第49話 グランディーノへようこそ(後編)※

「やっちまえ!!」


「「「「「おう!」」」」」


 号令と共に突撃した農民達が勢いよく武器を振り回すと、一撃でゴブリンが真っ二つになった。そのありえない光景に、冒険者達が目を見開く。


「嘘だろぉっ!?」


 村の男達は、よく訓練された戦士に見劣りしない動きでゴブリンの群れを蹴散らしていく。しかし、戦いに参加するのは男達ばかりではない。


「いくよアンタ達! 『水の弾丸アクアバレット』!」


「食らいなさい、『氷の弾丸アイスバレット』!」


「凍りつけ! 『凍結フリーズ』!」


「ご婦人方や娘さん達も!?」


 女達もまた、魔法で後方から男達を支援し、ゴブリン共を殲滅していた。更に、


「今じゃあ! 撃て撃てーい! 撃ちまくれぇ!」


「まだまだ若いモンには負けんぞぉ!」


「しかしこの武器は使いやすくてええのう!」


「ご、御年配の方々まで!?」


 村の年寄り達も、元気いっぱいに矢を放っている。彼らが使っているのは、引鉄を引くだけで矢を放つ事ができるクロスボウだ。

 女神が伝えた技術によって造られた最新式で、従来の物より命中精度や射程距離、攻撃力が大幅にアップしている上に、軽くて小型で扱いやすく、子供やお年寄りでも使いこなせる親切設計だ。


 そして挙げ句の果てには、いつの間に現れたのか、つい先程までは影も形もなかった、見覚えのない小さな子供達までもが、ゴブリンとの戦いに参戦していた。


「させるかっ!」


 前衛の隙を突いて、後方の女達に接近しようとした小鬼に向かって飛びかかり、剣を振るったのは金髪の、小さな少年だった。

 その少年は手に金属製の小剣ショートソード円形の盾ラウンドシールドを持ち、胸部や関節を保護する防具を身に着けている。

 少年は盾で巧みに敵の攻撃を受け流しながら、剣で心臓を一突きしてゴブリンを仕留めてみせた。


「村の人達に手は出させないぞ!」


 幼い少年ながら、凶暴な魔物に向かって剣と盾を構え、堂々とそう宣言して立ち塞がるその姿は、勇猛果敢な騎士のようだった。

 その少年の名は、ハンス=ヴェルナー。グランディーノの町で暮らす少年だ。

 ゴブリン達は突然の乱入者に面食らったものの、その正体が子供だとわかると、どうやって甚振ってやろうかと邪悪な笑みを浮かべた。相手が自分より弱いと見れば、すぐに調子に乗って嗜虐心を剥き出しにするのがゴブリンという生き物の性質だ。


 武器を構え、舌なめずりしながらハンスを取り囲むゴブリン達だったが……


「今だアレックス!」


「おう! くらえ、ろうらくしょう!」


 ハンスの合図と共に、上空からもう一人の少年がゴブリン達を強襲する。

 その少年が上空から急降下しながら、水属性のオーラを纏った右足を地面に叩きつけると、衝撃波と共に大量の水が落下地点を中心とした広範囲に放たれ、十数匹のゴブリン達を纏めて吹き飛ばした。

 うみきんぐより伝授された蹴技『滝落衝』を放ったのは、真っ白い髪に褐色の肌、狼の耳と尻尾が特徴的な獣人族の少年、アレックスだ。


「せっかしょう!」


 続けざまにアレックスは、両手を前に向かって突き出した。小さな掌から冷気が放たれ、水びたしになったゴブリン達が瞬く間に氷漬けにされていく。凍結を付与する効果がある拳技『雪華掌』だ。

 ハンスを取り囲んでいたゴブリン達が、その連続攻撃を受けて倒れる。

 壁役タンクがターゲットを集めて、攻撃役アタッカーが固まった敵を纏めて殲滅する。基本的だが有効な戦術を、二人の少年は実践していた。


「ギャギャ!」


「ギャギャギャギャ!」


 突然の攻撃で仲間がやられた事で、ゴブリン達が怒り狂って、でたらめに武器を振り回しながら二人の少年を包囲し、攻撃する。

 それに対してアレックスとハンスは、背中合わせになってお互いの背後を守りつつ、ゴブリン達を拳や剣で迎え撃つ。


「ハンス、せなかはまかせた」


「オーケー、任された!」


 大量の敵に包囲されても、少年達は不敵な態度を崩さない。


「小さなお子様まで!? 一体どうなってんだこの村は!?」


 驚きながらも、少年達に加勢しようと冒険者達が動き出そうとした瞬間だった。


「邪魔だ雑魚共ぉ!」


 素早く駆け寄ってきた一人の男が、そう叫びながら武器を一振りする。それによって少年達を取り囲んでいたゴブリンの群れが纏めて吹き飛ばされ、そのまま生命活動を停止した。


「今度は何だああああ!?」


 二人の少年を助けたのは、冒険者らしき男だった。その手には槍のように長い柄の大斧が握られている。両手斧の一種で、柄が長い分だけ重く取り回しは難しいが、攻撃範囲が普通の斧よりも広い長柄斧ポールアックスだ。

 その男の名はバーツ。かつては長らくF級、すなわち最底辺の冒険者として燻っており、ごろつきと大差無い荒んだ状態だったのだが、ロイド達と出会い、女神の慈悲に触れた事によって改心し、今では立派に冒険者として活躍している。


「こら、チビ共! 勝手に戦いに参加して、怪我したらどうすんだ! ロイドの兄貴達が心配してたぞ!」


 バーツがアレックスとハンスを叱る。更にはバーツの後ろから、ハンスと同じくらいの年頃の少年少女達も現れた。


「おいアレックス! お前ばっかりいっぱい敵を倒してずるいぞ!」


「ハンスの馬鹿! 心配かけないでよ!」


 子供達は二人の下にやってきて、二人の独断専行を責める。

 この子供達はアレックスやハンスと同じく、海神騎士団の見習い団員だった。

 彼らは見習いとして、騎士団の訓練や勉強会に参加していたが、子供には危険だからという至極真っ当な理由で、戦闘に参加する事は許されていなかった。

 ところが、獣人特有の優れた五感によって、真っ先に襲撃に気付いたアレックスが飛び出していき、その時ちょうど一緒に居たハンスも一緒についてきたのだった。


「冒険者さんが来てくれたぞ!」


「おお! 勝った、勝ったぁ!」


 大勢のゴブリンを一撃で纏めて葬ったバーツの勇姿を見て、村人の士気が益々上がった。

 戦局はもはや覆しようもない程に、村人有利に傾いていた。

 その頃になってようやく、ゴブリン達のリーダー格であるホブゴブリン――普通のゴブリンと違い、大型で高い身体能力を持つ個体だ――が多数の手下を引き連れて前線に出てくる。

 しかし、出てくるのがあまりにも遅すぎた。最初から出てきていれば、村人達に対して多少の被害を与える事は出来ただろうが……もはや手遅れだ。

 ホブゴブリンはバーツが周囲の取り巻きごと、あっさりと斧で殴り殺し、リーダーが出てきて早々に殺られて浮き足立った残りのゴブリン達は、逃げ帰る事すら出来ずに村人達によって、次々と討ち取られていった。

 こうしてゴブリンとの戦いは、村人達の完全勝利で終わったのだった。


「よう、災難だったなアンタ達。びっくりしただろ? だが今のグランディーノ周辺地域じゃあ、これくらいの襲撃は日常茶飯事だからな。こっちで活動するなら、早く慣れたほうがいいぜ」


 戦いの後、そう声をかけてきたバーツが、親切にもグランディーノまで案内してくれる事になった為、若き冒険者達は彼に同行して、グランディーノに向かう事になった。

 村を出る際に、暖かい声をかけてくれた村人達にも、今後グランディーノを拠点とするなら、また会う機会もあるだろう。その時は恩返しをしたいと彼らは思った。

 しかし、彼らの胸中には不安もあった。


「しかし、俺達ここでやっていけるんだろうか……」


「そうだな……結局、何もできなかったしな……」


「ただの村人があれだけ強いとか、自信無くすわよね……」


 農民が襲ってきたゴブリンの群れを逆に蹂躙する、目を疑うような光景を見た彼らは、自信を失いかけていた。

 そんな様子を見せる彼らの不安を、バーツは笑い飛ばす。


「ハハハ、なーに、お前らもすぐに慣れるさ。俺だって数ヶ月前までは最底辺のF級冒険者だったし、あの村の連中だって戦う力なんて無い農民だったんだぜ」


「ほ、本当ですか!?」


「ああ。だが皆、アルティリア様のお陰で変われた。俺や他の冒険者達は、自分こそがこの町を護るんだって、初心に返って一から鍛え直した。それに住人達も、いざという時の為に、積極的に強くなろうとしてる。そう決意してから1~2ヶ月しか経ってないが、結果はご覧の通りだ」


 だから、お前達も頑張ればすぐに強くなれる。

 そんなバーツの励ましの言葉を受けて、冒険者達はこの場所で頑張って、強くなろうと決意を固めた。


 そして一週間が経過した時、そこには村人達と共に、元気に魔物の群れをフルボッコにする冒険者達の姿があった!


「いやー、ゴブリンやコボルドとか準備運動にもなんねぇわ。体力有り余ってるし、今日も畑仕事手伝って行こうぜ」


「おうよ。やっぱ男の仕事っていったら開墾だよな。おかげで腕とかこんなに太くなって、今まで着てた服が着れなくなっちまってよ」


「それならあたしがサイズ直すわよ。おばさま方の手伝いで裁縫も得意になったしね。今日も料理の手伝いで、新しいレシピを教えてもらうんだ」


 栄養バランスの取れた美味い食事、優れた装備に先輩達の手厚いサポート、適切なレベリング方法に、激戦区ゆえの戦闘機会の多さ、そして女神の加護。

 それらを受けて急成長した若者達は、あっという間にグランディーノ流に染まりきったのだった。


 将来有望な若者よ、グランディーノへようこそ。

 歓迎しようもう逃がさんぞ盛大にな覚悟しろ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る