第30話 「あ、アルティリア様!優秀な人材引き抜かないで!」「うるさいですね……」※
「失礼します。私の名はルーシー=マーゼット。新たに神殿騎士となる者達への指導の為、王都の大神殿から派遣されてきた神殿騎士です。女神アルティリア様にお目通りを願いたい」
その日、神殿を訪れたのは一人の女性だった。亜麻色の髪を肩口で切り揃え、意志の強そうな、つり目がちの赤い瞳をした女だ。
彼女は、自分は王都の大神殿に所属する神殿騎士であり、新たに就任する神殿騎士への指導のために来訪した者だと名乗りを上げた。
身に纏うのは白く輝く堅固な金属鎧であり、腰に下げた剣は名匠が鍛えた業物だ。立ち居姿に隙は無く、瞳には強い意志が宿っているのが見てとれる。その姿、まさに威風堂々であり、ひとかどの人物である事は疑いようもない。
しかしてその容姿は、どうしようもなく……幼女であった。
最初にその人物と会ったリンなどは、思わず町の女児が騎士ごっこでもしているのかと疑ったほどだ。
しかし、子供が騎士になりきっているにしては、装備とそれを身に着けた彼女自身が纏う空気が立派に過ぎる。
これは自分では判断が難しいぞ、さてどうしたものかと思案していると、彼女の仲間の一人が話に入ってきた。
「リンさん、どうかしましたか?」
「あっ、クリストフさん、丁度いい所に! えっと、神殿からのお客様なんですが……」
「……おや? ルーシーさんではないですか。派遣されてくる神殿騎士は貴女でしたか」
「む、クリストフ殿ではないですか。ええ、その通りです。これから世話になります」
どうやら二人は知り合い同士のようで、これで話が纏まりそうだと、リンは胸を撫で下ろした。
「あっ、申し遅れました。魔術師のリン=カーマインと申します」
「リンさんは若いですが、とても優れた魔術の才能をお持ちで、彼女の魔法にはいつも助けられています」
リンの自己紹介に、クリストフが補足する。目の前でまっすぐに褒められて、リンは照れ笑いを浮かべた。
「よろしくお願いします、リン殿。ところで貴女も神殿騎士に?」
「いえ、私は魔術師ですので……。ただ、顧問魔術師として騎士団に所属してはどうか、とアルティリア様が薦めてくれて……私のような未熟者に務まるかと、不安ではありますけど」
「そうですか。しかし騎士団に所属するならば、共に過ごす事も多くなるでしょう。数少ない女同士でもある事ですし、改めてよろしくお願いします」
「はい!こちらこそ、よろしくお願いします、ルーシーさん」
握手を交わすと、その背丈と同じように、手も幼児のように小さかったが、その掌は硬く、長く剣を握った者特有のタコが幾つも出来ている、歴戦の戦士の手であった事にリンは驚かされた。
つくづく見た目と経歴や能力がミスマッチだと、ついまじまじと見つめてしまうと、それに気付いたルーシーが苦笑を浮かべた。
「リン殿は、小人族に会うのは初めてですか?」
「小人族……ですか? すみません、会うどころか聞いた事がありませんでした。ルーシーさんは人間とは違う種族の方なのですか?」
「珍しい種族ですから、無理はありませんよ。私もルーシーさん以外の小人族の方とは会った事がありませんし」
「名前の通りに、大人になってもこのような容姿のままでして。そのせいで侮られる事も多いですが、もう慣れました。……ああ、ちなみに私はこう見えて、今年で25歳になります」
「まさかのロイドさんと同い年っ!?」
リンは新たに聞かされた事実に驚愕しながら、ルーシーの小さな体をじっと観察した。
(どこからどう見ても十歳くらいの子供にしか見えない……小人族って凄い……)
そうしている内に、リンはある事に気が付いた。
「あれっ? ルーシーさんの耳、なんか尖った形をしてますけど、それも小人族の方の特徴なんでしょうか?」
「むっ? ええ、確かに私以外の小人族も、皆このような形の耳をしていますが……そうか、人間の耳は丸い形をしているのでしたね。普段、あまり目線が合う事が少ないので意識する事もないのですが」
自分の耳の形を確かめるように触りながらそう言ったルーシーは、次にリンが発した言葉に大きく驚いた。
「へぇ……なんだかアルティリア様のお耳に似てますね。あ、でもアルティリア様のほうが、もっと細長い感じかなぁ」
「なんと!? よもや、女神様も私と同じ……?」
「いえ、アルティリア様はかなり背が高い方なので、違うと思います……」
「そうですか(´・ω・`)」
リンがそう告げると、ルーシーは残念そうな顔をした。
「リンさん、アルティリア様への連絡をお願いしてもいいですか?ルーシーさんはロイドさん……我々のリーダーの所に案内しますので」
「わかりました!それではルーシーさん、また後ほど!」
リンはそう言って、神殿の奥へと入っていった。彼女が目指すのは、アルティリアの私室である。
その部屋の扉の前には、体が透き通る水で出来た美しい人外の少女……
「失礼いたします。精霊様、アルティリア様にお目通りを願いたいのですが」
「わかりました。どうぞお入りください」
頷いて扉を開け、入室を促す水精霊に従って部屋に入ると、そこにはベッドに横になりながら読書をしているアルティリアが居た。
読んでいるのは、今いるローランド王国の歴史について書かれた書物だ。それを読んで、この国について勉強をしている最中なのだろう。
ただし、ベッドのサイドテーブルに置かれた皿の上には香ばしい香りを放つ、食べかけのアップルパイとフライドポテトが乗せられており、食べカスが僅かにベッドの上に落ちており、行儀が良いとは決して言えない状態だ。
更に彼女の服装は、上半身は正面に無駄に達筆な文字で「エルフの女」と書かれたクソダサTシャツ、下半身はジャージという、とても人前に出せるような恰好ではなかった。今のコレを女神と言っても誰も信じやしないだろう。
「む? リンではないですか。どうしましたか?」
「あっ、はい。先程、大神殿から派遣されてきた指導員の方がお見えになりました。今はロイドさん達と顔合わせをしているので、後で会っていただけたらと」
本から顔を上げ、体を起こしたアルティリアが声をかけると、リンは我に返って報告をした。
「なるほど。それは構いませんが、どういった者ですか?」
「名前はルーシー=マーゼットさんで、大神殿に所属する神殿騎士の方です。ただ見た目がその、実年齢よりもだいぶ幼く見える方で……」
「ほう。もしや小人族ですか?」
「ご存知だったのですか!?」
「ええ。私の友人にも小人族が居ましたからね。それにしても小人族の神殿騎士とは、また珍しい……。興味が湧いてきました。早速その者に会いにいきましょう」
本来、前衛タンク職に重要な
「おっと、すぐに着替えるので少し待ってください」
流石にこのクソダサTシャツとジャージで外に出る訳にもいかない為、着替える必要があると考え、アルティリアは着ていたシャツを豪快に、ベッドの上に脱ぎ捨てた。続いてジャージのズボンも脱いで、身に着けているのは上下の下着のみになる。
「!?」
豪快な脱ぎっぷりと、目の前に晒された暴力的に豊満な裸体に、リンは思わずフリーズした。
平然と着替えをするアルティリアの下着姿を見た後に、リンは目線を下げて自分の胸を見た。そこにあるのは発展途上の、まあ無くはないかなという程度の僅かな膨らみだった。彼女の年齢を考えれば年相応といって差し支えないものだが、目の前で大して激しい動きをしている訳でもないのに、ゆっさゆっさと重量感たっぷりに揺れる物との戦力差は歴然だ。
リンは深い悲しみと敗北感に包まれた。
無自覚に一人の少女の心に傷を負わせながらも、無事に着替えを終えたアルティリアは、リンを伴って先日作ったばかりの騎士団の拠点へと足を運んだ。
すると、騎士団の訓練場では、さっそくロイド達がルーシーの指導の下、訓練に励んでいるのが見えた。
木剣と木の盾を左右の手にそれぞれ握った男達が、同じ装備のルーシーに向かって、一人ずつ打ちかかっていくが、ルーシーは盾を巧みに使って彼らの攻撃を的確に防ぎながら、攻撃の際にできた隙を逃さずに木剣で一撃を加える。
唯一、ロイドだけは二合、三合と複数回、打ち合う事が出来ていたが、経験の差が出たのかやがて打ち負けて、木剣を弾き飛ばされてしまう。
「くっ、参りました……」
「筋は良い。それに、よく研鑽も積んでいます。しかし貴方の剣は殆ど自己流のようで、無駄が多い部分があります。まずはそこを修正していきましょうか」
「はっ、よろしくお願いします!」
試合が終わって、彼らがそんな言葉を交わしている所に、アルティリアは拍手をしながら近付いていった。その後ろにリンが続く。
アルティリアの存在に気が付いたロイド達は、訓練で疲労した体に鞭打って姿勢を正した。
「アルティリア様! ご覧になられていたのですか」
「ええ。良い試合でしたよロイド。しかし彼女の言う通り、まだまだ詰めが甘い所があります。特に貴方の攻撃は少し素直すぎて、勢いはあっても読まれ易いので、フェイントを入れる等の駆け引きを覚えたほうが良いかもしれませんね」
「ははっ! 精進いたします!」
次にアルティリアがルーシーに目線を向けると、彼女は跪いた。
「ご挨拶が遅れたばかりか、わざわざご足労いただき申し訳ありません。ルーシー=マーゼットと申します、女神様」
「謝罪は不要です、どうか楽にしてください。それどころか、我が騎士達の為に来てくれた事、深く感謝します」
「おお……なんと寛大な。流石は神……!」
キラキラとした視線と一緒に溢れんばかりの信仰心を向けられて、アルティリアは「コイツもロイド達の同類か……」と、少々げんなりした。
「それにしても、本当に小人族の神殿騎士なのですね。小人族の知り合いは何人か居ますが、神殿騎士になった者は初めて見ました」
「なんと!? アルティリア様は小人族と面識があったのですか!」
話を変えようとアルティリアが口にしたその言葉に、ルーシーが予想以上の食いつきを見せた。
「し、失礼……取り乱しました。同族の手がかりが見つかったと思い、つい……」
ルーシーの言葉によれば、小人族はこの大陸には彼女の家族を含めて、ごく少数しか存在していないらしい。その為に存亡の危機に立たされており、同族の手がかりは喉から手が出るほど欲していたのだった。
そんな彼女に、アルティリアが齎した情報はまさに希望そのものだった。
「ここから海を越え、遥か北西にルグニカという大陸があります。そこには数多くの種族が存在しており、もちろんその中には小人族も多く居ますよ」
「ルグニカ大陸……!海の向こうに別の大陸があり、そこの多くの同族が……!」
「ちなみに私の出身地でもあるので、一度戻ってみたい気持ちはありますね……いつか、暇が出来たら一緒に行ってみますか?」
「是非にッ!」
こうしてアルティリアに心酔したルーシーは、より一層彼女の力になろうと張り切り、ロイド達の訓練量が倍増した。
そして次の日、送られてきたルーシーからの転属願いを目にした神殿騎士団長は胃に大きなダメージを受けた。
神が降臨して、その神殿騎士団が発足する為、指導員が必要になったと聞いた神殿騎士団員たちは、誰もが我こそはと神の元に派遣される事を希望した。
その為、誰か一人を選抜する必要があったのだが、そこで選ばれたのが若手の神殿騎士の中で最も優秀で、将来を有望視されていた幹部候補のルーシーだったのだ。
ただでさえ神殿騎士は少数精鋭で人手不足。そんな彼女が突然、転属願いを出してきた事は貴重な人材が大神殿から離れるという事であり、団長や騎士団の上層部にとっては決して小さくない打撃を与えていた。
しかし、数ヶ月後にアルティリアが王都に訪れた際は、今度は神官や神官戦士になりたいという若者が急増し、人手不足は解消されるものの別の意味で悲鳴を上げる事になるのだった。
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