第39話 エロい目で見られるのは構わないが、最低限の遠慮や慎みは必要である
水中に潜って、船を襲うサメを全て蹴散らした後に、俺は船に戻った。
出迎えた船員が、貸した魔石を返そうとしてくるが、俺は彼に、もしもの時に備えてそのまま持っているように伝えた。魔石に込められている魔力にはまだ余裕があるので、何かあったらそれで身を守ってほしい。
船員はこんな貴重な品物を……とか言ってたが、別に貴重でも何でもない安物の消耗品なので気にしないでほしい。俺は錬金術の生活スキルも結構上げてるので自作出来るし。
それに魔法入りの魔石は信者達にも『
続いてもう一人の船員から船の中へと案内され、船室の一つに入ると、そこでは数人の怪我をした船員達が、床やベッドの上に座っていた。
まあ大した怪我じゃなかったようで何よりだ。俺は彼らを魔法でササッと治療してやった。
その際に名前を名乗ると、
「おおっ! もしや貴女様が、グランディーノに降臨された女神様ですか!」
「当たり前ではないか。あの凶暴な殺人鮫の群れを一蹴する強さに、見ず知らずの俺達を助けに来てくれた慈悲深さ、そしてこれほどの美しさ! 女神様に違いないだろう!」
「おお! まさしくその通りだ!」
等と持ち上げてくるのだが、たまたま通りかかったから助けただけなんだよなぁ。
まあ、治療も終わったんでそろそろお暇しようと思った時だった。船室の入口の扉を乱暴に開けて、何者かが部屋に押し入ってきた。
「おいカス共ぉ、何を騒いどるかぁ! 魔物は追い返せたんだろうなぁ!?」
ダミ声でそうがなり立てるのは、一人の中年男だった。背は低く短足で、腹が突き出た肥満体の、ガマガエルみたいな顔の……まあ率直に言えばブ男だ。ついでに髪の毛も薄い。
しかしその身に着けた服は、それなりに高価で品質の良い物のようだ。指輪やネックレスのようなアクセサリも幾つか身に着けており、彼が裕福なのが分かる。
しかし、センスが良いとは口が裂けても言えんがな。せっかくの高級な服は彼のような短足デブが着ても全くサマになってないし、宝石の付いた金のアクセサリは成金趣味全開だ。
恐らくこの豚みたいな奴が、この船員達の雇い主なのだろう。
「魔物は私が退治しました。今は怪我をした者達の治療をしていたところです」
入ってくるなり大声で叫んだ男に、即座に俺がそう言い返す。
「おぉん? なんじゃお前は……おっほぉぉぉぉぉう!」
俺の言葉に反応して俺のほうを向きながら、文句を言おうとしたそいつは俺の姿を見るなり、突然奇声を上げた。
そして視線を上下に忙しなく動かしながら、俺をじろじろと舐め回すように見て、
「おおっ、貴女が私の船を邪悪な魔物から救ってくださったと! このモグロフ、何とお礼を申し上げてよいやら! いやはや、あの凶暴な魔物をたった一人で退治するとは、美しさだけでなく強さも天下に並ぶ者が居ないようだ!」
モグロフと名乗ったその男は、揉み手をしながら美麗字句を並べ立て、俺を褒め称えた。
この世界に来てから、この手の賞賛や崇拝の類は何度も受けてきて、その度に居心地の悪さを感じはしたが、俺に感謝する彼らの言葉を嬉しく、有難い物だとは思っていたし、その思いに応えたいとも思った。
しかし、賞賛の言葉を聞いて不快になるのは初めての経験だ。
「相変わらず強者にすり寄るのは上手いよなこの豚……」
「あの凶暴な魔物とか言ってるが、てめえはビビって震えてただけで魔物の姿すら見てねえだろうが……」
船員達が聞こえないように呟いた愚痴を、俺の鋭敏な聴覚はしっかりキャッチしていた。当然だがこの男、船員達にもかなり嫌われているようだ。
「それにしても貴女のような美しく、高貴な女性にお目にかかるのは初めてです。まさしく天上の美!」
などと調子の良い事を口にしているが、そういう褒め言葉を口にするならば視線は顔に向けるべきじゃなかろうか。
男の視線は先程からずっと俺の胸の谷間のあたりに向けられており、ついでに言うなら下心丸出しでだらしなく緩んだ顔や、膨らんだ股間を隠そうともしていない。
元々アルティリアというキャラクターは、俺の性癖をふんだんに詰め込んで、細部までこだわって手間暇をかけてクリエイトした自慢のキャラだ。
海産ドスケベエルフ等という二つ名で呼ばれるように、エッチな体をした美人のエルフのお姉さんであれと望まれて生まれた存在である。
それゆえ、他人にエロい目で見られるのは望むところだ。それは俺がエロいと思って丹念に作り上げたキャラクターを、他の人もエロいと思ってくれた事に他ならないからだ。ゆえに、
「アルさんそのキャラ相変わらずエロいな!」
等と知己のプレイヤーに声をかけられれば、
「ありがとう、最高の褒め言葉だ」
とお礼を言って、エロ衣装を着てのツーショットSS撮影サービスなども行ない、
「見抜きしてよろしいでしょうか?」
というセクハラそのものな個人チャットが届いた時も、
「いいぞ。存分に俺でシコれ」
と寛大な言葉を返していたものだ。
その為、この世界に来てアルティリアと一体化して、感性が女性のそれに近くなった後でも、男にそういう目で見られる事に対しては、多少の羞恥心はあっても嫌悪感は無かった。逆に全くそういう目で見られないほうが悲しいくらいだ。
しかし今、このブタ野郎にいやらしい目つきでじろじろと胸を見られている事に対しては、これ以上ないくらいの嫌悪感を感じる。
見た目の問題ではなく、この男はそれ以上に心が醜い。短い会話の中でも、それがはっきりと分かる故の気持ち悪さだ。
俺は一刻も早くこの場を離れて、
「おおっ、そうだ! 是非とも助けていただいたお礼をさせてください! ささ、どうぞ奥のほうへ!」
などと言いつつ、ブタ野郎が俺の手を取ろうとしてきた。俺はこんな奴の手になど触りたくもなかったので、
「申し訳ありませんが、まだこの者達の治療が途中ですので。後ほど伺わせていただきますわ」
と、触れようとするのを視線で牽制しながら言った。ちなみに治療は既に終わっており、船員達はHP全快で元気いっぱいだが、俺がそう言うと怪我をしていた者達は、一斉に傷口を押さえて痛がるような仕草をしてくれた。
「こ、このような連中の治療などに、これ以上お手を煩わせる訳には……」
などと言ってきたので、俺は少々強めに奴を睨みつけた。
「この私に苦しむ者達を放っておけと?」
「い、いえ、その……わかりました。では後ほど、奥の船室でお待ちしておりますので……」
などと尻すぼみな言葉を残して、最後に船員達を睨んだ後に去っていった。
ブタ野郎が去ると、残った船員達は一斉に頭を下げて、俺に謝罪をしてきた。
「申し訳ありません女神様! 雇い主が大変な無礼を……!」
「どうかこのままお帰り下さい! これ以上、あのような男に付き合う事はありません!」
そう口々に言ってくる彼らに、俺は告げた。
「頭を上げなさい。こちらこそ、貴方達の治療を口実に使ってしまってごめんなさい。このまま帰ってはあの男の怒りが貴方達に向きかねないので、後ほどあの男の所に行ってきます」
「そんな……俺達なんかの為に……」
「それに心配は無用です。あの程度の男に私をどうこう出来るとでも?」
「確かに……しかしあの男は小物ですが、同時にとても非情で狡猾な男です。どうかお気をつけて……」
確かにあのブタ野郎はかなりの金持ちのようだ。聞けばどうやらミュロンド商会という、割とあくどい事もやる、最近急成長している商会に所属する、それなりの地位に居る人間らしい。
どうしてそんな奴の下で仕事を? と聞けば、彼らは西のほうにあるテーベという港町で水夫として働いていたのだが、最近は航海の危険度が増したせいで仕事が少なくなり、生活が苦しかったので高額な報酬につられて、つい仕事を受けてしまったのだという。
しかし蓋を開けてみれば、護衛艦も無く、最低限の武装しか積んでいない船だけで危険な航海をする羽目になり、その状態で魔物に襲われて絶体絶命の危機に陥ったのだと言う。しかも雇い主があのブタ野郎である。とんだ災難だ。
高額報酬に釣られて怪しい仕事に飛びついた彼らの愚かさが招いた自業自得だ……と切り捨てるのは容易いが、彼らも自分や家族の生活の為にやむを得なかったのだろう。次からはまともな仕事にありつけるといいのだが。
さて、そろそろあの野郎の所に行くかと俺が席を立った時だった。
「あの、女神様! こちらをお返しいたします……!」
甲板上で会った、俺が怪我人を集めるように指示した男がそう言って差し出したのは、俺が彼に預けた回復薬だった。
「懺悔いたします。私は重症の者が居なかった為、薬を使う必要が無かった事を報告せず、何も言われなかった事を幸いに、この薬を自分の懐に入れようと企みました! どうか、愚かな私に罰をお与え下さい!」
彼はそう告白し、裁きの時を待つ罪人のような顔で跪いた。
……ふむ。いや別に大して高価な薬でもないし、くれてやるつもりで渡したんだから好きにしてくれて良かったんだが。
しかし、彼は自分が罪を犯したと思って、覚悟を決めて懺悔してくれた訳だしなぁ。それに対してそうぶっちゃけるのも逆に申し訳ない気がするので……
「貴方の罪を赦します。自身の罪を認め、償おうとするその心を大切にしなさい」
俺は首を差し出すようにして跪く彼の頭を撫でて、赦しを与えた。
「それと、その薬は貴方にあげた物です。売ればそれなりのお金にはなるでしょうから、そのお金で何か商売でも始めなさい。次からは怪しい仕事には気をつけるように」
俺がそう告げると彼は号泣し、周りの船員達も一斉に跪いて涙を流していた。
俺は彼らに背を向けて、船室を出る。
さーて、あまり気は進まないが……そろそろブタ野郎に会いにいくか。
何かよからぬ事を企んでそうな予感はするが。
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