第33話 一方その頃、海上では※
グランディーノ海上警備隊副長、グレイグ=バーンスタインは、洋上にて艦隊の指揮を執り、海の魔物を討伐していた。
組織のナンバー2なのだから、本部でどっしりと構えていてほしいという声も一定数あるが、グレイグがそれに耳を貸した事は無い。
グレイグは下っ端から現場一筋でバリバリ働き、活躍してのし上がった叩き上げの男である。偉くなっても自分は前線に出るしか能が無い人間だと、はっきりと自覚していた。
とはいえ、確かな実力と実績、カリスマを持つ彼は各方面に顔が利く為、交渉や折衝を担当する事も多いが……やはり艦隊を指揮して前線で魔物や海賊相手にドンパチする時が、一番生き生きとしている男であった。
ちなみに、机仕事は大の不得手である。そういうのは事務方や、トップである警備隊長にやらせておけばいいのだと開き直っている節もある。おかげで書類の提出はいつも期限ギリギリだ。
そんな彼は今、陸地から遠く離れた海上から、グランディーノの町へと戻ってきたところだった。
最近になって、ますます海の魔物の活動が活発化してきており、漁船や貿易船が襲われる事件も発生している為、海上警備隊は大忙しだ。
艦隊の砲撃を立て続けに浴びせてやり、何とか撃破出来たものの、思った以上の消耗を強いられた為、予定よりも早いが一度、港に戻ろうとしているところだ。
「もうすぐ港に着くが、警戒を怠るなよ」
甲板に居る隊員達に周辺の警戒と索敵を厳にするように命じると、すぐに了解の返事が返ってくる。
「あら、あれは……?」
だがその時、双眼鏡を覗いて陸地のほうを見ていた警備隊員、アイリス=バーンスタイン一等警備士が、何かを見つけたようだ。
その姓が示す通り、アイリスはグレイグの娘である。父譲りの赤い髪を長く伸ばした、若く美しい女性だ。
珍しい女性の警備隊員であり、副長の娘でもある彼女は常に注目され、特別扱いされてきた。そんな環境下でもプレッシャーに負けず、結果を出し続けてきたからこそ、この若さで一等警備士(軍でいえば大尉に相当する)という地位に就いている、期待の若手である。
「アイリス、どうした? 何か問題か?」
父がそう尋ねると、娘は双眼鏡を目から離し、彼のほうを向いて答えた。
「副長……いえ、海岸のほうにロイドさん達が居るのを見つけたもので。それに女神様もご一緒にいらっしゃるようで……」
「なんとっ!?」
どれどれ、と自身の腰のベルトに吊るされていた双眼鏡を取り出し、グレイグはそれを通して陸地へと視線を向けた。
すると、彼の視線には水着を着て砂浜で遊ぶ、ロイド達と町の子供達、そして女神アルティリアの姿が見えた。
その姿を目にした時、グレイグの視線は自然と彼女に吸い寄せられていた。
服の上からでも見事な爆乳の持ち主である事はわかっていたが、今身に着けているのは純白の水着一枚だけであり、その小さな布と細い紐は、大きすぎる乳房を支えるにはあまりにも頼りない。
真っ先に胸に目が行くのは不可抗力だとして、次は下半身に注目するのだが、ほっそりとくびれた腰に対して、大きく膨らんだ巨大な尻と、肉付きのいい太ももが魅惑の曲線を描き、視線を釘付けにする。
体だけでなく、顔も勿論絶世の美女であり、サラサラの水色の髪や、染みひとつ無いきめ細やかな肌といい、まさに美の化身と言っていいだろう。
そのアルティリアが、跳躍と共にビーチボールを打つ場面をグレイグは目撃した。着地と同時に彼女の胸に付いている2つのボールが、ばるんばるんと揺れる様を目にしたグレイグは、長年前線で戦い続けて鍛え上げた強靭な精神力を無駄に発揮して、前屈みになるのを防いだ。
しかし同じ光景を目撃した隊士の中には精神抵抗ロールに失敗し、醜態を晒す者も居た。
まだまだ鍛え方が足りんな。グレイグはそう思いながら再び女神の姿を目で追おうとしたところで、横から突き刺さる冷たい視線に気が付いた。一人娘である。
「この事は母上に報告します」
「いや待ってくれアイリス、違うんだ」
「何が違うというのですか父上の変態!」
まるでダメな親父、略してマダオと化したグレイグは必死に娘への言い訳をしようとするが、その時、彼らが乗っているのとは別の船が近付いてきて、甲板上の隊員がこんな報告をしてきた。
「副長!ミュラー一等警備士が大量の鼻血を出して倒れましたぁっ!」
近くまで来た船の甲板に目をやれば、そこでは一人の青年がうつ伏せに倒れており、銀色の髪が自身が出した血溜まりで赤く染まってしまっていた。
その青年の名は、クロード=ミュラー。若手随一の才能と実力を持ち、グレイグも彼を、未来の海上警備隊を背負って立つべき男だと見込んでいる有望な若者である。才能、実力、実績のどれも非の打ち所がなく、人格も謙虚で実直、勤勉な努力家であり、ルックスもイケメンだ。
そんなクロードの唯一の欠点というか弱点が、
そんな彼が先程の光景を目にしてしまった結果が、ご覧の有様である。
「もう、クロードの馬鹿っ!」
彼のそんな様に、ぷんすかと怒る娘を見やり、こいつらさっさとくっつけば良いのに……と、グレイグは思った。
そうすればクロードに女への免疫が出来て、口うるさい娘の鉾先が自分からクロードに逸れて一石二鳥だし、クロードなら娘の相手として文句は無いのだが……この二人、互いに想い合ってるのは誰の目にも明らかなのだが、当人だけがお互いの気持ちに気付いておらず、しかも二人とも奥手な堅物の為、全く関係が進展しないのだ。
そして周りの隊員達は皆、そんな彼らを生暖かく見守りながら、くっ付くまでに何年かかるかを賭けの対象にしている。
「副長、どうやら今度は別の遊びをするみたいですよ」
そうこうしている内に、隊員の一人がそんな報告をしてきた。
再び双眼鏡を通して砂浜を見てみれば、そこではロイド達がビーチ・フラッグスをしているのが見える。
それを目撃したグレイグの頭脳に衝撃が走った。
「ほう、素晴らしいな……」
「はっ?」
「走りにくい砂浜を走り、旗を奪い合う身体能力に、瞬時にどのフラッグを取るべきかを決める反射神経や判断力が鍛えられる。実に素晴らしいトレーニングだと思わんかね」
「おお……成る程、確かに……」
普段は気さくなダメ親父でも、鬼の副長と呼ばれる男は伊達ではない。グレイグは一目見ただけで、その競技の本質に気付いていた。
その時、ふと閃いた!
このアイディアは、隊員達のトレーニングに活かせるかもしれない!
そんなメッセージが頭の中に流れた錯覚を覚えながら、グレイグは早速あれを訓練に取り入れるべく、考えを巡らせるのだった。
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