第29話 騎士団発足に向けて※

「ロイドは神殿騎士テンプルナイトにはならないのですか?」


 女神アルティリアがこの地に降臨してから、数日が経ったある日の事だった。その日も信奉する女神の神殿に顔を出していたロイド=アストレアと彼の仲間達は、当の女神に突然そう言われたのだった。

 神殿騎士とは、その名の通り神殿に所属し、神に仕える騎士である。通常の騎士と違って領地や主を持たず、ただ神の名の下に邪悪な存在を討ち滅ぼし、民を守護する高潔な存在だ。

 そんな神殿騎士はロイド達にとっては雲の上の存在であり、いやいやそんな恐れ多いと固辞するものの、ロイド達は海賊から神官戦士へと生き方を変え、その上で十分な経験と実績を積んでおり、それは神殿騎士になる条件を十分に満たすに足るものだと、アルティリアは言った。


「……確かに。正式に神殿には所属していませんが、ロイドさん達はアルティリア様を信仰し、祈り、そしてアルティリア様の為に戦う神官戦士と言って差し支えないでしょう。そして今までの実績も、神殿騎士に叙任されるのに十分なものと思われます」


 クリストフも納得したように頷きながらそう言う。それから、とんとん拍子に話が進み、クリストフが王都の神殿まで許可を貰いに行く事になった。

 しかしそれを聞きながら、話の中心である当の本人、ロイド=アストレアは悩んでいた。

 彼の悩みは、果たして自分は、そのような立場に相応しい人間だろうか……という事に尽きる。生きる為に仕方がなかったとは言え、元は海賊としてさんざん人様に迷惑をかけた身だ。到底、清廉潔白で高潔な騎士と呼べるような立派な人間ではない。


 ロイドは迷った末に、仕える女神にその悩みを吐露した。彼の懺悔にも似た悩みの告白に対して、アルティリアは言った。


「貴方は生き方を変えると決意したのではないのですか?そこで中途半端に立ち止まって如何するのです。男が一度やると決めたのなら、最後まで走り抜きなさい」


 その台詞を言った本人アルティリアは、せっかくクラスチェンジしたのにメインクラスを下級止めとか何考えてんの? 馬鹿なの? 死ぬの? 程度の考えで口にした言葉だったが、それを聞いたロイドは頭を金槌でガツンと殴られたような衝撃を受けた。


(そうだ……! 俺はこの御方の為に変わると決意した筈だ……! だと言うのに、何を下らん事でウジウジと悩んでいたのだ。恥を知れ、ロイド=アストレアの軟弱者め!)


 ロイドはこの時、英雄としての第一歩を踏み出した。

 過去の罪は消えずとも、傷つけた人の何百倍、何千倍もの人を救う、女神の騎士として生きようと決意を新たにしたのだった。

 ロイドと同じく尻込みしていた仲間達も、彼と同様に覚悟を決めたようで、決意に満ちた気合の入った顔をしている。


「ところでロイド、貴方達にお話があります」


 しかしそんな彼らに対して、空気を読まずに説教を始める恥知らずなドスケベエルフが居た!


 アルティリアはロイド達に、装備の更新や強化の大切さを力説した。

 所々『エンチャ』や『属性値』、『スキル倍率』、『適正AD値』、『一確A値』、『クリ率とクリダメの比率』、『セットボナ』、『限凸』などといった、ロイド達にとっては意味がよくわからない単語も頻出したが、おそらく神々の間で使われる専門用語なのだろうと彼らは考えた。だいたい間違ってはいない。

 とにかく装備の重要性について理解した彼らだったが、問題はこのグランディーノの町では、そこまで強力な武器や防具は販売していないという事だ。

 王都のような大都市や、鍛冶が盛んな街であれば、良い装備も手に入りやすいのだろうが。港町である事の利点を活かして、船で輸入してもらう事を検討するべきかと考えるロイドだったが、


「まあ良いでしょう。ここは私に任せておきなさい」


 アルティリアはそう言い残して、神殿の外へと出ていった。慌てて後を追うと、彼女は神殿がある丘を下りて、そのままグランディーノの町へと足を進めた。

 すれ違った者達が思わず視線を奪われ、頭を下げたり祈ったりする中、アルティリアは悠々と港へ向かう。彼女が向かう先は、港の付近にある市場だった。


「へいらっしゃい、適当に見ていきな……アルティリア様!?」


 アルティリアが店に入ると、商品が並んだ棚に向かったまま、こちらに背を向けてぞんざいな接客をしようとしていた店主がいた。棚に並んでいるのは鉱石の類だ。

 彼は石類を専門に扱っている業者だ。グランディーノの周辺には鉱山は存在しない為、鉱石は専ら輸入品頼りになる。彼は海路を使って輸入した鉱石を、鍛冶場や造船所に卸していた。

 今日は、それらの取引相手が来る予定は無かった筈だが……と、予定に無い客のツラでも拝んでやるかと、ちらりと目線を送った店主は、それはもう驚いた。

 既に神々が地上を去って久しいこの世界において、唯一の現存する神であり、このグランディーノの町を守護する海の女神。この町において彼女の名を知らぬ者など居よう筈もない。


「楽にしてください。鉱石を見せてもらいたいのですが」


 反射的に平伏しようとした店主を制止して、アルティリアは棚に並ぶ鉱石を見繕っていく。店主は品質の良い物をアルティリアに薦めようとしたが、彼がそうするまでもなく、アルティリアは店内に所狭しと大量に並ぶ鉱石の中から、最も品質が高い物だけを的確に手に取っていった。


(なんという素早く、正確な目利き……!この道を二十年以上やって、鉱石を見る目にはそれなりに自信があったが、この御方の目は俺など足元にも及ばない!)


 その素早く正確な目利きに、流石は女神だと店主は驚愕し、アルティリアへの信仰を深めたのだった。


「では、これらを購入します。お値段はいくらですか?」


「いっ、いえそんな! 女神様にお代をいただく訳には……」


 無料で提供しようとする店主だったが、アルティリアはそれを固辞した。逆に、商人として取引をする以上、対価を受け取らずに商品を渡す事などあってはならないと店主を諭し、アルティリアは鉱石を定価で購入した。

 その後は皮革や布生地を販売している店でも同じようなやり取りを繰り返した後に、購入した品々を持って神殿に戻った。


 夜になると、王都に行っていたクリストフが精霊を伴って戻ってきて、正式にロイド達の、神殿騎士への就任が決まった。

 様々な準備や手続きの必要がある為、叙任式は一週間後に執り行う事となった。


 アルティリアは、クラスチェンジなんて今すぐサクッと終わらせたいと思っていたが、周りの人間達にとってはそうもいかないようで、ままならぬ物だとぼやいた。


 それから一夜明けて次の日、ロイド達が朝から神殿に向かうと、神殿のある丘の麓に、見覚えの無い建築物が建っていた。

 石造りの、堅牢な砦のような建物で、その周囲を囲む石壁ややぐらまである。


「アルティリア様、あれはいったい……!?」


「あれは貴方達の駐屯地です。必要と思ったので夜の間に作っておきました。兵舎や訓練所を兼ねているので自由に使いなさい。運用・管理・維持に必要な人材はそちらで雇うように」


「たった一晩でこれを!?」


 ロイド達は信奉する神の行ないに、まさに奇跡だと更に信仰を深めたが、驚くのはまだ早かった。


「お頭!兵舎に全員が余裕で入れるくらいのデカい風呂場が!」


「お頭!全員分の個室が用意してありますぜ!しかもベッドが凄いフカフカです!」


「お頭ぁっ!このトイレ水が流れるっすよ!」


 元部下達の報告に逐一驚かされながら、ロイドは拠点をこの場所に移すために活動を開始した。

 まずは宿を引き払い、荷物を砦に移した後に、彼らは所属する冒険者組合に足を向けた。

 今後は神殿騎士として活動する為、冒険者としての活動を打ち切り、引退するつもりで話をしに行った。

 受付嬢にそれを話し、代表として組合長の部屋へと案内されたロイドは、その途中で意外な人物とすれ違った。


「あれ、グレイグさんじゃないですか。どうして冒険者組合に?」


 その男は赤い髪が特徴的な中年の大男で、名をグレイグ=バーンスタインという。ここグランディーノの町に拠点を構える、海上警備隊の副長を務める歴戦の勇者だ。


「おお、ロイド君か。この間のような大規模な魔物の襲撃に備えて、冒険者組合と海上警備隊の連携を強化する為に、つい先ほどまで色々と話し合いをしていた所だ。そういう君は、組合長に用事かな」


「はい。実は冒険者を辞める事になるので、その報告と挨拶をと」


「なんと!? いったい何故……いや、そうか。アルティリア様の下で働く為か?」


 反射的に何故と尋ねようとしたグレイグは、つい先日、彼らの信仰する女神が降臨した事を思い出し、それが原因だろうと当たりを付けた。


「ご明察の通りです。アルティリア様の神殿騎士に就任する事になったので、これまで通りに冒険者として活動する事は難しいかと……」


「おお、そうか神殿騎士に……凄い栄誉な事じゃないか! いやあ、めでたい!」


 我が事のように喜ぶグレイグの様子に、ロイドの顔にも思わず笑みが浮かんだ。


「しかし将来有望な冒険者が居なくなるのは、組合としては痛いだろうな……いや、待てよ? ならばいっその事……よし、閃いたぞ!」


 グレイグは何かを思いついた様子で、踵を返すと組合長の部屋へと突撃していった。ロイドは慌ててそれを追いかける。


「グレイグさん!? どうしたんです!?」


「なぁに、任せておきたまえロイド君! 私にいい考えがある!」


 そう言って、グレイグはノックもせずに組合長の部屋へと押し入った。

 ついさっき帰った筈のグレイグが、勢いよく扉を開け放って戻ってきたのを見て、組合長が椅子から跳び上がった。


「うおおっ!? 何だグレイグ、帰ったんじゃなかったのかお前!?」


「ええい、そんな事はどうでもいい! 重要な話があるのだ!」


 まずグレイグはロイドに、先程の話を組合長にもするように促した。それに従い、ロイドは神殿騎士に就任する予定である事、冒険者を引退する事を組合長に話した。

 組合長は惜しみながらも、ロイドを気持ち良く送り出してやろうとしていたが、そこに待ったをかけたのがグレイグだ。


「そこでさっきの話だ。聞けばロイド君達は、新たに神殿騎士団を設立するそうじゃないか。ならばいっその事、彼らも枠組みの中に入れてみてはどうだね」


「……おお、なるほど! その手があったか!」


「……いったい、どういう事なんです?」


 話についていけないロイドに対し、二人が説明したのは以下のような内容だった。


 この町の冒険者組合支部と海上警備隊は、それぞれ独立した戦力を持つ組織であり、前者は魔物退治をはじめとした、様々な民間の依頼を解決しており、後者は港や近海の治安維持を旨としている。

 これまでこの二つの組織には、これまでほとんど接点が無かった。時々近海に現れる水棲の魔物を警備隊が討伐した際に、その死体を冒険者組合に引き渡して、討伐褒賞金を受け取る程度の付き合いだ。

 だが今後、この町を邪悪な存在の魔の手から守護する為に、両者はより一層強固な協力体制を築く事に決めた。

 その一環として、まずは人材交流や技術交換を積極的に行なう予定であった。

 その枠組みの中に、ロイド達が新たに立ち上げる神殿騎士団も入れてしまおうと考えたのだ。


 具体的には、ロイド達は神殿騎士であると同時に、冒険者組合にも籍を置き続け、自由に依頼を受ける事が出来る。また、組合側からも困難な依頼があれば、神殿騎士団や海上警備隊に支援を頼んだり、彼らのほうが向いていると判断すれば仕事を回したりもする。

 新人冒険者の中にはロイドを慕う者が多いので、そんな若者達に神殿騎士となったロイド達が指導を行なう事で、良い刺激を与えられるだろうし、逆にロイド達もこれまでのように、先輩冒険者の指導を受けたり、協力して依頼に当たる事も出来る。


 ロイドはその話を一旦持ち帰り、仲間達やアルティリアと共に検討した結果、話を受ける事にした。

 具体的な協力体制の構築については今後、三者間で協議を重ねていく予定である。


 そうして数日が経過し、いよいよ神殿騎士への就任および、騎士団の発足までもうすぐという時に、ある人物が神殿を訪れたのだった。

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