第32話 女神の休日 砂浜編

 一度解散した後に、準備を済ませて再度集合したロイド達を引き連れて、俺は神殿のある丘を下り、グランディーノの港へと足を進めた。

 まずは、港にある市場で色々と、食料品などの買い物をする。結構な量の荷物が出来た為、ロイド達がそれを持とうとしたが、俺はそれを止めて、全ての荷物を道具袋の中に収納した。

 明らかに袋の体積を超える量の荷物が、すんなりと袋に収納された事に驚かれたので、そういうマジックアイテムなのだと説明しておいたのだが、クリストフの食い付き方がやばい。原理や、中の空間がどうなっているかといった事に興味津々のようで、目を輝かせている。

 この男、どうやらアイテムマニアでもあるようだ。恐らく興味がある話題の時だけ早口になるオタクみたいなものなのだろう。LAOにもレアアイテムの話をする時だけ、やたらと饒舌になる奴がおったわ。


「あっ、女神様!」


「アルティリア様、こんにちは!」


 そこで俺達に話しかけてきたのは、地獄の道化師との戦いで人質に取られていたのを助けた少年、ハンス=ヴェルナーだった。周りには友人らしき他の子供達の姿もある。

 俺はしゃがんで彼らに目線を合わせ、挨拶を返した。


「はい、こんにちは。元気そうで何よりです。貴方達もこれからお出かけですか?」


「はい! 今日は家の手伝いも無いので、友達と海で遊びに行きます!」


「そうですか……私達も遊びに行くところなのですが、良ければ一緒に来ますか?」


 俺がそう言って誘うと、子供達は目を輝かせて頷いた。

 こうして町の子供達を仲間に加えた俺達は、港から海岸沿いに西に向かった。すると、やがて砂浜が見えてきた。21世紀の日本にあった海水浴場のように整備されてはいないが、遊ぶには十分な広さがある。


「では、水着に着替えた後に再集合です」


 水着は、出発前に全員分を作成済みである。

 港町なので服屋で市販もされているが、どうにも古臭いデザインで、頑丈さ等の性能も俺基準では今一つだった為、自作した。

 しかし、急遽参加する事になった子供たちの分の水着は無い為、それはこれから作る。

 男の子達のは海パンで良いとして……女の子達のは、フリル付きのワンピースタイプにするか。

 俺は子供達に好きな色を聞いた後に、道具袋から手芸キットと、水着の素材となる耐水布を取り出し、すぐに裁縫を開始した。

 俺の裁縫スキルは2000オーバー。常人の目には影さえ映らない程の、人間の限界を超えた速度で正確無比な裁縫が可能だ。あっという間に水着の形になっていく布生地を見て、子供達がわっと歓声を上げる。


「はい、出来ましたよ。男の子達はあっちの岩陰で着替えて来なさい」


「はーい!」


「アルティリア様、ありがとうございます!」


「ありがとうございます!」


「女の子の皆は、私と一緒に向こうで着替えましょうね」


 俺は道具袋に入っていた折り畳み式のテントを展開して、簡易的な更衣室を作る。十人くらいは余裕で入れるくらいの大型テントだ。全員が着替えるスペースは十分にある。

 ちなみに男達にも提供しても良かったのだが、野郎の着替えなんて岩陰で十分ですよと遠慮された。


 リンとルーシー、それから町の女児達と一緒にテントに入り、水着に着替える。

 リンの水着は淡い緑色の、動きやすいスポーツタイプのビキニだ。体つきはまだ未成熟で発展途上だが、そんな彼女に健康的な水着がよく似合っている。

 ルーシーは競泳水着のようなデザインの、シンプルなワンピース型の水着だ。彼女は成人済みだが小人族という種族なので、どうみても小学生にしか見えない。スクール水着を着せようかとも思ったが、流石にそれは犯罪臭がするので止めておいた。


 しかし、こうして女の子達と一緒に着替える事に対しても、全く違和感が無くなってきたな……と、しみじみ感じる俺であった。

 目の前に少女達の裸体があるというのに、それに対していやらしい気持ちが全く湧いて来ないというのも、元男としてどうなのだろうか。

 既に女として、女神として生きる事を決めた身ではあるが、こういう場面になると少しもやっとする気分になるのも事実だ。しかし、上手く付き合っていくしかないんだろうな。


 そんな事を考えながら着替えていると、ふと視線を感じた。

 見れば、一緒に着替えていたリンとルーシー、そして女児達までもが、着替え中の俺の体をじっと見つめていた。

 より具体的に言えば、彼女らの視線は俺の胸に集中していた。


「アルティリア様、アルティリア様」


「どうしましたか?」


「どうやったらアルティリア様みたいに、おっぱい大きくなれますか?」


 好奇心に満ちた純粋な瞳で、俺の爆乳を見つめながらそんな質問を投げかけてくる幼女に、果たして俺は何と答えてあげれば良いのだろうか。


「私もそれはすごく気になります」


 ギリギリBカップくらいの胸を張りながら、魔術師の少女が言う。


「……実は私も」


 ルーシーよ、お前もか。

 恥ずかしそうに呟いた小人族の騎士の胸は、小さな女児達と大して差が無い。


「揉んでみたらご利益があったりしませんか!?」


「えぇ……いや、無いと思いますが……」


 リンが鼻息荒く、手をわきわきと動かしながら迫ってくる。こわい。


「というか気になるので揉んでみてもよろしいでしょうか!?」


「落ち着きなさい!」


 この後めちゃくちゃ全員におっぱい揉まれた。



 それから着替えを終えた俺達は、ロイド達男衆と合流した。


「あの、アルティリア様……何故リンは頭にでっかいタンコブを……?」


「気にしないように。次に同じ質問をしたら同じ目に遭いますよ」


「アッハイ……」


 不躾な質問をしてきたロイドを黙らせた後に、俺は道具袋からビーチボールを取り出した。

 こういったボール等の遊具は、LAOではプレイヤーが所有する家や船舶などに置ける家具カテゴリのアイテムで、右クリックでアクションする事で、プレイヤーキャラクターを遊ばせる事が出来るという、特に実用性は無い趣味アイテムの一種だった。

 夏にやっていたイベントの景品として入手したそれが道具袋に幾つか入っていた為、丁度いいのでそれを使って遊ぶ事にした。


「ルールは簡単です。2チームに分かれて、このボールを手足で打ち、相手の陣地に飛ばしてください。キャッチしたり、地面に落としてしまったら負けです」


 最初にやるのはビーチバレーだ。小難しいルールはばっさりカットして、とにかくボールを相手の陣地にシューッ!すれば勝ちである。


「行きますよ!」


 俺は相手チームの陣地に向かってサーブを放つ。ボールはゆるい放物線を描いて飛んでいき、それを相手チームの男達がこちらに打ち返す。

 俺は、打ち返されたボールの落下地点へと入り……


「ロイド! 次、ボールを高く上げなさい!」


 ボールを打ち上げると共に、その場から素早く退いた。すると、すぐにロイドがボールの下に入り、それを指示通りに打ち上げる。


「承知いたしました、アルティリア様!」


 オーダー通りの完璧なトスだ。俺はそれを追って、砂浜を蹴って跳躍し……


「とりゃー!」


 必殺のエルフスマッシュを叩き込んだ。

 相手チームの男達は、咄嗟に飛び込んで拾おうとするが、空振りに終わり、ボールは砂浜に鋭く突き刺さった。


「とまあ、こんな感じの遊びです。ボールは柔らかい素材で地面も砂なので、多少派手に動き回っても怪我をする心配は無いでしょう。存分にやりなさい」


 手本を見せたところで、俺は一歩退いて審判を担当する事にした。あいつら俺が相手だと、本気でボールをぶつけるのに躊躇しそうだしな……。


「行くぜお頭ぁ! 俺の必殺スマッシュをくらえーっ!」


「ふんっ、まだまだ甘いわ! 行けクリストフ、カウンターを決めろ!」


「いいですとも! はぁーっ!」


「な、何ィーッ!? 陣地のライン際ギリギリを的確に狙っただとぉーッ!?」


 つーかあいつら、上達早すぎて笑うわ。

 経験は無くても身体能力がそもそも一般人とは段違いだし、ド派手でアクロバティックな動きをしながら激闘を繰り広げている。


 ちなみに女性メンバーと子供達は、少し離れた所で平和に緩やかなラリーを行なっている。あっちも楽しそうなので、後で混ざりに行こうと思う。



 ビーチバレーが終わった後は、ビーチ・フラッグスを行なった。

 神殿騎士達が全員、砂浜でうつ伏せになっており、彼らの後方、数十メートル先の砂浜には、何本もの小さな旗が立てられている。ただしその合計数は、参加者の数よりも少ない。

 参加者同士で旗を先に奪い合い、旗を掴めなかった者から順に脱落していくゲームだ。


「用意……スタート!」


 俺の合図で、騎士達が一斉に立ち上がって振り返り、旗を目指してビーチを全力疾走する。


「ロイドお兄ちゃん、がんばれー!」


「ルーシーさん速ーい!」


 子供達は俺の隣で、彼らを応援している。ちなみに後で、子供の部も行なう予定である。


 さて、このビーチ・フラッグスというゲーム、ただ速く走ればいいという物ではない。旗の数が参加者の人数よりも少なく、奪い合いになるという性質上、ライバルがどの旗を狙っているのか、自分が狙っている旗を先に取りそうな相手はいないかといった状況を察知する力が求められる。その上で作戦やコース選択を素早く判断しなければならない。勿論、走りにくい砂浜を素早く駆け抜ける走力も重要だ。


「無理ぃぃぃ!」


 案の定というべきか、身体能力で劣るリンが最初に脱落した。明らかに一人だけ足が遅く、スタミナも無いので仕方が無いだろう。


「ふっ、計算通りです!」


 しかしクリストフのように、他の連中より足が遅いのを作戦でカバーする者もいる。ヤツは競争が激しい、最も近い位置にある旗を避けて、一番端にあるフリーの旗へと足を進めた。それも最短距離ではなく、他の参加者とのぶつかり合いを避ける為に、あえてわずかに迂回しながらだ。


 それから、次々と脱落者を出しながらラウンドを進めていき、最後は参加者が残り2名、旗は1本の決勝戦が行われた。

 決勝はロイドとルーシーの二人の激突となり……激戦の末に、ルーシーが顔面から砂浜にダイブしながら必死に旗を掴み取り、優勝者となった。


 うーん、ロイドも良い動きをしていたが、やはり小人族のスピードは凄い。全種族最速なだけはあるわ。

 ちなみにレベルアップの際に上がるステータスは種族と職業毎にそれぞれ設定されており、人間の場合だと、


  力+3 耐+3 速+3 技+3 魔+3


 といった器用貧……もといバランスに優れた上昇値になり、俺のようなエルフだと


  力+2 耐+2 速+3 技+4 魔+4


 上記のような、人間と比べるとやや後衛寄りの上昇値になる。

 しかし、ある程度の差はあっても、種族間でそこまで極端な差は出ないようにはなっているのだ。基本的には。

 その例外が、巨人族と小人族である。名前も見た目も正反対の両者は、成長率までもが両極端である。


  巨人族:力+6 耐+6 速+1 技+1 魔+1

  小人族:力+1 耐+1 速+6 技+5 魔+2


 ご覧の有様だ。見ろよこの尖りまくったステータス。キングとか、このステータスで前衛職のトッププレイヤーやってるんだぜ……?やっぱあいつ頭おかしいわ。


 しかし小人族は見ての通り、耐久がやたらと低いのでスタミナ量も小さく、何度も走ればスタミナが切れて、ロイドが有利になるかと思ったのだが……

 恐らくルーシーはメイン職業が神殿騎士の為、普通の小人族と比べると耐久がかなり高いのだろう。神殿騎士は耐久が一番多く上がるタンク系の職業だし。

 最初は種族と職業の長所がちぐはぐで、中途半端になりがちな構成だと思ったが、これはこれで極端な成長率による穴を埋められているので、運用次第では抜群の安定感を誇る良構成になり得るかもしれない。


 ちなみに俺は、いわゆるバランス型の構成は決して嫌いではない。

 よくMMORPGを題材にしたフィクション作品だと、妙に特化型や一極型の構成が持て囃されがちだよな。まあ確かに特化型はハマれば強いし、何より特徴が出やすいからキャラクターを作りやすいのも大きいのだろう。

 しかし特化型というのは、裏を返せば数少ない長所以外は弱点や欠点だらけの、ピーキーな構成という事だ。

 それを使いこなすにはゲームの仕様や狩場の知識、適切な装備や立ち回り、そして役割分担をして、互いに欠点を補い、長所を活かし合える仲間の存在が必要不可欠だ。

 そこらへんの事を考慮せず、何も考えずに適当に作った特化型など産廃にしかならないというのが俺の持論である。

 その点に関して言えばバランス型も、適当にやるとすぐに中途半端な器用貧乏になりがちだ。しかしその分、デリケートな構成をしっかりと組み上げ、やれる事が多いだけに素早い判断と繊細な操作が求められるプレイングをきっちりとこなし、パーティーの穴を埋めてくれるバランス型……すなわち万能型の人は本当にリスペクト出来るんだわ。

 俺は俺でかなり変わった、特殊な趣味ビルドなので、そういう人が同じチームに居ると助けられる事が多かった。問題はそれが出来る人が、本当に片手で数えられるくらい少ないって事なんだが……オールラウンダーは運用がクソ難しいからね、仕方ないね。


 長くなったが、ルーシーには是非そういう人材に育ってほしいと思っている。


 ちなみにルーシーと同じように、種族と職業の相性が悪い構成の見本としては、俺の友人の一人であるバルバロッサの野郎が居る。

 あいつは巨人族なのに、サブクラスに銃使いガンナー系と機工士マシンナー系のそれぞれ最上位職という、どちらも器用さが重要な為に一見、相性最悪の頭がおかしいとしか言えない組み合わせをしているのだ。

 しかしその欠点をものともせずに、巨人族特有のバカ高い筋力と、それによる異常に高い装備可能重量を活かして両手に二挺大型ガトリングキャノン、背中にグレネードランチャーとかいうトチ狂った超重量・超火力・超広範囲装備を実現させてしまった。

 しかも巨人族だから遠距離攻撃職なのにめちゃくちゃタフで、正面から攻撃を受けながら構わず敵陣に突っ込み、重火器による高火力の範囲攻撃でゴリゴリにゴリ押しをしてくる頭のおかしい馬鹿である。

 どうかルーシーには、あの馬鹿ゴリラのようにはなってほしくないものだ。心からそう思う。

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