第75話 一方その頃、一級廃人共による蹂躙劇(後編)※
「わ、ワタクシの強化魔物達が……ぜ、全滅……? あれほど手間と資金をかけたのが、一瞬で……?」
そのありえない光景を見て、地獄の道化師がワナワナと震える。
「赦しませんぞ貴様ら! かくなる上は我々の全力をもって、切り刻んで新たな実験体の素材にしてくれましょう! いでよ我が分身達!」
号令と共に、100体を優に超える数の地獄の道化師が姿を現した。
「クロノ、やれ」
「了解ッ!」
あるてまが技能を使用し、クロノに指示を出す。彼はサブ職業に指揮官系の最上級職『
あるてまが使用した技能は二つ。
「『ジャッジメント・レイン』!」
クロノが高く跳躍し、バチバチと白い稲光を放つ神槍、ブリューナクを投げ放つ。クロノの手から離れたブリューナクは槍としての実体を失い、一条の白き雷と化した。そしてそれが無数に分裂し、豪雨のごとく降り注ぐ。
「「「「「ウギャアアアアア!!」」」」」
高火力の超広範囲攻撃が、部屋全体に分散していた地獄の道化師達を、次々と貫いていき、急所に直撃を受けた何体かはそれだけで絶命に至った。
「もう一発だ。『
更にあるてまが使用した、直前に行なった行動を
これには地獄の道化師達も泡を食って、防御や回避に専念してどうにか被害を最小限に抑えるのだった。しかし、それでも少なくない数の複製体が死に、傷を負った者も多数存在する。
その上、数を頼みに圧し潰そうとした目論見が外れ、守勢に回らざるを得なくなった。こうなれば数の強みは半減以下だ。
更に、彼らがその隙を見逃す筈もなく、容赦のない追撃が襲い掛かる。
「海王豪烈掌!」
「玉兎彗星脚!」
うみきんぐが広げた右掌を突き出すと、激流と共に衝撃波が放たれ、前方の敵を大きく吹き飛ばした。一方、反対側ではオーラを纏った兎先輩が、まるで重力が無いかのように空中を自在に飛び回りながら、強烈な蹴りを見舞っていた。
「ええい、こうなったら指揮官だ! 指揮官を狙え!」
可能であるならば、まずは指揮官を狙って集団の頭を潰す。その考えは多くの場合において正しい。しかし、この状況においては大いなる間違いであった。
「遅い……」
あるてまは低い声でそう呟くと同時に、襲い掛かってきた地獄の道化師を蹴り上げる。そして間髪入れずに、無詠唱で
更に、それをしながら全くの同時に、蹴り上げた地獄の道化師に、跳躍しながらのアッパーカットで追撃を仕掛けたのだった。
「えっ……?」
自分が一体何をされたのか、地獄の道化師は理解する事が出来なかった。
魔物・人間を問わず、物理攻撃と魔法の両方を得意とする者は一定数存在する。地獄の道化師自身もそうだ。であるが故に、よく分かっている事がある。
それは、物理と魔法による攻撃を、同時に使う事は不可能だという事だ。
確かにそれらを組み合わせ、それぞれの長所を活かし、欠点を補って戦う事は出来る。しかし、真逆の攻撃を完全に同時に行なう事は出来ない。どうやっても僅かなタイムラグが発生する。それが常識であった。
一切の遅延を発生させずに物理と魔法を併用させるなど、地獄の道化師自身にも、あの憎き
ならば、今自らの身に起きている事は何だ? 地獄の道化師の混乱はピークに達した。
その間も、あるてまは空中で素手による物理攻撃と魔法を一切のタイムラグを発生させずに同時使用しながら、次々と地獄の道化師に攻撃を加えていた。
そんな彼は、激しい連撃を加えながら顔色一つ変えず、何かを呟いていた。
「23、24、25、26……」
彼が呟いていたのは数字であった。それは、彼が目の前の敵を宙に浮かせた状態で加えた攻撃の数。すなわち空中コンボ数であった。
「27!」
そして27発目で、あるてまは真下に向かって地獄の道化師を蹴り落した。当然のようにその体は床に激突するのだが……その時、不思議な事が起こった。
蹴り落とされ、地面にぶつかった地獄の道化師の体が、まるでゴムボールのように大きく弾んで、元の高さまで浮かび上がったのだ。
そこからは、まるで空中でバスケットボールをドリブルするかのように、あるてまが滞空したまま地獄の道化師を延々と地面に叩き付ける光景が繰り返された。そしてそれは、相手が死ぬまで繰り返される事になる。
相手を空中に浮かせたまま、ごく短時間で一定以上のコンボを稼いだ上である程度の高さから地面に叩き付ける事で発生するこの謎の現象は、元はLAOというゲームに存在した物理エンジンの不具合であった。しかし条件が酷く限定的かつ厳しい物であった為、長らく発見される事は無かったのだが、この男が発見して永久パターンに組み込んだ事で大勢の人間が知る事になった。
その後、この不具合は運営に周知されてしまった事で修正され、最悪バグ利用として処分の対象になる可能性すらあったのだが、結果としてそうはならず、逆に、
「これは非常に限定された構成で高難易度のコンボを成功させなければ成立しない為、それを発見し、成立させた並々ならぬ努力に敬意を表して正式に仕様として採用する」
という斜め上の対応がされた事で、この異次元バウンドを利用した永久コンボ『ドリブル』は完成を見たのだった。
ちなみに彼は、これを含めた全部で13パターンの永パを完成させており、その全てを廃人プレイヤー相手の決闘で成功させた実績を持つ、ちょっとおかしい一級廃人共の中でもトップクラスのやべー奴である。
これには視界や記憶を共有している、他の地獄の道化師の複製体たちも、
(えっ、あいつ今、何されて死んだ……?)
(物理法則おかしくなってね……?)
(こいつら全員やばいけど、あの青いのに関しては本気で何やってるのかサッパリわからんのですが?)
と、ドン引きで距離を取る始末であった。
(ええい、ならばこの中年を後ろから始末してくれるーッ!)
窮地に陥った地獄の道化師の一体が、今度はスナおじの背後を狙う。見れば彼は他の仲間達の活躍をニヤニヤと笑いながら眺めており、
「いやぁ、みんな相変わらずやるねぇ。こりゃあおじさんの出番は無ぇかな?」
等と軽口を叩いており、隙だらけに見える。『
「俺の背後に立つんじゃねえ!」
怒号と共に放たれた後ろ蹴りで宙を舞った。棒立ちの状態から、発生が全く見えない程の高速で放たれた蹴りに、地獄の道化師は反応すら出来ず、
「カスが!」
直後に振り向きざまに放たれた、
更に、突然の反撃に混乱しながらも他の複製体が魔法で彼に反撃を行なおうとすれば……
「魔法なんぞ使ってんじゃねええええ!」
魔法を放つよりも早く、詠唱開始直後に眉間に銃弾を叩き込まれる始末である。
「相変わらずスナおじのカウンター戦法はえげつねえな」
「離れると超高精度の狙撃で、近付いてもアレがありますからねぇ、あの人……」
自分から攻撃をしない代わりに、相手の特定の行動に反応して痛烈なカウンターを仕掛ける技能や多彩な罠を使っての、徹底した「待ち」の戦法。それこそがスナおじの真骨頂であった。彼と戦う際は焦って仕掛けたら死ぬというのがLAO対人勢にとっての常識である。
このようにして、100体以上いた複製体は次々と倒されていったのだった。
そして、地獄の道化師の本体は……
「おのれぇぇぇっ! ですがワタクシは諦めませんぞぉぉぉぉ! この恨み、必ず倍にして返して差し上げます! 楽しみにしていろアルティリアアアアアア!」
複製体の大部分と研究所を失い、ズタボロになりながらも何とか逃げ出し、女神に向かって怨嗟の声を上げるのだった。
そんな逆恨みの念を向けられた、沈没船を探索中のアルティリアは、
「くしゅん!」
と、小さなくしゃみをして、その拍子に白い水着に包まれた胸がばるんっと大きく揺れた。
「アルティリア様、お体が冷えましたか!?」
慌てて上着を脱いで差し出そうとするロイドに、大丈夫だと告げて気持ちだけ受け取りながら、アルティリアは言った。
「きっと信者が噂でもしているのでしょう。心配には及びません。それよりも先を急ぎますよ」
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