第63話 女神再臨
目の前に同じギルドのメンバーであり、親しい友人でもある巨人族の男、バルバロッサの姿があった。
頭に髑髏マークの付いた黒い海賊帽を被り、逞しい筋肉を誇示するかのように、上半身は前を全開にした露出度の高い恰好をした、いかにも海賊団の親分といった風体の男だが、一つだけ、明らかにいつもの彼とは異なる部分があった。
それは、海賊帽の下にある彼の頭部だ。いつもはボリュームのある真っ赤な髪があったその場所には……髪の毛が一本も残らず、無くなっていた。
ハゲである。まごう事なきツルッパゲである。
おい、一体その頭は何だと問い質そうとしたが、その前にバルバロッサ(ハゲVer)が口を開いた。
「よう! 今日は禿ジャイ祭りだぞ!」
何だその得体のしれない祭りは。俺が呆気に取られていると……
「来たかアルティリア、遅かったな」
背後からキングの声がした。思わず俺が振り返って背後に視線を送ると、そこには……
「待たせたな! 俺が禿ジャイのキングだ!」
そこにはバルバロッサ同様、禿ジャイと化したキングの姿があった。服装はいつも通りだが、そこには子供らしい見た目の小人族の面影は残っておらず、筋肉モリモリの半裸に赤いマントの巨漢(ハゲ)が立っていた。
いったい、どういう事なんだ……どうして
「禿ジャイ祭りは禿ジャイ祭り。お前が禿ジャイなら禿ジャイがわかるはず」
と、意味不明な台詞をのたまうクロノが現れた。当然のように奴もハゲ頭の巨人族と化しており、どちらかといえば線の細い少年が、ガチムチマッチョの兄貴と化していた。堅牢な
「だから禿ジャイ祭りって何だよ!?」
あまりの地獄めいた光景に思わず絶叫した俺を、誰が責められようか。しかし仲間達はそんな俺に対し、呆れたような視線を向けた。
「わからんのか。この戯けが」
「わからんわ! わかってたまるか!」
「ならば説明しよう。禿ジャイ祭りとはクソ運営に反省を促す為、我々プレイヤーが皆で禿ジャイと化して歌い、踊り、暴れ狂う祭りである!」
つまりデモ活動のような物か。しかしこの悪夢のような光景は、もはやデモを超えてテロの類では……?
俺がそう考えていると……
「「「禿ジャイわっしょい! 禿ジャイわっしょい!」」」
声を揃えてわっしょいわっしょいと騒ぎ立てながら、大勢の禿ジャイが現れた。そんな禿ジャイ共の中には、見慣れた装備の知り合いの姿も多く見受けられる。友人や知り合い一同が全員禿ジャイと化した地獄が目の前にあった。
「さあ、お前も禿ジャイになるがいい!」
「嫌じゃああああああ!」
「ドスケベエルフが逃げたぞ! 追え!」
俺は禿ジャイの群れに背を向け、全力で逃走した。
そして………………
「うわあああああああ……ハッ!? ゆ、夢か……!?」
俺の人生で史上最悪の、下水で煮込んだクソみたいな悪夢だった。
「何て悪夢だ、全く……そしてここは何処だ!?」
更に飛び起きると、知らない部屋のベッドの上で横になっていた事に気付いて軽く混乱した。
結論から言うと、俺が目を覚ましたのは海底だった。
魔神将フラウロスを倒した後、俺が目を覚ました場所は深い海の底にある、海神ネプチューンが治める聖域にある海底都市。その宿屋の一室で俺は目覚めた。
この海底の聖域だが、場所が場所なので、LAOのプレイヤーでこの場所を訪れた事のある者は、あまり多くない。何故ならばここに辿り着くには危険な水属性モンスターが多数棲息し、水中を移動しなければ突破出来ない箇所が多く存在する、長い洞窟を抜けて辿り着く必要があるからだ。相当な戦闘能力と、水中への適応能力が求められる高難易度の洞窟を突破するのは容易ではない。
ちなみに俺は洞窟を使わずに、泳いで海から直接来た。その方法で訪れた者は俺が最初で最後らしい。
さて、そんな海神の大先輩が治める聖域で目覚めた俺は、部屋の外で警備をしていた
その道中、彼女らに質問する。
「状況の説明を頼む」
「かしこまりました。アルティリア様は魔神将を討伐後、力を使い果たして眠りにつきました。あのままでは危険な状態だった為、ネプチューン様がアルティリア様を、聖域へと招かれました。それが二週間ほど前の事です」
「……待て、私は半月近くも眠っていたのか?」
「はい。魔神将を相手に単身で長時間の戦闘を行なった事による肉体的・精神的な疲労に加えて、限界を超えた力を行使した事による反動によるものと推測します」
彼女の話によれば、どうやら一時は本気で死にかねないくらいに身体がヤバい事になっていたようだが、聖域でしっかり休んだ事で、すっかり元通りになっている。
元通りといえば、背中に生えた翼や成長した肉体は元に戻っている。あの状態は変身時のみの変化だったようで、ひと安心だ。
おっぱいのせいでうつ伏せで寝れないのに、常時翼が生えた状態になったら、一体どうやって寝ればいいのかと本気で悩むところだったぜ。
信者達はロイド率いる神殿騎士達と、俺が使役する水精霊達が手分けして避難をさせた事で、多少の怪我人は出たが重傷者や死者は出ず、無事に避難する事が出来たそうだ。今は皆、家に戻って復興作業を始めているようだ。
しかし俺の安否が不明な事で、当初はかなりの動揺があったそうだが……ネプチューンが水精霊達を通して、俺の無事と、休息が必要である事を知らせてくれた事で混乱は収まったとの事だ。
聞きたい事は粗方聞き終えたところで、聖域の最奥にあるネプチューンの宮殿へと辿り着いた。俺はその奥へと足を進め、謁見の間に入った。そこには玉座に腰を下ろした、青い髪の巨漢の姿があった。海神ネプチューンだ。
謁見の間に入った俺を見ると、ネプチューンは玉座から立ち上がり、こちらに歩み寄ってきた。
「ネプチューン、また世話になったみたいだな。随分と寝坊をして、待たせてしまったようですまない」
「気にするな。それよりもアルティリアよ、此度はよくやってくれた。汝の働きにより、かの大陸の者達は魔神将の脅威から救われたのだ」
ネプチューンのその言葉で、ようやく終わったのだと実感する事が出来た。
これで、アルティリアの身体に宿ってこの世界に呼ばれた俺の役目を、果たし終える事が出来たのだろう。
そう考えていたのも束の間だった。
「次の脅威が訪れるまでは、暫く時間が空くだろう。その間に己を更に鍛えると共に人間達を導き、戦いに備えるといい」
「ああ。………………えっ、今何て言った」
次の……脅威? 戦い? えっ、あれで終わりじゃないの?
「……言っていなかったか? あの大陸を狙っている魔神将はフラウロスだけではなく、他にも何体かの魔神将が裏で蠢いている」
「いや聞いてねえよ!?」
「現に、以前汝が倒した
そういえばそんな奴も居たな! あのゲス野郎の事とかすっかり忘れてたわ!
「まあいい、とにかく別の魔神将が現れるけど、ある程度は時間の猶予があるって事で良いんだな……?」
そういう事なら、信者達の育成計画を更に進める必要がある。
今回は育ちきる前に、急にフラウロスが出てきたので俺が一人で戦う羽目になったが、あんな無茶は出来ればもうやりたくない。
幸い、準廃人レベルに育っているロイドを筆頭に、神殿騎士達は良い感じに強くなっているし、時間の余裕があるなら彼らを中心に、信者達を強く育てていこうと思う。
「それじゃあ私は自分の神殿に戻るぞ。皆も心配しているだろうしな」
そう言って俺は謁見の間を退出しようとするが、その前にネプチューンが声をかけてきた。
「少し待て、アルティリアよ」
「何だ? まだ何かあるのか?」
「汝はこの短い期間で、人々の祈りに応え、彼らを導き、多くの信仰を得た。そしてその力を使い、魔神将を単身で討伐するという偉業を成し遂げた」
改めて言葉にされると、とんでもない事やってるな俺。
とはいえ最後の戦いは文字通りに奇跡が起きて勝てただけで、分が悪い博打と呼ぶのも憚られるような物だったので、次はちゃんと勝算を用意してから戦いたいものだ。
「よって、海神ネプチューンの名に於いて、汝を『大神』と認定する」
「………………
「汝を大神と認定すると言ったのだ。
聞き間違いじゃなかった上に、寝てる間に神様会議みたいなので決まってた!?
【EX
そして通知音と共に、目の前にシステムメッセージが表示された。
これは……通常
それならば出来る事も増えそうだし、有難く受け取っておくとするか。色々と責任とか使命とか人々の信仰とか、背負う物も大きくなりそうで気が重いが。
……まあ、それも今更か。
「じゃあ、そろそろ帰るよ。またな」
「うむ。最も新しき神よ、地上を頼んだぞ」
俺はネプチューンに背を向け、玉座の間から退出する。そして技能『神殿への帰還』を発動した。
神になってから習得した、使用すれば自分を祀っている神殿へと一瞬で帰還できる便利な技能だ。その効果でグランディーノにある神殿へと帰ろうとした時だった。
「……反応が、多いぞ……?」
グランディーノだけでなく、俺の神殿が他にも何箇所もあるのを感じた。
これは……方角や距離的に、レンハイムの町やその周辺にある小さな町や、規模が大きい村あたりか? それと、大きく離れた場所にも一つある。これはローランド王国の首都である、王都ローランディアと思われる。
半月ほど寝ていたら神殿がたくさん増えていた。
俺がいない間に何やってんだあいつら。
新しく増えた神殿について聞くのは後にするとして、俺は移動先にグランディーノの神殿を選択し、
視界が揺らめき、次の瞬間には見慣れた神殿へと移動していた。
この技能は転移する距離に比例して消費する魔力が増えるので、海底の聖域から超長距離の移動をしたので、流石の俺でもかなりMPを削られたが、二週間も寝て回復したので問題は無い。
と、その時だ。神殿の入り口の扉が勢いよく開いて、入ってくる者達がいた。
二人の子供、アレックスとニーナの兄妹だ。二人は駆け寄ってきて、俺に向かって勢いよく飛びついてきた。
「おっと……おいおい、いきなり強烈だな……」
腹に向かって二人がかりの全力ダイブは、小さい子供が相手とはいえ受け止めるのがなかなか大変である。
と、そこで二人が俺のお腹に顔を埋めたまま、小さな体を震わせて泣いているのに気がついた。
「……ごめんな、心配をかけた。でも、ちゃんと帰ってきたからな。もう大丈夫だ」
俺は身を屈めて、二人をまとめて抱きしめた。
暫くそうやって二人の頭を撫でていると、やがて落ち着いたようで顔を上げてくれた。二人とも、目元や鼻が真っ赤になっている。
「母上」
「ママ」
アレックスとニーナが同時に、俺に話しかけた。どうした? と訊くと、二人は声を揃えて、こう言うのだった。
「「おかえり!」」
「ああ。ただいま、二人とも」
そして次の瞬間、外から大勢の人間達が神殿内へと入ってきた。
「お帰りなさいませ、アルティリア様!」
「もうお体は大丈夫なのですか!?」
「お帰りをお待ちしていました!」
うちの神殿騎士達を先頭に、領主や町長、冒険者に海上警備隊員、領邦軍の軍人に商人達、そしてグランディーノや近隣の町村の住民達と、様々な種類の大勢の人間達が次々と入ってきて、俺に声をかけてきた。
「皆ぁ! 女神様のご帰還だ!」
「何ぃ!? 仕事なんかしてる場合じゃねえ、全員で盛大にお出迎えをするぞ!」
「港の方に居る連中にも伝えろ! 急げ!」
遠くの方からはそんな声も聞こえる。そうしている間にも、次から次へと神殿に人が集まってきた。
ええいお前ら、少し落ち着け! 人が多すぎて神殿のキャパシティを完全にオーバーしてるし、俺は聖徳太子じゃないのでそんな一気に話しかけられても聞き取れんわ!
「あーもう、静まりなさいアホ共ぉー!」
こうして、二週間のお休みから復帰した後の、俺の最初仕事は……テンションが上がりすぎた信者達に水をぶっかけて、頭を冷やしてやる事となったのであった。
実に締まらないが、まあ……これくらいが俺には丁度いいのだろう。
うちの信者達は俺に似たのか馬鹿ばっかりなので、放っとくと何をしでかすか分かったもんじゃないしな。
仕方がないので、今後も俺が面倒を見てやろうと思うのだった。
第一部 完
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