第61話 さらば、友よ
「お前は神を、人々を導く者として捉えたわけだな」
何事も無かったかのように、キングが話を戻した。色々と突っ込みたい事はあるが、また脱線して更にグダグダになりそうなので大人しく話を聞く事にする。
「確かにそれもまた、神の一側面ではある。しかし、それは本質ではない」
温度差で風邪を引きそうだが、キングが重要な事を言おうとしているのは分かるので、俺は気を引き締めて彼の言葉に耳を傾けた。
「俺はこう考えている。神の本質とは……人々の祈りに応える者だと」
「祈りに……応える……?」
「ああ、そうだ。神とはつまるところ、人々の願いによって生まれた存在だ。人の祈りや願い、信仰こそが、神を神たらしめる。それら無くして、神は在る事が出来ないのだ。古い神話には、神が世界や人を作ったという内容の物もあるが……実際は逆だ。まず人があり、その祈りによって神が生まれた」
おい、世界設定の根幹に関わるような重要な事をさらっと言いやがったぞこいつ。
「それは今のお前も同じ事。魔神将に狙われ、滅びを迎えようとしている大陸の大地や海……大自然に宿る世界の意志が救いを求め、それを阻止し得る者を呼び出そうとした。その結果として、この世界とリンクしている異世界のゲーム……LAOを通じてお前が召喚された。それがお前の異世界転移の原因だ。そして、丁度その時に命の危機に陥り、救いを求めていたロイド=アストレアとその一党の近くに召喚された事や、彼らの信仰心によってお前が新たな神となった事……それも全て彼ら人間が持つ、祈りの力によるものだ」
キングの口から、次々と真実が明かされる。うーん、まさかこの世界の人間の祈りが、それほどの力を秘めていたとは……
「事実、これまでお前は人々の信仰を集めて、その力を消費する事で神としての力が強くなったり、新たな加護や権能を得る事が出来ていただろう? ……ここまで言えば、流石にもう分かった筈。神の戦い方とは即ち、人々の祈りを力に変える事だ」
人間ひとりひとりは弱く、その祈りが持つ力も小さく儚い物だが、数多のそれを己の身に集め、束ねる事で大いなる奇跡を起こす事ができる。それこそが神の本来の役目であると、キングは俺に説いた。
「わかったよキング。やってみる」
俺は目を閉じ、意識を集中させ……信者達の事を心に思い浮かべながら、ゆっくりと語りかけた。
「皆、私の声が聞こえますか」
すると、すぐに次々と返事が返ってくる。グランディーノの住人達に冒険者達、海神騎士団のメンバー、海上警備隊の隊員達、アレックスとニーナ……聞き覚えのある声が大半だが、中には会った事の無い者の声も混ざっている。
「今、私は単独でレンハイムの町付近に襲来した、魔神将フラウロスと戦っています。しかし敵はあまりに強大で、正直このままでは勝てそうにありません」
俺がそう言うと、俺の身を案じる悲痛な声が多く伝わってきた。中には今からでも俺を助けに行こうとする者も居るくらいだ。
「そこで、皆の力を貸してほしいのです。魔神将に勝利する為には、貴方達の力が必要です。どうか、私を助けてください」
肯定と、どうすればいいのかという疑問の声に、俺は答える。
「祈りを。私を信じ、勝利するように祈ってください。それが私の力になります。皆の祈りによって生まれる力を私の身体に集め、魔神将に打ち勝つ為に使います」
そう伝えた瞬間、俺の身体に力が集まり、内側から何かが湧き上がってくるのを感じた。
これは人間達に信仰を向けられた時に感じたものと同じだが、その規模は今までに感じた事のない、桁違いの物だった。
正直、甘く見ていたと言わざるをえない。何千、何万という人間が心を一つにし、一心不乱に祈りを捧げ、それが一点に集まるとこれほどのエネルギーを生み出すとは、予想だにしていなかった。
しかし、これほどの力があれば、魔神将を倒せる程の奇跡が起こせるかもしれない。いや、起こしてみせる。
俺は目を開き、目の前に立つ男に軽く頭を下げた。
「世話になった、キング。あんたにはいつも助けられてばかりだな」
「気にするな。何故なら俺は……」
「キングだから……か?」
「ふっ……その通り、キングだからだ!」
いつも通りの物言いに苦笑を浮かべながら彼に背を向け、魔神将との戦いに戻ろうとした時だった。
「ところでアルティリアよ」
「……? どうした?」
まだ何か言いたい事でもあるのかと、背を向けたまま返事をすると、
「突然だがここでキングクイズだ!!」
「!?」
いきなり何言ってんだお前。そう突っ込む間もなく、キングは問題を出してきた。
「割と抜けてはいるが聡明なお前の事だ、俺の正体にはもう見当が付いていると思う。そこで問題だ。そちらの世界に居た時の、俺の名前を答えよ。正解すれば豪華賞品をプレゼントしよう」
「……お前の正体は、かつてこちらの世界に居たという神の一柱。そして……
かつて彼と数えきれないほど交わした会話や、
マナナンという名の神は、LAシリーズに名前だけ登場する神だ。
かつて楽園と呼ばれていたこの島、エリュシオン島を管理していた神であり、彼が残した様々な神器やマジックアイテムは、原作主人公達が魔神将を倒す為の大きな助けとなった。
「……正解だ。では豪華賞品をプレゼントするとしよう」
キングがそう言うと、背後から新たに二人分の足音と気配がした。それは俺にとって、よく知る人物の物であった。
振り向くと、そこには二人の友人……バルバロッサとクロノの姿があった。
「よう、おっぱいエルフ、元気だったか!?」
「アルさん……お久しぶりです」
「お前ら……!?」
思わず二人の顔を交互に見た後に、キングに視線を向ける。
地球の者達は、キングのような例外を除けば異世界に行った人間の事は忘れ、記録にも残らないんじゃなかったのか!?
「俺に残された力を使い切って、こいつらにお前の記憶を戻して精神をここに連れてきた。正直もうこれで正真正銘、俺の神としての力はスッカラカンだ。しばらくは助言も出来なくなるから、次からは自分で何とかしろよ」
そう言って、キングはふてぶてしい笑みを浮かべたのだった。
この野郎……最後にとんでもないサプライズを用意してきやがった! だがそれは、俺にとっては何よりも嬉しいものだった。
こいつらに別れも言えずに、二度と会えなくなる事は……どうにもならない事だと分かってはいても正直、ずっと気にしていたのだ。
「よう。いきなり居なくなって悪かったな。なんか知らんけど、異世界で女神やる事になっちまってな」
二人に向かってそう言うと、クロノは困ったような、呆れたような半笑いを浮かべ、バルバロッサは歯を剥き出しにして豪快に笑った。
「アルさんは本当に、目を離すとすぐに予想外の事態に巻き込まれて、意味わかんない状況になってますよね。わざとやってるんです?」
「そのおっぱいで女神は無理だろ。親に向かってなんだその乳は」
「わざとな訳ねーだろ、俺だって不本意だわ! それとてめーの娘になった覚えはねぇよ、このクソ脳筋!」
感動の再会かと思ったらすぐにこれだよ。こいつらは本当にもう……
それから少しの間、お互いの近況を報告したり、かつてのような馬鹿話をして親交を深め、ほんの数か月前の事だというのに懐かしさを感じたりしていると……
「さて……名残は惜しいが、そろそろ俺の力も尽きる。お互いの現実世界に戻る時間だ」
キングがそう口にした。今居る空間は精神の世界であり、現実世界では一秒も経っていないそうだが、当然ながらそれをいつまでも維持出来る訳ではない。
むしろキングは別離を惜しむように、本当の限界まで待ってくれていたのだろう。
「これで、本当にお別れだな。……じゃあ、行ってくる」
俺は、彼らに別れを告げて魔神将との戦いに戻る。
「アルさんなら、絶対にやれるって信じてます」
クロノが。
「おう! 行って一発、かまして来いや!」
バルバロッサが。
「がんばれ、アルティリア。俺は……いや、俺達はいつでもお前を見守っているぞ!」
キングが。
仲間達が、俺に向かって拳を突き出す。
俺もまた、同じように右拳をまっすぐに、彼らの拳にぶつけるのだった。
そして次の瞬間、俺の視界が切り替わり……目の前には俺を見下ろす魔神将フラウロスの姿があった。
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