている間に、俺は肉の下拵えをする。牛肉、豚肉、鶏肉……カレーにはどれも合うので、どれを使うか迷うところだが……そういう時は全部作ればいい。どうせ食う奴が100人近く居るんだ。色んな味のカレーを作って好きなのを食わせてやればいい。

 あと海老やホタテ、イカなんかを使ったシーフードカレーも良いな。丁度ここは海で、新鮮な海産物が沢山採れるだろうし。

 そう考えていたらアレックスがキッチンに入ってきた。水精霊の話だと、海に飛び込んでどこかに泳いで行ったようだが……


「ははうえ、これ取ってきた」


 なんとアレックスは俺に、様々な海産物が入ったカゴを差し出してきた。海に潜ったのはこれを取ってくる為だったようだ。

 それにしても俺の考えを先回りするとは……うちの息子、やはり天才か?

 思わず抱きしめてやったら逃げられた。逃げ足が速い。

 とにかく、これで海産物も用意できたのでシーフードカレーも作る事にする。


 そして全員が極めて効率的に作業をこなす事によって、大人数用のカレーが入った鍋が、俺達の前にずらりと並んだ。

 俺が騎士団員たちに皆を食堂に集めるように言うと、彼らは素早く船内に散らばっていった。

 それから数分も経たずに、腹を空かした人間達が食堂へと集合した。


「これはカレーという食べ物で、このカレー・ソースをご飯にかけて食べます。なかなか辛い味の料理ですので、子供や辛い物が苦手な人用の甘口、ほどほどの辛さの中辛、辛い物が好きな人用の辛口に分かれています。それと具材も牛肉、豚肉、鶏肉、海鮮の4つに分けられているので、好きな物をかけて食べるように」


 3種類の辛さと4種類の具材で、合計12種類のカレーが入った鍋を見つめて、人々は興味深そうだったり、不安そうにしていたりと様々な反応を見せた。


「うおっ、この匂いは確かに辛そうだ……!」


「確かに……だが実に食欲をそそるぜ!」


「さて、問題はどの鍋を選ぶかだが……やはりここは堅実に、中辛から挑むべきか」


「うむ……初めて食べる料理だからな。やはり最初はスタンダードな物から行こう」


「ふっ……お前ら、それでも男か? 真の勇者たる俺は折角だから、俺はこの辛口ビーフカレーを選ぶぜ!」


 更にご飯を盛り、好みのカレーの鍋の前に並ぶ彼らに、俺は一つ忠告をした。


「ああ、それと……見栄を張って辛口を選んで、やっぱり無理とか言って残すような真似をしたら罰を与えます。ちゃんと無理せず、自分に合った物を選ぶように」


 俺がそう言うと、大口を叩いて辛口の鍋に向かおうとした男性冒険者の顔が青ざめた。


「おっ、どうした? やっぱり止めるのか口だけ野郎。まあアルティリア様もああ言ってるし、無理はしない方がいいと思うけどな」


「どうしたんですか真の勇者さん、早く僕らに男気を見せて下さいよ。嫌なら別に構いませんけどね、女神様から罰を受けるのは怖いでしょうし」


「ぐがっ……このっ……! 上等だ、やってやろうじゃねぇか!」


 大口を叩いた結果、仲間達にニヤニヤ笑いながら煽られた彼は、大盛りのご飯の上に辛口のビーフカレーを盛りつけ、席について……勢いよくカレーを口に運んだ。


「ぬおおっ! 美味ぇっ! だがめちゃくちゃ辛ぇぇっ! しかし俺は真の勇者! 食いきって見せらあああ!」


 彼以外にも、その美味さと辛さに吃驚している者が多く見られた。


「ぬぅっ、このカレーソースとやらは随分と辛いな……!」


「ああ、だがなんというか、癖になる味だ……!」


「おいおい、お前ら馬鹿か? 米と一緒に食うからカレーライスなんだろうが。こうやってご飯と一緒に食う事で、辛さが良い感じに中和されるんだぜ」


「なんとっ! 確かにその通りだ……しかもカレーのおかげでご飯が進む! 手が止められん!」


 いい感じにカレー中毒になる者も出始める中、俺に話しかけてくる者が居た。

 その者の名はクロード=ミュラー。海上警備隊に所属する、長身痩躯の銀髪の青年だ。


「アルティリア様……不躾ですが一つお願いがございます」


 過去に何度か話した事はあるが、女に免疫がないようで俺と話す時は視線が横に逸れていたり、挙動不審だったりしていた筈だが、現在の彼は真剣な顔で、まっすぐな瞳でしっかりと俺の目を見て話していた。


「聞きましょう」


 何やら真面目かつ急を要す話なのだろうか。俺は襟を正して、彼の話を聞く事にした。

 そんな俺に対し、クロードは言った。


「このカレーの作り方を教えて下さいッ! お願いします!」


 おい、真面目な話かと思って真剣に聞こうとした俺に謝れ。いや本人は大真面目なんだろうけど。


「……カレーのレシピ公開および、材料であるカレー粉の販売を近い内にする予定です。それまで待ちなさい」


「はっ、ありがとうございます! 楽しみにお待ちしております!」


 そう言って頭を深く下げると、クロードは空になった皿にご飯を大盛りにして、辛口シーフードカレーの鍋へと向かっていった。

 奴もまた、カレーの魅力に脳を焼かれた者だったか……


 カレーを山盛りにして席に戻ろうとするクロードに、俺は言った。


「私の故郷にも、海上警備隊のような組織があり、そこでは各艦艇や部隊毎に独自のカレーを作り、その製法を伝える伝統がありました。貴方達が作るカレーがどのような物になるのか、期待しています」


 後に俺のその言葉がきっかけになり、グランディーノの海上警備隊でも部隊毎にオリジナルのカレーを開発し、食べ比べをするコンテストが開催されるようになるのはまた別の話である。


 さて、それじゃ俺もそろそろカレーを食べるとするか。どの具材も好きだから迷うところだが、やはり最初は一番好きなチキンカレーの辛口から行ってみようか。

 俺は自分の皿にカレーを盛って、自分の席へと向かった。その途中で、甘口のシーフードカレーを食べていたアレックスとニーナが俺に話しかけてきた。


「ははうえ、今思いついたんだが、カレーにトンカツを乗せるととてもうまいと思う」


「はい! ニーナはエビフライが合うと思います!」


 やはり俺の子供達、天才だったわ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る