第62話 決着

「女神よ、返答や如何に!?」


 フラウロスが俺に詰め寄る。

 ああ、そうだった。俺はこいつにプロポーズされていたんだったな。向こうで色々ありすぎて、すっかり忘れるところだったぜ。


「……本当に、お前の妻になれば、この世界や住人達に手出しはしないと約束してくれるんだな?」


「うむ。我が名に誓って、約束しようではないか」


 俺の問いに、フラウロスが鷹揚に頷いた。

 それを聞き届けた上で、俺は彼のプロポーズに対して回答をする。


「そうか……だが断る」


「なっ……何だとぉ……!?」


「同じ事を二回言うつもりは無いぜ。誰がお前のような奴と結婚などするものか。そもそもお前、勝てないからって易々と敵対している相手に嫁ぐ程度の女を妻にして、本当に嬉しいのか?」


 俺は右手に握った三叉槍の穂先をフラウロスに突きつけて、そう問い質した。


「そうじゃないだろう? お前がしたいのは自分を倒せる程の強者を相手にしての、殺るか殺られるかの闘争だ。……安心しろよ。プロポーズは断ったが、その願いは私が叶えてやるよ」


 俺がそう宣言した瞬間、フラウロスが大声を上げて笑った。その巨体から発せられる笑い声は相応に大きく、空気がびりびりと振動する。


「初めて味わう感情だ……これが感謝という気持ちか」


 奴から伝わってくる感情は……歓喜。そして周囲の空間が歪む程の闘争心だ。


「そこまで言ったのだ、簡単に潰れてくれるなよ!」


 炎の巨人が、その拳を俺に向かって叩きつけようとする。

 つい先程までの俺であれば、その一撃で成す術もなく潰されて死んでいただろう。しかし、今の俺ならば……


「皆の祈りを、願いを……ここに束ね、我が手に奇跡を!」


 俺の身に宿った信仰の力……FPFaithPointをありったけ消費して、奇跡を願う。

 願う内容はただ一つ、こいつを倒せるだけの力を俺によこせ!

 そう強く念じた瞬間、俺の身体に変化が訪れた。


 まず最初に……着ていた服が消失し、全裸になった。しかし肝心な所は謎の光によって隠されている。

 これは……魔法少女の変身シーン的なアレか?

 そして次の瞬間には、身体が眩い光に包まれたと思ったら、俺の姿が変化していく。

 まず衣装が鎧に変わった。ただし全身鎧フルプレートメイルではなく、胸や肩、腕、腰、脛あたりの、特定部位のみを保護するハーフ・プレートメイルだ。

 より正確に言えば、所謂ビキニアーマーである。

 色は青色がベースで、鎧部分の表面は半透明の水で覆われている。これは恐らく、俺が元々着ていた水着と、水精霊王アクアロードの羽衣が元になっているせいで、このような形状になっているのだろう。


 そして、俺自身の身体も変化している。まず一番目立つ変化としては、背中に大きな二枚の白い翼が生えた。

 次に身体が少し成長したようで、背が少し伸び、胸やお尻のサイズも一回り大きくなって、髪も元々腰くらいまであったのが膝あたりまでの超ロングになっている。


 ……これ元に戻るんだよな? ついこの間ブラジャーのカップサイズがJカップからKカップになって、持ってる下着を全部手直ししたばかりなんだが。


 そんな事を考えている間にも変身は続く。最後に変化したのは装備だった。

 深い蒼色の大きな宝石の付いた首飾り、黄金色に輝く布で作られた腰帯ベルトが装着され、左手には聖なる輝きを放つ、純白の槍が握られていた。


 これは……見間違える筈もない。俺の仲間達が愛用していた神器たちだ。

 キングの首飾り『大海の心オーシャンハート』、バルバロッサの腰アクセ『メギンギョルズ』、そしてクロノの愛槍『ブリューナク』。

 そのどれもが作成難易度・性能共に世界最高クラスの神器である。


「有難く使わせて貰う」


 右手に海神の三叉槍トライデント・オブ・ネプチューン、左手にブリューナクを装備した俺は、二本の槍をフラウロスの拳に向かって突き出した。


「何ぃっ!?」


 先程、拳で防御技を弾かれて吹っ飛ばされた時と違い、今度は当たり負ける事は無く、逆に二本の槍による攻撃でフラウロスの拳を弾き返してやった。

 俺自身のステータスが大きく上がっているのもあるが、やはり装備による影響も大きいだろう。

 バルバロッサの神器・メギンギョルズの効果は、筋力STR耐久VITの上昇と所持重量の増加のみという、トップクラスの作成難易度を誇る神器としては、いささか物足りない物だが……効果が少ない代わりに、その効果量がえげつなかった。

 その効果量は、それら全てが『元々の数値の50%上昇』というブッ飛んだ物だ。

 元から筋力と耐久、そして筋力によって上昇する所持重量が極めて高い巨人族ジャイアントのバルバロッサがこれを装備する事で、上昇量はとんでもない事になり……そのせいで奴は機械仕掛けのパワードスーツめいた全身鎧に加え、両手に二挺ガトリング砲、両肩に超大型グレネードキャノン&ミサイルポッドという……普通のプレイヤーならば間違いなく重量過多で一歩も動けなくなるような、トチ狂った超重武装を実現させていた。


 そして、今の俺も奇跡パワーで通常のプレイヤーにはありえないステータス値に超強化されている為、バルバロッサ以上に上昇量がやばい事になっている。おまけにキングの神器・大海の心にも全ステータス上昇の効果があったりするので、更に倍率ドン! というわけだ。

 その状態で神器の二槍流による攻撃だ。力任せのパンチくらい弾き返せて当然よ。

 拳を弾いて体勢を崩したフラウロスの隙を見逃さず、俺は追撃を加える。


「『気象操作コントロール・ウェザー』!!」


 超級魔法・気象操作コントロール・ウェザー。効果はその名の通り、今いる地域全体の天候を強制的に変更する事ができるという物で、ダメージや回復等の直接戦闘に関わる効果は無いが、周囲の環境を自分にとって有利な物に変える事が出来る独特で便利な代物だ。

 プレイヤーが通常の方法で習得する事は出来ず、神器アクセサリ『大海の心オーシャンハート』、『天空の心テンペストハート』、『大自然の心ネイチャーハート』のいずれかを装備時にのみ使用可能な、装備専用技/魔法の一種である。


 その魔法によって、俺は天候を暴風雨へと変更した。

 バケツをひっくり返したような豪雨が降り注ぎ、人が簡単に吹き飛ばされて宙を舞う程の強風が吹き荒れる。まるで大型台風が直撃したような悪天候だ。


 普通の人にとっては、この暴風雨という天候は最悪の環境だろう。強い雨風によって視界が遮られ、動きが阻害されてしまい、戦うどころかまともに動く事すらままならない。訓練を受けていない一般人ならば嵐に吹き飛ばされて大怪我をするか、最悪死ぬ。


 しかし、この俺にとっては最高の環境である。何しろあたり一面、見渡す限り水だらけであり、ほぼ水中エリアのような状態になっている。

 つまり、水中同様に高速移動や、大量の水を操っての攻撃が可能になるという事だ。

 水精霊達も、大量の雨が降った事で元気いっぱいだ。


「ヒャッハー! 水だぁー!」


「水だあああああ!」


 なんか元気すぎて世紀末のモヒカンみたいになってるが、あえて気にしない事にして……反撃開始じゃあ!

 俺は背中の翼を広げて飛び立ち、風に乗って空を舞う。降り注ぐ雨や吹き荒れる嵐は俺の動きを阻害する事なく、むしろそれらを操る事で、人の限界を超えたスピードで飛行しながら二本の槍を振るい、魔法を連発して猛攻を仕掛けた。


「ヌゥーッ! 何という攻撃! 素晴らしい!」


 決して小さくないダメージを負いながら、フラウロスは歓喜の表情を浮かべて、巨体を活かした物理攻撃や、炎で反撃してくる。

 俺の攻撃も相当効いている筈なのだが、それにも関わらずノーガードでガンガン攻めてくるのは、流石大ボスといったところか。

 恐らく、主導権を渡せばそのまま押し切られると判断し、攻め合いを選択したのだろう。

 その判断はきっと正しい。人々の祈りによる奇跡の力と、仲間達に借り受けた神器によって大幅にパワーアップし、有利に戦えてはいるが……奴の攻撃が、どれも直撃すれば一撃死レベルのヤバい威力である事に変わりはないのだ。

 なので、決して油断はできない。俺は積極的に攻撃しながらも、受けたらまずい攻撃だけはしっかり回避する。LAOのレイドボス戦と同じだ。火力役ダメージディーラーは基本的に攻撃だけに専念するが、壁役タンクが庇う事のできない反撃技カウンターや広範囲攻撃は、自分で対処する必要がある。俺は今回ソロなので尚の事、食らってはいけない攻撃はしっかり避けなければならない。


「戦況が有利な時ほど守りには気を遣え。有利な時ほど一発逆転のリスクは高まる……か。ちゃんと覚えてますよ、あるてま先生」


 これは、過去にあるてまという名のプレイヤーに言われた言葉だ。

 『あるてま先生』『頭のおかしい魔法戦士』等と呼ばれる有名な一級廃人で、かつて不遇職と呼ばれていた魔法戦士をメイン職業にしながら、レイドボス戦や集団対人戦などの様々な場面で異様な強さを見せつけた、やべー奴しか居ない一級廃人共の中でもトップクラスのやべー奴である。

 定期的に開催される対人戦PvPの大会にて彼と対戦した時に、有利な状況に持ち込んで、勝てると踏んで攻勢に出た俺は、その隙を突かれてあっさりと敗北した。有利と思い込んでいた戦況は全て、彼の誘いだったと知ったのは全てが終わってからだった。

 俺が慎重な立ち回りを心がけるようになったのはそれからだ。サブクラスに魔法戦士を取得して槍と魔法を併用するようになったのも彼の影響で、立ち回りや戦術も随分と参考にさせて貰っている為、キングと並んで頭が上がらない相手である。恩返しをする機会は失われてしまったが、彼の教えは今後も守り、伝えていこうと思う。


「それはそれとしてチャンスだ、貫けブリューナク! 『極光翔槍ライトニングジャベリン』!」


 翼を使って飛翔して相手を攪乱し、上手い具合にフラウロスの真上を取った俺は、ブリューナク専用技のうちの一つを発動させた。左手に持った純白の槍が投げ槍へと形態変化し、穂先に白い稲光を纏う。

 俺はそれを、フラウロスの頭に向かって全力で投げつけた。手から離れた瞬間、至近距離に雷が落ちたような轟音と共に、ブリューナクがまるで吸い込まれるように、フラウロスの脳天へと突き刺さった。威力が通常攻撃の6倍で光&雷属性付き・溜め無しで即時発動のインチキ遠距離技を食らえオラァ! しかも発動後、ブリューナクはすぐに自動で手元に帰ってくるオマケ付きである。普段からこんなのを使い放題なクロノを少し羨ましく思いながら、俺は魔法を発動させた。


「『海神の裁きジャッジメント・オブ・ネプチューン』!!」


 海神ネプチューン直伝の、召喚した水をビーム状の高圧水流にして何十発も射出する範囲攻撃魔法。俺がLAO時代から愛用していた切り札の一つだ。

 しかも今回は、召喚するのではなく絶え間なく降り注ぐ大雨による、周囲にある大量の雨水を使用しての攻撃だ。暴風雨により全方位が水に囲まれた状態でそれを発動した事や、俺自身の能力が大幅に強化されている事もあって、範囲・威力共に普段の数倍の規模と化した超級魔法が炸裂した。


「ヌ……グゥオオオオオオオオオッ!!」


 全身を極太の水ビームでくまなく撃ち抜かれたフラウロスが、ついに膝をついた。

 しかし、その次の瞬間……


「み、見事だ……だが……これで終わりと思ったかああッ!!」


 両掌を俺に向かって突き上げ、咆哮と共にフラウロスが炎の氣弾を放つ。その大きさは奴の巨大な両手を広げたくらいで、大きさだけではなく感じる熱量や威力も相当な物だ。

 勝ったと思って油断したところに、これを食らったならば……あるいは勝敗は逆になっていたかもしれない。しかし……


「ああ、思ってねえよ」


 巨大な炎の氣弾は、俺に命中する前にその動きを止めた。

 それだけではなく、フラウロスも、俺が召喚した水精霊達も、そして降り注ぐ雨水や吹き荒れる嵐すらも……世界の全てが停止した。


「読み通りだ」


 超級魔法『時空凍結コールドステイシス』。自分以外の時間を停止させる効果を持つその魔法を、俺はあらかじめ、いつでも発動できるように準備していた。

 そして止まった時間の中で、俺は遥か上空に向かって飛翔した。

 高度およそ1000メートルまで到達したところで、時間が再び動き出した。


「世界に満ちる水よ、我が槍に集え!」


 海神の三叉槍を両手で構え、海王拳を撃つ時のように、その穂先に周囲の水を集める。降り続けていた大量の雨水が全て、俺の槍へと宿り……その穂先に、長大な水の刃を生成した。


「これで……終わりだ!」


 それを構え、俺はフラウロスに向かってまっすぐに急降下し、その巨体を貫いた。槍はフラウロスの身体を貫通して地面にまで深く、深く突き刺さり……地面に入った亀裂から、大量の水が噴き上がった。


「み、見事だ女神よ……! 素晴らしき戦い、良き……敗北であった……!」


 フラウロスが遂に倒れ、その身体が崩壊してゆく。豹の顔が、最後に満足そうに笑ったように見えたが、すぐに地面から噴き出す水に飲み込まれ、見えなくなっていった。


「……終わったのか」


 魔神将の姿が完全に見えなくなったところで、俺はようやく勝利を確信する事ができた。

 その瞬間、一気に身体から力が抜け……同時に、俺が発動していた魔法もその効果が途切れる。

 『気象操作』の効果が終了したところで、天候も元に戻り……凄まじい暴風雨が止んで、天空を覆っていた黒い雨雲が晴れていく。

 その雲の隙間から、光が射した。


「ああ……もう、すっかり朝になってたのか……」


 戦っている間に、どうやら朝日が昇っていたようだ。

 まずいな、朝帰りになってしまった。アレックスとニーナが心配するし、早く帰らないと……

 そう考えながら、俺は意識を手放したのだった。

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