第48話 グランディーノへようこそ(前編)※

 グランディーノに女神が降臨し、町が急発展を遂げる。

 その噂を聞きつけて、王国最北端に位置する港町を目指して北上するのは、なにも商人達だけではない。

 グランディーノは女神が降り立ち、滞在している場所であると共に、今や闇と混沌の勢力との戦いの最前線でもあるのだ。

 かの女神が表舞台に現れたのと時を同じくして、王国北部では魔物の活動が急激に活発化し、以前よりずっと強力な魔物が、高い頻度で出現するようになった。


 女神が現れた事で、闇に蠢くものどもが本腰を入れてきたのか。

 はたまた人類の危機に対し、女神が救いの手を差し伸べてきたのか。

 その前後関係は不明だが、とにかくその二つの事に因果関係があるのは明らかだ。ならば当然……女神の居る地こそが、敵との戦いが最も激しくなるに違いない。


 ゆえに女神は直属の神殿騎士団を組織しながら、冒険者組合や海上警備隊、領邦軍といった勢力との関係性を強化し、彼らに加護を与えながら、時には自らの手で逞しく鍛え上げているという。

 強力な魔物との戦いが頻発している事もあって、かの地で戦う者達は一騎当千のつわものへと育っているという。


 戦士よ、強くなりたいか? 強敵と戦いたいか?

 若者よ、冒険がしたいか? 英雄になりたいか?

 ならば北へ向かい、グランディーノを目指せ。そこが人類の最前線だ。

 女神と、同じ夢を抱く同志達が、君が来るのを待っている。


 吟遊詩人がそう歌うと、命知らずの冒険野郎共は立ち上がり、迷う事なくグランディーノを目指して旅立つのだった。


 ここにも、そんな冒険者の一団パーティーの姿がある。

 グランディーノの町を目指して街道を北上するのは、男が二人に女が一人の三人組だ。

 先頭に立って歩くのは背中に長剣を背負った、灰色の髪の逞しい戦士の男で、どうやら彼がリーダーのようだ。その次に小柄で痩身の、オレンジ色の髪の男性。軽装で、腰のベルトに短剣やツールバッグを吊るしている事から盗賊と思われる男が続き、最後尾を歩くのは背が低い緑色の髪の女。背中に弓を背負い、腰には矢筒を下げている弓使いだ。

 彼らは皆、十代後半くらいの年若い少年少女だ。同じ村で育った幼馴染であり、一攫千金を夢見て田舎を飛び出し、冒険者になった、この世界ではよく居るタイプの若者である。


 勢いに任せて冒険者になったとはいえ、彼らは選ばれた勇者とかではない、ごく普通の人間族の若者だ。冒険者生活は順風満帆とはいかず、魔物相手の戦いはいつだってギリギリの命懸けだし、生活も楽じゃない。依頼の報酬は装備の手入れや更新でその大半が消え、倹約を余儀なくされている。

 一攫千金や、英雄になるといった夢は早くも破れ、残ったのは目の前にある過酷な現実だ。それでも地道に依頼をこなし、少しずつ強くなっていきながら、いつか凄い冒険をする日を彼らは夢見ていた。


 彼らだけではない。冒険者は皆、いつか偉大な冒険グランドクエストに挑む日を夢見ながら、目の前の現実と戦っている。

 しかし、そんな機会を手に入れ、偉大な冒険者として名を残す事が出来るのは、才能や実力と運を兼ね備えた、ごく一握りの者達だけだ。

 残った大半の者達は、その他大勢として名を残す事もなく埋もれていく。


 しかし、そんな彼らの前に突然、道が示された。険しいが、栄光へと続く道が。


「行こう、グランディーノへ」


 そう言って王都を旅立って、歩き続けて半月以上。ようやく彼らは、グランディーノに辿り着こうとしていた。


「潮の香りがする……どうやら海が近いみたいだな」


「ようやくか……長い旅路だったな……」


「遠すぎでしょグランディーノ……足痛いわ……」


「そりゃ、王国の最北端だしな……」


「だから大人しく馬車に乗ろうって言ったじゃないの……」


「そんな金、どこにも無ぇっての……」


 長旅で疲労困憊の彼らは、もうひと踏ん張りだと足腰に力を込めて、街道を北に進んでいった。

 それから暫く歩くと、彼らは街道沿いに小さな村を発見した。村の周りには農地が広がっており、農作業をしている村人の姿が多く見られる。


「農村か? それも結構規模がでかいし賑わってるな」


「おっ、それなら少し休憩させて貰おうか。腹も減ったし、何か軽く口に入れときたいぜ」


 彼らは村の中心にある広場へと足を進めるが、歩いていく内に違和感を覚えた。


「活気がすごいな……村人達も皆、元気いっぱいで幸せそうだ」


「ああ……俺達の田舎とは大違いだな」


「本当……同じ農村とはとても思えないくらい」


 彼らの故郷である農村は貧しく、生活は苦しかった。粗末な衣服に簡素な食事、疲れた体に鞭打って必死に働いても、一向に暮らしは楽にならず、そんな生活に嫌気がさした彼らは、家を出る事で食い扶持を減らす為という理由もあり、生まれ育った村を飛び出して冒険者になった。


 翻って、この村はどうか。

 村中が活気づいており、道中で見かけた野良仕事をする男達は、筋肉モリモリの逞しい体で勢いよく畑を耕し、巨大な岩を一人で持ち上げてどかしたり、太い丸太を平然と担いだまま歩いていたりしている。

 村の女達は清潔で身なりが整っており、簡素だがしっかりした造りの綺麗な服を身に纏っている。髪はサラサラで、肌のツヤや張りも良く健康的だ。


「近隣の農村ですら、これほど栄えてるのか……どうやら噂は本当だったみたいだな」


 衝撃を受けながらそう口にすると、広場にいた村人達が彼らに気付いて近寄ってきた。


「おや……見ない顔だが、よそから来た冒険者の方かい?」


「あっ、はい。王都から来ました……」


 戦士がそう答えると、村人達は大層驚いた。


「王都から! そりゃあ随分遠くから来たなぁ!」


「疲れただろう? ゆっくり休んでいきなさい。ほら座って座って」


「喉乾いてないかい? すぐ飲み物を準備するからねえ!」


「飯もあるぞ! よかったら食っていきな!」


「長く歩いたせいで汚れも溜まってるし、風呂も入っていきなさい」


 彼らが王都から歩いてきた事を話すと、親切な田舎のおっさん&おばさん達が群がってきて、彼らの世話を焼き始めた。


 その結果、まず最初に出されたのはグラスいっぱいに注がれた蜂蜜レモン水だ。

 そんな物、本来は庶民には手が届かない高級品……の筈だったのだが、グランディーノ周辺ではちょっと贅沢な飲み物といった感じで、一般市民にも愛飲されている。


「何だこの水!? キンッキンに冷えてやがる……ッ!」


「しかもこの上品な酸味と甘味ッッ! 美味い、美味すぎる!」


「これが蜂蜜の味……あたし今死んでも悔いはないわ……」


 その次に村人が提供したのは、フワフワの真っ白な食パンで具材を挟んだサンドイッチだ。パンの間に挟んである具は、採れたてで新鮮なシャキシャキのレタスやキュウリ、それからタマゴ、薄切りのハム等だ。


「これがパンだと!? じゃあ昨日まで俺が食ってた物は何だ!?」


「もう二度とパサパサの固い黒パンが食えない体になってしまう……」


「何よこのレタスやトマト……異様に美味しいじゃない……」


 そして村には公衆浴場があり、男女に分かれて風呂に入れられ、疲れと汚れを落とした後は、用意された簡素だが清潔で着心地のいい服に着替える。

 彼らが元々着ていた服は、入浴中に村の女達によって綺麗に洗濯して干されていた。至れり尽くせりである。


「風呂、やべぇな……」


「ああ、めちゃくちゃ癒されるな……」


「村の女の人達が綺麗な理由が分かったわ……毎日入らないと満足できなくなりそう……」


 冒険者達はそうして歓待を受け、長旅の疲れを癒していた。

 しかし、平和な時間は長くは続かなかった。突然、カーン! カーン! と、半鐘の音が何度も鳴り響いたのだ。

 それと共に、遠くから地響きにも似た、幾つもの足音が聞こえてくる。


「何だ!?」


「魔物よ! 向こうから来るわ!」


 弓使いが指差した方を見れば、遠くに幾つもの人影のような物が見えた。


「あれはゴブリンか……? それにしても、なんて数だ……!」


 ゴブリンは、最下級のE級魔物であり、その強さは大した事は無い。1対1であれば、戦闘経験の無い村人でも互角に戦える程度の力しか無い、最弱の魔物だ。


 しかし、それはあくまで単体ならばの話。ゴブリンの最大の脅威はその数にある。常に群れで行動し、知能は低いとはいえ人型で、武器や道具を使い、連携を取る事も出来るため、奇襲を受ければ熟練の冒険者でもやられる可能性があるのが恐ろしいところだ。


「村人達を逃がすぞ! あれだけの数とまともに戦うのは無理だが、せめて親切にしてくれた皆さんを助けるくらいはしないと……!」


「異議なしだ。何とか攪乱してみる」


「そうね。一人でも多く助けないと……!」


 若き冒険者達は、そう言って決意を固め、迫り来るゴブリンの群れに相対しようとする。

 しかし、その時だった。


 彼らが助けようとしていた村人達は、魔物の群れが迫るのを見ても慌てふためく事も、恐怖に怯える事もなく、きわめて冷静かつ迅速に各自の家へと戻り、各々の手に槍や斧などの武器を持って、再び広場へと集合した。そして……


「来やがったなクソゴブリン共! 今日も返り討ちにしてくれるわ!」


「毎日懲りずに鬱陶しいんじゃ! まだ殺られ足りねえのか!」


「お客さんが来てる時にふざけやがって! 脳天カチ割ったらあ!」


 殺意を漲らせ、筋骨隆々の男達がゴブリンの群れに向かって突撃した。

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