第76話 航海日誌
黒いボロ布を身に纏い、浮遊する骸骨が、右手の人差し指でこちらを指差す。その当然のように白骨化した指先から、黒炎が放たれた。
あれは火と闇の複合属性中級魔法『
扱いが難しい複合属性なだけあって攻撃範囲が広く、威力も中級魔法としては高めな優秀な魔法ではあるが……
「その程度ではな」
俺が放った水属性中級魔法『
それと同時にもう一匹の同じモンスターが、ロイドが振るった水の刃で魔法ごと縦に真っ二つにされた。
ふむ……
奥に進むごとに強力な魔物も現れるようになり、たった今倒した死霊の他にも
どれも俺からしたら遥かに格下の雑魚である事には変わりないが、子供達には少々きつい相手かもしれない。見た目もホラーチックだしな。
俺達はアンデッドモンスターを掃討しながら、船内の探索を進めた。この沈没船ダンジョンは沢山ある船室を回りながら室内の魔物を倒して鍵を手に入れたり、ギミックを解除したりして新しい部屋を開放しながら進むタイプのようだ。
よくあるタイプのダンジョンではあるが、単純な迷路型のダンジョンと違って道に迷う事はあまり無い代わりに、鍵集めや船内のあちこちにある部屋を回るのが少々面倒だ。
そんな感じに探索を進めていると、俺は船室の一つで棚の引き出しの中から航海日誌を発見した。
どうやらこの船に乗っていた船員の一人が書き記していた物のようだ。
端がボロボロになって、黄ばんだ紙のページをめくって中身を読んでみると、色々な事が分かってきた。
まず第一にこの船は、アクロニア帝国の貴族であるオリバー伯爵家の所有する船だという事がわかった。
アクロニア帝国というのは、ローランド王国から見て西側にある、長い歴史を持つ大国だ。ローランド王国とは昔から戦争と休戦を繰り返しており、伝統的に仲が悪い。
「アクロニアの船が、何故こんな場所に沈んでいたのでしょうか……」
ロイドが当然の疑問を口にする。ここはグランディーノ北方の海域、つまり大陸の北東だ。西側にあるアクロニア帝国からは大きく離れている。
その理由は、後のページに書かれていた。
当時のオリバー伯爵家の当主は平時は善政を敷く名君であり、戦時には縦横無尽に兵を操る知勇兼備の名将として知られる、皇帝の覚えもめでたい大人物であったという。
「その方については私も聞いた事があります。彼は敵国である我が国の兵士や民にも必要以上に危害を加える事を良しとせず、捕虜や敗残兵、敵地の民に対しても慈悲深かった為、今でも国内外を問わず彼を尊敬する人は多いと」
横で一緒に読んでいたロイドがそう付け加える。なるほど、大した人物だったようだ。
さて、そんな当時のオリバー伯爵はある時、ローランド王国と大規模な貿易を行なったようだ。その際に使われたのが、この船のようだ。
オリバー伯爵はローランド王国に対し、食糧を輸出したらしい。その理由だが、当時ローランド王国では自然災害による飢饉によって、地方の農村では餓死者が多く出る程の事態に陥ったそうだ。
帝国では、これ幸いとローランド王国に攻め入ろうとする血気盛んな貴族が多数派を占める中、オリバー伯爵と一部の心ある貴族は、こう進言した。
「今、混乱に乗じて王国に攻め入れば、勝利する事は可能でしょう。ですが王国を滅ぼす事は無理でございます。そして王国の兵や民は、我らに対して深い憎悪を抱くに違いありません。いずれ必ず、手痛い反撃を受ける事になりましょう。また、王国とはつい先日に休戦協定が結ばれたばかり。それを災害に乗じて破棄し、騙し討ちをするような卑怯な振舞いをすれば、周辺諸国から強い非難を浴びる事は避けられますまい。そうなれば戦に勝つ事は出来ても、外交では風下に立つ事になります」
オリバー伯爵は静かに「今は王国に恩を売り、外交と経済による勝利を目指すべきだ」と皇帝に説いて、当時の皇帝はそれを受け入れた。
そして伯爵が中心となって、ローランド王国に多くの食糧物資が送られた。価格も変に釣り上げたりせず、相場通りの値段だったという。
ローランド王国側でその貿易のその窓口になったのが、王国北部最大の港町であるグランディーノを治めていた、当時のケッヘル伯爵……現領主のご先祖様だった。
オリバー伯爵自身もこの船に乗っており、当主自らが王国に乗り込んで交渉を行ない、取引は無事に成立した。彼の堂々たる振る舞いと慈悲深さに、多くのローランド王国貴族や一般市民たちが感銘を受けたという。
こうして王国では多くの飢えた民が救われ、オリバー伯爵の名声は大きく高まった。
食糧物資を売ったお金や、ローランド王国で仕入れた貿易品、それに王国の王侯貴族から謝礼にと贈られた多くの宝物を積み込んで、帝国に帰還するためにこの船はグランディーノを出発した。
……そこで終わっていればハッピーエンドだったのが、問題はその後だ。
帰路にて、この船は突然、大規模な海賊の船団に襲撃された。
伯爵を乗せた船である為、当然この船にも護衛の船はついており、結構な戦力を持っていた。その為、その場で船団同士の激しい戦いが発生した。
しかしそこに、運悪く魔物の襲撃や悪天候が重なってしまい、周りの護衛船や海賊船ごと、この船は海底へと沈む事になってしまった……というのが、この船がここに沈んでいた経緯のようだ。
「思い出しました。確かに昔、帝国の貴族が海賊に襲われて亡くなった事件があったと聞いた覚えがあります。帝国政府は王国が海賊を雇ってやらせたのだと非難しましたが、証拠は見つからず……結局、両国の仲が以前より悪化しただけに留まったようですが」
ロイドが呟く。そりゃあ、皇帝も信頼する大貴族が敵国の民を救う為に出かけていって死んだと聞かされりゃあブチ切れるだろうよ。
「それにしても……原因となった海賊の襲撃ですが、本当に王国なのでしょうか」
「ふむ……私は逆ではないかと疑っているところですが」
ロイドが口にした疑問に、俺はそう答えた。
「逆……ですか?」
「ええ、つまり黒幕は……」
俺がロイドに説明をしようとした時だった。
突然、船がグラグラと揺れて、下の方から、
「ウオオオオオオ……オオオオオオ……」
という、大きな呻き声のようなものが聞こえてきた。まるで地獄の亡者の恨み言のような、怒りや憎しみが込められた声だ。
「話の続きは後にしましょう。今は先を急ぎましょう」
下の方で何かあったのかもしれない。俺は船室のベッド(汚れていたので『
そして船内を進んだ俺達は十数分後に最深部にて、巨大な扉を発見した。
「どうやら、ここがボス部屋のようですね」
「ええ。私が開けます。あなた達は後ろに」
俺は子供達を下がらせて、ボス部屋の大扉を開いた。
すると、その中には魔物達と、それと戦う人間達の姿があった。
人間の方は、俺達と別れてダンジョンに突入した者達だ。どうやら俺達を除く全員が、既に揃っているようだ。
対する魔物の軍勢は、アンデッド系の魔物が大部分である。その親玉は、ひときわ巨大な、海賊船長のような服装をした
どうやら既に戦いは始まっており、俺達は出遅れてしまったようだ。子供連れなので慎重に進んだ事や、航海日誌を読む等して手掛かり探しに時間を割いた事が原因だろうか。
遅刻はしたが、戦いはまだ中盤戦といったところのようなので、今からでも参加させてもらおうと思う。
俺は槍を構え、ボス部屋へと突入した。
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